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古伊万里の大皿 Ⅱ
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半年後。
伊達教授から連絡を頂いた。
「石神君、こないだ来た時に拾った古伊万里の大皿だけど」
「ああ、何か分かりましたか?」
「いいや、分からなかったんだ。だから警察署から引き取ることになったんだよ」
「え! あんなに高価なものが!」
俺はすっかり忘れていた。
当然、持ち主が現われて引き取っただろうと思っていた。
何しろ1億円以上なのだ。
「うん。警察の人もいろいろ手を尽くして探してくれたみたいなんだけどね。骨董品のお店に問い合わせたりして。でもとうとう持ち主が分からなかった」
「1億円ですよね?」
伊達教授の話では、警察署でもあの古伊万里の皿の価値が分かり、相当探してくれたようだった。
扱いのある市内の店や、骨董品を集めている人間など。
それに有名な店の店主を呼んで、いろいろ鑑定してもらったり、入手経路なども調べてもらった。
それでも、持ち主のことは分からなかったし、名乗り出る人間もいなかった。
「まあ、値段はともかくね。それで、石神君に送るから」
「え! ちょっと待って下さい! そんな、困りますよ」
とんでもないことだ。
俺はたまたま拾って届けただけで、そんな高価なものを貰うわけにはいかない。
大体、俺などが貰っても困るだけだ。
「でも、もう君のものだから」
「いや、ああ! 伊達教授が引き取って下さいよ! ほら、警察にも伊達教授の名前で申請してますし」
「おい! 僕のものなわけないじゃないか。拾ったのは君だろう」
「そんなこと言われても」
伊達教授が大笑いされた。
「あのね、石神君。こういうものは縁なんだよ」
「縁と言われましても」
「探して手に入るものじゃない。どんなに欲しくたって、縁がなければ手に入らない。ああいう旧いものはね、自分で持ち主を選ぶんだ」
伊達教授にそう言われると、どうにも説得されてしまう。
本当にそういうものかと思う自分が怖かった。
「俺なんかチンピラ医者ですからね! ああいう良いものは伊達教授のような方が持つべきですよ。ああ! だからお名前も伊達教授になったんですって」
「屁理屈を言うものじゃないよ、石神君」
ダメだった。
「あの、俺なんかが貰っても、ネコの餌皿にしちゃいますよ?」
「ああ、そうすればいい。君がそうするのなら、あの古伊万里がそれを望んでいるということだ」
とんでもないことを言う。
「はぁー」
「諦めたまえ。もう送ったからね。病院宛にしたから」
「そうですかー」
「じゃあ、また呼ぶからね」
「はい! お願いします! それと、お手数をお掛けしました」
「なに、石神君のためだ。良い縁があったね」
「そういうものですかね」
伊達教授にそこまで言われては、諦めるしかなかった。
不思議な縁だとは思うが、俺にまったく似合いでないものが来ることになった。
二日後に大皿が届き、伊達教授にお礼の連絡をした。
その機会に、今までお世話になったお礼に、知り合いの彫金師にヒポクラテスの18金の塑像を作らせて伊達教授にお贈りした。
大変喜んで下さり、デスクに置いてくれるようになった。
医学雑誌で、伊達教授がその像を手に持った写真が掲載され、俺も嬉しかった。
《僕の宝物》
そう写真のキャプションに記されていた。
嬉しそうに像を持っている伊達教授の笑顔が忘れられない。
俺はと言えば、あの古伊万里の大皿は持て余していた。
一度、陽子さんから送ってもらった高級フグのふぐ刺しを盛ってみたが、どうにも俺には似合わない。
ロボがうちに来た。
ボロボロの身体から一夜にして美しいネコに変身した。
伊達教授に冗談で言った、ネコの餌皿の話を思い出した。
「この皿を使うか」
「にゃー!」
なんか喜んだ。
ロボのものになった。
ロボによく似合った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そんな思い出のお皿だったんですか!」
皇紀が泣き出した。
「バカ! もうロボの御飯皿の役目を終えたんだ。これからは美しい皿として俺たちに眺められたいんだろうよ」
「タカさん!」
笑って皇紀の頭を撫でた。
「皿としての運命が終わったわけじゃないんだ。物というのは、そういうもんだぞ」
「本当にすみませんでした!」
「だからいいって。大体高価な皿をネコの御飯用にする俺がおかしいんだよ」
亜紀ちゃんが考え込んでいた。
そして俺におずおずと聞いて来た。
「あの、ヘンなことを言うんですけど」
「あんだよ?」
「その、最初のバス停にいた着物の女性なんですが」
「おう」
「響さんなんじゃって……」
俺は笑った。
「亜紀ちゃんもそう思うかよ?」
「はい、タカさんも?」
「なんかな。こういうとんでもないことをする着物の女性ってなぁ」
「やっぱ!」
子どもたちが騒ぎ出す。
「まあ、落ち着け! どうだか分からん」
「タカさん! 着物の柄は!」
「覚えてねぇよ! 俺も遠目で着物だったってことくらいしか分からん。だけどなぁ、あんな高価な古伊万里を忘れたとしたって、普通は警察に問い合わせるんじゃねぇかとは思うよなー」
「そうですよね!」
俺は厳重に子どもたちに注意した。
「おい、いいか! 絶対に庭で「古伊万里が欲しい」とかって言うんじゃねぇぞ!」
「「「「「!」」」」」
持って来る奴がいる。
「亜紀ちゃん! 真夜は今後、庭をウロウロさせるな!」
「はい!」
「玄関までは、独りで歩かせるなよ!」
「分かりました!」
みんなで大笑いした。
伊達教授から連絡を頂いた。
「石神君、こないだ来た時に拾った古伊万里の大皿だけど」
「ああ、何か分かりましたか?」
「いいや、分からなかったんだ。だから警察署から引き取ることになったんだよ」
「え! あんなに高価なものが!」
俺はすっかり忘れていた。
当然、持ち主が現われて引き取っただろうと思っていた。
何しろ1億円以上なのだ。
「うん。警察の人もいろいろ手を尽くして探してくれたみたいなんだけどね。骨董品のお店に問い合わせたりして。でもとうとう持ち主が分からなかった」
「1億円ですよね?」
伊達教授の話では、警察署でもあの古伊万里の皿の価値が分かり、相当探してくれたようだった。
扱いのある市内の店や、骨董品を集めている人間など。
それに有名な店の店主を呼んで、いろいろ鑑定してもらったり、入手経路なども調べてもらった。
それでも、持ち主のことは分からなかったし、名乗り出る人間もいなかった。
「まあ、値段はともかくね。それで、石神君に送るから」
「え! ちょっと待って下さい! そんな、困りますよ」
とんでもないことだ。
俺はたまたま拾って届けただけで、そんな高価なものを貰うわけにはいかない。
大体、俺などが貰っても困るだけだ。
「でも、もう君のものだから」
「いや、ああ! 伊達教授が引き取って下さいよ! ほら、警察にも伊達教授の名前で申請してますし」
「おい! 僕のものなわけないじゃないか。拾ったのは君だろう」
「そんなこと言われても」
伊達教授が大笑いされた。
「あのね、石神君。こういうものは縁なんだよ」
「縁と言われましても」
「探して手に入るものじゃない。どんなに欲しくたって、縁がなければ手に入らない。ああいう旧いものはね、自分で持ち主を選ぶんだ」
伊達教授にそう言われると、どうにも説得されてしまう。
本当にそういうものかと思う自分が怖かった。
「俺なんかチンピラ医者ですからね! ああいう良いものは伊達教授のような方が持つべきですよ。ああ! だからお名前も伊達教授になったんですって」
「屁理屈を言うものじゃないよ、石神君」
ダメだった。
「あの、俺なんかが貰っても、ネコの餌皿にしちゃいますよ?」
「ああ、そうすればいい。君がそうするのなら、あの古伊万里がそれを望んでいるということだ」
とんでもないことを言う。
「はぁー」
「諦めたまえ。もう送ったからね。病院宛にしたから」
「そうですかー」
「じゃあ、また呼ぶからね」
「はい! お願いします! それと、お手数をお掛けしました」
「なに、石神君のためだ。良い縁があったね」
「そういうものですかね」
伊達教授にそこまで言われては、諦めるしかなかった。
不思議な縁だとは思うが、俺にまったく似合いでないものが来ることになった。
二日後に大皿が届き、伊達教授にお礼の連絡をした。
その機会に、今までお世話になったお礼に、知り合いの彫金師にヒポクラテスの18金の塑像を作らせて伊達教授にお贈りした。
大変喜んで下さり、デスクに置いてくれるようになった。
医学雑誌で、伊達教授がその像を手に持った写真が掲載され、俺も嬉しかった。
《僕の宝物》
そう写真のキャプションに記されていた。
嬉しそうに像を持っている伊達教授の笑顔が忘れられない。
俺はと言えば、あの古伊万里の大皿は持て余していた。
一度、陽子さんから送ってもらった高級フグのふぐ刺しを盛ってみたが、どうにも俺には似合わない。
ロボがうちに来た。
ボロボロの身体から一夜にして美しいネコに変身した。
伊達教授に冗談で言った、ネコの餌皿の話を思い出した。
「この皿を使うか」
「にゃー!」
なんか喜んだ。
ロボのものになった。
ロボによく似合った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そんな思い出のお皿だったんですか!」
皇紀が泣き出した。
「バカ! もうロボの御飯皿の役目を終えたんだ。これからは美しい皿として俺たちに眺められたいんだろうよ」
「タカさん!」
笑って皇紀の頭を撫でた。
「皿としての運命が終わったわけじゃないんだ。物というのは、そういうもんだぞ」
「本当にすみませんでした!」
「だからいいって。大体高価な皿をネコの御飯用にする俺がおかしいんだよ」
亜紀ちゃんが考え込んでいた。
そして俺におずおずと聞いて来た。
「あの、ヘンなことを言うんですけど」
「あんだよ?」
「その、最初のバス停にいた着物の女性なんですが」
「おう」
「響さんなんじゃって……」
俺は笑った。
「亜紀ちゃんもそう思うかよ?」
「はい、タカさんも?」
「なんかな。こういうとんでもないことをする着物の女性ってなぁ」
「やっぱ!」
子どもたちが騒ぎ出す。
「まあ、落ち着け! どうだか分からん」
「タカさん! 着物の柄は!」
「覚えてねぇよ! 俺も遠目で着物だったってことくらいしか分からん。だけどなぁ、あんな高価な古伊万里を忘れたとしたって、普通は警察に問い合わせるんじゃねぇかとは思うよなー」
「そうですよね!」
俺は厳重に子どもたちに注意した。
「おい、いいか! 絶対に庭で「古伊万里が欲しい」とかって言うんじゃねぇぞ!」
「「「「「!」」」」」
持って来る奴がいる。
「亜紀ちゃん! 真夜は今後、庭をウロウロさせるな!」
「はい!」
「玄関までは、独りで歩かせるなよ!」
「分かりました!」
みんなで大笑いした。
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