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道間家の休日

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 7月第三週の火曜日。

 「あなた様!」

 電話をすると、麗星が嬉しそうに叫んだ。

 「よう! ちょっとお前と天狼の顔が見たくなってさ。今度の週末に行ってもいいか? ちょっと相談したいこともあるし」
 「もちろんでございます! ああ! なんて嬉しい!」
 「そうか! じゃあ、宜しくな」
 「あの! 出来れば金曜日に」
 「え、でも相当遅くなるぞ?」
 「構いません! 少しでも長く一緒に! お待ちしております!」
 「そうか。それじゃなるべく調整してみるよ」
 「はい! お願いいたします!」

 そう言ってもらえると、俺も嬉しい。
 一江に相談して金曜日の俺のスケジュールを調整した。

 「京都ですか」
 「ああ、5月にも行ったんだけどな」
 「まあ、結構なことじゃないですか。あちこちに女と子どもがいると大変ですね」
 「お前には一生分からないけどな!」
 「なんですよ!」

 言いながらも、一江も笑っている。
 
 「だけど先週死に掛けて、翌週に出掛けるなんて、部長も本当にタフですねぇ」
 「あれなー。まあ、ちょっとあれも関係してのことなんだけどなー」
 「なんです?」
 「まあいいよ。悪いけど、じゃあ調整を宜しくな」
 「はい」
 「あーそれと、またお前の顔面画像を使わせてな」
 「言わなくていいですよ!」

 まだ京都行は一江の顔面が必要だ。
 文句を言いながらも、一江はちゃんとスケジュールを調整してくれ、3時には帰れるようにしてくれた。
 



 金曜日。
 俺は病院から直接京都へ向かった。
 シボレー・コルベットだ。
 子どもたちも一緒に行きたがったが、今回は俺一人だ。
 非常に気を遣ってくれる家なので、なるべく必要が無ければ獣は連れて行きたくない。
 大使館ナンバーなので、思い切りぶっ飛ばして行く。
 「飛行」で行けば早いのだが、私用で「花岡」を使うことを子どもたちにも禁じている。
 自縛なのだが、これも俺の生き方だ。
 まあ、子どもがいるというのは大変だ。
 背中で語らなければならないからだ。
 理屈はどうにでも組み上げられる。
 だから弱い。
 理屈に慣れてしまえば、人間は必ず崩れる。
 世界が冷酷で厳しいからだ。
 どんな運命にも立ち向かうためには、俺が俺でなければならない。
 俺が俺である限り、どんな過酷なことになっても笑って死ねる。
 子どもたちに教えているのは、それだけだ。
 親が大いなる理不尽になって、その中に貫かれている一つだけのものを見せる。
 俺が言うのも何だが、いい子たちに育ってくれた。
 いつかあの世で山中たちに会っても、何とか顔を上げていられる。
 散々文句も言われるだろうが。

 京都に入り、俺は一江の顔面をディスプレイに出した。
 相変わらずの安定感だ。
 以前に一江の音声も出していたが、ちょっと気持ち悪いので顔面だけにした。
 目を閉じて口を付き出して来る映像もあるが、大笑いして観ることが出来る。
 6時に道間家に着くことが出来た。
 一江のお陰だ。





 「あなたさまぁー!」

 麗星が天狼を抱き、五平所と一緒に門で待っていてくれた。

 「なんだよ、玄関で待ってろよ」
 「待ちきれません!」

 俺は笑って麗星と天狼を助手席に乗せた。
 助手席の俺の荷物も抱えさせる。
 荷物の収納スペースが無いので、仕方が無い。
 天狼が笑って俺に手を伸ばして来る。
 天狼は襟に光沢のある紫の生地がついた着物を着ている。
 着物の柄は俺の知らない文様だ。
 何か意味のあるものに違いない。

 「おい、運転中だ!」
 「あなたさまぁー!」

 麗星まで手を伸ばして来るので笑いながらやめろと言った。
 広い敷地なので、玄関まで数分走る。
 もちろんスピードは落としている。

 玄関では別な道間家の人間が待っており、俺の荷物を運んでくれた。

 「すぐにお夕飯にいたしますね」
 「ああ、頼む。途中はどこにも寄らなかったからな」
 「はい!」

 和室の間に通された。
 天狼が俺の膝に乗りたがる。
 もちろんカワイイので乗せながら食事をした。
 時々俺が天狼にも食べさせる。
 天狼がニコニコして俺の膝の上で喜んでいる。
 
 「石神様、どうぞ天狼様をこちらへ」
 
 五平所が言ってくれたので、俺は天狼を抱えて五平所に預けた。
 天狼は大人しくしていた。
 1歳にして育ちの良さが分かる。

 マグロの刺身。
 野菜の天ぷら。
 カモのロースト。
 その他さまざまな器がある。
 二口で終わる量が入っており、それぞれが心づくしの一品だ。
 こういう料理の種類の多さ、やはり道間家は最高だ。
 蓮花も料理は上手いが、ここまでの器は用意しない。
 点数が多くなれば、どうしても集中力を欠くからだ。
 大勢の料理人がいる道間家だからこそ出来ることだった。

 「あなた様、先日は妖魔のお話を勘違いしてお伝えし、大変申し訳ありませんでした」

 電話でも話していることを、麗星が改めて謝って来た。

 「まあいいよ。ちょっと死にそうになったけどな」
 「すみません。でも、本当に牛鬼と土蜘蛛はよく間違えてしまわれるのです。古文書の中でも……」
 「あ! お前まだ言い訳をするのか!」
 「い、いいえ! 申し訳ありませんでした!」

 俺は笑って冗談だと言った。

 「俺もよく確認もせずに、お前に全部投げてしまったからな。俺が悪いんだよ」
 「いいえ! わたくしが!」
 「それに、俺が死にかけたのは俺がミスをしたせいだ。お前にはまったく落ち度はねぇ」
 「それでも……」

 「最初はさ、俺が一発でぶっ殺したことで怒っちゃって。だから次はわざと何もしなかったら、今度はそれで怒られてよ! まったくあの人らはどうかしてんだよ!」
 「さようでございますか」

 俺は微笑みながら麗星に言った。

 「まあ、今はそう言っちゃったけどさ。元々は俺が虎白さんたちを心底から信頼していなかったということだ」
 「そうなんですの?」
 「もちろん、味方と思っていたし、頼りにもしていたよ。でも、どこかで俺たちの戦いに巻き込むことを受け入れたくなかったんだな。だから自然に距離が出来てしまった」
 「はい」

 食べ終わり、俺はまた天狼を膝に乗せた。
 天狼が大喜びで俺の首に両腕を巻く。

 「やっぱりさ、俺は虎白さんたちが大好きなんだ。北アフリカで、虎葉さんが死んでしまった。辛かったよ。あの人たちは俺のために、命を簡単に投げ出そうとしてくれる。だから、戦いから遠ざけたいという気持ちがあったんだな。自分でも気づかなかったぜ」
 「あなた様……」
 「それを虎白さんに指摘された。情けなかったよ、自分が。いつもは偉そうなことを言ってるのにな。自分が死ぬのはいいのに、大事な仲間が死ぬのはビビってる。虎白さんにそういう弱さを言って貰わなきゃ、俺たちは誰も戦えないところだった。人間は魂だって言ってる俺が、すっかり肉の命に拘ってたんだよ」
 「はい」
 「俺もまだまだだな。大事なものが出来るってよ、良いことなんだけど、それだけじゃないんだよな。俺がここまで弱くなってるとは思わなかった。ゾッとしたぜ」
 「あなた様はお優しいのです」
 「まあ、そう言って貰えるとな。それでな、俺は俺の子どもたちは「業」との戦争に巻き込まないと言っていた」
 「はい」
 「それを撤回する。俺の子どもだ。最前線に立ってもらうこともあるぞ。まあ、成長したらの話だけどな」
 「はい! それは必ず! 天狼も必ずやそうしたいと思うはずでございます!」

 麗星が嬉しそうに笑って言ってくれた。
 ありがたい。
 子を戦場に立たせたい親はいないだろう。
 だが、麗星は俺と運命を共にしてくれるのだ。

 「そうか。今日はな、一番その話をしたかったんだ」
 「さようでございますか。あなた様は良い決心をなさいました」
 「そうか!」
 「はい!」
 「やっぱ?」
 「もちろんです! 道間皇王の力、ご期待下さい!」
 「おう!」

 俺たちは笑った。

 「もちろんな。俺も戦争を長引かせるつもりもない。天狼たちがまだ子どもうちに終わるのがいいと思うんだけどな。でも、もうそういうことも考えないよ。俺たちはやるべきことがある。家族なのだから、一蓮托生だ」
 「はい、わたくしも!」
 「亜紀ちゃんたちにはとっくにその決意だったんだけどな。なんか、そういうことも恥ずかしいな」
 「そんなことは」
 「俺との血のつながりとかの話じゃないんだけどな。やっぱりこれは、一緒にいた時間の長さだろうな」
 「はい」
 「それに、あいつらはある程度成長していたからな。最初から俺のために何でもすると思ってくれていた。だから俺も決意出来たんだろう」
 「さようでございますね」

 天狼が前から俺の肩を叩き始めた。
 小さな手で一生懸命に振るってくれる。

 「おう! お前は優しい子だな!」
 「はい!」
 「お母さんと同じだな!」
 「はい!」
 
 俺が頭を撫でると嬉しそうに笑う。
 本当にカワイイ。
 薄く緑の色づいている天狼の瞳を見た。
 キラキラと輝いていた。




 俺は本当にいい家族を持った。
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