上 下
1,993 / 2,859

新宿悪魔 Ⅷ

しおりを挟む
 物凄い熱気が去り、俺は目を開いた。
 目の前の愛鈴さんは3メートル近い身体になっており、全身を両腕と同じ硬そうな鱗と皮膚に覆われていた。
 頭部は愛鈴さんの面影を残した顔だったが、頭髪の替わりに細い針金のような尖ったものが後ろへ流れている。
 そして額から二本の角が伸びていた。

 そして化け物も巨大化していた。
 体長40メートルほどのワニだった。
 ただし、普通のワニではない。
 漆黒に輝く鱗に覆われ、また上部の体表には人間の背丈ほどの棘が一面に生えてが。
 それは長大な尾も覆っており、その一撃がどれほどの破壊力を持つのかと思った。
 
 それよりも俺が驚いていたのは、愛鈴さんの上空にいるものだった。
 どれほどの大きさなのかわからない。
 空中に比較対象物が無いためだ。
 でも、恐らくは数キロメートルはありそうだった。
 蛇のような胴体に、鉤爪のある手足がある。
 竜だった。
 
 化け物から棘のようなものが伸び、愛鈴さんと俺に伸びてくる。
 一斉に伸びてきた棘の触手を愛鈴さんは捌き切れず、数本が胴に突き刺さった。
 鮮血が噴き出る。

 「愛鈴さん!」

 愛鈴さんは一瞬俺を振り返り、うなずいた。
 大丈夫だと言いたいのだろうか。
 俺にはとてもそうは見えなかった。
 また数本の攻撃があり、今度はさらに愛鈴さんの身体を抉った。
 愛鈴さんの身体が膝を折った。
 その下に、愛鈴さんの血が滴り落ちて血溜まりを作っている。
 俺は動けなくなった愛鈴さんの前に立ち、次の攻撃に備えた。
 俺の「無影刀」は通じないが、集中すれば幾本かは防げるかもしれない。

 《美しいものを見せてもらった》

 頭の中に直に響いた。
 愛鈴さんも驚いた様子なので、同時に聞いているのだろう。

 《あの日の約束を果たそう。お前に我が力を与えよう》

 ワニの化け物の動きは止まっていた。
 
 (時間が止まっているのか)

 《その通りだ。あの卑小な悪魔は我が姿も見えぬ。何が起きているのか感ずることもな》

 驚いた。
 俺の思考を読んでいる。
 愛鈴さんの身体を、竜から迸った光の線が貫いた。
 くずおれた愛鈴さんの身体が光り、やがてゆっくりと立ち上がった。

 《我が威を示せ。お前の愛を見せろ。我はいつでもお前と共にある》

 竜はそう言うと彼方へ消えて行った。
 再び化け物からまた触手が伸びた。
 愛鈴さんが俺の前に立ちはだかる。
 その身体を何かのエネルギーが覆っているのを感じた。
 触手は愛鈴さんに触れるまえに霧散して行った。
 化け物が驚く気配が伝わってくる。
 つい先ほどまで俺たちを殺す勢いでいたのに、突然通用しなくなったのだ。
 愛鈴さんの右手が伸びた。
 螺旋状の光が伸びて行く。
 ワニの化け物の横腹に大きな爆発があり、大穴の内側に焼けただれた肉が垂れ下がっていた。
 巨大な咆哮が響き、俺は耳を覆った。
 巨大な尾を振るい、公園の施設や木々を薙ぎ倒して行く。
 しかし、その尾に比べて遙かに小さな愛鈴さんの左腕が受け止め、尾の動きが停まった。
 
 その一瞬に、怪物は消えていた。





 「磯良!」

 早乙女さんが到着した。
 ポルシェを飛び出て俺たちに駆け寄る。

 「「虎」の軍も一緒だ! 怪物はどうした!」
 「消えました。数秒前まで40メートルもの巨体になっていたんですが」
 「なんだと!」

 上空から仮面を付けた「虎」の軍の三人が俺たちの前に降りて来る。
 インカムを付けており、誰かと話している様子だ。

 「便利屋だ。先ほど気配が消えたそうだ」
 「そうなのか」

 早乙女さんと身体の大きな逞しい男が話していた。

 「まずいぞ」
 「そうだな」

 俺にも分かる。
 あの化け物は完全に気配を消すことが出来る。
 妖魔化すれば捉えることが出来るが、一旦隠密モードになると便利屋さんでも捕まえることが出来ない。

 「俺たちは一度戻る。後は任せていいな?」
 「分かった。来てくれてありがとう」
 「いつでも呼べ」

 「虎」の軍の三人はまた飛んで行った。
 俺はすぐに愛鈴さんに向いた。

 「愛鈴さん、大丈夫ですか!」
 「うん、大丈夫。意識もちゃんとしてるよ」
 「良かった!」

 愛鈴さんの声は声帯が変わったのか、少しくぐもった低い声になっていた。
 愛鈴さんの傷は全て塞がっているようだ。
 先ほどまで出血が激しかったが、今は何も無い。
 貫かれた穴ももう見えない。
 あの竜がやったのだろうか。

 「戻れますか?」
 「うん、でもね」
 「なんですか!」

 やはり何かあるのか。

 「あのさ、今戻ると裸になっちゃうんだ」
 「あ!」
 「磯良はいいんだけどさ」
 「え、俺?」

 早乙女さんが慌てて後ろを向いた。
 スーツの上を脱いで渡してくれる。
 愛鈴さんがメタモルフォーゼを解いて、元の姿に戻った。
 俺が上着を掛けた。
 早乙女さんは大柄なので、何とか隠せた。

 倒れていた刑事は意識を喪いかけていたが、まだ息はあった。
 すぐに救急車が到着し、搬送してもらう。
 その刑事が、マンションの部屋に相方の刑事がいるはずだと言った。
 俺たちは急いで向かう。
 早乙女さんが「アドヴェロス」の応援を頼んでおり、すぐに合流で来た。
 成瀬さんが愛鈴さんに毛布を掛けてくれた。

 化け物になった片桐宗男のマンションには腹を刺された白瀬刑事と共に、椅子に縛られた土谷美津がいた。
 白瀬は瀕死の重傷だったが、土谷美津のロープを解こうとしていた。
 何とか逃がそうとしていたのだろう。
 椅子の周囲は血溜まりが出来ており、俺たちが入った時には意識を喪う寸前だった。
 二人ともすぐに救急車で搬送される。
 白瀬刑事は早乙女さんの顔を見て笑っていた。
 そこで意識を喪った。

 俺たちは食堂のテーブルに乗った二つの人間の頭部を見た。
 後頭部が抉られ、脳髄が無くなっていた。

 「なんてことを……」

 女性と子どもの女の子だった。
 片桐の奥さんと娘なのだと思った。
 冷蔵されていたが、既に腐敗が進み、酷い有様になっていた。

 「悪魔ですね」
 「そうだな」
 
 片桐は、これを毎日眺めていたのだろうか。
 それは一体、どういう心情だったのだろうか。

 「アドヴェロス」の隊員が入って来て、あとの調査を任せた。
 俺たちは本部に戻った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 現場を早乙女たちに任せて、家に戻った。
 亜紀ちゃんと柳が待機していたが、俺たちが戻ったのでホッとしていた。

 「おかえりなさい!」
 「おう。取り逃がしちまったぜ」
 「そうなんですか!」
 「ああ、気配を断つ能力が優れている。厄介な相手だ」
 「そうですかー」

 柳がコーヒーを淹れてくれた。
 双子と一緒に飲む。

 「そういえばよ、また中央公園が半壊だったよ」
 「え! あそこですか!」
 「よくぶっ壊れる公園だよなぁ」
 「いつも私たち関連ですけどね」
 「今回は違ぇだろう」
 「そう言い切れます?」
 「分かんねー」

 やっぱり俺のせいなのだろうか。

 「今度は復旧はどうします?」
 「うーん」
 「うちで出しますか」
 「でもなー」
 
 何か釈然としない。
 俺がぶっ壊したわけでもないのだ。

 「あれって公共の場所だよな?」
 「まあ、そうですね」
 「だったら、新宿区とか都がやることだよな?」
 「まあ、そうですね」
 「うちって、東京都と中野区にべらぼうな税金払ってるよなぁ」
 「まあ、すごいですよね」
 「だったらよー」
 「うーん」

 御堂に相談しよう。

 「そういえば、中野区役所が大々的に建て直すらしいですよ」
 「それならよー」
 「そうですね」
 「うん」

 毎年建て直す以上の税金を払っている。

 「とにかくですね!」
 「ああ」
 「『虎は孤高に』に間に合って良かったですね!」
 「おお!」

 まだ7時過ぎだった。
 みんなで急いで支度をした。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...