上 下
1,992 / 2,859

新宿悪魔 Ⅶ

しおりを挟む
 「この家ではね、ゆっくり食べれるからいいんだよね」
 
 土谷は物凄く脅えた目で俺を見ていた。
 椅子に座らせ全裸で縛りあげている。
 口には手拭いをきつく巻いていた。
 大声を出すと隣の部屋まで聞こえるためだ。
 床には既にブルーシートを敷いている。
 食堂で食事をするのはいいが、床に血が付くと面倒だ。
 何度かやっているうちに、そういうことも覚えた。

 「外でね、こないだ一杯食べたんだ。あれも良かった。でも急いで食べなきゃいけなくてね」

 俺は土谷に近づいて言った。

 「大きな声を出したら、酷いことするよ」

 そう言って手拭いを外した。

 「ど、どうせ……」
 「うん、食べるよ。でもね、しばらく生かしておいてもいいかなって」
 「どうして……」
 「セックスだよ! 僕にあんな欲望が残っていたなんてね。君のお陰だ」
 「あなたはいつから、そんなものになったの?」
 
 俺も椅子に座った。

 「三月かな。中央公園で、大きなワニに会ったんだよ」
 「ワニ?」

 土谷がすぐに殺されないと分かって、落ち着きを取り戻したようだった。

 「うん、大きかったよ。8メートルくらいかな。人間を食べててね」
 「え!」
 「僕も怖かったんだよ! 本当さ! でもね、そいつが僕に話し掛けて来たんだ。僕を殺さないって」
 「……」
 「その代わり、僕に自分の一部を入れるんだってね」
 「片桐課長はそれを受け入れたんですか!」
 「しょうがないじゃない。死んじゃうよりましでしょ? それに、丁度困ってたしね」
 「え?」
 「妻と娘を殺しちゃってさ。僕、競馬が大好きなんだよ。それで結構借金を作っちゃってね。それがバレちゃった」
 「ど、どうして……」
 「そうそれ! どうしようかって悩んで中央公園に行ったんだよ! そうしたら、全部解決しちゃった!」
 「そ、そんな……」

 俺が笑うと、土谷が泣き出した。

 「ん?」
 「どうしてそんな酷いことを……」
 「もう終わったことだよ。そんなことよりね、数週間前にさ、僕の中で一気に力が高まったんだ!」
 「え?」

 土谷が俺を見ている。

 「あのワニはね、なんか保険的な意味で僕に一部を入れたみたい。でもね、あいつは消えちゃった。僕は力だけを手に入れたんだよ」
 「あなた、何を言っているの?」
 「ああ、分からないよね? 無理は無いよ。僕もよくは知らない。でもあいつの存在が消えちゃったことは分かってる。もう僕を支配して乗っ取ることも無いんだ。僕はもらった力だけを好きなように使えるだけ。ね、いいでしょ}
 「狂ってる!」
 「だから、庄司さんを使った。あの子のパソコンでいろいろいじってさ。その後で食べちゃった。あの子の家でね」
 「酷い!」
 「前はさ、月に一人食べれば満足だったんだ。でも、そういう欲求も外れちゃった。幾らでも今は食べれるんだ。だからどれだけ食べれば満足するかって、先週試してみたわけ。8人でもまだ満足じゃなかったね。でも反対に渇いた感じもない。結局さ、好きに出来るってことだった! ああ、あの8人には悪いことしちゃったね! アハハハハハハ!」
 「あなた、本当におかしいよ!」
 
 俺は土谷に言った。

 「おい、口の利き方に気を付けろ」
 「!」
 
 低い声で言うと、土谷が失禁した。

 その時、チャイムが鳴った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「白瀬さん、ここですね」
 「ああ」

 俺はバッジを取り出しておいた。
 オートロックのカメラで見せるためだ。
 部屋番号を押す。
 片桐が出た。

 「すいません。警察の者です。ちょっとお話をお聞きしたくて」
 「今取り込み中なんです。またあらためて下さい」
 「すぐに済みますから。お顔だけ拝見するでもいいですから」
 「困ります。お引き取り下さい」
 「それはどうにも。あの、今お話し出来なければ、今度は正式に逮捕状を取って来ることになりますよ?」

 それは無理だが、いつもの手だ。
 こう言えば大抵の人間は話をさせてくれる。

 「逮捕状って、僕が疑われているんですか?」
 「それは今お話しの上で」
 「分かりました」

 オートロックが外れ、俺は北沢に親指を立てた。

 7階の片桐の部屋へ行った。
 チャイムを押す。
 いきなり後ろへ突き飛ばされた。

 「白瀬さん!」

 急に腹が熱くなり、自分がドア越しに何かの棒のようなもので刺されたことが分かった。

 「北沢! 逃げろ! 通報だ!」
 「片桐さん!」
 「急げ!」

 北沢が走って行った。
 棒が引っ込み、ドアが開いた。

 「もう一人いたか」
 「てめぇ!」

 爬虫類の鱗が顔の下半分を覆っていた。
 口が裂け、大きくなっている。

 「面倒だな」

 俺は化け物に掴まれて部屋に放り込まれた。
 しばらく俺が動けないことを確認して見ていた。
 そして化け物は廊下に出て消えた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「磯良! 早乙女さんから緊急だ!」
 「はい!」

 通信端末が鳴り、すぐに愛鈴さんが出た。
 スピーカーに切り替えて俺にも聞こえるようにした。

 「今、便利屋さんから連絡があった! ライカンスロープの反応だ! 場所は初台のマンション! すぐに迎え!」
 「はい!」

 多分便利屋さんと早乙女さんが急行する。
 「アドヴェロス」のハンターや職員も来るだろう。
 俺と愛鈴さんが一番近い。
 二人で走った。

 「磯良! 乗って!」
 「はい!」

 愛鈴さんのハーレーダビッドソンに飛び乗る。
 ヘルメットを被らないまま、発進した。
 早乙女さんから第二報が入った。
 装着したインカムで話す。

 「新宿署の刑事が襲われた! マンションは初台〇〇の「メゾン・ド・HATSUDAI」702号室! ただしホシは逃げたもう一人の刑事を追っている! 急げ!」

 俺は愛鈴さんに告げ、向かった。
 中央公園を曲がろうとして、俺はプレッシャーを捉えた。

 「愛鈴さん! この公園だ!」
 「分かった!」

 愛鈴さんはハーレーを路肩に停め、二人で走った。
 愛鈴さんは既に両腕を妖魔化していた。
 前方で拳銃音が聴こえる。
 俺たちはすぐに向かった。

 ライカンスロープをすぐに発見する。

 「「アドヴェロス」だ! 大人しくしろ!」

 逃げていた刑事と思しき男性が倒れていた。
 負傷しているようだが、まだ生きている。
 化け物が俺たちを向いた。
 愛鈴さんが俺の前に立つ。
 俺を護るつもりだ。
 ライカンスロープから殺気が上がった。
 俺は躊躇なく「無影斬」を放った。

 「!」

 通じなかった。
 ライカンスロープから触手が伸びる。

 「磯良!」
 
 触手が愛鈴さんの左腕を貫き、愛鈴さんはその手を持ち上げて軌道を逸らした。

 「愛鈴さん! 俺の技が通じない!」
 「分かった! 私が楯になるから!」
 「ダメだ! 愛鈴さんの硬化も通じないよ!」
 「いいから! 磯良は必ず守る!」
 「愛鈴さん!」

 俺は何度も「無影斬」を使った。
 触手が何度も伸びて、愛鈴さんはギリギリではじきながら防御した。
 俺は状況を早乙女さんに報告する。

 「「無影斬」が通じません! 愛鈴さんの硬化も抜かれます!」
 「すぐに行く! 「虎」の軍も呼ぶ!」
 「分かりました!」
 「お前たちも退がれ!」
 「被害者がいます!」
 「いいから逃げろ!」
 
 俺は返事をしなかった。
 あの刑事さんを置いては行けない。

 「磯良! 全身をメタモルフォーゼする!」
 「愛鈴さん!」

 俺の叫びを聞いても、愛鈴さんは前を向いたままだった。

 「磯良! 頼むぞ!」
 「愛鈴さん!」

 愛鈴さんの身体が膨れ上がった。
 物凄い熱が発生し、俺は両手で顔を覆った。





 目の前に、巨大な竜がいた。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...