上 下
1,986 / 2,859

新宿悪魔 Ⅱ

しおりを挟む
 「ザンザス! TORAの演奏を頼む!」
 「かしこまりました、早霧さん」

 早霧さんの声がスピーカーから聞こえた。
 AIが早霧さんの言う通りにTORAのギター演奏を流した。
 エレキギターの曲目だった。
 俺と愛鈴さんが後部のシートで笑う。
 運転席とはスピーカーで繋がっており、会話も出来る。

 「今日はヴァン・ヘイレンじゃないんですね」

 俺が運転席の早霧さんに言った。
 早霧さんの車では、ほとんどヴァン・ヘイレンを聞かされている。

 「どうもよ、最近はこっちなんだ。ストラトキャスターとフライングVをちょっといじってるな。いい音だせぇ」
 「そうなんですか」

 昨年の御堂総理の東京ドームでの演奏データを早霧さんが入れた。
 TORAの演奏は問題なくザンザスのAIが受け入れたが、ヴァン・ヘイレンは早乙女さんがAIに頼み込んでやっと入れてもらえた。
 何故なのかは分からないが。
 AIに好みでもあるのだろうか。

 「早霧さん、TORAの演奏はいいですね!」
 「お前にも分かるかぁ!」

 AIが褒めると早霧さんが喜んだ。
 「ザンザス」のAIは非常に人間的で、感情すら感じる。
 戦闘や指揮支援の能力も凄いが、こういう日常会話までこなし、しかも楽しい。
 「虎」の軍では既に超高度AIの開発が進んでおり、例えば羽入さんのバディである紅さんは、本当に人間としか思えないほどだ。
 みんな紅さんも「ザンザス」も、一人の人間として考えている。
 大事な仲間だ。

 「もうすぐセカンドアルバムが発売ですが、御存知ですよね?」
 「当たり前だぁ! ああ、楽しみだぜ!」
 「私もです!」
 「そうかぁ!」

 早霧さんが上機嫌で現場に到着し、俺たちはすぐに誘導されて「ザンザス」から降りた。
 早霧さんは日本刀を、俺と愛鈴さんは一応「カサンドラ」をそれぞれ腰に吊っている。
 もう現場には規制線と幕が張られ、周囲には野次馬が大勢群がっていた。
 俺たちは直接幕の内側に車を入れたので、顔を見られることはない。
 テレビ局などのマスコミが来るのももうすぐだろう。
 多分、ネットでは既に事件のことが上がっているだろう。
 具体的なことは分からないだろうが、何か大きな事件であることは素人にも分かる。

 もう遺体は運ばれており、その位置がチョークで記されている。
 「アドヴェロス」が出動したので、遺体の搬送先は俺たちの本部のはずだ。
 そこで様々なことが調べられる。

 鑑識の人間が来て、それぞれの現場の写真を俺たちに見せながら説明してくれた。
 以前とは違い、「アドヴェロス」に随分と協力的になってくれた。
 早乙女さんが様々に動いてくれたお陰だと知っている。
 警察組織は管轄同士で衝突もあり、同じ警察署内でも部署で反目していることも多かった。
 特に公安組織は嫌われており、当初は俺たちが現場に入るのを露骨に嫌がられた。
 それを早乙女さんが改革した。
 警察の上層部を動かし、また現場でも協力してくれた人間に感謝し、反発する人間を説得して行った。
 情報は出来る限り共有し、次回も協力をしてくれるように頼んだ。
 そういう地道な努力があった。
 そして何よりも、ライカンスロープや妖魔との戦闘において一般警察官を守り、危険は一手に引き受けた。
 他の犯罪者以上に危険のある現場で、自分の身を挺しての早乙女さんの姿勢が、多くの警察官の意識を変えた。
 また御堂総理の力も大きい。
 ある時、御堂総理が多数の功績のある早乙女さんを表彰したことがあった。
 ヤマトテレビでその式典が報道された。
 早乙女さんが賞状と金一封を受け取った。
 それを警視総監にその場で渡した。

 「自分の功績などは一つもありません。全国の警察官が命を掛けて成し遂げた結果しかありません。私は日本の全警察官を誇りに思います」

 早乙女さんがそう言った。
 全ての警察官が早乙女さんの言葉を知った。
 全警察官が早乙女さんを信用した。





 「襲撃の現場が分かりました。議事堂の屋上でした。恐らく8人の被害者はそこへ連れ去られ、襲われたと思われます」
 
 周辺を調べていた機動捜査隊の警官が俺たちに教えてくれた。

 「現場は血の海です。そこでバラバラにしてここへ叩きつけたのかと」
 「どうやってあんな場所に運んだんだ?」
 「まだ分かりません。建物の内部からではないようです」
 「じゃあ、飛んだのかよ」
 「それはまだ」

 飛行能力のあるライカンスロープはまだ遭遇したことはない。
 だが、以前からその可能性は考えられていた。
 俺たちが説明を受けていると、早乙女さんと便利屋さんが到着した。
 俺たちは敬礼で迎える。

 早霧さんが早乙女さんに現状を報告し、便利屋さんは既に索敵を始めていた。
 全員で議事堂の屋上へ移動する。

 「便利屋さん、敵の気配はありますか?」
 「今は感じられないんですが」
 「それは?」
 「なんだかね、それでも近くにいるような感じもあるんですよ」
 「そうですか」

 便利屋さんの索敵能力は凄い。
 この人が来て、敵の位置が分からなかったことはない。
 それが、今日に限っては少し曖昧な話し方だった。

 「妖魔ではないんでしょうか?」
 「ええ、多分。妖魔だともうちょっと黒い感じなんですけどね。これは人間の黒さでさぁ」
 「そうなんですか」
 「妖魔は真っ黒、でも人間の黒さってもっと汚らしいですよ」
 「はい」

 



 屋上に着いた。
 既に鑑識が大勢いたが、まだ現場はそのまま残っている。
 血と臓物がばら撒かれている、恐ろしい現場だった。

 「早乙女さん、こいつは最悪だ。恐ろしく強くて、恐ろしく狂っていて、恐ろしく狡猾だ。気を付けておくんなさい」

 便利屋さんが言った。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

処理中です...