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虎白さんの恋 Ⅲ
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鍛錬は一層真面目にやった。
俺のような男が出来る、唯一の仕事だった。
俺にはそれしか出来ない。
邦絵には感謝し、愛してはいたが、俺はそう思い込もうとしていた。
幸せを感じる分、一層稽古にのめり込んだ。
そうしなければならないと、俺は思っていた。
幸福が恐ろしいことなのだとは、俺は思いもしなかった。
自分が幸福を感じて、初めて分かった。
虎影との別れが、俺にその恐怖を教えたのかもしれない。
俺は幸福だったのだ。
しかし、それを当たり前のことだと考えていた。
虎影を喪って、俺は初めて幸福が永遠には続かないことを知った。
不幸になって初めて、自分が幸福だったことに気付いたのだ。
だから俺は邦絵との幸福を恐れていたのかもしれない。
だから俺は一層稽古にのめり込んで、何者かにこの幸福を奪わないで欲しいと願っていたのかもしれない。
俺はやるべきことをちゃんとやる。
だから、この幸福を奪わないで欲しいと。
やがて邦絵が妊娠した。
まあ、あれだけ毎日ヤってたんだから当然だろう。
邦絵から妊娠を聞かされて、俺は跳び上がって喜んだ。
邦絵を抱いたまま庭に出て、ぐるぐると回った。
嬉しくて嬉しくて、どうにも大人しくしていられなかった。
邦絵が愛おしかった。
生まれて来る子が愛おしくて堪らなかった。
「あなた! お腹の赤ちゃんに障りますから!」
「そ、そっか!」
俺は何も知らないバカだった。
慌てて縁側に邦絵をそっと降ろし、独りで踊り回った。
邦絵が嬉しそうに笑っていた。
そのまま虎葉の家に走って行って、邦絵の妊娠を話した。
「そうか! おめでとさん!」
「おう! じゃあ宴会だ!」
「よし! みんなを集めて行くかんな!」
「ばかやろう! 邦絵はそっとしてなきゃいけないんだよ!」
「お、おう」
まったく、俺たちはバカばっかだ。
「お前の家でやるぞ!」
「うちはせめぇよ」
「何とかしろ!」
「なるか!」
「じゃあ、庭でやるか」
「おう!」
二人で他の家を回って呼んで集めた。
すぐに酒と肴が持って来られ、みんなで庭で飲んだ。
「寒いな」
「2月だかんな!」
「ワハハハハハハ!」
庭には雪が残っていた。
その上にみんな座って飲んだ。
楽しく飲んでいると、邦絵が俺を探しに来た。
大勢で騒いでいるので、すぐに見つけたようだ。
みんなにまた冷やかされ、邦絵と帰った。
「こんな寒い中で外で飲んでたんですか?」
「ああ、めでたいからな!」
「分かりません!」
「ワハハハハハハ!」
俺も分かんねぇ。
まあ、寒かった。
橋田病院に邦絵が通うようになった。
「母子手帳をもらってきました」
「おう! 見せてくれ!」
「はい」
小さな薄い手帳だった。
母親と子どもの絵が描いてある。
「こんな薄い手帳で大丈夫かよ?」
「大丈夫ですよ!」
「おい、もっと厚いのにしてもらって、ちゃんと診てもらえよ」
「まあ! ウフフフ」
そのうちに邦絵の悪阻が始まり、何も食べられなくなった。
俺は慌てた。
「おい、何なら喰えそうだ?」
「果物ならなんとか」
「おし! 俺に任せろ!」
俺は近所中を回って、出来るだけたくさんの果物を譲ってもらった。
荷車で一杯になった。
「まあ、こんなに沢山!」
「おう! どれでもどんどん食べろ!」
「食べ切れませんよ。傷んでしまう」
「いいよ! そうしたらまた貰ってくる!」
「いえ、買って来て下さい」
「ああ!」
邦絵が笑った。
やつれた顔だったが、美しい笑顔だった。
やがて邦絵の悪阻も終わり、腹が目立って来た。
7か月ということだった。
「どうも双子のようですよ?」
「ほんとかぁ!」
俺はまた踊り出した。
「一杯ヤったからかな?」
「そうですね」
邦絵が可笑しそうに笑った。
「おい、何が喰いたい?」
「普通で結構ですよ」
「いいから言えよ」
「ほんとうに。あまり食べすぎるのもいけないんです」
「そういうもの?」
「はい。産後の肥立ちが厳しくなるんですって」
「そうかよ。でもゆっくり寝てればいいじゃんか」
「まあ、ウフフフフ」
「アハハハハハハ!」
俺は精の付くものがいいと、鰻を買って来た。
双子の祝いをしたかった。
邦絵は病院に行った。
俺が焼いて食べさせようと七輪を準備した。
日が暮れても邦絵が戻らなかった。
4時には戻るはずだった。
鰻がもう焼けてしまった。
「虎白!」
虎葉がうちに駈け込んで来た。
慌てていて、顔が青い。
「おう、どうした?」
「すぐに俺と一緒に来い!」
「もうすぐ邦絵が帰ってくんだけど?」
「邦絵さんがトラックにはねられたんだぁ!」
「なんだと!」
俺の全身から力が抜けた。
頭から血が下がって行くのが分かった。
初めての経験だった。
「おい! しっかりしろ!」
虎葉が俺の頬を張っていた。
俺は担がれて、虎葉の軽トラの荷台に放り込まれた。
他にも何人か乗っていた。
誰が乗っているのか、俺には分からなかった。
目の前が真っ暗になっていた。
「さっき虎葉の家に連絡が来たんだ。お前んとこ、電話がまだねぇだろ?」
「……」
誰かが俺に話していた。
俺は叫んで立ち上がった。
荷台から飛び降りようとした。
「バカ!」
後ろから羽交い絞めにされた。
俺は行きたくなかった。
見たくなかった。
知りたくなかった。
誰も邦絵の状態を口にしなかった。
みんな知っているのだ。
だから俺は知りたくなかった。
数人がかりで俺は押さえ込まれ、病院に着いてしまった。
そして俺は知ってしまった。
俺のような男が出来る、唯一の仕事だった。
俺にはそれしか出来ない。
邦絵には感謝し、愛してはいたが、俺はそう思い込もうとしていた。
幸せを感じる分、一層稽古にのめり込んだ。
そうしなければならないと、俺は思っていた。
幸福が恐ろしいことなのだとは、俺は思いもしなかった。
自分が幸福を感じて、初めて分かった。
虎影との別れが、俺にその恐怖を教えたのかもしれない。
俺は幸福だったのだ。
しかし、それを当たり前のことだと考えていた。
虎影を喪って、俺は初めて幸福が永遠には続かないことを知った。
不幸になって初めて、自分が幸福だったことに気付いたのだ。
だから俺は邦絵との幸福を恐れていたのかもしれない。
だから俺は一層稽古にのめり込んで、何者かにこの幸福を奪わないで欲しいと願っていたのかもしれない。
俺はやるべきことをちゃんとやる。
だから、この幸福を奪わないで欲しいと。
やがて邦絵が妊娠した。
まあ、あれだけ毎日ヤってたんだから当然だろう。
邦絵から妊娠を聞かされて、俺は跳び上がって喜んだ。
邦絵を抱いたまま庭に出て、ぐるぐると回った。
嬉しくて嬉しくて、どうにも大人しくしていられなかった。
邦絵が愛おしかった。
生まれて来る子が愛おしくて堪らなかった。
「あなた! お腹の赤ちゃんに障りますから!」
「そ、そっか!」
俺は何も知らないバカだった。
慌てて縁側に邦絵をそっと降ろし、独りで踊り回った。
邦絵が嬉しそうに笑っていた。
そのまま虎葉の家に走って行って、邦絵の妊娠を話した。
「そうか! おめでとさん!」
「おう! じゃあ宴会だ!」
「よし! みんなを集めて行くかんな!」
「ばかやろう! 邦絵はそっとしてなきゃいけないんだよ!」
「お、おう」
まったく、俺たちはバカばっかだ。
「お前の家でやるぞ!」
「うちはせめぇよ」
「何とかしろ!」
「なるか!」
「じゃあ、庭でやるか」
「おう!」
二人で他の家を回って呼んで集めた。
すぐに酒と肴が持って来られ、みんなで庭で飲んだ。
「寒いな」
「2月だかんな!」
「ワハハハハハハ!」
庭には雪が残っていた。
その上にみんな座って飲んだ。
楽しく飲んでいると、邦絵が俺を探しに来た。
大勢で騒いでいるので、すぐに見つけたようだ。
みんなにまた冷やかされ、邦絵と帰った。
「こんな寒い中で外で飲んでたんですか?」
「ああ、めでたいからな!」
「分かりません!」
「ワハハハハハハ!」
俺も分かんねぇ。
まあ、寒かった。
橋田病院に邦絵が通うようになった。
「母子手帳をもらってきました」
「おう! 見せてくれ!」
「はい」
小さな薄い手帳だった。
母親と子どもの絵が描いてある。
「こんな薄い手帳で大丈夫かよ?」
「大丈夫ですよ!」
「おい、もっと厚いのにしてもらって、ちゃんと診てもらえよ」
「まあ! ウフフフ」
そのうちに邦絵の悪阻が始まり、何も食べられなくなった。
俺は慌てた。
「おい、何なら喰えそうだ?」
「果物ならなんとか」
「おし! 俺に任せろ!」
俺は近所中を回って、出来るだけたくさんの果物を譲ってもらった。
荷車で一杯になった。
「まあ、こんなに沢山!」
「おう! どれでもどんどん食べろ!」
「食べ切れませんよ。傷んでしまう」
「いいよ! そうしたらまた貰ってくる!」
「いえ、買って来て下さい」
「ああ!」
邦絵が笑った。
やつれた顔だったが、美しい笑顔だった。
やがて邦絵の悪阻も終わり、腹が目立って来た。
7か月ということだった。
「どうも双子のようですよ?」
「ほんとかぁ!」
俺はまた踊り出した。
「一杯ヤったからかな?」
「そうですね」
邦絵が可笑しそうに笑った。
「おい、何が喰いたい?」
「普通で結構ですよ」
「いいから言えよ」
「ほんとうに。あまり食べすぎるのもいけないんです」
「そういうもの?」
「はい。産後の肥立ちが厳しくなるんですって」
「そうかよ。でもゆっくり寝てればいいじゃんか」
「まあ、ウフフフフ」
「アハハハハハハ!」
俺は精の付くものがいいと、鰻を買って来た。
双子の祝いをしたかった。
邦絵は病院に行った。
俺が焼いて食べさせようと七輪を準備した。
日が暮れても邦絵が戻らなかった。
4時には戻るはずだった。
鰻がもう焼けてしまった。
「虎白!」
虎葉がうちに駈け込んで来た。
慌てていて、顔が青い。
「おう、どうした?」
「すぐに俺と一緒に来い!」
「もうすぐ邦絵が帰ってくんだけど?」
「邦絵さんがトラックにはねられたんだぁ!」
「なんだと!」
俺の全身から力が抜けた。
頭から血が下がって行くのが分かった。
初めての経験だった。
「おい! しっかりしろ!」
虎葉が俺の頬を張っていた。
俺は担がれて、虎葉の軽トラの荷台に放り込まれた。
他にも何人か乗っていた。
誰が乗っているのか、俺には分からなかった。
目の前が真っ暗になっていた。
「さっき虎葉の家に連絡が来たんだ。お前んとこ、電話がまだねぇだろ?」
「……」
誰かが俺に話していた。
俺は叫んで立ち上がった。
荷台から飛び降りようとした。
「バカ!」
後ろから羽交い絞めにされた。
俺は行きたくなかった。
見たくなかった。
知りたくなかった。
誰も邦絵の状態を口にしなかった。
みんな知っているのだ。
だから俺は知りたくなかった。
数人がかりで俺は押さえ込まれ、病院に着いてしまった。
そして俺は知ってしまった。
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