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ニューヨークの夜景 Ⅱ
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「トラ、もう帰っちゃうんだな」
「ああ。今回も稼がせてもらったな。いつもありがとうな」
「いいって」
俺たちは礼を言うと必ず「なんでもない」と応える。
本当にお互いにそう思っているのだ。
大学時代の夏休みは、大抵ニューヨークに来て聖の仕事を手伝っていた。
冬休みや春休みも結構来た。
この時は、コンゴの内戦の仕事を終わった時だ。
第一次コンゴ戦争の前哨戦的なものだった。
俺たちは最後の夜を夜景を見て過ごそうと話した。
俺もいつも聖のアパートメントに来るばかりで、ニューヨークの夜景をまともに見たことは無かったからだ。
綺麗だということは聞いているし分かっている。
聖はニューヨークに住みながら、観光や遊びには興味が無かった。
俺が夜景を見たいと言うと、驚いて、そして困っていた。
「俺、そういう場所ってよく知らないんだ」
「ああ、そうだろうなぁ」
「トラ、ごめん。お前が折角言ってるのに」
「いいって。丁度仲良くなったナンシーから聞いてるぜ」
「そうか!」
ソーホーを歩いている時に逆ナンされた。
金髪でスタイルの良い美人だったので、即座に「お付き合い」して仲良くなった。
聖の所へ来ると、何度か連絡して会っていた。
「ブルックリン橋を渡るといいんだってよ」
「そっか!」
聖には興味がないだろうし申し訳なかったが、俺はこいつと一緒に夜景を見たかった。
食事を済ませて夜の10時にアパートメント出て、俺たちはキャブを拾ってゆっくり走ってもらった。
ワイルドターキーとグラスを持って行った。
「おい、そこで止めてくれ!」
俺が運転手に言って、そこで降りた。
一番綺麗に夜景が見える場所だと思った。
イースト川をまたぎ、マンハッタンの美しい夜景が拡がっていた。
思いがけず、聖が感動していたので驚いた。
「トラ! 最高だな!」
「な!」
聖が喜んでいるので、俺も嬉しくなった。
俺たちは笑いながら地面に座り、酒を飲み始めた。
つまみは無い。
夜景があれば良かった。
「綺麗だなー、トラ」
「ああ、そうだな」
本当にそう思った。
俺が見たくて誘ったのだが、聖の方が夢中になってマンハッタンを眺めていた。
高層ビルが美しく輝き、地上の方も宝石をばら撒いたかのようにキラキラと光っていた。
「俺、あんなとこに住んでるんだな」
「お前よー」
聖が嬉しそうに笑って俺を見た。
「なんかさ、やる気になってきた」
「そうかよ」
聖にそういう感性があるとは思わなかった。
目を輝かせている。
「やっぱトラはいいな」
「なんだよ?」
「俺さ、綺麗なものなんて全然興味無かったからよ」
「そうか」
「こんなに綺麗なのって初めてだよ! ありがとうな、トラ!」
「おい、恥ずかしいだろう!」
俺は聖の感動が眩しくて、話題を変えた。
「『わが心のボルチモア』という映画があるんだ」
「へぇ」
「東欧の移民一家の話なんだけどな。最初にメリーランド州のボルチモアに着いた時に、丁度アメリカの独立記念日だったんだよ」
「へぇ」
聖は夜景を見ながら、俺の話を聞いていた。
「町中が綺麗にライトアップされていたんだ。それを見て、本当に綺麗な場所に自分が行き着いたと思った」
「!」
「そこで暮らし始め、一生懸命に働いた。最初に観た美しい街が、いつまでも心の底にあった。だから頑張れたんだな」
「そっか……」
聖が嬉しそうにしながら、ずっと夜景を見ている。
「人間はそういうのでいいと思うんだ。一度それを確かに観た。それを大事にしていれば、人間はそれでいい」
「俺はトラと出会ったからな」
「ああ、俺も聖がいるからな」
聖が笑った。
俺はちょっと恥ずかしくて横を向いた。
聖はいつだって純粋で真直ぐだ。
「今日はこんな綺麗な景色を見れた。これもトラのお陰だ」
「お前が喜ぶんなら俺も嬉しいよ」
「うん」
俺たちはゆっくりと酒を飲み、夜明けまで眺めていた。
酒は途中で尽きたが、俺たちはずっと夜景を観ていた。
空が白み始め、ようやく俺たちは歩いてブルックリン橋を渡った。
夜明けのマンハッタンも美しかった。
「何かの本で読んだんだけど、アメリカへ移民たちが来る時に、見たこともない大きな街を見て驚くんだよ」
「そうだろうな」
「その本では夢が破れて行く主人公なんだけどな」
「そうか」
「俺はそれでもいいと思うよ。アメリカに来て感動した。それだけでいい。成功や何かなんてどうでもいい」
「そうだな」
「聖はここで生きていくんだろう?」
「そうだ。トラのためにな」
「お前、何言ってんだよ?」
俺は笑ってしまった。
俺と遠く離れた場所に住んで、どうして俺のためなのかと。
でも、その後で俺は聖の心を思い知った。
俺が医者になり普通の生活をしていく。
だから聖はいつでも俺を守れるように、自分が強く成ろう、力を持とうと考えていた。
喧嘩好きな俺が、万一困ったら。
そうしたら自分がいつもで駆けつけて俺を助けられるように。
あいつはずっとそんなことを考えてここまで来た。
そして、本当に俺のために戦ってくれている。
聖がそう誓ったように。
俺は聖にはどんなに感謝しても足りない。
俺の大事な最高の友達。
俺が喜ぶと最高にいい笑顔をしてくれる親友。
永遠の友達。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そうか、あの人はお前にとって、そういう人間なのだな」
「はい。最高ですよ」
院長が嬉しそうに笑った。
「御堂総理といい、聖さんといい、お前は本当にいい人間と親しくなるな」
「院長も静子さんもですよ!」
「おお」
お二人が嬉しそうに笑った。
響子と六花を抱き寄せた。
「こいつらも、あいつらもね」
「そうだな」
響子が俺に抱き着き、六花は顔を俺に寄せた。
亜紀ちゃんたちもニコニコしていた。
「ああ、俺も酒が飲めたらな」
「辞めて下さいね。すぐ寝ちゃうんだから」
「ワハハハハハハ!」
良かった、院長も少しは元気が出たようだ。
「石神、俺も頑張るぞ」
「いえ、普通でいいんで、お二人で長生きして下さいね」
「ばかもの! 俺はまだまだ現役で頑張るぞ!」
「はいはい」
ルーとハーが院長と静子さんの手を繋いだ。
「ルーちゃんとハーちゃんの子どもを観るまではな!」
「そうですね」
双子がニコニコとしていた。
まあ、こいつらが子どもを生むのかどうかは知らん。
でも、誰にも分からないことだ。
今、俺たちが思っていることだけでいい。
俺はそろそろと言い、みんなを車に入れた。
みんな黙って夜景を観ながら帰った。
今はこれでいい。
この時のことを、それぞれが胸にしまっておけば、それでいい。
「ああ。今回も稼がせてもらったな。いつもありがとうな」
「いいって」
俺たちは礼を言うと必ず「なんでもない」と応える。
本当にお互いにそう思っているのだ。
大学時代の夏休みは、大抵ニューヨークに来て聖の仕事を手伝っていた。
冬休みや春休みも結構来た。
この時は、コンゴの内戦の仕事を終わった時だ。
第一次コンゴ戦争の前哨戦的なものだった。
俺たちは最後の夜を夜景を見て過ごそうと話した。
俺もいつも聖のアパートメントに来るばかりで、ニューヨークの夜景をまともに見たことは無かったからだ。
綺麗だということは聞いているし分かっている。
聖はニューヨークに住みながら、観光や遊びには興味が無かった。
俺が夜景を見たいと言うと、驚いて、そして困っていた。
「俺、そういう場所ってよく知らないんだ」
「ああ、そうだろうなぁ」
「トラ、ごめん。お前が折角言ってるのに」
「いいって。丁度仲良くなったナンシーから聞いてるぜ」
「そうか!」
ソーホーを歩いている時に逆ナンされた。
金髪でスタイルの良い美人だったので、即座に「お付き合い」して仲良くなった。
聖の所へ来ると、何度か連絡して会っていた。
「ブルックリン橋を渡るといいんだってよ」
「そっか!」
聖には興味がないだろうし申し訳なかったが、俺はこいつと一緒に夜景を見たかった。
食事を済ませて夜の10時にアパートメント出て、俺たちはキャブを拾ってゆっくり走ってもらった。
ワイルドターキーとグラスを持って行った。
「おい、そこで止めてくれ!」
俺が運転手に言って、そこで降りた。
一番綺麗に夜景が見える場所だと思った。
イースト川をまたぎ、マンハッタンの美しい夜景が拡がっていた。
思いがけず、聖が感動していたので驚いた。
「トラ! 最高だな!」
「な!」
聖が喜んでいるので、俺も嬉しくなった。
俺たちは笑いながら地面に座り、酒を飲み始めた。
つまみは無い。
夜景があれば良かった。
「綺麗だなー、トラ」
「ああ、そうだな」
本当にそう思った。
俺が見たくて誘ったのだが、聖の方が夢中になってマンハッタンを眺めていた。
高層ビルが美しく輝き、地上の方も宝石をばら撒いたかのようにキラキラと光っていた。
「俺、あんなとこに住んでるんだな」
「お前よー」
聖が嬉しそうに笑って俺を見た。
「なんかさ、やる気になってきた」
「そうかよ」
聖にそういう感性があるとは思わなかった。
目を輝かせている。
「やっぱトラはいいな」
「なんだよ?」
「俺さ、綺麗なものなんて全然興味無かったからよ」
「そうか」
「こんなに綺麗なのって初めてだよ! ありがとうな、トラ!」
「おい、恥ずかしいだろう!」
俺は聖の感動が眩しくて、話題を変えた。
「『わが心のボルチモア』という映画があるんだ」
「へぇ」
「東欧の移民一家の話なんだけどな。最初にメリーランド州のボルチモアに着いた時に、丁度アメリカの独立記念日だったんだよ」
「へぇ」
聖は夜景を見ながら、俺の話を聞いていた。
「町中が綺麗にライトアップされていたんだ。それを見て、本当に綺麗な場所に自分が行き着いたと思った」
「!」
「そこで暮らし始め、一生懸命に働いた。最初に観た美しい街が、いつまでも心の底にあった。だから頑張れたんだな」
「そっか……」
聖が嬉しそうにしながら、ずっと夜景を見ている。
「人間はそういうのでいいと思うんだ。一度それを確かに観た。それを大事にしていれば、人間はそれでいい」
「俺はトラと出会ったからな」
「ああ、俺も聖がいるからな」
聖が笑った。
俺はちょっと恥ずかしくて横を向いた。
聖はいつだって純粋で真直ぐだ。
「今日はこんな綺麗な景色を見れた。これもトラのお陰だ」
「お前が喜ぶんなら俺も嬉しいよ」
「うん」
俺たちはゆっくりと酒を飲み、夜明けまで眺めていた。
酒は途中で尽きたが、俺たちはずっと夜景を観ていた。
空が白み始め、ようやく俺たちは歩いてブルックリン橋を渡った。
夜明けのマンハッタンも美しかった。
「何かの本で読んだんだけど、アメリカへ移民たちが来る時に、見たこともない大きな街を見て驚くんだよ」
「そうだろうな」
「その本では夢が破れて行く主人公なんだけどな」
「そうか」
「俺はそれでもいいと思うよ。アメリカに来て感動した。それだけでいい。成功や何かなんてどうでもいい」
「そうだな」
「聖はここで生きていくんだろう?」
「そうだ。トラのためにな」
「お前、何言ってんだよ?」
俺は笑ってしまった。
俺と遠く離れた場所に住んで、どうして俺のためなのかと。
でも、その後で俺は聖の心を思い知った。
俺が医者になり普通の生活をしていく。
だから聖はいつでも俺を守れるように、自分が強く成ろう、力を持とうと考えていた。
喧嘩好きな俺が、万一困ったら。
そうしたら自分がいつもで駆けつけて俺を助けられるように。
あいつはずっとそんなことを考えてここまで来た。
そして、本当に俺のために戦ってくれている。
聖がそう誓ったように。
俺は聖にはどんなに感謝しても足りない。
俺の大事な最高の友達。
俺が喜ぶと最高にいい笑顔をしてくれる親友。
永遠の友達。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「そうか、あの人はお前にとって、そういう人間なのだな」
「はい。最高ですよ」
院長が嬉しそうに笑った。
「御堂総理といい、聖さんといい、お前は本当にいい人間と親しくなるな」
「院長も静子さんもですよ!」
「おお」
お二人が嬉しそうに笑った。
響子と六花を抱き寄せた。
「こいつらも、あいつらもね」
「そうだな」
響子が俺に抱き着き、六花は顔を俺に寄せた。
亜紀ちゃんたちもニコニコしていた。
「ああ、俺も酒が飲めたらな」
「辞めて下さいね。すぐ寝ちゃうんだから」
「ワハハハハハハ!」
良かった、院長も少しは元気が出たようだ。
「石神、俺も頑張るぞ」
「いえ、普通でいいんで、お二人で長生きして下さいね」
「ばかもの! 俺はまだまだ現役で頑張るぞ!」
「はいはい」
ルーとハーが院長と静子さんの手を繋いだ。
「ルーちゃんとハーちゃんの子どもを観るまではな!」
「そうですね」
双子がニコニコとしていた。
まあ、こいつらが子どもを生むのかどうかは知らん。
でも、誰にも分からないことだ。
今、俺たちが思っていることだけでいい。
俺はそろそろと言い、みんなを車に入れた。
みんな黙って夜景を観ながら帰った。
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