上 下
1,915 / 2,840

思い出の品

しおりを挟む
 柳と家に戻ると、丁度カレーが出来上がった瞬間だった。

 「「「チッ!」」」
 「なんだ、その舌打ちはぁ!」
 
 危なかった。
 カレーで出遅れるということは、石神家では様々な弊害がある。
 「食の弱者」として、この先どんな目に遭うのか分からん。
 まあ、これまでいなかったが。

 みんなでカレーを食べた。
 今日はインドやエスニックなどではなく、昔ながらの日本のカレーだ。
 うちは多少拘ってはいるが、基本はゴロゴロ野菜と牛肉の塊だ。

 「明日は院長たちが来るからな!」
 「「「「はい!」」」」

 明後日からニューヨークとアラスカへ行く。
 ニューヨークではロックハート家との顔繋ぎと、あとは観光をしていただく。
 あまり旅行になど出掛けない二人なので、俺は楽しんで貰いたいと思っている。
 俺たちは聖の「セイントPMC」での戦闘訓練だ。
 子どもたちが中心になって行なう予定だった。。
 先日の妖魔襲撃にはロックハート家の支援砲撃とクレアの「スズメバチ」が大半の迎撃をこなした。
 それを抜けて来た上級妖魔には、聖以外はほとんど相手にならなかった。
 つまり、「セイントPMC」の対妖魔戦の構築が急がれるということだった。

 うちのカレーは速い。
 2分以上を掛けて一皿を喰う奴はいない。
 じっくりと丁寧に仕上げてたちまちに喰う。
 俺は仕事の時には、一杯だけ残している。
 幾ら俺が家長の権力をかざしても、カレーだけはそこまでだった。
 肉以上の恐ろしいほどの執念がある。
 まあ、俺がカレーが大好きだからなのだろうが。
 こいつらは、俺の好物を好きになった。

 「お前らよ、ここに来る前はどういうものが好きだったんだよ?」

 「「「「カレー!」」」」
 「……」

 柳まで目の色を変えて喰っている。
 俺も夢中で食べて、夕飯を終えた。




 風呂に入り、亜紀ちゃんが誘いに来た。

 「一緒に『虎は孤高に』を地下で観ませんか?」
 「やだ」
 「えーん」

 また大興奮の亜紀ちゃんと観るのはウザい。
 他の子どもたちが誘われたが、みんなに断られていた。

 「えーん」

 俺は柳を誘って、庭で飲もうと思った。

 「え!」
 「たまにはよ、庭の花を眺めながら飲もうぜ?」
 「はい!」

 柳は嬉しそうな顔でつまみを作り始めた。

 「……」

 亜紀ちゃんが迷っている。

 「亜紀ちゃんはテレビを観ればいいじゃないか」
 「わ、わたしもー!」

 柳を手伝い始めた。
 俺は笑って酒を持って庭に出た。
 テーブルと椅子を用意する。
 亜紀ちゃんと柳が料理を持って降りて来た。

 さつま揚げ焼き。
 サーモンのチーズ焼き。
 雪野ナス。
 ふろふき大根。
 ふきと油揚げの煮物。

 結構あっさり目だ。
 先日、食糧の大量消費をしたので、こういうものになった。
 俺は冷酒を用意した。
 江戸切子のグラスで飲む。

 「お刺身、とっとけば良かったですね」
 「まーなー」

 さつま揚げにすりショウガを乗せて食べる。
 まあ、こういうものもいい。
 目の前には、デンドロビュームが咲いていた。
 地面にLEDライトを仕込み、ほんのりと浮かび上がっている。
 柳が、さっき話した奈津江のデンドロビュームの思い出を亜紀ちゃんに話した。

 「へぇー! 奈津江さんはそれでデンドロビュームがお好きだったんですね!」
 「まあな。他の花も好きで、よく買って帰っていたよ」
 「そうなんですかー」

 多分、お母さんがそうだったのだろう。
 奈津江の好きな物は、ほとんどがお母さんが好きだったものだ。

 「綺麗な缶をとっとくとかもな」
 「あ! 奈津江さんのお部屋に一杯ありますよね!」
 「そうだな。お父さんがそれを知っていたから、日本に帰る時には奈津江のために持って帰ったみたいだ」
 「そうですか!」

 奈津江はそれに、いろいろなものを入れて大切にしていた。

 「タカさんも多いですよね!」
 「そうだな。まあ、誰でもそういうのはあるんじゃないか?」
 「そうですかねー」

 「亜紀ちゃんの部屋だって多いじゃないか」

 まあ、今は『虎は孤高に』関連グッズだが。
 俺がヤマトテレビに売れるからと用意させたのだが、亜紀ちゃんはコンプリートだ。
 俺の立場を利用し、出演者やスタッフ全員のサイン色紙まである。
 もちろん、俺も書かされた。

 「そうですね!」
 「柳の部屋もな」
 「そうですけど、あんまり人に自慢できるようなものでは」
 「そんなの、俺だってそうだよ」
 「アハハハハハハ!」

 柳の部屋には女の子らしいというか、綺麗なものが多い。
 アクセサリーや小物もそうだが、ぬいぐるみなどもある。
 
 「双子の部屋もな」
 「「アハハハハハハハ!」」

 マイクロビキニとアニマルヘッドだが。
 置き切れないので、裏の棟にも置き場所がある。
 
 「人それぞれでいいんだけどな。写真なんかは分かりやすいが、分かりやすい故にどうも軽いんだよな」
 「タカさん、最近一杯撮りますよね?」

 亜紀ちゃんの頭をはたく。

 「芸術と同じでな。表現の少ない方が深いんだよ。だから奈津江だって、お母さんじゃないデンドロビュームの花が大好きだったんだ」
 
 二人とも微笑んでデンドロビュームを見た。

 「あー! こんなとこにいたんだー!」

 ルーとハーがロボを連れて来た。
 こっちに走って来るので、亜紀ちゃんが慌ててサーモンのチーズ焼きを口に入れた。

 「お前らも何か持って来いよ。ああ、ロボのマットとお猪口もな!」
 「「はーい!」」

 二人はすぐにペプシコーラとチップス&チップスの「バターポテト」を一函抱えて来た。
 大阪の大丸梅田の限定商品だ。
 風花が送ってくれた。
 何種類ものフレーバーがあり、みんなで楽しく食べられる。
 亜紀ちゃんがすぐに一袋開けてバリバリと食べ始めた。

 「ルーとハーが来たからな。院長の大事なものの話をするか」
 「「わーい!」」

 柳が双子に、今話していたことを説明する。
 双子もニコニコして俺を見た。

 
 
 「俺が院長の家に呼ばれるようになってからのことだ」

 デンドロビュームが風に吹かれたか、静かに揺れた。
 俺はそれを見て微笑んだ。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...