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「紅六花ビル」の日々

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 4月30日。
 朝7時にハマーで出発する。
 今日は朝食は無い。
 途中のサービスエリアで8時過ぎに食べることにしていた。
 響子はもちろん、六花も子どもたちもすぐに寝た。
 亜紀ちゃんが助手席に座ろうとしたが、興奮して夕べの『虎は孤高に』の話をされるのがウザくて、柳を呼んだ。

 「お前も寝てていいぞ?」

 助手席の柳に言った。
 
 「いいえ、何となく私の役目のような気が」
 「流石は気遣いの御堂家だな!」
 「アハハハハハ!」

 まあ、柳の優しさは嬉しい。

 「亜紀ちゃん、本当にあのドラマが大好きですよね」
 「そうだなぁ」
 「石神さんは、どんな感じなんですか?」
 「俺? まあ、恥ずかしいよ。だって、俺のやって来たことなんかろくでもないことばかりなのに、何だかいいドラマになっちゃってるからな」
 「そんなことは! だって、ほとんど本当のことじゃないですか」
 「それでもなぁ。ドラマになってるのは確かに多少は良いことだけどさ、あれはほんの一部で、俺はほとんどとんでもないバカだったからな」
 「そんなことないですよ!」

 ハマーのV8エンジンが唸っている。
 
 「あのテーマソングはいいですよねー」
 「あれか」

 俺は笑って、亜紀ちゃんには黙っていろと言った。

 「あれさ、俺の作詞作曲なんだよ」
 「えぇー!」
 「南に頼まれてさ。最初は断ったんだけど、ほら、俺のCDを亜紀ちゃんが南にやったんだよ。だから南が是非曲を創って欲しいってなぁ。プロデューサーやディレクターからも頼まれちゃって」
 「それであんなスゴイ曲を創ったんですか!」
 「凄くねぇよ!」
 「でも、作詞作曲って名前違いますよね?」
 
 放映の画面では「太賀乱蔵」が作詞作曲となっている。

 「あー、あれは俺の芸名」
 「え?」
 「ほら、前に石動の誘いでAVに出たろ? その時の俺の芸名だよ」
 「エェッーーーーー!」
 「バカ! 静かにしろ! 亜紀ちゃんが起きたらどうすんだ!」
 「す、すみません」

 柳が自分の口を押える。

 「あのバカ娘、DVDをろくに見ないでバリバリ噛み砕いたからな。俺の芸名なんて知らないだろう」
 「よくやりましたね!」
 「TORAじゃ不味いからなぁ。ああ、ギターの演奏も俺な。歌は違うけどな」
 「そうなんですかー」

 柳が感心していた。

 「俺の本当のファンならよ、俺のギターなんてすぐに分かるんだよ。まあ、ニワカはな、だからダメよな」
 「厳しいですね」

 柳と二人で笑った。

 「橘弥生なんかは分かるだろうけどな。でも、どうせ日本のドラマなんか観ねぇから。安心だぜぇ」
 「あの、お父さんは知ってます?」
 「お前よ、俺と御堂の間はとっくに分かってんだろう!」
 「すいません、当たり前のことを聞いてしまいました」

 二人で笑った。

 「まあ、俺たちだけの秘密な。他の連中には黙っててくれ」
 「でも、知っててもいいんじゃないですか?」
 「おい、あの亜紀ちゃんの毎週の大興奮を観てるだろう! あれ以上になったらどうすんだよ!」
 「なるほどー」

 もうすぐ『虎は孤高に』の第一期《幼少時代~小学生時代》のブルーレイとDVDボックスが発売される。
 その中に、特典として主題歌のCDが付く予定だ。
 柳に話すと、楽しみだと言った。

 「一応フルコーラスだからな」
 「また亜紀ちゃんが大騒ぎですね」
 「そうだよなー」

 


 9時前になり、サービスエリアにハマーを入れた。
 子どもたちも響子も起きている。
 みんなで朝食にした。

 響子にだけは、ベーグルサンドを用意している。
 売店の食事は響子の好みのものは無い。
 スモークサーモンとタマネギ、それにクリームチーズとピクルスだ。
 好きな方を一つと思っていたが、響子は両方とも食べた。
 六花と一緒に褒めた。
 
 「お前、三日分じゃん」
 「ちがうよ!」

 俺はコーヒーとカツサンドを食べた。
 六花と子どもたちはもちろん言い尽くせないメニューだ。
 家では朝食は普通なのだが、出掛けると途端に量が桁違いになる。
 別に構わないのだが。
 まあ、俺も旅行の最中は若干多めに食べるのだが。

 「石神先生、「紅オイシーズ」が凄いことになってるんですよ」
 「そうだってな。よしこから聞いたよ」

 双子の「手かざし」によって超品種改良された「紅オイシーズ」だったが、更にロボウンコを肥料に使ったところ、大きさがメロンほどにもなった。
 枝も頑丈で、そのままぶら下がっている光景はちょっとコワイ程だ。

 「ロボのウンチって、本当にスゴイですよね」
 
 六花は「ウンチって言う派」だ。
 響子が辞めろと言っている。

 「ロボのは汚くない!」
 
 子どもたちが笑った。

 30分程でハマーに戻り、出発した。




 12時前。
 出迎えはいらないと言ったのだが、やはり80名全員が揃って俺たちを迎えてくれた。
 
 「お前ら、仕事をしろよ」
 「これが一番大事な仕事なんです!」

 タケが笑って言った。
 俺たちの荷物を8階に運んでくれ、俺たちはそのまま2階に案内された。
 小鉄が俺たちのために、大量の食事を作ってくれていた。
 子どもたちが遠慮なくどんどん食べ、以前よりも美味しいと言って小鉄を喜ばせた。

 食べていると、暁園の園長になった亜蘭が挨拶に来た。

 「亜蘭! 頑張ってるらしいな」
 「いいえ! でも毎日楽しいですよ」
 「そうか」

 以前よりも穏やかになった。
 笑顔の似合ういい奴だったのだが、どうしても緊張体質というか、張り詰めた所もあった。
 それが抜けて、亜蘭本来の温厚で優しい感じが落ち着きと共ににじみ出ている。
 一緒に食べようと言ったが、すぐに戻って子どもたちと一緒に食べると言った。

 「じゃあ、後で顔を出すからな」
 「はい! お待ちしてます!」

 双子が亜蘭に抱き着いて、亜蘭が倒れそうになった。
 ニコニコしてベスパに乗って帰って行った。
 運転免許を持っていない亜蘭だったが、子どもたちをどこかへ連れて行くために、頑張って免許を取得した。
 28名を乗せられるマイクロバスを運転している。
 しかし普段の自分は、ベスパで移動することが多い。
 駐車場で出て来た小鉄と笑って話していた。
 ここでの暮らしを楽しんでいるようだ。

 ほとんどの人間は帰ったが、一部が残って俺たちと一緒に食べた。
 亜紀ちゃんが食べながら、夕べの『虎は孤高に』を観たかとみんなに尋ねていた。

 「もちろん観ましたよ! 昨日も良かったですね!」
 「そうなんですよ!」

 亜紀ちゃんがまた嬉しそうに話している。
 双子はその間に、ガンガン食べていた。
 離乳食を食べ始めた吹雪に、何人も群がる。
 一口食べるごとに、嬉しそうな歓声が挙がっていた。
 響子も一段と綺麗になったと言われ、喜んでいた。

 小鉄が上がって来た。

 「何か追加は如何ですか?」
 「もう十分だよ。ありがとうな」
 「いいえ!」

 「夕方は子どもたちにも手伝わせるからな」
 「いえ、ゆっくりなさってて下さい」
 「そうはいかないよ。子どもたちは食事の手伝いを楽しみにしてるんだし、俺は朝の片づけを楽しみにしてるんだからな!」
 「石神さん! 明日は寝てて下さいね!」

 よしこが叫んだ。

 「分かったよ!」
 「ほんとに、もう!」

 みんなが笑った。




 本当にいい連中だ。 
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