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新人ナース研修

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 「部長、ゴールデンウィーク前に、もう一度ナース研修を頼みますね」
 「またやんのかよー」

 一江が週初めの報告で、俺に言った。
 4月最後の月曜日。
 新人ナース400人がうちに入った。
 全国的なナース不足の中にあって、うちの病院は異例な大量応募だった。
 実に5000人もの応募があり、人事部長が満面の笑みで選考を行なった。
 その中から優秀な看護師400名を採用し、うちのナース不足は見事に解消された。
 まあ、俺が言うのもなんだが、うちの採用条件は断トツで良い。
 給与面でも福利厚生面でも最高を自負している。
 言い換えれば、ナース不足によってどこの病院も労働条件がきつくなっているのだ。
 だから、うちの病院はますます良い労働環境になった。

 しかし、一つ問題があった。

 最初の採用時の入所式の時。
 ホテルオークラの会場を借りた。
 登壇した俺に、一斉に大歓声が沸いた。
 院長が俺を睨む。
 俺は無視して手を振ってやった。

 「おい、これから入所式だ。静かに頼む!」

 俺がそう言うとようやく収まり、無事式典は終わった。
 その後でビュッフェパーティがその場で開かれる。
 俺は大勢のナースたちに取り囲まれ、大変な騒ぎになった。
 院長や他の人間の所へはほとんど行かない。

 院長が俺を睨む。

 「おい、折角の機会なんだから他の先生方にも挨拶に行け!」
 「石神先生だけでいいんです!」
 「どうか石神先生の部に入れて下さい!」
 「結婚して下さい!」

 「おい!」

 仕方なく俺が院長の所へ行った。
 バナナを食べていた。

 「院長、みんな院長と話をしたいって」
 「そうか!」
 
 全然話をしねぇ。

 「いいか、この方はなぁ、世界中の外科医から尊敬される「奇跡の手」と呼ばれる名医なんだぞ!」
 「石神先生はいつ院長になるんですか?」
 「ばかやろー!」

 みんなが笑い、院長が俺を睨む。

 「ああ、来年はこの石神に院長になってもらうから」

 不貞腐れた院長が言った。

 「本当ですか!」
 「院長! 冗談じゃないですよ!」
 「いいじゃないか。お前はそんなにモテるんだからなぁ」
 「院長!」

 仕方なく、俺は一江を呼んで新人ナースたちに説教させた。

 「いいですかー。この石神部長は今でも病院内でモテモテです!」

 みんなが大歓声を上げる。

 「でもですね、うちの病院内では石神部長へのアプローチは厳禁事項です。職場なんですからね」

 ブーイングが出る。

 「この規定を守れない人は、全員退職していただいています」

 全員が黙る。

 「言い換えれば、一緒にいられれば、もしもということもあり得るということです。でも退職すれば、その目はありません、いいですね!」

 『はい!』

 まあ、上手くまとまったようだ。
 何とか入所式は終わった。




 新人研修が始まり、俺も2度ほど講義をした。
 オペ看に関することだったが、新人ナースたちがまた大騒ぎで大変だった。
 一応人事部の方で、配属の希望を募る。
 人事部長から、第一外科部に全員が応募したことを知る。
 第二希望はオペ看だ。
 希望を聞いてはいるが、もちろん配属が希望通りになるわけではない。
 第一外科部の配属は、オペ看と共に様々な医師たちの補助だ。
 これまで専属はいなかったが、ナースが大量に雇用出来たので、そういう配属が新たに出来た。
 10名の枠であり、新たな試みなので、全て新人ナースの予定だった。
 俺から希望して、取りやめになった。
 あんな連中を下に持ったら大変だ。
 熱が冷めるまで、距離を置かなければならない。

 もう一つ、重大な問題がうちの病院にはある。
 響子だ。

 響子は非常に特殊な事情でうちの病院にいる。
 だから新人ナースが響子のことを知ることは絶対に避けたい。
 タマによって精神操作をしたが、それでも響子の部屋へ行く俺を追い掛けようとする人間もいる。
 タマに、新たに新人ナースたちが響子に近寄らないようにさせるしかなかった。
 あまり妖魔の力を借りること、特に精神を操作することは俺はしたくはない。
 しかし、しょうがない処置だった。

 そして全体新人ナース研修の最後の講義。
 これまでは基本的なことや、OJTで様々な部署を順番に経験させてきた。
 今後は配属が決まり、その部署での専門的な研修になる。

 今日の俺び講義は医療従事者の心得を総括的に話すことになっていた。
 全員が集まっての講義になるため、近くの広い貸しホールを借りた。

 「今日は「愛」について話したい」

 講演のタイトルとは違うので、少々驚かれた。

 「仕事の本質、まあ、人間の全ての本質と言ってもいいが、それは「愛」だ」

 全員が黙って聴いてくれている。

 「愛というのは、要するに自分以外の誰かのために、ということだ。自分が幸せになりたいというのは愛でも何でも無い! それはただのワガママだ。まあ、ワガママを抱いてもいいんだがな。でも、俺は「愛」に生きる人間が大好きだ」

 「病院には怪我を負った人、病気にかかった人が来る。誰もそんなことは望んでもいなかっただろう。でも、運命によってそうなってしまった。俺たちは、そういう人間を相手にする」

 真剣な顔で聴いている。

 「俺たちの愛はどこにあるのか。それは、患者さんたちのために、少しでも役立とうとする心だ。看護師は激職だ。非常に重労働で、大変にきつい仕事だ。患者さんの中には心に傷を負った人も多い。自分でもどうしようもなく、荒れていることもある。でも、俺たちはそういう人たちに何かをするためにここにいるんだ。それを忘れないでくれ」

 「そして、最も重要なことは、愛を抱くのは自分自身だ。相手は関係無い。自分が愛でもって尽くそうとしても、相手は受け入れてくれないこともある。まあ、俺の経験からは、それがほとんどだ。でも、それは関係無いんだ。だって、愛は自分の中にあるんだからな。相手がどうであっても関係無い。そうだろう?」

 みんな押し黙っている。

 「相手に分かってもらおうとするな! ひたすらに愛せ! 俺が君たちに望むのはそれだけだ! 俺は愛を抱く人間を愛する。大事にする。病院のため、患者さんのために頑張る人間を、俺は絶対に見捨てない。うちの病院は、そういう病院だ。これからずっと付き合っていく仲間だ。俺は君たちをそう思っている。宜しくお願いします」

 頭を下げ、盛大な拍手が湧いた。
 オペ看の代表として、鷹が壇上に立った。

 「私がオペ看になって、初めてオペ室を作る、つまり準備をする役目を与えられた時です。絶対にあり得ないことですが、お忙しいある医師が様子を見に来てくれました。驚いてお断りしましたが、その医師は笑顔で最後まで手伝って下さいました」

 「幾つか、大失敗を指摘いただき、無事にオペ室は完了しました。そのオペの最中に、その医師は私に何度も年齢や趣味などを尋ねました。私の緊張をほぐして下さったんです。「鷹、オチンチンがかゆい」とおっしゃいました。私は急いで掻きに行こうとし、先輩の看護師の方に「冗談だから」と止められました」

 みんなが大笑いする。

 「オペの後で、先輩看護師に言われました。オペ室を作るのに、手伝っていただいたのだと正直に言いました。失敗もその医師のお陰で撤回出来たことも話しました。その時にその先輩から言われたのです。「うちの病院には、一生懸命にやる人間を絶対に放っておかない人がいる」のだと。私は感動しました」

 全員から拍手が湧いた。

 「石神先生! いつもありがとうございます! これからも宜しくお願いします!」

 鷹が俺に頭を下げ、俺は恥ずかしくて手を振った。

 「みなさん! どこの部署にいても、何をやっていても同じです。うちの病院は、真面目にやる人間を絶対に放っておきません。院長先生や石神先生を始め、全ての人間がみなさんを見ています! これから、共に頑張りましょう!」

 盛大な拍手が湧いた。
 まあ、これで大丈夫だと思った。

 しばらく、甘ったるい騒ぎはあったが、新人ナースたちもうちの病院の規律や雰囲気を分かって行き、沈静化していった。





 院長と人事部長に呼ばれ、来年のナース募集の相談をされた。

 「早い時期から動いておこうと思ってな」
 「……」
 「石神先生、またお願いしますね!」
 「……」

 俺もどうやって断るかを考え始めている。
 絶対にやらないからな!
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