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カー格闘技

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 1月中旬の土曜日。
 亜紀ちゃんと買い物に出た。
 シボレー・コルベットだった。
 快気祝いをしてやるとハーに言ったら、鮑のステーキ丼が食べたいと言いやがった。

 「牛肉じゃねぇのかよ」
 「うん。たまには別なの食べたい」
 「しかしまた贅沢な」
 「いいじゃん!」
 「まあ、じゃあ買って来てやるよ」

 家には無かったので、亜紀ちゃんと伊勢丹まで買いに行ったというわけだ。
 買い物を済ませて伊勢丹でお茶を飲み、服なども見て回って結構時間が過ぎた。
 それが間違いだった。

 いつも伊勢丹から靖国通りに出て、大ガードを潜って青梅街道に入る。
 その大ガードの手前で大渋滞になっていた。
 いつもそこそこは混むのだが、ここまで動かないのは珍しい。
 ナビを見ると、どうやら青梅街道の手前で工事をしているらしい。

 「おい、全然動かねぇぞ」
 「そうですねぇ」
 「参ったな。脇にも抜けられねぇ」

 どうにもならなかった。
 左右にも車が連なっており、曲がることすら出来ない。
 30分もまったく動かないので、俺が怒った。

 「ふざけんなぁ!」

 最初は宥めていた亜紀ちゃんも、徐々に一緒に怒り出す。

 「タカさん、ちょっと吹っ飛ばしてきますか!」

 まあ、そうは行かない。
 1時間が過ぎても、5メートル進んだだけ。
 亜紀ちゃんが車を降りて先を見て来ると、どうも1車線だけ残して工事しているようだ。
 しかも、でかいダンプが荷物を零したようで、今懸命に片付けているらしい。
 信じられないバカがやっている。

 「もう我慢できねぇ!」
 「はいはい!」

 エンジンを切って二人でコルベットを持ち上げた。
 他の車の屋根の上を通しながら運ぶ。

 「俺が持ってるから、亜紀ちゃんはそっちで受け取れ!」
 「はーい!」

 コルベットをパスして亜紀ちゃんが受け取る。
 一応バランスを取るが、俺たちには何のこともない。

 「おし! じゃあ次な!」
 「はーい!」
 
 運転手たちが驚愕の顔でこっちを見ている。
 俺はにこやかに手を振って愛想笑いをしていった。
 そのまま車の間を縫って、新宿の西口に向かう道へ移動し、コルベットを降ろした。
 
 「やればできたな!」
 「はいはい!」
 「「ワハハハハハハ!」」

 二人でハイタッチをし、新宿西口に向かい、渋滞を迂回して家に帰った。





 その夜。
 一江から電話が来た。

 「部長!」
 「おう、何かあったか?」
 「ありましたよ!」

 一江が有名な動画サイトで「車 持ち上げ」で検索するように言った。

 「!」

 もう、それで何が起きているのか分かった。

 「あのさ」
 「このバカチンがぁ!」
 「てめぇ!」
 「何やってんですか!」
 「うるせぇ! 混んでたんだよ!」
 「混んでても車を持ち上げて移動するバカがいますかぁ!」
 「いるだろうよ!」
 
 いねぇだろう。

 「とにかくですね、一応やってはみますけど、多分無駄ですからね!」
 「たのむよー」
 
 一江に頼んだ。
 そして、俺よりもネットに詳しい柳を呼んで、亜紀ちゃんも呼んでサイトを見た。

 「アァー!」
 「撮られてるよなぁ」
 「石神さん!」

 俺と亜紀ちゃんの顔もバッチリ映っている。
 二人でニコニコして運んでいる。
 周囲で驚いて見ている連中の顔もスゴイ。
 今のご時世なのか、数十人が撮影して、サイトにアップしていた。
 幾つものサイトに拡散しており、大騒ぎになっている。
 「ネコネコ動画」ではコメントの嵐だった。

 俺と亜紀ちゃんの評判も凄かったが、何しろあの大改造のシボレー・コルベットだ。
 ただでさえ目立つ超高級スポーツカーな上、でかいスーパーチャジャーが飛び出ていて、虎の顔のペイントに、ルーフのロボだ。
 二人の男女がそれを軽々と抱えてビーチボールを投げる感覚でパスしている。
 他の車の屋根上をニコニコしながら放り投げて大渋滞から逃れて行く。
 既に1000万PVを超えて、ガンガン増えている。
 英語やフランス語などのコメントも散見され、海外でも話題になっているようだ。
 検索サイトのニュースにもなっており、明日の朝はテレビにも出るかもしれない。

 「石神さん、亜紀ちゃん」
 「「……」」

 柳が呆れていた。
 夕飯を作っていたルーとハーも来る。
 
 「やっちゃったね」
 「もう無理だね」

 「おい、柳、こういうのはどうすればいいのかな」
 「もう無理だね」
 「おい!」

 皇紀を呼んで、量子コンピューターで何とかしろと言った。

 「いえ、一江さんもやってるでしょうけど、無理じゃないですかね」
 「「!」」

 大使館ナンバーなので、アビゲイルに連絡して何とかしてもらおうとした。
 物凄く怒られた。

 「タカトラ! 何をやっているんだ!」
 「申し訳ない」

 散々説教された上で、一応大使館から各サイトに削除を申請するとは言ってくれた。

 翌朝のニュース番組でやっぱり取り上げられた。

 「CGとかフェイクじゃないですよね!」
 「本物らしいですよ!」

 司会者たちが面白おかしく驚いていたので頭に来た。




 ネットの動画は削除し切れなかったが、これもご時世か、そのうちに飽きられた。
 一時は面白がった連中が自動車を持ち上げて運ぼうとする動画も出て来た。
 失敗して車が台無しになることもあった。
 俺のせいじゃねぇ。

 予想外のことがあった。
 一江から連絡があり、みんなである動画サイトを見た。

 《「花岡流」カー格闘技》

 斬が動画サイトでなんか始めた。
 
 「話題になった動画は、「花岡流」の上級者の人間がやったものです。「花岡流」を極めると、ああいうことも出来るのですじゃ」

 意気揚々と語っていた。
 そして斬が一人でダンプカーを持ち上げてみせる。
 それを俺が知らない弟子がパスされて受け止めている。

 「これだけではありませんじゃ」

 猛スピードで突進して来る車を手で捌いたり、最後は蹴り上げて横転させた。

 「修行をすれば、誰でもここまでのことは出来ますじゃ。身に付ければ交通事故もないですじゃ」

 フリーダイヤルの連絡先と、「門下生募集中」の文字。

 「「「「「「……」」」」」」

 後で斬に聞いたら、相当な入会希望があったそうだ。

 「一気に8000人も増えたぞ!」
 「おう」

 絶対に俺のせいじゃない。
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