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千石仁生

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 六花と栞の居住区へ戻り、俺はそのまま出掛けると言った。

 「あなた、どこへ行くの?」
 「ああ、千石に会いにな。東雲から大分良くやってくれていると聞いているんで、ちょっと様子を見に行くよ」
 「そう」

 栞はそのままだったが、六花が一緒に行きたいと言った。

 「なんだよ、休んでろよ」
 「今日はトラと一緒にいたい気分なので」
 「あ?」

 それを聞いた響子が自分も一緒に行くと言った。

 「お前もかよ?」
 「タカトラは放って置けないからね!」
 「なんだそりゃ」

 俺は笑って、二人を連れて行くことにした。
 まあ、六花は本当にそんな気分なのだろうし、響子も俺にくっついていたいのだろう。
 別に千石のことは二人に秘密にしたいわけではない。
 ハンヴィを運転して、千石のいる訓練場へ向かった。




 千石仁生49歳。
 前半生は詳しくは知らないが、元々は古武術の家系らしい。
 子どもの頃から特殊な能力が発現し、「見稽古」というものが特化していたようだ。
 見ただけで、その技を習得出来る。
 そういう人間はたまにいる。
 武道家の家で、その流派を隆盛させるような人間は、大抵その能力を持っている。
 しかし千石の場合は桁が違った。
 「見稽古」というのは、自分がその武術にある程度通じている場合がほとんどだ。
 自分の中に基礎のようなものがあるので、その応用と発展をより早く理解出来る。
 例えば剣術であれば、他の流派にも「見稽古」が適用できることもある。
 一部の天才だ。
 
 千石がそれ以上だった。

 格闘技全般で、空手でも合気道でもムエタイでもカポエラでも、あらゆる格闘技を「見稽古」で習得出来た。
 その上で、それらの発展までも叶える。
 そして剣術でも槍術でも射撃でも、凡そ人間の動きのことであれば、千石は「見稽古」で吸収した。
 更に、それらの動きを統合して、より実践的で効率的な最適化を実現する。
 
 それだけでも、恐ろしい程の超天才だが、千石はその上の能力を持っていた。



 他者に、自分の技を与えることが出来る。



 それがどれほどの奇跡的な能力であることか。
 俺も、吉原龍子のノートに記載された千石の超絶の能力をすぐには信じられなかった。
 千石は超人となり、更に超人を生み出せるのだ。
 
 実際には、千石の全てを与えられた人間はいない。
 恐らくは、千石ほどの器を持つ人間がいないということだろう。
 肉体的にも、千石仁生という男は超絶なのだ。

 しかし、アメリカでイスラムのテロ組織を率いていた時には、30名の千石のコピーがいた。
 千石ほどではないが、高度な格闘技や射撃術を身に着けていた人間たちだ。
 そのため、FBIを初めとするアメリカの警察組織は何度も返り討ちに遭った。 
 超人たちを捕えるために、軍の特殊部隊までが動員された。
 膨大な数の特殊部隊を含む兵士が動員され、逮捕ではなく銃火器で最初から攻撃した。
 全員が射殺され、千石も数十の弾丸を身に受けたが、奇跡的に助かった。
 俺は、それも千石の超絶の能力と考えている。

 千石は死刑制度を廃止した州で捕まり、そのままADXフローレンス刑務所という、最悪の重犯罪者が収監される刑務所に入った。
 全員が終身刑の囚人であり、あまりにも残虐な連中のため、更生プログラムすら無い。
 死ぬまで独房に押し込めておくだけの最悪の刑務所だ。
 
 東雲が、そこから千石を脱獄させた。

 俺たちがその計画を実行した時には、そこは「業」に侵食されていた。
 囚人を使ってライカンスロープの実験が行なわれていたのだ。
 危険な任務だったが、東雲が見事に果たしてくれた。
 東雲は千石と友情を結び、千石が俺たちに協力するようになった。

 ハンヴィを運転しながら、響子と六花に、その話の一部を伝えた。

 「凄い人なんですね」
 「そうだ。お陰で、基地の兵士はどんどん強くなっているよ」
 「そうなんですか!」
 
 諸見の話をした。

 「諸見っていただろう?」
 「はい、お会いしたことはありませんが」
 「あいつは「花岡」の才能はあまりなくってなぁ。でも真面目な男で、基地の建設や警備なんかをやらせているんだ」
 「はい、それも聞いています」
 
 諸見が俺の大好きな人間であることは、響子も六花も知っている。

 「その諸見がな、千石の能力によって、「ブリューナク」と「トールハンマー」を覚えたらしいぞ」
 「ほんとですか!」
 
 その技が使えるのは「花岡」の上級者とされる。

 「ああ。それにな、「飛行:鷹閃花」まで習得しつつあるらしい」
 「スゴイですね!」
 「そうだろう? 今まで真面目にあいつが訓練してたのに、「槍雷」がせいぜいだったんだ。それが、だよ!」
 「へぇー!」

 響子が俺の腿を隣でポンポンする。
 何か非常に嬉しそうだ。
 「諸見さん、良かったー」と呟いていた。
 そんなに親しかったか?

 「もう「虎」の軍の上級戦士としても通じるよ。まあ、あいつには戦場には出て欲しくないけどな」
 「どうしてですか?」
 「優し過ぎるんだよ。殺したりぶっ壊すことよりも、あいつは何かを創り上げる方が向いている。まあ、自衛の能力を高めたということで、俺は嬉しいんだけどな」
 「そうですか」
 「諸見には蓮花と一緒に「綾」というアンドロイドを贈ったんだ。あいつ、照れながらも大事にしているそうだよ」
 「幸せになって欲しいですね」
 「そうだろ!」

 響子が隣で「タカトラを幸せにするね」と言った。
 右手で頭を撫でてやる。

 「じゃあ、戦力の底上げになったんですね」
 「ああ。まあ、底上げって言葉じゃ足りないくらいにな。戦士もそうだけど、幹部連中も物凄いことになっているしなぁ」
 「じゃあ、私も!」
 「いや、六花程の奴はまだいないけどな」
 「ワハハハハハハ!」
 
 後ろから俺の首に抱き着いて来る。

 「響子も「響子体操」で大分強くなったしな!」
 「うん!」

 六花と笑った。
 訓練場に着いた。




 「石神さん!」

 20人程の兵士を訓練中の千石が、俺を見つけて駆け寄って来た。

 「よう! 様子を見に来たんだ」
 「そうですか! どうぞ見て行って下さい!」
 「今日は見学ってわけじゃないんだが、俺のヨメの響子と妻の六花を連れて来たんだよ」
 
 千石が驚いた。

 「この方が響子さんですか! お美しい!」

 響子がニコニコ顔になる。

 「そしてこちらが噂に高い「紅」の六花さんですね。またなんという美しさだ!」

 六花もニコニコしている。

 「ここが響子さんのために作られたことは聞いています。石神さんの最愛の方ですね」
 「千石さん、宜しくお願いします!」
 「こちらこそ! どうぞ今日は好きなだけ見て行って下さい」
 「はい!」

 「六花さんは、後で宜しければお相手していただけませんか?」
 「はい、喜んで!」

 俺は六花に着替えて来るように言った。
 千石の助手だろう人間が、六花を案内していく。



 本来は恐ろしい男のはずだったが、不思議と千石仁生という人間は汚れというものを感じさせなかった。
 凶悪なテロ事件を引き起こしてはいるが、仲間からは非常に慕われていたと聞いている。
 それがよく分かった。
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