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ドアに立つ女 Ⅱ

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 最初は少し怖かったが、いい奴じゃないかと思ってから、段々慣れて来た。
 自分でも後から思うと不思議だった。
 部長にも大森にも話さなかったが、毎日病院から自分の家の固定電話に電話をするようになった。

 数回の呼び出し音の後で、誰かが電話に出る。
 いつも無言のままだった。

 「今日も家を守ってね!」
 「……」

 私が言うと、電話が切られた。
 何か安心して仕事に打ち込めた。

 1週間ほど後。
 私は夜中にふと目が覚めて、誰かに見られているように感じた。
 ドアの方を向くと、くるぶしから少し上までの足が見えた。
 女性の足だ。 
 しかも、子どものもののように見えた。

 「ああ、あなたね?」

 優しく声を掛けた。
 怖さは無かった。
 逆に、裸足でいることが可哀そうに思えた。

 「いつも守ってくれてありがとうね」

 そう声を掛けて、また眠った。
 異常な現象だったのに、何も感じていなかった。




 その翌日。
 昼の休憩時間の間に、銀座のデパートへ行った。
 夕べ見た足のサイズを思い出しながら、子ども用の靴下を買った。
 可愛らしいウサギのプリントのものがあり、それを購入して病院へ戻った。
 夜に寝る前にその靴下を廊下に置いた。

 「裸足じゃ寒いでしょう? 良かったら使ってね」

 自分で笑いながらそう言って眠った。

 


 翌朝、私が置いたウサギのプリントの靴下が消えていた。




 「良かった! 気に入ってくれたんだ!」

 私は喜んで朝食を食べてから出勤した。
 その日は上機嫌で病院で仕事をした。
 部長にニコニコと微笑み掛けると、気持ち悪いと言われた。
 あの野郎!

 その夜に、また夜中に目が覚めた。
 気配がして、またドアの方を見た。
 足が見えて、私が置いたウサギのプリントの靴下を履いてくれていた。

 「気に入ってくれたんだ!」

 足がちょっと動いた。
 嬉しそうにしているように感じた。



 それから、その足を時々見るようになった。
 夜中以外でも、ふとした時に足が見える。
 食事をしている時、お風呂から上がった時、視界の隅に、足を見つけた。
 いつも、あのウサギのプリントの靴下を履いていてくれた。
 私も嬉しかった。

 ある時、部長に呼ばれた。

 「おい」
 「なんです?」
 「お前、痩せたんじゃないか?」
 「はい?」

 自分では気づいていない。
 まあ、体重など計ってないが。

 「それに顔色も悪い。お前、医者の癖に自分で気付いてねぇのかよ?」
 「はぁ」

 体調は悪くない。
 部長が呆れて、健康室で体重を計って来いと言われた。
 今年の健康診断のデータも用意しろと。

 4キロも痩せていた。
 自分では分からなかったが、元々細い私にとっての4キロは大きい。

 「お前よ、ちょっと精密検査を受けろ」

 部長が心配してそう言った。
 その日のオペは部長や他の部員が代わってくれ、私は精密検査を受けた。
 極端な異常は無かったが、代謝系の数値が少し低かった。

 「一応腫瘍などは無いようだけどな。どうしたもんかなぁ」
 
 部長に何か思い当たることは無いか聞かれた。
 大森も呼ばれ、一緒にいるのになんだと怒られた。
 申し訳ない。
 その時、大森が部長に言った。

 「一江の部屋で、幽霊を見たんです」
 「なんだと?」

 大森が言ったことで、私も部長にそのことを話した。

 「毎日見るようになったんですよ」
 「おい!」
 「裸足じゃ可哀想なので、靴下を……」

 いきなり頭を殴られた。

 「お前! 完全に取り憑かれてるじゃねぇか!」
 「え?」

 もう一度頭を殴られた。

 「どうして俺に話さなかった!」
 「え! すいません」

 ようやく、自分が異常な現象の中にいることを自覚した。
 どうしてそう思わなかったのかが不思議なほどだった。
 部長にそう言うと、それも憑依のせいなのだと言われた。

 「まったく! 最初に俺に話してればよ!」
 「はい! すみませんでした!」

 部長はすぐに京都の麗星さんに連絡して下さった。

 「御札を用意する。だが数日掛かるからな。それまではこちらで用意出来るもので凌ぐぞ!」
 「はい!」

 その日、大森と手分けして、幾つかのお寺や神社で魔除けの御札などを集めた。
 部長が夜に来て下さり、大森も手伝ってくれ、一緒に貼った。
 どこで見たのかを聞かれ、その場所に御札を貼って行く。
 特に寝室には厳重に何枚も貼った。
 麗星さんの御札が届くまでは、大森の部屋で暮らすように言われた。

 三人で部屋を出た時に、「ドン」という物凄い音が聞こえた。
 部長が私たちに廊下にいるように言い、独りで中へ入って行った。
 数分で出て来る。

 「おい、貼った御札が全部剥がれてたぜ」
 「「!」」

 部長がまた私の下着を手に持っていた。
 
 「あの、それ……」
 「ああ、何となくな」
 「……」

 紫のTバックだった。
 お礼に差し上げると言うと、冗談じゃねぇと手渡された。
 本当にこの人はなんだか分からない。




 麗星さんが、直接来て下さった。
 部長が頼んだことなので、そうして下さったのだろう。
 部長と大森も一緒に中へ入り、祈祷をしてくれた。
 大きな木製の御札を寝室に置き、全ての部屋に塩を撒きながらまた祈祷をしてくれた。
 部屋の明るさが変わったことが分かった。

 「これで大丈夫です。でも、随分と強い霊でしたわよ?」

 私はお礼を言い、部長に言われて祈祷料を包んで渡した。
 100万円だ。

 「一江さんが育ててしまったのです。霊を受け入れて可愛がってしまった。それで強力なものになってしまったのです」
 「そうだったんですか。迂闊なことをしてしまったんですね」
 「そうですが、あなたに懐いてもいたようです。最初は一江さんにお礼を言いたかったんですよ。でも住み着いてしまい、そのうちに一江さんとずっと一緒にいたいと思うようになってしまった」
 「はい」
 「一江さん、死ぬところでしたね」
 「!」

 その夜は部長に誘われて、麗星さんと「銀河宮殿」で食事をした。
 麗星さんはステーキが大好きだ。

 「しかし、どうしてうちに来たんでしょうかね」

 私が疑問に思っていたことを口にした。
 部長が話した。

 「俺も気になってな。お前のオペの記録を当たったんだ」
 「え?」
 「お前は人間関係がヘタクソだからな。関わるとしたら、そういうことだろうよ」
 「はぁ」

 部長が一ヶ月ほど前のオペの患者さんの話をした。

 「小野田美香。中学2年生」
 「ああ!」

 思い出した。
 交通事故で搬送され、私が緊急オペを担当した。
 乗用車に壁にぶつけられ、上半身と下半身が分断されていた酷い状態だった。
 下半身は脛部の上は完全に潰されていた。
 全力を尽くしたが、オペを終えて数日後に亡くなった。
 あまりにも可哀想で、せめてもと死後に胴を縫い合わせてあげた。

 「嬉しかったんじゃないかな。お前が元の身体に戻してくれたことがさ」
 「部長!」

 泣いてしまった。
 大森が背中をさすってくれた。

 「誰かに優しくしてやるのはいいよ。でもな、情を掛け過ぎてはいかん」

 部長がそう言っていた。
 自分が散々やっているくせに。
 
 「それとな、何かあったらすぐに俺に報告しろと言っているじゃないか」
 「はい、申し訳ありません」
 「俺はお前に何でも話しているだろう!」
 「はい」
 「麗星とどういう体位でやるのかも知ってるよな!」

 麗星さんがステーキを吹いた。

 「知りませんよ!」
 「じゃあ、教えてやる! いいか、最初はこのオッパイをだなぁ」

 麗星さんが慌てて部長の口を塞いだ。

 「ワハハハハハハハ!」

 


 店の支払いは当然私が持たせてもらおうとした。
 すると部長がポイントが一杯あるからと言った。
 そして霊星さんが臨時収入が入ったからとおっしゃった。

 私は笑って、無理矢理自分が出させてもらった。
 そして、部長の休暇の最中は全部任せてくれと言った。
 大森も、自分もやると言ってくれた。




 部長が麗星さんに、私のパンツの話をしていた。
 麗星さんが、今度いろいろ探すと言っていた。
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