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ピピの天国
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12月初めの土曜日の朝。
「ハムちゃん!」
久遠さんがベッドに乗って来たハムちゃんを見て喜んだ。
久遠さんはハムちゃんが大好きだ。
それは、石神さんが用意してくれたハムスターであることに加え、石神さんの血が入っているということに尽きる。
最初から大喜びで可愛がり、ハムちゃんも一番久遠さんに懐いている。
ハムちゃんは久遠さんが差し出した手の中に喜んで入る。
「ハムちゃん、おはよう!」
「チィー」
大きな身体の久遠さんが、ちっちゃなハムスターを可愛がっているのは微笑ましい。
元々優しい人なのだが、一層優しく見える。
本当は久遠さんはハムちゃんと一緒に寝たいようだが、ハムちゃんはそうではなかった。
きっと石神さんがロボちゃんと一緒に寝ているのを真似したかったのだろう。
でもベッドから出て行ってしまうので、別な場所で寝床を作ってあげた。
毎朝、そこからドアの下に作った出入り口を通って、久遠さんに挨拶に来る。
今日はお休みの日なので一緒にベッドに寝ていたが、いつもの私は大抵先に起きて朝食の準備をしている。
ハムちゃんは、久遠さんに挨拶してから食事を食べに来る。
そういう日常が出来ていた。
ハムちゃんは、夜中にモハメドさんと屋敷の中を巡回してくれている。
時々夜中に起きると、ハムチャンがあちこちを走り回っているのを見ることがあった。
広い家なので、大変だろう。
ハムちゃんはありがたく、そして可愛らしい。
怜花のことも大好きで、しょっちゅう怜花の傍にも来る。
平日は久遠さんがお仕事なので、大抵私と怜花の傍に一緒にいることが多い。
夜中に起きているせいか、ほとんど眠っているが。
「石神がさ」
久遠さんはしょっちゅう石神さんのお話をする。
何度も聞いた話も多いが、楽しそうに話すので、私もいつも聴き入っている。
「前にゴールドという犬を患者さんから預かってね」
「ええ、賢い犬だったそうですね」
「そうなんだ。末期がんの患者さんだったらしいけど、入院中に犬の面倒を見る人がいないって。そうしたら、石神が引き受けたんだよ」
「はい」
前に何度か聞いたことがある。
石神さんの優しさがよく分かる話だった。
「その患者さんが亡くなると、一緒にゴールドも死んでしまった。だから、あいつは自分の家の庭にゴールドのお墓を作ってやったんだよね」
「優しい方ですよね」
「そうなんだ! だからという訳でもないんだけど、ピピを庭に埋めてやりたいんだ」
「それはいいですね。是非そうしましょうよ」
「うん!」
ピピは久遠さんを狙った女性の飼い犬だった。
うちで1週間ほど預かった。
ピピは女性の洗脳のせいで、その女性が殺してしまった。
「警察署で遺骸は保管してあるんだ。それを引き取って来るよ」
「ピピは可愛そうでしたね」
「本当に。あんなに懐いていたのにね」
「ええ」
私たちには苦い事件だった。
だけど、ピピには罪は無い。
久遠さんの言う通り、うちで葬ってあげたい。
朝食を終え、久遠さんは怜花を抱いて散歩へ出た。
普段私が怜花を見ているので、休みの日は久遠さんがずっと傍にいてくれる。
私を休ませようとしているのだ。
自分も仕事で疲れているだろうに。
本当に優しい。
「石神には会えなかったよ」
帰って来た久遠さんがそう言った。
「まあ、残念でしたね!」
「うん」
近いのだからお宅へ行けばいいのだが、久遠さんはお忙しい石神さんの邪魔をしたくないようだった。
だから偶然に散歩中に会いたいのだ。
何度かそういうことがあり、久遠さんが嬉しそうに「会えたんだ」と喜んでいた。
無邪気に笑う久遠さんが大好きだ。
数日後、久遠さんがピピの遺骸を抱えて帰って来た。
冷凍保存されていたとのことで、白い布にくるまれて姿は見えなかった。
久遠さんが辛そうな顔をしていた。
「じゃあ、庭に埋めてあげましょう」
「うん」
久遠さんが上着を脱いで、私が受け取ってハンガーに掛けた。
「あ!」
「どうしたんですか?」
「うち、スコップが無いよ」
「あ」
「どうしようか」
「困りましたね」
ピピの遺骸はすぐに腐敗が始まるだろうということだった。
「もう遅いけど、石神に借りようか」
「そうですね」
夜の8時だったが、久遠さんが石神さんに電話をした。
ハーちゃんがすぐに届けてくれた。
「ありがとう」
「いいえ! タカさんがちょっとしたら来るって言ってました」
「え?」
「今、カレー食べてます」
「そうなの?」
ハーちゃんが、うちのカレーは1杯しか残らないからすぐだと言っていた。
私はおかしくて笑った。
石神さんが5分後に来られた。
「石神、わざわざ済まない」
「いや、俺たちの戦いに巻き込まれて死んだ奴だからな。一緒に弔わせてくれ」
「うん、ありがとう」
久遠さんが石神さんにどこへ埋めようかと相談していた。
「あのエーデルワイスの近くがいいんじゃないか? 真っ白なカワイイ犬だったよな」
「ああ、そうだね!」
石神さんが庭の植栽を決めてくれていて、エーデルワイスは日当たりの良い場所にある。
久遠さんがスコップで庭を掘り、穴を作った。
石神さんとハーちゃんが底を平らにならした。
私がタオルでくるんだピピを、そっと穴に入れた。
「ピピ、助けられなくてごめんね。安らかに眠って下さい」
四人で手を合わせ、石神さんとハーちゃんが「般若心経」を唱えた。
久遠さんがピピに土を掛けた。
久遠さんが涙を流しながら、ピピを埋葬した。
「これ、良かったら使ってくれ」
石神さんが、5センチ角の小さな三角錐のガラスを久遠さんに手渡した。
「知り合いの方のお弟子さんが今ガラス工房にいてな。こないだちょっとそこへ顔を出した時に、何となく購入したんだ」
「そうなのか?」
「特に何のつもりもなかったんだけどな。本当に気紛れで買ったものなんだよ」
「そうか、ありがたく使わせてもらうよ」
お墓の感じはなく、素敵なものだった。
ピピに似合った綺麗で可愛らしいものだと思った。
家でお茶でもとお誘いしたが、夜も遅いということで、石神さんとハーちゃんはもう帰るとおっしゃった。
「石神、本当にありがとう」
「いいよ、じゃあ、二人ともおやすみ」
「おやすみなさい」
石神さんたちが歩き出すと、玄関が開いて「柱」さんたちが出て来た
石神さんたちは素早く声を掛けて、走って帰って行った。
ハーちゃんが手を引っ張られて宙に浮いていた。
「ハムちゃん!」
久遠さんがベッドに乗って来たハムちゃんを見て喜んだ。
久遠さんはハムちゃんが大好きだ。
それは、石神さんが用意してくれたハムスターであることに加え、石神さんの血が入っているということに尽きる。
最初から大喜びで可愛がり、ハムちゃんも一番久遠さんに懐いている。
ハムちゃんは久遠さんが差し出した手の中に喜んで入る。
「ハムちゃん、おはよう!」
「チィー」
大きな身体の久遠さんが、ちっちゃなハムスターを可愛がっているのは微笑ましい。
元々優しい人なのだが、一層優しく見える。
本当は久遠さんはハムちゃんと一緒に寝たいようだが、ハムちゃんはそうではなかった。
きっと石神さんがロボちゃんと一緒に寝ているのを真似したかったのだろう。
でもベッドから出て行ってしまうので、別な場所で寝床を作ってあげた。
毎朝、そこからドアの下に作った出入り口を通って、久遠さんに挨拶に来る。
今日はお休みの日なので一緒にベッドに寝ていたが、いつもの私は大抵先に起きて朝食の準備をしている。
ハムちゃんは、久遠さんに挨拶してから食事を食べに来る。
そういう日常が出来ていた。
ハムちゃんは、夜中にモハメドさんと屋敷の中を巡回してくれている。
時々夜中に起きると、ハムチャンがあちこちを走り回っているのを見ることがあった。
広い家なので、大変だろう。
ハムちゃんはありがたく、そして可愛らしい。
怜花のことも大好きで、しょっちゅう怜花の傍にも来る。
平日は久遠さんがお仕事なので、大抵私と怜花の傍に一緒にいることが多い。
夜中に起きているせいか、ほとんど眠っているが。
「石神がさ」
久遠さんはしょっちゅう石神さんのお話をする。
何度も聞いた話も多いが、楽しそうに話すので、私もいつも聴き入っている。
「前にゴールドという犬を患者さんから預かってね」
「ええ、賢い犬だったそうですね」
「そうなんだ。末期がんの患者さんだったらしいけど、入院中に犬の面倒を見る人がいないって。そうしたら、石神が引き受けたんだよ」
「はい」
前に何度か聞いたことがある。
石神さんの優しさがよく分かる話だった。
「その患者さんが亡くなると、一緒にゴールドも死んでしまった。だから、あいつは自分の家の庭にゴールドのお墓を作ってやったんだよね」
「優しい方ですよね」
「そうなんだ! だからという訳でもないんだけど、ピピを庭に埋めてやりたいんだ」
「それはいいですね。是非そうしましょうよ」
「うん!」
ピピは久遠さんを狙った女性の飼い犬だった。
うちで1週間ほど預かった。
ピピは女性の洗脳のせいで、その女性が殺してしまった。
「警察署で遺骸は保管してあるんだ。それを引き取って来るよ」
「ピピは可愛そうでしたね」
「本当に。あんなに懐いていたのにね」
「ええ」
私たちには苦い事件だった。
だけど、ピピには罪は無い。
久遠さんの言う通り、うちで葬ってあげたい。
朝食を終え、久遠さんは怜花を抱いて散歩へ出た。
普段私が怜花を見ているので、休みの日は久遠さんがずっと傍にいてくれる。
私を休ませようとしているのだ。
自分も仕事で疲れているだろうに。
本当に優しい。
「石神には会えなかったよ」
帰って来た久遠さんがそう言った。
「まあ、残念でしたね!」
「うん」
近いのだからお宅へ行けばいいのだが、久遠さんはお忙しい石神さんの邪魔をしたくないようだった。
だから偶然に散歩中に会いたいのだ。
何度かそういうことがあり、久遠さんが嬉しそうに「会えたんだ」と喜んでいた。
無邪気に笑う久遠さんが大好きだ。
数日後、久遠さんがピピの遺骸を抱えて帰って来た。
冷凍保存されていたとのことで、白い布にくるまれて姿は見えなかった。
久遠さんが辛そうな顔をしていた。
「じゃあ、庭に埋めてあげましょう」
「うん」
久遠さんが上着を脱いで、私が受け取ってハンガーに掛けた。
「あ!」
「どうしたんですか?」
「うち、スコップが無いよ」
「あ」
「どうしようか」
「困りましたね」
ピピの遺骸はすぐに腐敗が始まるだろうということだった。
「もう遅いけど、石神に借りようか」
「そうですね」
夜の8時だったが、久遠さんが石神さんに電話をした。
ハーちゃんがすぐに届けてくれた。
「ありがとう」
「いいえ! タカさんがちょっとしたら来るって言ってました」
「え?」
「今、カレー食べてます」
「そうなの?」
ハーちゃんが、うちのカレーは1杯しか残らないからすぐだと言っていた。
私はおかしくて笑った。
石神さんが5分後に来られた。
「石神、わざわざ済まない」
「いや、俺たちの戦いに巻き込まれて死んだ奴だからな。一緒に弔わせてくれ」
「うん、ありがとう」
久遠さんが石神さんにどこへ埋めようかと相談していた。
「あのエーデルワイスの近くがいいんじゃないか? 真っ白なカワイイ犬だったよな」
「ああ、そうだね!」
石神さんが庭の植栽を決めてくれていて、エーデルワイスは日当たりの良い場所にある。
久遠さんがスコップで庭を掘り、穴を作った。
石神さんとハーちゃんが底を平らにならした。
私がタオルでくるんだピピを、そっと穴に入れた。
「ピピ、助けられなくてごめんね。安らかに眠って下さい」
四人で手を合わせ、石神さんとハーちゃんが「般若心経」を唱えた。
久遠さんがピピに土を掛けた。
久遠さんが涙を流しながら、ピピを埋葬した。
「これ、良かったら使ってくれ」
石神さんが、5センチ角の小さな三角錐のガラスを久遠さんに手渡した。
「知り合いの方のお弟子さんが今ガラス工房にいてな。こないだちょっとそこへ顔を出した時に、何となく購入したんだ」
「そうなのか?」
「特に何のつもりもなかったんだけどな。本当に気紛れで買ったものなんだよ」
「そうか、ありがたく使わせてもらうよ」
お墓の感じはなく、素敵なものだった。
ピピに似合った綺麗で可愛らしいものだと思った。
家でお茶でもとお誘いしたが、夜も遅いということで、石神さんとハーちゃんはもう帰るとおっしゃった。
「石神、本当にありがとう」
「いいよ、じゃあ、二人ともおやすみ」
「おやすみなさい」
石神さんたちが歩き出すと、玄関が開いて「柱」さんたちが出て来た
石神さんたちは素早く声を掛けて、走って帰って行った。
ハーちゃんが手を引っ張られて宙に浮いていた。
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