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ファティマの預言 Ⅱ

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 マクシミリアンが話した内容は、驚愕の物だった。
 東の果の国で、獣の王が生まれること。
 その獣の王はやがて世界を巻き込む戦いを始めること。
 どの国も獣の王よりも弱く、世界人口の多くが喪われること。
 獣の王は世界を覆い、君臨すること。
 そして、宇宙から来た者と共に戦い、悪は滅びること。
 世界は変わり、新たな秩序がもたらされる。

 「なるほどな」

 よく分からない部分もあるが、これからの「業」との戦いを預言したものだとは分かった。

 「そして、実は「ファティマの預言」には4つ目があるんだ」
 「なんだと?」

 マクシミリアンが予想外のことを話した。

 「これはローマ教皇庁の中でも一握りの者しか知らない。俺もつい先日知ったばかりだ」

 今度は俺に向いてローマ教皇自身が語り出した。
 マクシミリアンが日本語に通訳する。

 「第4の預言は、実質的には第3の預言の註解です。獣の王とは高貴なる虎、そして、滅せられる悪は「カルマ」であると。第3の預言だけでは、まるで獣の王が人類を滅ぼすかのように書かれていますが、それは違うのです。人類をまとめ上げて、「カルマ」と戦う者こそが獣の王であり、救世主なのです」
 
 俺には応えようが無かった。
 俺は救世主などではない。

 「第4の預言は、獣の王が現われるまでは封印されていました。代々の教皇と、一部の保管責任者などだけです」
 「どうして公開しなかったのですか?」
 「人類の多くが死ぬ預言は、徒に混乱を招くだけです。ですから、獣の王による統治が現実のものとなるまでは秘匿されておりました」
 「なるほど」

 思わぬ内容に、俺も驚いていた。

 「イシガミ、今日お前に話したのは、先日お前が俺に言ったことが切っ掛けだった」

 マクシミリアンが言う。

 「お前はバチカンのカトリックの教義よりも、東方教会の教義を好むと言ったな」
 「あ! お前、誤解してるけどさ! 俺は別にカトリックを否定してるわけじゃないからな!」

 カトリックの総本山が目の前にいるのだ。
 猊下は微笑んでいた。

 「そこはどうでもいい。我々には絶対の信仰があるからな。しかし猊下はお前の話を面白いと思われた」
 「なんだ?」
 「もう少し話してくれないか?」

 俺は仕方なく話し出した。

 「まあ、結局俺は人間というのはちっぽけでダメな存在なんだと思っているんだよ」
 
 マクシミリアンが猊下に通訳する。

 「ローマ帝国は東西に分裂した。西ローマはギリシャ以来の論理と数学を中心に置いて、キリスト教の下で多いに発展した」

 マクシミリアンの通訳の他、二人は口を挟まない。

 「おい、本当に部外者の勝手な言い分と思って聞いてくれよな。俺は、西方教会は目に見えるものを中心に置いたと考えている。人間が神を理解していく方向ということだな。だから自然科学が生まれ、それは物質の解明を大いに推し進めて世界を握るほどの文明を築いた」

 二人はまだ黙って聴いている。

 「ただ、俺はそこに反省もあったんじゃないかと思うよ。それが中世だ」
 「どういうことですか?」

 猊下が俺に聞いた。
 短いセンテンスなので、俺にも分かった。

 「修道院ですよ。祈る以外に何もしない人間たちを創った。一日中祈りを捧げ、僅かに畑仕事をし、それで一生を終える。崇高な人間たちです」

 猊下は満足そうに笑った。

 「東方教会は人間が決して届かないものを中心に置いた。預言者ヨハネが東方教会の最も尊敬する人物であり、聖母マリアが最も愛されるべき存在となった。まあ、そこがバチカンとは相容れないのでしょうが」

 猊下は肯定も否定もしなかった。

 「ヨハネは『黙示録』を記しました。幻視者・メディウムだった。俺はこれが人間が唯一到達する高みなんだと思うんです」
 「はい」
 「聖ベルナールは、あの「テンプル騎士団」を組織した。かの騎士団の中核は、聖母マリアへの忠誠です。だから勇敢に戦った。あの数々の崇高な武勇は、聖母マリアへの愛だったと思います。決して自分が届くことが無いダーム(貴婦人)、それ故にその憧れは人間として最も高いものとなる。神の作り給うたこの世界を知ることもいいですけどね。俺は届かない憧れというものが好きなんです」

 二人が笑っていた。

 「俺は「魂」というものが好きなんですよ。人間が神を志向できるということは、魂が神に繋がっているものだと考えています」
 「なるほど」
 「量子力学ではボースが「暗在系から明在系が生まれる」と言っています。つまり、人間には届かない何かがこの世界を生み出していると。俺は世界の仕組みなど分からなくていいと思っています。もっと大事なことが人間にはある」

 「カトリックがそれを忘れたとは申しません。しかし、やはり弱まってしまった」
 「はい。聖ベルナールも生涯を祈るだけの人生にしたかったようですが、やはり政争に巻き込まれ、それが敵わなかった」
 「そうですね」
 「あなたの言うことはよく分かる。我々が取り戻さなければならないことです。あなたがそれをさせてくれる方だと思いました」
 「いえ、俺なんてとても」

 猊下が俺をにこやかに見詰めていた。

 「あなたは強大なミディアンたちを味方につけ、我々と敵対していたブルートシュヴェルトまで従えた。そして「光の女王」を守る戦いを始めている」
 「まあ、どうですかね」
 「一つお聞きしたいのですが、「ファティマ第3の預言」にある「宇宙」とは何だと思いますか?」
 「さあ、俺などにはとても」
 
 大銀河連合じゃねぇだろう。

 「そうですか。大変有意義なお話を伺いました。どうもありがとうございます」
 「いいえ。あの、食べ慣れないものをお出ししてしまいましたが、お身体は大丈夫ですか?」
 「はい、とても美味しく頂きました」
 「普段はどのようなものを?」

 猊下は目を丸くして俺を見ていた。
 そんなことは聞かれたことが無いのだろう。
 しかし、もう来ないだろうが、次に来た時の参考に聞いておきたい。

 「普段はジャガイモのスープとパンを」
 「そうですか! ああ、俺もジャガイモの味噌汁が大好きなんですよ! 今度作りますね!」

 猊下は笑って、是非とおっしゃった。
 マクシミリアンも大笑いしていた。




 二人を外へ御連れすると、ウッドデッキで亜紀ちゃんが護衛の人間たちに、サンドイッチを出していた。
 テーブルと椅子も出され、4人が座ってにこやかに食べていた。

 「おい! お前たち!」

 猊下とマクシミリアンを見て、慌てて立ち上がった。
 猊下が手で制して、マクシミリアンを黙らせた。
 そして俺をハグして礼を言っていた。

 「また是非いらしてください」
 「はい、また」

 帰って行くのを、亜紀ちゃんが手を振っていた。
 護衛の4人も手を振っている。
 
 「……」

 なんなんだ、この家は。

 「タカさん、夕飯はハンバーグ大会ですよ!」
 「ワハハハハハ!」

 まあ、こんな家だった。
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