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和田商事
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9月最後の火曜日。
午後のオペから戻ると、一江のメモが俺のデスクにあった。
今は便利なラインや業務連絡のシステムがあるらしいが、俺が苦手なので昔ながらの方法でやっている。
電話が来たようで、鈴木明彦と相手の名が書いてあった。
昔俺がオペをした人間で、親しくしている。
連絡は滅多にしないが、盆と暮れにはいつもいいものをうちに送ってくれる。
もちろん、うちからもお返しはしている。
俺は懐かしく、電話をした。
「よう、明彦! 久し振りだな!」
「石神さん! わざわざ済みませんでした。お忙しいのは分かっていたんですが」
「いいよ。それにしてもこないのだお中元はやけにいいものを頂いてしまったな」
「とんでもない! 石神さんのお陰で、うちの会社がどれほど助かったか!」
中元にはいつもいいものを貰っていたが、今回はクリュッグの「ダン・ボネ」だった。
一本100万円する。
「石神さんから、昨年にロシアからの石油や資源の輸出がストップするって情報を伺わなかったら、今頃どうなっていたか」
明彦の商事会社は海外からの資源調達をするようになり、これまでの日本の商品の輸出から主要な業務を移行しつつあった。
主にロシアからの資源を扱い、日本の製造業へ卸すということが事業の主軸になろうとしていたのだ。
しかし、俺がロシアからごっそりと資源を奪ってしまったので、ロシアが国内需要を優先して輸出を控えることは明白だった。
だから、明彦の会社の内情を知っていた俺が、事前に情報を流したのだ。
最初は一介の医者の情報など信じがたいと社内では判断したようだが、俺が日本の裏社会を牛耳ったことを示すと、すぐに信用してくれた。
もちろん、クロピョンが持って来たとは言っていない。
他の商社などは、軒並み大打撃を受けた。
その間に明彦の会社はロックハートと繋げ、必要な資源を確保し、逆に途絶えそうになった資源の供給をして販路を爆発的に伸ばした。
随時日本の商社もロックハートの供給を受けるようにはなったが、明彦の会社をロックハートに優先してもらった。
その結果、明彦の会社は莫大な利益を上げたし、信用も得た。
「石神さんのお陰ですよ。ボーナスがとんでもないものになりました」
「出世はしたか!」
「はい! 取締役部長になりました!」
「ガハハハハハハ!」
明彦が用件を話した。
「切っ掛けは、うちの本社ビルを移転しようとしたことなんです」
「おお、随分と手狭になっただろう」
「はい! それで、高木さんという遣り手の不動産業者に声を掛けたんですけど、高木さんが素晴らしい人で」
「高木かよ!」
「はい! 一緒に飲みに行くことがあって、石神さんとお知り合いだと知って、二人で驚いたんです!」
「アハハハハハ! 不思議な縁だな」
親しくなっていたようだが、一挙に親友になったようだ。
「高木さんが、石神さんの知り合いなら気合を入れるって言ってくれまして! それで本当にいい場所を探してくれたんです」
「そうだったか。良かったな!」
「はい! もうこうなったら、石神さんをお呼びして本格的にお礼をしなければって、うちのトップの人間と話しまして」
「あ? おい、そんなこと辞めてくれよ」
「ダメですよ! 僕が社長たちから絶対に連れて来いって命令されてるんですから」
「弱ったな」
「石神さんの銅像を、本社ビルの玄関に置こうって言ってます」
「おい! 絶対に辞めろ!」
「和田社長と並んでですよ」
「本当に辞めてくれよ!」
「アハハハハハ!」
和田社長は創業社長だ。
もう亡くなられているが、みんな和田社長を慕って集まったのが創業の始まりだ。
「じゃあ、直接社長たちに言って下さい。僕では止められません。僕も建てたいですしね」
「このやろう! 随分と交渉が上手くなったな!」
「石神さんのお陰ですよ!」
まったく、困ったことになった。
「じゃあ、一度顔を出すよ。でも、平日は仕事が忙しいんだよなぁ」
「分かってます! 10月の最初の土曜日などは如何ですか?」
「土曜日でもいいのか? じゃあ、その日にするかなぁ」
「お願いします! 夕飯でもご一緒に」
「え! いや、昼にしてくれよ。あのさ、大袈裟にはしないでくれよな。サンドイッチとかでいいからさ」
「分かりました! サンドイッチはご用意します!」
「ほんとだぞ!」
「はい! 必ず!」
まあ、明彦の顔を立てるために、一度顔を出さないといけないようだ。
仕方なく、誘いを受けた。
10月最初の土曜日。
明彦の会社へタクシーで出掛けた。
簡単にとは言ったが、ビールくらいは出るだろう。
礼を言うというからには、本当にサンドイッチで昼食というわけには行かないことは分かっている。
大げさにしないで欲しいという意図で言ったことだ。
会社の本社ビルは、新宿だった。
近くて良かった。
タクシーで着くと、地上30階の大きなビルだった。
昔は賃貸で赤坂の高層ビルの数フロアを借りていたのだから、大々的な拡張だ。
タクシーを降りると、明彦が玄関で待っていてくれた。
それはいいのだが、大きな花輪がずらりと並び、また一際大きな看板で「和田商事 新社屋竣工記念式典」と書かれている。
「おい、明彦! これはなんだ!」
「はい! 今日石神さんがいらしていただけることになったので、竣工記念式典を本日にしました!」
「なんだと!」
「是非石神さんにはいらして頂きたかったので、日程は合わせるつもりでした」
「おい! お前、何やってんだよ!」
「いつもながらにいいスーツですね!」
「お前はタキシードじゃねぇか!」
「アハハハハ!」
有耶無耶にされて中へ連れられた。
すぐに社長や重役たちが俺を取り囲み、しきりに礼を言ってくる。
もちろんみんなタキシードだ。
そのまま最上階に連れられ、ガラス張りの広大な会場に出た。
今後もパーティ会場などにするつもりで設計されたのだろう。
既に1000人近い人間が集まっている。
何人か、知ってる顔もあった。
製造業の大企業の社長たちや、自由党の政治家等々。
稲城グループ(元稲城会)の元総帥が、俺の顔を見て駆け寄って来た。
「石神さん! このような場所でお会い出来るとは!」
「お、おう」
俺も自分がどうしてここにいるのか分からなかった。
自由党の政治家や大企業の社長たちも挨拶に来る。
和田商事の社長が、俺のお陰で会社が大躍進したのだと何度も説明していた。
俺は明彦に連れられ、ステージの壇上のソファに座らされた。
間もなく式典が始まり、俺の隣に和田商事の社長や自由党の政治家などが座っている。
明彦が司会のようだった。
社長や来賓の挨拶が続き、突然俺の名前が呼ばれた。
「皆様! ここに居られるのが石神高虎様です! どうぞ、大きな拍手を!」
会場から盛大な拍手が湧いた。
なんでぇー。
午後のオペから戻ると、一江のメモが俺のデスクにあった。
今は便利なラインや業務連絡のシステムがあるらしいが、俺が苦手なので昔ながらの方法でやっている。
電話が来たようで、鈴木明彦と相手の名が書いてあった。
昔俺がオペをした人間で、親しくしている。
連絡は滅多にしないが、盆と暮れにはいつもいいものをうちに送ってくれる。
もちろん、うちからもお返しはしている。
俺は懐かしく、電話をした。
「よう、明彦! 久し振りだな!」
「石神さん! わざわざ済みませんでした。お忙しいのは分かっていたんですが」
「いいよ。それにしてもこないのだお中元はやけにいいものを頂いてしまったな」
「とんでもない! 石神さんのお陰で、うちの会社がどれほど助かったか!」
中元にはいつもいいものを貰っていたが、今回はクリュッグの「ダン・ボネ」だった。
一本100万円する。
「石神さんから、昨年にロシアからの石油や資源の輸出がストップするって情報を伺わなかったら、今頃どうなっていたか」
明彦の商事会社は海外からの資源調達をするようになり、これまでの日本の商品の輸出から主要な業務を移行しつつあった。
主にロシアからの資源を扱い、日本の製造業へ卸すということが事業の主軸になろうとしていたのだ。
しかし、俺がロシアからごっそりと資源を奪ってしまったので、ロシアが国内需要を優先して輸出を控えることは明白だった。
だから、明彦の会社の内情を知っていた俺が、事前に情報を流したのだ。
最初は一介の医者の情報など信じがたいと社内では判断したようだが、俺が日本の裏社会を牛耳ったことを示すと、すぐに信用してくれた。
もちろん、クロピョンが持って来たとは言っていない。
他の商社などは、軒並み大打撃を受けた。
その間に明彦の会社はロックハートと繋げ、必要な資源を確保し、逆に途絶えそうになった資源の供給をして販路を爆発的に伸ばした。
随時日本の商社もロックハートの供給を受けるようにはなったが、明彦の会社をロックハートに優先してもらった。
その結果、明彦の会社は莫大な利益を上げたし、信用も得た。
「石神さんのお陰ですよ。ボーナスがとんでもないものになりました」
「出世はしたか!」
「はい! 取締役部長になりました!」
「ガハハハハハハ!」
明彦が用件を話した。
「切っ掛けは、うちの本社ビルを移転しようとしたことなんです」
「おお、随分と手狭になっただろう」
「はい! それで、高木さんという遣り手の不動産業者に声を掛けたんですけど、高木さんが素晴らしい人で」
「高木かよ!」
「はい! 一緒に飲みに行くことがあって、石神さんとお知り合いだと知って、二人で驚いたんです!」
「アハハハハハ! 不思議な縁だな」
親しくなっていたようだが、一挙に親友になったようだ。
「高木さんが、石神さんの知り合いなら気合を入れるって言ってくれまして! それで本当にいい場所を探してくれたんです」
「そうだったか。良かったな!」
「はい! もうこうなったら、石神さんをお呼びして本格的にお礼をしなければって、うちのトップの人間と話しまして」
「あ? おい、そんなこと辞めてくれよ」
「ダメですよ! 僕が社長たちから絶対に連れて来いって命令されてるんですから」
「弱ったな」
「石神さんの銅像を、本社ビルの玄関に置こうって言ってます」
「おい! 絶対に辞めろ!」
「和田社長と並んでですよ」
「本当に辞めてくれよ!」
「アハハハハハ!」
和田社長は創業社長だ。
もう亡くなられているが、みんな和田社長を慕って集まったのが創業の始まりだ。
「じゃあ、直接社長たちに言って下さい。僕では止められません。僕も建てたいですしね」
「このやろう! 随分と交渉が上手くなったな!」
「石神さんのお陰ですよ!」
まったく、困ったことになった。
「じゃあ、一度顔を出すよ。でも、平日は仕事が忙しいんだよなぁ」
「分かってます! 10月の最初の土曜日などは如何ですか?」
「土曜日でもいいのか? じゃあ、その日にするかなぁ」
「お願いします! 夕飯でもご一緒に」
「え! いや、昼にしてくれよ。あのさ、大袈裟にはしないでくれよな。サンドイッチとかでいいからさ」
「分かりました! サンドイッチはご用意します!」
「ほんとだぞ!」
「はい! 必ず!」
まあ、明彦の顔を立てるために、一度顔を出さないといけないようだ。
仕方なく、誘いを受けた。
10月最初の土曜日。
明彦の会社へタクシーで出掛けた。
簡単にとは言ったが、ビールくらいは出るだろう。
礼を言うというからには、本当にサンドイッチで昼食というわけには行かないことは分かっている。
大げさにしないで欲しいという意図で言ったことだ。
会社の本社ビルは、新宿だった。
近くて良かった。
タクシーで着くと、地上30階の大きなビルだった。
昔は賃貸で赤坂の高層ビルの数フロアを借りていたのだから、大々的な拡張だ。
タクシーを降りると、明彦が玄関で待っていてくれた。
それはいいのだが、大きな花輪がずらりと並び、また一際大きな看板で「和田商事 新社屋竣工記念式典」と書かれている。
「おい、明彦! これはなんだ!」
「はい! 今日石神さんがいらしていただけることになったので、竣工記念式典を本日にしました!」
「なんだと!」
「是非石神さんにはいらして頂きたかったので、日程は合わせるつもりでした」
「おい! お前、何やってんだよ!」
「いつもながらにいいスーツですね!」
「お前はタキシードじゃねぇか!」
「アハハハハ!」
有耶無耶にされて中へ連れられた。
すぐに社長や重役たちが俺を取り囲み、しきりに礼を言ってくる。
もちろんみんなタキシードだ。
そのまま最上階に連れられ、ガラス張りの広大な会場に出た。
今後もパーティ会場などにするつもりで設計されたのだろう。
既に1000人近い人間が集まっている。
何人か、知ってる顔もあった。
製造業の大企業の社長たちや、自由党の政治家等々。
稲城グループ(元稲城会)の元総帥が、俺の顔を見て駆け寄って来た。
「石神さん! このような場所でお会い出来るとは!」
「お、おう」
俺も自分がどうしてここにいるのか分からなかった。
自由党の政治家や大企業の社長たちも挨拶に来る。
和田商事の社長が、俺のお陰で会社が大躍進したのだと何度も説明していた。
俺は明彦に連れられ、ステージの壇上のソファに座らされた。
間もなく式典が始まり、俺の隣に和田商事の社長や自由党の政治家などが座っている。
明彦が司会のようだった。
社長や来賓の挨拶が続き、突然俺の名前が呼ばれた。
「皆様! ここに居られるのが石神高虎様です! どうぞ、大きな拍手を!」
会場から盛大な拍手が湧いた。
なんでぇー。
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