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加西姉妹 Ⅲ

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 木曜日。
 早速に、俺が頼んでいた調査が大分集まった。
 やはり、事件があった。

 加西京美高校三年生、美悠中学三年生。
 京美の家庭教師をしていた東大生の青年がいた。
 二人は同時にその青年を好きになったらしい。
 そして青年の恋人が自殺未遂をした。
 歩道橋から走って来るトラックに向かって飛び降りたのだ。
 幸いにも、片足をトラックのタイヤに轢かれて全治4か月の怪我を負っただけで済んだ。
 粉砕骨折だったため、今も歩くのに支障を来してはいるが。
 
 その因果関係について、探偵事務所が詳細な報告書をまとめていた。
 証拠も何も必要としない、ただの噂の集積だ。
 俺にはそれで十分だった。
 
 東大生の青年の証言。
 恋人は毎日何かの悪霊に怯え、自殺することを強要されていたということだった。
 最初は青年と別れるようにと悪霊に言われていた。
 毎晩悪霊は現われ、次第に恋人は精神を失調して行った。
 そしていつまでも別れないことを悪霊が怒り、自殺をするように促し始めた。

 普通ならば知りえない恋人の過去が暴かれ、その上に嘘の噂が流れ始めた。
 数多くの男たちと付き合い、乱交パーティをしょっちゅう開いていたこと。
 4度妊娠中絶をしていること。
 父親が殺人犯であること。
 多大な借金を背負っていること。
 性病を患っていること。
 
 一度中絶をした事実があった。
 それは東大生の青年も知らないことだった。
 しかし、他のことは全て嘘だった。

 他に、近所で暴力的な少年が大怪我をしたことや、厳しい女性教師が顔に大きな傷を負ったことなどの報告もあった。
 それらは当時の同級生などからの証言で、加西姉妹に暴力を振るったり、厳しい非難をしたりしたことの後であることが分かった。

 俺は、加西姉妹が呪いかそれに似通った能力を持っていることを確信した。
 千両が加西姉妹の母親について調べていた。
 元々は銀座のホステスであり、加西氏の元の妻が死んだ後で後妻として入った。
 その後二人の娘を生んでいる。
 斬が、その母親について調べ、高知で有名な拝み屋の家系であることを突き止めた。
 加西姉妹の祖母にあたる拝み屋は、頼まれれば呪詛で人を殺していたと言う。

 俺は、何とかしなければならないと分かった。




 その日の午後。
 俺はオペの予定も無く、部屋で論文を読んでいた。
 突然、ナースセンターから連絡があり、加西姉妹が苦しんでいると言われた。
 すぐに向かう。

 二人は、ベッドの上で呼吸困難になり、胸を押さえていた。
 恐らく心臓が圧迫されているのだろう。

 「レイ、許してやってくれ。こいつらには俺が言い聞かせる」

 突然、二人が苦しみから解放された。

 「お前たち、響子を襲ったか」
 「「!」」

 思った通りだった。

 「バカな奴らだ。俺はちゃんと言っていただろう」
 「石神先生……」

 俺は二人に呪詛を掛けたのか確認した。
 二人は素直に認めた。
 枕の下に置いた、人型の紙を取り出して俺に渡した。
 何かが書いてあった。

 「響子に何をしようとした?」
 「ちょっと脅してやろうかと。石神先生のことは諦めるように言おうと思いました」
 「殺す気は無かったんだな?」
 「はい」

 そうだろう。
 そうでなければ、この二人はとっくに死んでいる。

 「響子だからまだ良かったけどな。響子に付いている守護神獣は優しいしな。でも、酷いことをしようとしていたら、終わりだったぞ」
 「「はい」」
 
 二人は観念しているように感じられた。
 なにしろ、俺が来てすぐにレイの反撃を解除してやったのだ。
 俺が全てを理解していることは悟っただろう。
 頭の悪そうな二人ではない。

 「六花には結構なことをしてくれたな」
 「あれは、すいませんでした。少し離れていたので、式神の制御が上手く出来なかったんです」
 「それと、あんなに仲が良さそうで、つい感情的にも」

 「あれこそヤバかったんだ。六花に付いている守護獣はオートカウンターだからな。間違いなくお前たちは即死だったぞ」
 「「!」」
 「それに何よりもだ。六花に怪我をさせたら、この俺が許さん。そう言っておいたよな?」
 「「はい」」
 
 俺は話はまた後日だと言って部屋を出ようとした。

 「あの、石神先生は一体どのようなお方なんですか!」
 「見た通りだよ。何が見えて何が見えないのかは知らんがな」
 「「……」」




 俺はその夜、加西姉妹の両親に会うことを決めた。
 手間を掛けて悪かったが、御堂と千両に通達を頼んだ。
 先方から連絡があり、こちらの都合に合わせると言って来た。





 芝にある、加西家に行った。
 夜の7時。
 玄関で使用人が出迎え、家の中に案内される。
 デザイナー住宅のようで、まあ、うちよりは小さいがそれなりの規模はある。

 応接室で、加西夫婦が待っていた。
 ソファを勧められ、座ると紅茶が運ばれて来た。

 「この度は、石神先生にとんでもないことを」
 「いい。今後の始末について話しに来た」
 「はい」

 加西泰三59歳、妻絹子52歳。
 泰三は普段は覇気があるのだろうが、俺の前では委縮していた。
 俺のことを多少は知ったのだろう。
 妻の絹子も震えていた。

 「法に触れない攻撃だ。だが俺が許さん」
 「はい! どのような謝罪でもいたします!」
 「この俺の大事な人間を襲ったんだ。覚悟はいいな?」
 「はい! どのようなことでも!」

 「俺がお前たちを簡単に潰して始末出来ることは分かっているな?」
 「はい! 「虎」の軍の重要人物であり、御堂総理を陰で支えている方! あの小島将軍が認め支援されている方! そして日本の裏社会をまとめ上げた方です!」

 相当調べたようだ。
 加西家も侮れない。

 「前に、娘の家庭教師に入れ上げたそうだな」
 「はい」
 「恋人が自殺未遂をしたと」
 「その通りです。あの時は、あの子たちもまだ幼く。でもあの事件で思い知りました。人を殺すということがどういうことかを。ですので、決して二度とあのようなことはしないと誓ってくれました」

 妻の絹子が言った。

 「お前が教えたのか」
 「はい。私の家系は代々そのようなことを。でも、あの子たちの身を護るために教えたつもりだったのです」

 「バカヤロウ! ガキがワガママを理屈で抑えるわけねぇだろう!」

 俺が怒鳴ると、二人が平伏した。

 「ちょっと力があると思い上がりやがって! こっちが何も出来ないと見下してこの始末だ! お前ら、どうすんだぁ!」
 「「申し訳ございません!」」

 やはり甘い親だった。
 あの姉妹に罪は無い。

 「前に殺し掛けた女性にはどうしたんだ?」
 「はい。全ての事情を話し、弁済を。お二人には5億ずつお渡しし、納得頂きました」
 「つまらん謝罪だな」
 「申し訳ございません」
 
 「自分の子らにはどうしたんだよ?」
 「はい、もう二度と他人には使わぬように言い聞かせました」
 「使ってるだろう!」
 「はい!」

 俺は絹子に聞いた。

 「お前、加西の前の奥さんを殺したのか?」
 「いいえ! 決してそのようなことは!」
 「お前は後妻に入ったのだろう」
 「それは……もちろん必死に泰三に接近しましたが。でも、決してあの力で人を殺めたりは!」
 「まあ、信じよう」
 「え?」
 
 俺がそう言うと、絹子が驚いていた。

 「あの、信じていただけるので?」
 「そう言っただろう」
 「それはどうして……」

 「あの姉妹が真直ぐだからな。ワガママなガキだが、素直さがある。今回のことはガキが夢中になって歯止めが効かなくなったということだろう。それは分かっている」
 「「ありがとうございます!」」
 「しかし、あいつらがワガママでいる限り、今後も起きる。お前たちはそれをどうする?」

 「私の命を」
 「なに?」
 「私の命を捧げます。もちろん、あの二人の命も」
 「なんだと?」

 絹子は、立ち上がって和紙に何かを書いて行った。
 用意していたようだ。
 自分の名前と二人の娘の名前を書き、俺に差し出した。

 「こちらをお持ちくださいませ。今後、あの二人、もちろん私も、力を使おうとすれば即座に首が飛びます。その誓いをしたためたものです」
 「そうか」
 「謝罪の形は、あらためて。もし必要なものがありましたら、何でも仰って下さい」
 「そっちはいいよ。これで十分だ」

 俺は家を出た。




 翌日の金曜日。
 俺は加西姉妹の病室へ行った。
 二人は俺が入ると深く頭を下げた。
 絹子もいた。

 「夕べ、お前たちの親に会って来た」
 「はい、先ほど聞きました。二度と呪詛は使いません」
 
 二人とも神妙にしている。
 深く反省したことも分かった。

 「前に家庭教師の恋人を呪ったそうだな」
 
 二人が俺を見ていた。

 「はい、確かにやりました」
 「その時に、お前たちの親が思い知らせておけば、こんなことにはならなかった」
 「「いいえ、私たちの責任です」」

 俺は夕べ絹子から貰った和紙を取り出した。
 三人の目の前で破り裂いた。

 「「「!」」」

 「今後も使えよ。但し、俺たちに使えば承知しねぇ。それにな、他人を呪い殺せば、必ず自分にも巡り合わせが来る。そうだな?」

 俺は絹子に向いて言った。
 絹子は大きく頷いていた。
 
 「それでもお前たちが使うのは構わん。俺はまったく興味は無いが、お前たちの家系で伝わって来たものなのだろう。それは受け継いで行けばいい」
 「あの、石神先生!」
 「どんなものでも、自分のために使えば醜い。他人のために使えば美しい。別に使わなくてもいいしな。お前たちが醜く生きるのか、美しく生きるのかは自分で決めろ」

 言うべきことは言ったので、俺は部屋を出ようとした。

 「ああ、お前たちが食事中に襲った女な。あいつは俺が死んだら自分も死ぬんだとよ。バカだと思うか?」
 「「「……」」」

 


 分かるかどうかは、どうでもいい。
 あいつらの血が因業なのは俺のせいではない。

 力は別に素晴らしいものではない。
 人間の価値は、その生き方だ。
 それしかない。

 まあ、あの二人が死ななくて良かった。
 俺が思うのは、それだけだ。
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