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加西姉妹

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 9月第4週の火曜日。
 俺は週明けの一江の報告を聞き、問題が無いことを確認した。
 
 「それで一江、何でまた来てるんだよ?」
 「知りませんよ」
 「お前に頼んどいたよな」
 「はい。だから言いましたよ?」
 「じゃあ、何で来てるんだぁ!」
 「私に言われても困ります!」
 「しっかり仕事をしろ!」
 「自分でやってください!」

 俺は一江の顔面を掴みながら、窓の外を見た。
 廊下で加西姉妹が笑ってこっちを見ている。
 二週間前に、交通事故で搬送されて来た。
 姉妹の乗っていた車が追い越し車線で他の車と接触し、首都高で事故を起こした。
 後部座席に乗っていた二人はシートベルトをしていたが、縁石に乗り上げて横転したショックで、脊髄を損傷した。
 相当なスピードを出していたと思われる。
 接触した車というのが、御堂の乗っていたものだった。

 御堂自身にはまったく怪我はない。
 乗っていたセンチュリーの塗装が剥げた程度だ。
 御堂はすぐに車を停めさせ、横転した加西家の二人を救出し、意識不明となっていた運転手も助けた。
 クモ膜下出血による意識障害を起こしていたことが、後に分かった。

 結果的に加西姉妹も運転手も助かった。
 加西姉妹のオペを俺が担当し、運転手は一江が担当した。
 加西姉妹は脊髄を上手く成形して後遺症が出ないように処置出来たし、運転手も一江が処置して危うかったが一命を取り留め、今の所後遺症も見えない。
 
 ただ、俺が加西姉妹に付きまとわれることになった。
 加西京美21歳、慶應大学3年生。
 加西美悠18歳、都立高校3年生。

 世界的な化学工業メーカーを持つ加西財閥の娘たちだった。




 俺は御堂が関わった事故だったこともあり、自ら執刀した。
 万一にも後遺症が出て御堂に関わらせないためだ。
 妹の美悠の方が酷い状態だったが、二人ともきちんと処置して手術は成功した。

 乗っていたベンツはルーフが潰れてひしゃげるほどの事故だったのに、二人の姉妹も運転手もよく助かったものだと思う。
 その後のドライブレコーダーの解析で、時速200キロ以上出ていたらしい。
 御堂は護衛のダフニスとクロエにベンツのドアの破壊を命じて助け出した。
 その判断が無ければ間に合わなかっただろう。
 三人の救出の後で、ベンツは爆発、炎上した。

 御堂は自分の名前は伏せて欲しいと警察に頼んだ。
 
 「何故ですか? 御堂総理は実にご立派な人命救助をなさったのに」
 「あの、親友にまた叱られるので」
 「はい?」
 「僕が危険なことをまたやったって」
 「なんです?」
 「ほら、渋谷の事件があったでしょう。あの後で散々叱られたんですよ」

 事故の現場検証をしていた警察官が大笑いした。

 「ああ! 「虎」の軍の方ですね! でも、我々も記録には残さなければならないので。マスコミには伏せておきますが」
 「宜しくお願いします」

 当然御堂が関わった事件なので、俺にも報告が来る。
 担当警官から「御堂総理をあまり叱らないで下さい」と私信が付いていた。
 まあ、今回はそれほどは言わない。
 但し、事故を偽装した襲撃もあり得るので、一応説教はした。
 でも、御堂は今後も同じようなことをするだろうことは分かっている。
 俺はあいつが襲われれば、必ず助けると思っているだけだ。

 オペの翌日に、俺は加西姉妹の病室へ行った。
 親の意向で特別な入院室を希望されたが、オペの直後なので、今日一杯はナースセンターの向かいの部屋だ。
 何かあればすぐにナースが対応出来るように、そのような規定になっている。
 ICUが必要な程度では無かった。

 加西姉妹はベッドに身体を固定された状態だ。
 オペは上手く行ったが、数日は動かせない。
 俺が病室に入ると、二人とも意識があった。
 二人が俺をジッと見ていた。

 「様子は如何ですか? 俺が執刀医の石神です」
 
 二人がそれぞれ名乗り、俺に礼を言って来た。

 「後遺症は大丈夫だと思いますよ。手術は上手く行きました。腰を少し切開しましたが、手術痕も恐らく薄くなって分からなくなると思います」

 若い女性ということもある、俺もその辺にも神経を使った。
 俺は二人の状態を説明し、どのようなオペをしたのかを話した。
 意識不明で運ばれ、そのまま緊急オペとなったので、二人は何も覚えていない。
 もちろん病院に駆け付けた両親には説明して許可は得ている。

 「運転手の如月さんも助かりましたよ。クモ膜下出血による意識喪失の状態でした」
 「それは良かった! 長年私たちの運転手をしてくれていたんです。助かったのですね」
 「姉様、でも如月も可愛そうですね」

 俺はその時、姉妹が運転手へ愛情を持っているのだと感じた。
 不可抗力の突然の発病とはいえ、運転手の意識喪失による事故に巻き込まれたわけだが、二人は助かったことを喜んでいると。

 「今日一杯は術後の経過を警戒することもあってこの部屋にいてもらいます。数日後にはもっと豪華な部屋へ」
 「まあ!」

 姉妹は顔を向き合って微笑んだ。
 俺も特別料金が取れるので嬉しい。
 金持ちからはガンガン金を引っ張りたいと常日頃から考えている。
 ブラックジャックほどじゃねぇが。

 「身体は数日は動かせません。念のためです。でも心配いりませんよ。経過を確認の上ですが、週末には車いすで移動出来るようになります。多少は歩いても構わなくなるでしょうから、トイレも行けますよ」
 「ありがとうございます」
 「突然で戸惑うでしょうが、排せつは遠慮なくナースを呼んで下さい。我慢すると治りにも影響しますからね」
 「はい」

 俺はそれとなく二人と怪我に関係のない話をした。
 事故による急な入院生活のショックを和らげるためだ。
 多分、一ヶ月近くは入院生活を送ることになる。
 出来るだけ早く慣れさせたいと思った。

 「石神先生は御幾つなのですか?」
 「え?」
 「ベテランの先生に見えるのですが、随分とお若く見えて」
 
 俺は隠すほどのこともないので、四十代だと話した。

 「え! どう見ても30歳前後ですよ!」
 「びっくりした!」
 「気楽に生きていますからね」

 「カッコイイですね!」
 「結婚はなさってないですよね!」

 俺は笑って個人的なことは答えられないと言った。
 でも、指輪をしていないことは気付かれているだろう。
 
 「身体も鍛えてますよね?」
 「何か運動でも?」
 「今流行りの「花岡流」をちょっと齧ってまして」
 「あれですか! じゃあ私たちもDVDを買おうかしら」
 「退院したらやりましょうよ、姉様!」

 斬が去年、『誰でも分かる「花岡流」』というDVDを販売した。
 世間で「花岡流」の名が知られたためだ。
 結構売れて版を重ね、新作を製作中だ。
 徐々に全国に支部も増えて来た。
 なかなか商売上手だ。

 「お前も出ろ」
 「絶対ぇヤだ」
 「面の良いお前が出れば、爆発的に売れるぞ!」
 「ふざけんな!」

 冗談じゃねぇ。
 栞にも断らせた。

 


 加西姉妹の経過は想像以上に順調だった。
 常に女性の世話人が付き、父親も母親もしょっちゅう見舞いに来た。
 愛されているようだ。

 3日目に希望されていた特別室に移され、16畳ほどの二人部屋になる。
 食事も内臓疾患ではないために、特別食が許可され、一般の入院患者よりもいいものが出された。
 栄養士の許可の上だが、メニューが検討され、夕飯はオークラから取り寄せるようになった。
 他の患者がいる一般病棟では出来ないことだが、特別室は別病棟になっているので、そういう扱いも可能だ。
 うちは特別な患者も入院することが多い。
 
 ある回診の時に言われた。

 「石神先生って、世界的に有名な外科医だったんですね!」
 
 俺のことが調べられていることは分かっていた。
 執刀医のレベルを知りたいということもあったろうが、恐らく二人の娘が俺に興味を持ったためだ。

 「そんなことはないよ。俺なんかは全然だ」
 「アメリカ人の少女を奇跡的な手術で御救いになったじゃないですか」
 「あれはそんなに大したことじゃなかったんだよ。マスコミが話題にしたくて大騒ぎしただけだ」
 
 日が経つにつれ、俺の個人的なことを知るようにもなった。
 恐らく、本格的な調査が入っていることが分かった。
 俺の乗っている車や、着ている服のことなどはまだいい。
 住んでいる家や、山中から亜紀ちゃんたちを引き取ったことまで知っている。
 
 六花や響子、鷹のことがナースや病院のスタッフから漏れることはない。
 そのように手は打っているが。
 宇留間の事件は知られた。
 もちろん、俺が患者とナースを庇ったという程度だが。

 俺が個人情報を調べるなと言い、謝られた。
 でも、俺の学歴や病院での地位、資産などはある程度調べられていたようだった。
 そこから、加西姉妹が更に俺に夢中になっていったことは分かる。

 別に女性から付きまとわれるのは今に始まったことではない。
 探偵事務所などを使って調べる人間までいた。
 俺もそれほど気にしてはいなかった。
 退院すれば、いずれ熱も退くだろう。

 二人とも育ちが良く、綺麗な顔立ちだった。
 母親もそうなので、遺伝だろう。
 毎朝俺の部屋へ挨拶に来るが、その程度のことだ。
 俺が笑って手を振ってやれば満足して帰る。

 だから俺もそれほど気にしてはいなかった。
 



 しかし、思わぬ方向へ進んだ。
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