上 下
1,674 / 2,859

ついにあの妖怪が!

しおりを挟む
 9月中旬の土曜日の朝。
 俺は先週に続くオペの詰め込みでまた疲れていた。
 昨晩は亜紀ちゃんたちと軽く飲んで9時まで寝て、今朝食を摂っている。
 お気に入りの水色のニャンコ柄のパジャマだ。
 柳は庭で鍛錬を始めていて、皇紀はもう研究を始めているのだろう。
 ルーは知らない。

 上からドタドタと階段を駆け下りて来る音が響いた。
 俺は顔をしかめて、亜紀ちゃんに様子を見るように顎で示した。
 俺は上品な人間だから、家の中で騒がしいのは嫌いだ。

 入り口に向かった亜紀ちゃんが、最悪に下品な奴にぶつかって飛ばされた。

 「た、た、タカさん!」
 「ゴルゥァ!」

 起き上がった亜紀ちゃんに、ハーが思い切り頭を引っぱたかれた。

 「ゴメン! でも、タカさん! 大変だよ!」
 「お前の格好が大変だぁ!」
 「ん?」

 素っ裸だった。

 「なんなんだ、お前は!」
 「あ! あのね! トイレでね!」

 裸族のルーとハーは大きい方の場合は全裸でトイレに入る。
 別に構わないので、そのままにさせている。

 「お前! トイレに入っててそのまま来たのかよ!」
 「だって! 大変なんだよ!」
 「お前だぁ!」
 
 亜紀ちゃんがちゃんと拭いてから来たのかと聞いた。

 「ん?」
 「「……」」

 拭いてないようだ。
 
 「拭いて来い!」
 「無理だよ!」
 「なんでだよ!」
 「だって! ウンコの妖怪が出たんだよ!」
 「「ん?」」

 よく分からない。

 「トイレでね、してたの!」
 「もうそこはいいよ」
 「そうしたら、足元にいたの!」
 「何が?」
 「だから! ウンコの妖怪だよ!」

 俺の脳が理解を拒んでいる。
 それ系には、散々苦労させられた。

 「どんな奴なの?」
 
 ローマ教皇が来ても動じない亜紀ちゃんが聞いた。

 「ちっちゃいの。ウンコなの」

 そりゃそうだろうな。

 「でもね、綺麗な波動だったよ?」
 「ウンコだろう!」

 脳が回り始めた俺が突っ込んだ。

 「悪い奴じゃないみたい」
 「雲国斎も俺たちに怨みがなきゃなぁ」
 「おとなしいよ!」
 「ばっちぃだろう」
 「うーん」

 「臭いは?」

 亜紀ちゃんがまた聞いた。

 「分かんない。でも、臭くなかったような気がする」

 まあ、ハーのが出てるからなぁ。
 うちで一番臭い。
 ハーの後は、消臭スプレーの上で10分以上換気しないと入れない。
 緊急時用に、真面目にガスマスクが置いてある。
 
 「ちなみに、お前のは流してあるんだろうな」
 「ん?」

 俺が怒鳴って流して来いと言った。

 「だから! ウンコの妖怪がいるんだって!」
 
 最初に戻った。
 とにかく2階のトイレでちゃんと拭いて来いと言った。
 ルーが入ってて、ハーは暫く全裸のままだった。

 「はやくー」
 「もうちょっと!」

 食事中の俺は、何度もその遣り取りを聞かされた。
 ちなみに1階には皇紀が入っていた。
 石神家あるあるだ。

 「……」



 

 「どんな奴なんだよ?」

 2階のトイレでちゃんと処理して服も着て来たハーが、紙にスケッチで描いた。
 とぐろを巻いている奴だった。

 「ウンコだな」
 「だよね!」
 
 「俺、新橋の第一京浜を歩いてる時に、こんなの見た」(実話)
 「すごいね!」
 「ほんとにあるんだよなー」
 「うん!」

 「あの、タカさん。そろそろ」

 亜紀ちゃんに言われてトイレから出たルーも連れて4人で行った。

 3階のトイレの前にみんなで集まる。

 「おい、開けろよ」
 「コワイよ!」
 「俺だってヤだよ!」

 動じない亜紀ちゃんが開けた。

 「ふん!」

 いた。
 トイレの隅にいる。

 「おい」
 「はい」
 「お前、なんなの?」
 「あの、産まれたばかりなので」
 「あ?」
 「自分でもよく分からなくって」
 「……」

 困る。

 「ルー、妖怪図鑑持って来い」
 「そんなのないよ!」

 「麗星さんに聞きましょうよ」
 
 亜紀ちゃんに言われて仕方なく俺が電話し、その間にハーのを流させた。

 「よう!」
 「あなたさまー!」
 「ちょっと困ったことがあってさ」
 「今から参ります!」
 「いや、いいんだ。実はさ……」

 俺は今朝の一連の出来事を話した。

 「あの……それは……もう、そういうことで宜しいのではないかと」
 「そういうことって?」
 「それはですね……あの……う、ウンチの妖怪ということで」
 「あー! お前は「ウンチ」って言う派かぁ!」
 「それは、あの、あなたさまは?」
 「俺? 「ウンコ」って言う派!」
 「さようでございますか」

 「天狼は「ウンチ」って言う派でいいからな!」
 「それは、あの、あ、ありがとうございます」

 電話を切った。

 「おい! 麗星は「ウンチ」って言う派だってさ!」
 「あの、タカさん、それはどうでも」
 「そう?」
 「問題は、これをどうするのかということで」
 「ああ! そう言えば聞いてなかった!」

 「「「……」」」

 最初に戻った。
 俺が交渉した。

 「おい、悪いんだけどさ。お前がそこにいると、俺たちが困るんだよ」
 「そうですか」
 「出てってくんないかな?」
 「はい、それはもちろんですが」
 「あ、そのまま歩いて出られると困るんだ!」
 「そうですか」
 「ハー! 運んでやれよ!」
 「タカさん!」

 ウンコのプロフェッショナルのハーが嫌がった。
 ルーが捨ててもいいダンボール箱を持って来た。
 
 「よし! じゃあこの中に入ってくれ!」
 「あの」
 「あんだよ?」
 「動けないんです。生まれたばかりで」
 「そっか。ハー!」

 ハーが涙目になりながら、備え付けの割箸で摘まんで入れてやった。
 
 「そういえばお前、どこでも大丈夫?」
 「あの、出来ればウンコの傍がいいんですが」
 「そりゃそうだろうなぁ。じゃあ早乙女の家に」

 亜紀ちゃんに後頭部を引っぱたかれた。

 「あいつの家って広いからいいだろう!」
 「ダメですよ!」
 「あいつ、俺から貰うと何でも喜ぶじゃん」
 「絶対ダメですって、こんなの!」

 ウンコの妖怪が悲しそうな顔をした。

 「あ、ごめん」
 「ちょっと言い過ぎだぞ」
 「そうだよ、亜紀ちゃん!」
 「……」

 ハーにダンボール箱を持たせ、みんなで外に出た。
 庭で鍛錬していた柳に事情を話した。

 「柳! アルファードを出せ」
 「えぇ! 私の車ですかぁー!」
 「早くしろよ」
 「えーん」

 亜紀ちゃんとルーは付いて来なかった。
 適当に走らせて、杉並の古そうな大型マンションの敷地に入った。
 柳に見張らせて、ハーに浄化槽の蓋を開けさせる。
 思った通り、単独処理浄化槽であり、トイレの排水のみが溜まる構造だ。
 ハーにまた割箸で摘まませて中に入れてやる。

 「ああ! ここは素敵です!」
 「おう! 時々清掃が入るかもしれないから、その時は気を付けてな!」
 「ありがとうございます!」
 「いいって!」

 ハーに蓋を戻させ、ダンボール箱を畳んでゴミ置き場に捨てた。
 割箸も。

 持って来たアルコールでみんなで手を消毒する。
 三人で帰った。

 「なんか臭いですね」
 「そうだな」

 窓を開けた。

 「幸せに暮らして欲しいね!」
 「そうだよな!」
 「……」

 ノリの悪い柳は黙って運転していた。




 家に着くと、柳が消臭スプレーをアルファードの中にガンガン撒き、アルコールで丁寧に中を拭いた。
 夜まで口を利いてくれなかった。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...