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blutschwert Ⅲ

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 「イシガミ様、信じられませんか?」
 
 ガスパリ大司教が不安そうに俺を見ていた。
 俺は笑顔で大丈夫だと言った。
 数々の妖魔と関り、宇宙人まで来る。
 先日は「神」とまで戦った。
 今更吸血鬼ごとき。

 「吸血鬼、ヴァンパイア(vampyre)は非常に古くからヨーロッパの中で存在しています。彼らは「ノスフェラトゥ(Nosferatu)」と呼ばれることを好んでおりますが」
 「そうですか」
 「しかし、一般に流布されている吸血鬼の弱点は無いものとお考え下さい」
 「太陽光やニンニク、十字架などですか?」
 「はい。それらは彼らの苦手でも何でもありません。水を渡ることも出来ますし、銀も特別な効果はありません」
 「そうなんですか」
 「コウモリに変身もしませんし、見た目も普通の人間です」
 「そうなると、吸血行為だけはあると?」
 「その通りです。ただ、それも血を好むということであり、血を飲まなくとも生命維持に支障はありません」
 「じゃあ、ただのヘンタイということですね」

 ガスパリ大司教は大笑いした。
 後ろでマクシミリアンも爆笑していた。

 「そうでもありません。彼らは非常に長命で、力も強い。数百年を生き、素手で人体を引き千切るほどの力があります。子どもであっても」
 「なるほど」
 「銃弾を撃ち込まれても、頭部や心臓などの重要な器官を破壊しなければ生き延びます。心臓ですら、貫通した程度では修復されます。頭部はその構造は分かっていませんが、脳を破壊されてもある程度は記憶を引き継ぐようです。半分以上を喪った場合は人格が変わることもあったようですが。それでも、しばらくすると、元の記憶を取り戻すのです」

 「はぁ」

 「それに、最も恐るべきは、彼らは自分の血を操ります。一瞬で血を刀剣などの武器にするのです。それが彼ら「ブルートシュヴェルト(blutschwert:血刀)」の由来かと」
 「!」

 俺の表情が変わった。

 「イシガミ様?」

 俺は夕べ、うちの店が襲われ、どこからともなく刀を取り出した男二人がいたことを話した。

 「イシガミ様! それは!」

 ガスパリ大司教が叫び、マクシミリアンも表情を硬くしていた。

 「間違いないでしょうね。俺の名前も知っていた」
 「それでは!」
 「既に俺に接触を試みている。しかし平和的なものではないようです」
 
 俺は一旦話題を変えた。

 「ところで、フィクションにあるような、吸血行為で相手を支配することはあるんですか?」
 「それはありません。但し、あの一族は非常に容姿端麗で、相手を惹き付けることは多いようです。公式な見解ではありませんが、一種の「魅了」の能力があるのではないかと言う者もいます」
 「「魅了」ですか?」
 「はい。催眠術のようなものと考える人間もいますが、もっと別な能力なのかもしれません」
 「それに、長命であることに関連しますが、普通の人間には及ばない知識と知性を有しています。その力によって、彼らは今もヨーロッパの一部を支配しています。ローテス・ラントは彼らが築いた帝国です。そこの多くの人間は彼らの正体を知りませんが」
 
 「しかし、ローテス・ラントのフロントの人間ではなく、中枢の一族が直接来たということは、どういうことなのでしょうか」
 「分かりません。でも、イシガミ様のことをある程度は掴んでいるのではないかと」
 「「虎」の軍のことですか?」
 「ええ。「ハナオカ・アーツ」のことや、「カルマ」と敵対していることなども」
 「ブルートシュヴェルト一族は「業」と関わっていると思いますか?」
 「分かりません。でも、イシガミ様と敵対するつもりであれば、接触などは考えないと思うのですが」
 「なるほど」

 夕べのことも、精一杯好意で解釈すれば、こちらの反応と戦力を測ったと言うことも出来る。
 実質的な被害は、テーブルとソファの損害だけだ。
 裸に剥かれた従業員は、ちょっと手当をやったら片付いた。
 無銭飲食は許さんが。

 俺は二人の男の写真を見せた。

 「ハインリヒとエリアスと呼び合っていました」

 ガスパリ大司教が、後ろのマクシミリアンにも写真を見せる。

 「あの二人か」
 「知っているのか!」
 「あの一族の荒事の専門家だ。どんな危険地帯にも平然と入って行く。そして「仕事」をして帰る」
 「仕事というのは?」
 「暗殺であったり、交渉であったりだ。圧倒的な力を見せつけて片付けて来る」
 
 「マクシミリアンは「ミディアン騎士団」の《シュヴァリエ》だったのです。今は護衛に引き抜いていますが。ですのでブルートシュヴェルトについても詳しいのです」

 ガスパリ大司教が説明した。

 「あいつらには銃弾はあまり効果が無い。だから剣技で戦う必要がある」
 
 それでフランベルジュをいつも持ち歩いているのか。
  
 「銃はまったく効かないのか?」
 「威力のある銃ならばな。でも、反動が人間には耐えられない。弾頭にもよるが、50口径は必要で、火薬量も相当必要だ。要は人間の頭部を粉砕する威力が求められる」

 「ん?」

 何か思い出した。

 「それとな。高貴なガスパリ大司教様はおっしゃらなかったけどな。あの一族、特にハインリヒとエリアスは部類の女好きだ。あいつらは長命なせいかなかなか子どもが出来ない。それもあってのことだがな。男も女も、とにかく色情狂だ。お前と似ているな」
 「あんだよ!」

 似てる。

 「イシガミ様。今回のことが終わるまで、マクシミリアンを置いて行きます」
 「え? いや、こいつは別に……」
 「使える男であることは、わたくしが保証致します。存分にお使い下さい」
 「え、でもー」

 マクシミリアンがガスパリ大司教の隣に来て言った。

 「大司教猊下。もうチョコレートはお口に入れないように」
 「マクシミリアン、先ほども言いましたが、あなたは失礼です。イシガミ様は我々に何かをなさる方ではありません」
 「いいえ、そうではなく。幾ら何でも食べすぎです。お身体に障りますゆえ」
 「ん?」

 好きな物を選んでもらおうと、20個は入っていた器に残り5個ほどになっていた。
 よく胸焼けをしないものだ。

 「ああ、申し訳ない。本当に美味しいチョコレートで、つい」
 「いいんですよ。まだありますから、どうぞお持ち帰り下さい」

 亜紀ちゃんが泣きそうな顔で俺を見た。
 また買えばいいだろう!
 俺はハーに言って、残りのピエール・マルコリーニのチョコレートの箱を適当な手提げに入れさせた。

 「それでは一旦戻りまして、マクシミリアンに準備をさせてこちらへ伺わせますので」
 「はぁ」
 
 二人は帰って行った。
 俺と一緒にロボが見送りに来る。
 玄関で靴を履く間、マクシミリアンがロボを見ていた。
 笑顔になり、小さく手を振った。

 「にゃ」

 「お前も笑うんだな」
 
 マクシミリアンは何も言わずに、一切の隙無くガスパリ大司教を車まで案内した。
 俺はロボを抱き上げて見送った。

 「あの仏頂面が、お前には微笑んだぞ」
 「にゃー」
 「ロボはカワイイからなー!」
 「にゃ!」

 ロボが俺の耳を舐めた。

 「あいつ、昼飯前に来るかなー」

 ロボと家に入った。

 「まあ、うちは何人来ても大丈夫だけどな!」





 上に戻るとピエール・マルコリーニのチョコレートが無くなっていた。
 亜紀ちゃんたちが一つずつガスパリ大司教が残したものを食べたらしい。

 「お前らよー。客が帰った途端に残り物を喰いやがって」

 俺も喰いたかった。
 子どもたちが日本舞踊を踊った。
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