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ニューヨークと鰻

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 翌朝。
 朝食の後で、俺はアメリカ大統領と会った。
 ロックハート家の特別な部屋だ。
 
 「ミスター・イシガミ。これが提供できるアメリカ国内の「虎」の軍の基地建設用地の候補だ」
 「分かった。検討させてもらう」

 アメリカ政府の要請で、対「業」のための基地建設を頼まれた。
 それはアメリカ国内での俺たちへ反発する勢力に対する牽制にもなる。
 アメリカ大統領は、その懸念を常に恐れていた。
 アメリカも一枚岩ではない。
 これほどの大国になれば、様々な利権がある。
 それが圧倒的な軍事力を持つ俺たちに対しても、虎視眈々と反撃と懐柔の機会を今も狙っている。
 
 軍事力だけが全ての力ではないことは分かっている。
 国民を誘導して、全国的に俺たちへの反旗を翻すことも考えられる。
 まあ、ジャングル・マスターがいれば、おいそれとは実現しないだろうが。
 でも、その他の方法もある。
 先日、俺たちが見舞われた爆弾テロもそうだし、生物兵器や化学兵器もある。
 アラスカの「虎」の軍の基地は落とせないだろうが、俺の大事な人間たちが狙われる可能性は常にある。
 それが出来ると思われて、レイは殺された。
 俺たちが強大な軍事力を示しているのは、そういう者たちへ示唆している意味もある。

 「ところで、EUやイギリスも「虎」の軍に協力すると言っている。どういうことか説明してもらえるだろうか」
 「詳細は話せないが、彼らが困っている問題を解決することを約束した」
 「エネルギーか!」
 「まあな。石油や天然ガス、ウランを中心に、ある程度は回せる。アメリカにもな」
 「そうか。君は地下資源も掌握したのだね」
 「それは答えられない。でも、どうしても困ったら、俺たちに相談してくれ。間違っても「業」には近づくなよ」
 「分かっている! カルマの恐ろしさは理解している!」

 大統領が興奮して叫んだ。
 俺たちの渡した資料によって、「業」の目指しているものが人類の破滅であることは分かっている。

 「ロシアのことは何か分かったか?」
 「先日の報告の通りだ。まだ政府は機能しているようだが、カルマの手が伸びていることは予測出来る」
 「恐らく、世界支配でも持ちかけられているのだろう」
 「多分。幾つかの地方の町が消滅していることも掴んだ。ただ、段々ロシア国内での活動が難しくなっている」
 「エージェントが消されているか」
 「そうだ。何らかの方法で身分が割れているようだ」

 タマと同じ能力を持つ妖魔がいるのだろう。
 タマほどではないにせよ、人間が対抗するのは難しい。

 「折を見て撤収させろよ」
 「分かった。それで中国の問題だが……」

 俺は大統領と幾つかの問題について話し合った。
 ロシアが南下を考えていることは分かっている。
 政治的に親しい中国はその筆頭だ。
 経済大国になった中国は、軍事力を持つ「虎」の軍を警戒している。
 ロシアに接近しても不思議はない。

 午前中一杯を話し合い、会見は終了した。
 大統領は秘密裏にロックハート家を離れた。

 俺が食堂に行くと、もうみんな昼食を始めていた。

 「じゃあ、聖と食事をするからな」

 亜紀ちゃんも行きたがったが、俺はロドリゲスを喜ばせろと言った。

 「ロボと俺の荷物を忘れんなよ!」
 「はーい! いってらっしゃい!」

 そのまま聖のセイントPMCに行き、子どもたちとアラスカへ飛ぶ。
 響子はこのままロックハート家だ。
 久し振りに両親に甘えさせたい。
 そして、今回はジョナサンも連れて行く予定だった。
 ジョナサンは一時帰国しており、アラスカを見せるのと、ジョナサンの能力を検証したかった。
 日本ではまだ、誰にも能力を明かしていない。
 「カタ研」では随分と俺たちの情報を明かしてはいるが、ジョナサンとパレボレの正体はまだだ。
 まあ、パレボレは説明が難しいが。
 それに役に立たない。

 



 ジャンニーニの経営するイタリアン・レストランに行った。
 聖とジャンニーニは既にテーブルに座っていた。

 「よう、遅くなったな」
 「いいさ。座れよ」
 「トラ!」

 ジャンニーニが俺にハグをしてきた。
 気持ち悪いが、我慢してやった。
 
 「トラ! 本当にありがとうな! マリアたちに護衛を付けてくれてよ! それにうちも「防衛システム」を入れてくれた。感謝するぜ!」
 「約束したからな」

 ジャンニーニの屋敷にはジェヴォーダンを迎撃できる規模の防衛システムを入れた。
 家族であるマリアたちの屋敷にも多少のものは入れたが、むしろ三人を逃がせるように、デュール・ゲリエを三体送った。
 もちろん武装もかなり備えている。
 
 「大体のことは大丈夫になったけどよ。でも聖を頼れよな」
 「ああ、分かってる。セイント、頼む」
 「分かってるよ」

 聖も笑ってジャンニーニの肩を叩いた。
 俺は聖の向かいに座る。

 どんどん食事が運ばれて来た。

 「今日はトラの子どもたちは来なかったのか?」
 「なんだ、ジャンニーニ。会いたかったのか?」
 「そりゃな。あいつらの喰いっぷりは楽しいぜ」
 「お前も変わってんな!」

 俺は先日、子どもたちに俺の分まで食事を喰われた話をした。

 「鰻っていうよ、英語だとイールか。日本のイールは絶品なんだよ」

 ジャンニーニはあまり好きなものではないようだ。

 「なんだよ、聖、こっちでかば焼きはねぇのか?」
 「探してみるよ」
 「まあ、その美味い料理を楽しみに帰ったら、子どもたちが俺の分まで喰っちまったんだ」
 「ワハハハハハ!」

 ジャンニーニが大笑いした。

 「俺にぶん殴られてさ。翌日に質素なものを食べるんだって、サンドイッチにしたんだよ。そうしたら超豪華な具材を使ってなぁ。俺はヌードルだけだったんだぜ?」

 聖とジャンニーニが爆笑した。

 「質素なものを食べて、自分たちの喰い過ぎを戒めるんだって言ってたのによ! なんなんだよ、あいつら!」
 「トラが可愛がって贅沢にしたんだろう」
 
 聖が言った。

 「まあな。その通りだ。俺が悪いんだけどな」

 俺は夕飯で思い切り安い魚だけになったと話した。
 俺も付き合ったが、子どもたちが俺には美味い物を食べて欲しいと言うので、ステーキを焼いたのだと言った。

 「俺も昼のことで頭に来てたからな。「お前らも喰えば?」って言ったら、最初は拒否してたんだよ。でも、結局いつも通り、キッチンに入ったらステーキ三昧よ!」

 「「ワハハハハハハ!」」

 「それも泣きながらな! もうあいつらの食い意地は神様も治せねぇよ」

 二人が爆笑した。
 あまりに大声で笑うので、店員が部屋に覗きに来た。

 俺たちは笑いながら食事をした。
 ワインが美味かったが、主にジャンニーニが飲んだ。

 「おい、ジャンニーニ。パオロとシルヴィアは元気か?」
 「あ、ああ」
 「なんだよ! どこか悪いのか!」

 俺が立ち上がって叫ぶと、ジャンニーニが笑ってそうじゃないと言った。

 「俺たち三人で食事なんだと言ったんだけどな」
 「なんだ?」
 「実はどうしてもトラに会いたいってよ。店を出る時に会わせるつもりで、ここに来てるんだ」
 「なんだよ! じゃあ呼べよ!」
 「いいのか?」
 「もちろんだよなぁ、聖」

 聖も笑って頷いた。
 ジャンニーニが店員に声を掛けた。

 「トラ!」

 シルヴィアが俺に駆け寄って来て抱き着いた。
 ハグではない猛烈な抱き方で、俺の唇にキスをしてきた。

 「トラ! いい加減にしろ!」
 
 ジャンニーニが怒鳴るので、シルヴィアを座らせた、
 マリアとマリオも俺に挨拶した。
 俺は両手を拡げた。

 「マリア! 来い!」

 ジャンニーニが立ち上がって、本気で怒った。
 俺たちは食事を続け、マリアたちはコーヒーを飲んだ。

 「シルヴィア、また綺麗になったな!」
 「ほんとう!」
 「トラ! シルヴィアをその気にさせるんじゃねぇ!」
 「ワハハハハハ!」

 「マリオ! また「ルドンメ」を呼んでやろうか?」
 「いえ、結構です」
 「まあ、こないだはジャンニーニがいきなり全裸になってたからさ。「ルドンメ」もちょっと退いてたからなぁ」
 「あれはトラがやれって言ったんだろう!」
 「ワハハハハハ!」

 俺は聖に聞いてみた。

 「聖、二人の仕上がりはどうだよ?」
 「まあ、まだまだだな。でもマリオは根性があるかな」
 「そうか」

 二人は聖の会社で訓練を受けている。
 
 「シルヴィアは「花岡」を知りたがってるんだ」
 「そうか。お前が知ってるものは教えてやれよ」
 「いいのか?」
 「ジャンニーニの子どもだからな。信頼できる」
 「そっか」

 シルヴィアがまた俺に抱き着いて、頬に何度もキスをしてきた。
 ジャンニーニは今度は止めなかった。

 「お前はそんなに強くなる必要はねぇんだけどな。それよりも綺麗になれよ」
 「うん!」
 「あくまでも、シルヴィア自身と家族を守るためのものだ。ジャンニーニもマリオも、お前たちを守るために必死になってる」
 「うん、分かってる」

 「マリオも「花岡」を習得しろ」
 「いいんですか!」
 「俺が許す。ジャンニーニたちを守ってくれ」
 「はい!」

 ジャンニーニが俺のグラスにワインを注ぎ足した。
 俺は飲み干した。

 「じゃあ、そろそろ行くな!」
 
 聖も立ち上がった。

 店員たちが全員並んで見送った。
 入り口のカウンターで聞いた。

 「あのさ、幾らだった?」
 「いいえ、今日はジャンニーニさんのお支払いですから」
 「そっか。じゃあ、これ」

 レッドダイヤモンドの塊をカウンターに置いた。

 「おい! トラ! それって!」

 俺は大笑いして、聖のロールスロイスに乗り込んだ。

 「スージーは基地で待ってる」
 「そっか」

 俺たち三人の集まりに気を遣ったのだろう。







 その後、ニューヨークに出店した鰻屋に、聖がジャンニーニを誘った。
 あまりの上手さにジャンニーニが唸った。

 「これを喰われたんなら、トラも怒っただろう!」

 聖が大笑いし、もっと美味いものだったはずだと話した。
 ジャンニーニが本気で日本に行きたがったそうだ。
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