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道間家のハイファ Ⅱ

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 「これはどういうことだぁ!」

 俺は状況に動揺しつつも、先ほどまで取り乱していた麗星が黙っていることが気になった。
 隣の麗星を見る。
 麗星は口を小さく開いたまま、血の涙を零していた。
 天狼の光は収まった。

 「おい! 麗星に何をした!」
 「少々騒がしく、黙って頂きました」
 「すぐに戻せ!」
 「「双虎王」の主様と雖も、わたくしを妨げることは出来ません」

 俺は「虎王」を呼ぼうとした。
 しかし、それが出来ないことが分かった。

 「ホホホホ、この道間家の中では「虎王」もお呼びになれますまい」
 
 ハイファには俺の心が読めるようだった。

 「「地の王」をお呼びになりますか。それはまた随分と」

 呼べなかった。
 俺の口が、その名を唱えられなかった。

 《て、てんろ……》

 血の涙を流しながら、麗星が呟いた。
 どのような技か、全身が動かせずにいる中で、必死に何かを言おうとしている。
 そのために血の涙を流しているのだ。
 俺の腕の中で天狼の身体が熱くなっていく。
 猶予がないと感じた。

 「天狼の熱が上がっているぞ!」
 「ここで死ぬのであれば、そこまでの者。次の天狼をまた生めば良い」
 
 「てめぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
 「道間家の中にいる限り、誰であろうとわたくしを妨げることは出来ませぬ」
 「舐めるなぁ!」

 俺は左手を前に出した。
 目の前に「魔法陣」が浮かび出す。
 道間家がどうなるのか分からないが、今は迷っている場合ではない。
 これまで上空にしか放ったことの無い「魔法陣」での攻撃を、水平に撃てば、その方角の京都の町が破壊されるだろう。
 しかし、それ程の威力で無ければ、目の前のハイファを斃すことが出来ないと俺の勘が告げていた。

 しばし俺のやろうとしていることは、ハイファには理解出来なかったようだが、途中で気付いた。
 
 「なんと! それは!」
 「覚悟しろ!」

 麗星が俺を見ているのが分かった。
 拘束された身体で、小さく瞼を閉じて俺に示した。

 その時、ロボが前に飛び出した。

 「なんだ?」

 ハイファが訝しんでいる。

 「動けるはずが無いのに、なぜこれは動いている?」
 
 ロボが俺の前でハイファを見ている。
 
 「お前、何者……!」

 ハイファが何かに気付いた。

 「ま……さか。そんな者が……」

 ハイファが床に跪いた。

 「かしこまりました。わたくしの思い上がりでございました」

 「天狼!」

 麗星が叫んだ。
 俺の腕から天狼を抱きかかえる。

 「五平所!」

 廊下の先で倒れている五平所がふらつきながら立ち上がった。
 麗星は部屋に入り、俺を手招いて再び天狼を預け、自分は走って行った。
 俺は椅子に座り、麗星を待った。
 天狼の熱はまだ高い。
 顔が赤く、苦しそうにしている。

 「天狼! しっかりしろ!」

 俺は叫び続けた。


 《ぷす》


 俺の隣の椅子にロボが飛び乗り、天狼の頭に爪を刺した。

 「おい!」

 天狼の顔が白く戻り、安らかに寝息を立て始めた。

 「……」

 六花とよしこは椅子に座ったまま眠っていた。
 ベビーベッドにいる吹雪を、天狼を抱いたまま様子を見た。
 吹雪は目を開けて俺と天狼を見ていた。

 「おい、お前のお兄ちゃんの天狼だ。会えて良かったな」

 吹雪が俺に手を伸ばし、俺はその小さな手を握った。
 



 麗星が駆け戻って来る音がし、俺は廊下へ出た。

 「天狼をこの上に!」

 麗星は分厚い座布団のようなものを持って来た。
 俺は天狼をその上に乗せた。
 麗星が泣きながら天狼を見ている。

 「必ず助けます! 天狼! しっかりなさい!」

 俺は天狼が元に戻ったと言った。

 「ほんとうに! ああ! 天狼!」

 麗星は天狼の身体に顔を埋めた。
 身体を振るわせて泣いていた。
 俺は麗星の肩を抱いて、部屋の中へ入れて椅子に座らせた。

 「おい、お前も入れ」

 先ほどと同じ姿勢で床に跪いていたハイファを呼んだ。
 ハイファは立ち上がって、俺に言われるまま部屋へ入った。
 五平所が自分で何とか歩きながら部屋へ入る。
 六花とよしこはまだ眠っている。
 無理に起こさない方がいいのかもしれない。

 ロボが俺の隣の椅子に乗り、俺の膝に身体を預けながらハイファを見ていた。
 ハイファは酷く脅えていた。

 



 「ハイファは、この道間家を守護する最強の妖魔なのです」
 
 麗星がようやく落ち着いてから説明した。

 「いつの代からそうであるのかは、今ではもう分かりません。道間家の最大の秘密であり、何度か道間家の危機を救って来たのです」
 「そうなのか」
 「「業」により一族が滅ぼされた折、わたくしが一人助かりましたのも、ハイファのお陰でした。わたくしの存在をハイファが隠してくれたのです」
 
 そういう経緯があったことは初めて知った。

 「宇羅はハイファのことは知っていたんじゃないのか?」
 「はい。しかし宇羅は既に道間家に敵対する者になっておりました。そのような者は、ハイファのことは記憶から消えます」
 「なんだと?」
 「ハイファはそれほどの力があるのです。あやかしの「王」と雖も、ハイファは渡り合えます」
 「……」

 想像を超える力のようだ。

 「こいつも「王」なのか?」
 「そうではございませんが。ハイファについてはわたくしの口からも申し上げられないのです。わたくしが隠しているわけではございません。本当の意味で、ご説明できないのです」
 「そうか」

 そのような「仕組み」になっているのだろう。
 それが言えなくなっていることなのか、それとも知らないということなのかは分からない。
 とにかく、麗星は話せないのだ。

 「じゃあ、俺から聞こう。ハイファ、お前は何者なのだ?」
 
 ハイファは俺を見詰めていた。

 「わたくしは道間家を《$%’%》に引き上げるためにいる者」
 
 聞き取れなかった。
 
 「その運命を知る者。そして、ようやく「双虎王」の主様と巡り合い、その時が来たことを知ったのです」
 「天狼を殺そうとしやがって!」
 「そうではございません。天狼も「試練」に耐えることは、わたくしには分かっておりました」
 「なんだと?」
 「それが、このような仕儀になることは見えておりませんでしたが。まさか、そのような存在が介入するとは……」

 ロボのことだろうが。
 
 「うちのロボはカワイイ猫だぁ!」
 「ニャー!」

 ハイファがまた床に跪いて頭を垂れた。

 「はい。これで滞りなく、道間家は引き上げられることになりました」
 「なんだよ、そりゃ」

 麗星が言った。

 「ハイファ、それは石神様の御血が入ったためですか?」
 「その通りでございます。道間家は「双虎王」の主様の下で、新たな繁栄を約束されました」
 「まあ、なんという!」

 麗星が喜んでいる。

 「おい、こんなでたらめな奴は追い出せよ」
 「そうはまいりません。ハイファはこの道間家にとっては絶対に必要な者なのです」
 「しかしなぁ」
 「今回のことはわたくしも慌てましたが、ハイファは理解出来ずとも、道間家のためにのみ動く者なのです」
 「はぁ」

 俺はため息を吐くしかなかった。
 ハイファは天狼が死んでもその次があると考える。
 麗星は感情的にはともかく、その正しさを信じている。
 血の涙を零しながら天狼を守りたいと思っていてもだ。
 道間家の当主は、それほどの厳しい道を歩んでいるのだ。
 そのことだけは分かった。

 「天狼は、天の運命を背負う者であることが、今回わたくしにも分かりました」
 「うるせぇ!」
 
 麗星がハイファに聞いた。

 「天狼は「神通」を通すために儀式の最中でしたが、それはどうなりますか?」
 「はい、麗星様。それは既につつがなく成りました。「双虎王」の主様のお力で、道間家で最高の御身になられました」
 「そうなのですか!」

 「おい」

 「あなた様! ありがとうございました!」
 「なんだよ?」
 
 「わたくしも、あれだけ一気に開けば御身がもたないことも危惧いたしましたが」
 「てめぇ! やっぱり!」
 「しかし、天の運命が天狼を導きました。よもや、そのような存在がここにいるとは」
 
 ロボか。

 「それに、同じく「双虎王」の主様の御血を引くその子ども。その者との邂逅も、天狼には必要であったかと」
 「そうなのですか!」
 
 「おい、六花とよしこを起こせ!」
 「仰せのままに」

 俺が二人を見ると、目を覚ましたようだった。

 「おい、大丈夫か?」
 「虎……何があったんですか?」
 「ああ、この野郎が精神攻撃で眠らせていたようだ」
 「そうなんですか?」

 六花はまだ意識が朦朧としているようだったが、無事なようだ。
 よしこも戸惑っているが大丈夫だろう。

 「おい、酔いが覚めたぜ。もう寝るぞ」





 俺は天狼にキスをし、吹雪を抱き上げて部屋を出た。
 六花が俺に腕を絡めて一緒に歩く。
 よしこが慌てて吹雪のベッドを抱えてついてきた。

 五平所が追いかけてこようとして、後ろで転んだ。

 「おい、無理するな」
 「すいません!」

 俺は六花と一緒に寝た。
 よしこは隣の部屋に入る。

 ロボは俺の枕の上に横になった。

 「ロボ、ありがとうな」
 
 腕を上げて身体を撫でてやると、「ゴロゴロ」と喉を鳴らした。
 六花も頭を撫でてやる。
 
 「ところで、何があったんです?」
 「明日にしてくれ。今日は疲れた」
 「はーい!」

 六花が俺の首に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。
 俺は笑って六花の髪を撫でていると、やがて六花が眠った。

 暗闇の中で、しばらく闇を見ていた。
 道間家の想像以上の深さを思った。 

 「やっぱり俺は、剣で斬り合ってる家の方がいいぜ」

 六花のいい匂いを嗅ぎながら、俺も眠った。
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