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「アムール」にて

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 美味しい夕食を堪能した。
 ルーとハーは、また新しい料理を色々と知って大喜びだった。
 ホテルの人に料理が趣味なのだと言い、特別にレシピや作り方を教えてもらったりした。
 実はレストラン経営者でもあるのだが。

 食事の後、木村さんがマイクロバスで私たちを美也さんのお店に招待してくれた。
 木村さんの奥さんの輝美さんが運転して迎えに来てくれる。
 全員でバスに乗り込んだ。

 「佐藤先輩! 今日は飲みましょうね」
 「アハハハハ! なんだ、石神の娘はやっぱり酒が好きか!」
 「はい!」
 
 佐藤先輩は嬉しそうに笑った。

 「亜紀さん、佐藤先輩は半端じゃないから気を付けてね」
 「はい、タカさんから聞いてます! 前にねぶた祭に誘ってもらった時は、二人で13本の日本酒を空けて、タカさんが潰れた後でまだお一人で飲んでたって」
 「ワハハハハハ! ああ、あの時か!」
 
 私がタカさんがとても感謝していたと言うと、お二人が喜ばれた。
 20分程で、美也さんのお店「アムール」に着いた。




 「いらっしゃーい!」

 お店に入ると、お綺麗な美也さんが明るく迎えてくれた。

 「さー、みなさん! あれ! 佐藤先輩もいるんだ!」
 「お久し振り。今日はお邪魔するよ」
 「えー、お店のお酒足りるかなー」
 「そんなに飲まないよ!」
 「うそだー!」

 みんなで笑って席に着いた。
 丁度お店が一杯になる人数だった。

 「今日は貸切だからね。幾らでも飲んでね」
 「あの、お盆シーズンだから、本当はお休みなんじゃ?」

 私が言うと、そうだと言った。

 「こいつの頼みだからね。今日は特別だよ」
 
 そう言って美也さんは木村さんの背中を叩いた。

 「木村さん、タカさんが来た時もそうでしたよね?」
 「ああ、石神だからな。ああ、美也! この人とあそこの双子のお嬢さんは、石神のお子さんなんだよ」
 「えぇ! あの素敵な人の!」
 「そうだよ。今日はだから宜しくな」
 「ねぇ、石神さんにまた絶対に来てって言って!」

 私に美也さんが抱き着いて言った。
 タカさんから聞いているので、「伝えておきます」とだけ返事した。

 「絶対よ! もう、こないだは逃げてっちゃったんだから!」
 「アハハハハハ!」

 明るい人だ。

 私は木村さんと輝美さん、佐藤先輩と一緒のテーブルに座った。
 タカさんのお話を聞きたかった。

 真夜と柳さんがルーとハーと一緒に。
 ルーとハーがビールと言っているのを二人が止めた。
 上坂さんと坂上さんがジョナサンとパレボレと。
 他の一年生たちが一緒のテーブルだ。

 「石神に僕たちが助けられた話は聞いているかい?」
 「あの、輝美さんが鉄門で苦しそうだったって話ですか?」
 「そうだよ!」
 「あれはタカさんも、全然大したことはしてないって言ってました」

 お二人に気遣わせないように、私は言った。
 タカさんも本当にそう言っていたし。
 でも、木村さんと輝美さんは顔を見合わせて微笑んだ。

 「やっぱり、あいつは話していないんだな」
 「そうね」
 「え?」
 
 木村さんが話し出した。

 「鉄門で偶然に輝美と会ったことは聞いているかな?」
 「はい。輝美さんが学生に絡まれてて、それでタカさんが声を掛けたって」
 「うん、そうなんだけどね。でも、石神はすぐに輝美の様子がおかしいことに気付いていたんだ」
 「え?」
 「あいつは医者としては本当に優秀なんだよ。学生時代からね。だからすぐに校内の食堂で休ませて、大学の病院に急患として入れるように動いたんだ」
 「ちょっと、タカさんに聞いた話と違うような」
 
 タカさんは、学食に案内してから輝美さんの異常を感じたような話をしていた。

 「本当に、石神が急いで手配してくれなければ間に合わなかった。危ない所だったんだ」
 「え、でも……」
 「救急外来で入れることだって、相当無理をしてくれた。学生の立場での態度を責められたし、偉い教授も出て来て退学にするとか言われたんだ。でも、あいつは構わないから輝美を診てくれって。最後には石神を可愛がっていた教授に連絡されて、何とか受け入れてもらったんだよ」
 「そんな! タカさんはその教授がたまたままだ残っていたって……」

 木村さんが笑って言った。

 「いなかったよ。警察を呼ばれる寸前だった。大学じゃあいつは有名だったからね。当時のナースか誰かが教授に連絡してくれたんだ。それで輝美が助かった。流産の寸前でね。何とか処置が間に合ったんだ。もしあの時石神が急いで手配してくれなければ、子どもはおろか、輝美の身体も危なかった」
 「タカさん……」

 「あいつも輝美のために随分と無理をしたらしくてね。暴れて大変な騒ぎになったらしい。本当に退学もあり得た程にね。そのお陰なんだ、僕たちがこうしていられるのも」
 「石神はいつだってそうだったよな」

 佐藤先輩が微笑んで言っていた。

 「そうですよね。みんなあいつに助けられてた。ああ、亜紀さんはあの山中の娘だったね」
 「はい! 木村さんは父を知っているんですよね?」
 「うん。何度か一緒に飲みに行った程度だけどね。じゃあ、亜紀さんには話しておこうかな」
 「はい?」

 木村さんは、タカさんには絶対に話すなと断ってから教えてくれた。

 「一度ね、山中がまあ騙されたんだけど、学生金融に借金しちゃったんだ」
 「え!」
 「当時は利息の上限が今のように法的には曖昧でね。「トサン」っていう無茶苦茶な金利だった。十日で三割だよ。だから10万を借りたはずがすぐに100万円を超えた。複利で計算されるから」
 
 借金が返せない金額になるまで、請求はしないのだと教えてくれた。

 「ある日突然に請求が来て、山中も驚いたんだよ。親に請求するなんて言われてさ。保証人がそうなっていたから、法的にも正当なものだった。もちろんグレーだけどね」
 「どうしたんですか!」
 「すぐに石神と御堂くんに相談したらしい。親に迷惑を掛けたら、もう大学にはいられないって悩んでね。山中の実家はそれほど裕福でもなかったし。奨学金を受けていたよね。御堂くんがお金を用意するつもりだったらしいんだけど、石神がその前に飛び出して行ってさ」
 「タカさんが……」

 「そう。ちゃんと借用書を持って来て、山中に渡したんだよ」
 「え、そうだったんですか?」
 「実はね、そこの街金のバックにいた人間の一人が、うちの分家でね。そいつから話を聞いたんだ」
 「木村さんの親戚だったんですか!」
 「うん、ごめんね。知らないこととはいえ。でもさ、石神がいきなり街金の事務所に乗り込んで来て、自分が借金を清算するって言ったんだそうだ」
 「え?」
 「そうしたら500万円だって言われて。石神はそんなはずはないって言って、借用書を見せろと言ったんだ。それで揉めてね。バックのヤクザも呼ばれたんだけど、みんな石神にぶっ飛ばされた」

 木村さんと佐藤先輩が大笑いした。

 「それで借用書が金庫から出されて、その場で計算して120万円を石神が置いて行った。あいつ、なんであんな大金を持っていたのかは知らないけどね、不思議と底の知れない奴だとは思っていたけど」
 
 私は口には出さなかったが、そのお金はタカさんが命懸けで傭兵をしていて得たお金だと分かっている。
 そんな大事なお金を、お父さんのために出してくれたんだ。
 また涙が出た。

 「この話はさ、最初に行った通り、石神には黙っていてくれ。山中も知らないんだ。山中は「違法なものだから取り返して来た」としか聞いていない。御堂くんもね」
 「でも、タカさんなら本当に取り返しても来れたと思いますが」
 「それじゃね、今度は山中が危ない。ヤクザは舐められたら引っ込んでいないよ。石神なら何とかしたかもしれないけどね。山中じゃどうしようもない」
 「そうですね……」

 タカさんは、そこまで考えて動いてくれたのだろう。
 お父さんに何かあれば、自分が黙ってはいないと実力でも示して。

 「弓道部の合宿でね。一緒に風呂に入って、あいつの全身の傷を見ているよ」
 「あれは堪らなかったな」

 佐藤先輩も言った。

 「あの身体を見てさ。石神っていうのがどういう人間なのか分かったよ」
 「自分のことなんかどうでもいいんだよな。あいつはいつでも大事な人間のことしか考えてない」
 「そうなんですよね」

 「はい! タカさんの身体は綺麗なんです!」

 私は立ち上がって大声で叫んでしまった。
 みんなが驚いて私を見ていた。
 ルーとハーがすぐに来て、私の背中を叩いて座らせてくれた。

 佐藤先輩が私にお酒を飲めと言ってくれた。
 コップの日本酒を煽った。
 ルーとハーは、そのまま椅子を持って来て一緒に座った。
 私を心配してくれたのだろう。

 「あいつは本当にいい奴だった。俺なんかを慕ってくれてな。可愛くてしょうがない奴だった」
 「佐藤先輩を大好きでしたよね!」
 「ああ、俺が誘うと断ったことがなかったよな」
 「みんな逃げたがってましたのにね」
 「このやろう」

 みんなで笑った。

 



 「だから、紺野が死んだと聞いて、俺も驚いたんだ」

 佐藤先輩が目を潤ませていた。
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