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六花の出発
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6月の第二週の月曜日 響子の病室。
出産のために六花が地元へ戻ることになっていた。
荷物を持って、響子と俺に挨拶をしに来た。
「石神先生……」
六花が泣いている。
「おい、何泣いてるんだよ! 元気な子どもを生んでくれな!」
「はい!」
「六花! がんばってね!」
「はい!」
泣きながら笑顔を作る。
「響子、すぐに戻って来ますからね」
「ダメだよ! ちゃんと休んで!」
「でも……」
「響子の言う通りだぞ。赤ん坊だって落ち着くまでは時間が掛かるんだ」
「はい」
「こっちは大丈夫だよ。ベテランのナースが響子に付いてるし、俺も柳もいる。何も心配するな」
「分かりました」
六花は響子を抱き締め、俺を抱き締めた。
「じゃあ、響子。六花を送って来るな」
「うん!」
俺は六花を東京駅まで送りに行く。
今日はロールスロイスを出した。
振動をなるべく少なくしたかった。
地元まで送ると言ったのだが、六花がなるべく響子の傍にいて欲しいと言った。
地元ではタケやよしこたちが世話をしてくれる。
子どもを生んでいる連中も多いので、頼もしいし安心だ。
「生まれたら、響子も連れて行くからな」
「はい!」
六花が嬉しそうに笑った。
いろいろ不安もあるだろうから、先の楽しみを感じて欲しい。
「とにかく、お前と子どもが落ち着くまでは向こうにいろ。こっちは本当に大丈夫だからな」
「はい」
「毎日電話するからな」
「はい! 必ずお願いします!」
東京駅に着いて、駐車場へロールスロイスを入れ、六花の荷物を持った。
「ちょっと時間があるな。お茶でも飲んで行くか」
「はい!」
喫茶店へ入った。
六花はミルクティを頼む。
俺はホットコーヒーだ。
「どうだ、緊張してるか?」
「はい。でも、それ以上に幸せです」
「そうか」
「響子のことを、宜しくお願いします」
「ああ、任せろ!」
二人で喫茶店を出て、駅弁を選んだ。
俺は新幹線のホームまで送り、六花が乗り込むまで見送った。
六花がグリーン車の窓際の席に着いて、俺に手を振る。
俺も笑って振り返した。
ゆっくりと発進する車両にいつまでも手を振った。
後続の指定席の連中にも手を振った。
ずっと頭を下げていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「さて、まだ早いけど、もう食べちゃおうかな!」
私は先ほど石神先生と一緒に選んだ「すみだ川」を開いた。
「わー!」
老舗の料理店が丁寧に作った弁当だ。
石神先生も2つ買って帰った。
後で響子と一緒に食べるらしい。
「一緒の時間がいいかな。でもお腹空いちゃったしなー」
ちょっと考えたが、もう食べることにした。
なにしろ、一時間も乗っていない。
煮物野菜を口に入れる。
「おいしー!」
響子も喜ぶだろうか。
焼き鳥弁当もあったが、そっちの方が良かったのではないか。
そんなことを考えて、涙が出そうになった。
「あー、いけない! 私はちゃんと食べてちゃんと元気な子を産まなきゃ!」
自分に言い聞かせて、お弁当を食べた。
石神先生が用意してくれた紅茶を魔法瓶から飲む。
身体に染みわたるように美味しかった。
魔法瓶に手を合わせた。
その時、気配を感じた。
前の車両から、嫌な気配が近付いて来る。
私は構えた。
5人の男たちが、グリーン車に入って来た。
「ミス・イッシキ。大人しく我々と一緒に来て欲しい」
「あんたたちは!」
「前の車両に大量の爆発物を仕掛けている。我々の身体にもだ。意味は分かるな?」
「!」
私は何とか逃げられる。
でも、そうすればこの新幹線に乗っている人たちは……
「次の大宮駅で降りてもらう。我々が身に付けている爆発物は、周囲100メートルを破壊する。抵抗すれば、大勢の人間が犠牲になるぞ」
「……」
私は考えていた。
「私をどうする気だ!」
男たちは黙っていた。
「おい! 何とか言え!」
男たちが背中を向けて、前の車両へ戻って行った。
「あれ?」
「記憶を操作した」
「!」
いつの間にか、私の後ろに着物姿の美しい女性が立っていた。
「あなたは! タマさん!」
「主にお前を守るように言われた。もう大丈夫だぞ」
「え!」
「お前の生む子どもを人質に取ろうとしたようだ」
「なんですって!」
「お前は強いから閉じ込めては置けない。だから子どもを取り出してお前は早々に殺そうと考えていたようだ」
「!」
恐ろしいことを考える連中だった。
「主に連絡してくれ。指示を仰いで欲しい」
「は、はい」
タマさんは私の隣に座った。
「ふむ。野党の連中か。バカな奴らだ。我が主に逆らうとはな」
タマさんは人の心を読むと聞いている。
私が石神先生に電話をすると、タマさんが替わって欲しいと言った。
石神先生と直接話す。
この件に関わった人間の名前と、使った組織の名前を告げていた。
私に電話を戻した。
「もう大丈夫だぞ、六花」
「石神先生!」
「まさかお前を狙ってくるバカがいるとはな」
「でも! 石神先生はタマさんを護衛に付けていてくれたんですよね?」
「まあな。お前を襲撃できる奴はいないけどな。でも汚い手段で何かをする可能性はあるからな」
「ありがとうございます!」
「そいつらは大宮駅で「荷物」をまとめて降りる。そのままこっちへ来るからな」
「はい?」
「タマが操作した。あとは俺がけりを付けるから安心してくれ」
「分かりました」
本当はよく分からなかったが、一つだけ分かっていることがある。
石神先生は、絶対に許さないということだ。
宇留間と同じだ。
響子や私を狙った人間は、石神先生の最大の怒りを買う。
タマさんも言っていたが、本当にバカなことをした連中だ。
「向こうに着けば、タマが一通り安全を確認する。お前は安心して子どもを生んでくれ」
「分かりました!」
もう一つ分かっている。
石神先生は、私を必ず守ってくれるのだ。
「愛してます、私のトラ」
「ああ、俺も愛しているぞ、六花」
電話を切った。
「お前が少し羨ましい」
「はい?」
「主に愛されているな」
「はい!」
タマさんがニッコリと笑った。
「タヌ吉も子どもが出来て喜んでいた」
「はい?」
よく分からないことを言われた。
よく分からないが、何かとんでもないことを聞いた気がする。
タマさんの姿が見えなくなった。
気配も分からないが、きっと傍にいてくれるのだろう。
「まー、いっか!」
私は石神先生が買ってくれたピエールマルコリーニの「マルコリーニビスキュイ」を取り出して食べた。
「おいしー!」
私は石神先生に愛されている。
それだけ分かっていれば十分だ。
出産のために六花が地元へ戻ることになっていた。
荷物を持って、響子と俺に挨拶をしに来た。
「石神先生……」
六花が泣いている。
「おい、何泣いてるんだよ! 元気な子どもを生んでくれな!」
「はい!」
「六花! がんばってね!」
「はい!」
泣きながら笑顔を作る。
「響子、すぐに戻って来ますからね」
「ダメだよ! ちゃんと休んで!」
「でも……」
「響子の言う通りだぞ。赤ん坊だって落ち着くまでは時間が掛かるんだ」
「はい」
「こっちは大丈夫だよ。ベテランのナースが響子に付いてるし、俺も柳もいる。何も心配するな」
「分かりました」
六花は響子を抱き締め、俺を抱き締めた。
「じゃあ、響子。六花を送って来るな」
「うん!」
俺は六花を東京駅まで送りに行く。
今日はロールスロイスを出した。
振動をなるべく少なくしたかった。
地元まで送ると言ったのだが、六花がなるべく響子の傍にいて欲しいと言った。
地元ではタケやよしこたちが世話をしてくれる。
子どもを生んでいる連中も多いので、頼もしいし安心だ。
「生まれたら、響子も連れて行くからな」
「はい!」
六花が嬉しそうに笑った。
いろいろ不安もあるだろうから、先の楽しみを感じて欲しい。
「とにかく、お前と子どもが落ち着くまでは向こうにいろ。こっちは本当に大丈夫だからな」
「はい」
「毎日電話するからな」
「はい! 必ずお願いします!」
東京駅に着いて、駐車場へロールスロイスを入れ、六花の荷物を持った。
「ちょっと時間があるな。お茶でも飲んで行くか」
「はい!」
喫茶店へ入った。
六花はミルクティを頼む。
俺はホットコーヒーだ。
「どうだ、緊張してるか?」
「はい。でも、それ以上に幸せです」
「そうか」
「響子のことを、宜しくお願いします」
「ああ、任せろ!」
二人で喫茶店を出て、駅弁を選んだ。
俺は新幹線のホームまで送り、六花が乗り込むまで見送った。
六花がグリーン車の窓際の席に着いて、俺に手を振る。
俺も笑って振り返した。
ゆっくりと発進する車両にいつまでも手を振った。
後続の指定席の連中にも手を振った。
ずっと頭を下げていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「さて、まだ早いけど、もう食べちゃおうかな!」
私は先ほど石神先生と一緒に選んだ「すみだ川」を開いた。
「わー!」
老舗の料理店が丁寧に作った弁当だ。
石神先生も2つ買って帰った。
後で響子と一緒に食べるらしい。
「一緒の時間がいいかな。でもお腹空いちゃったしなー」
ちょっと考えたが、もう食べることにした。
なにしろ、一時間も乗っていない。
煮物野菜を口に入れる。
「おいしー!」
響子も喜ぶだろうか。
焼き鳥弁当もあったが、そっちの方が良かったのではないか。
そんなことを考えて、涙が出そうになった。
「あー、いけない! 私はちゃんと食べてちゃんと元気な子を産まなきゃ!」
自分に言い聞かせて、お弁当を食べた。
石神先生が用意してくれた紅茶を魔法瓶から飲む。
身体に染みわたるように美味しかった。
魔法瓶に手を合わせた。
その時、気配を感じた。
前の車両から、嫌な気配が近付いて来る。
私は構えた。
5人の男たちが、グリーン車に入って来た。
「ミス・イッシキ。大人しく我々と一緒に来て欲しい」
「あんたたちは!」
「前の車両に大量の爆発物を仕掛けている。我々の身体にもだ。意味は分かるな?」
「!」
私は何とか逃げられる。
でも、そうすればこの新幹線に乗っている人たちは……
「次の大宮駅で降りてもらう。我々が身に付けている爆発物は、周囲100メートルを破壊する。抵抗すれば、大勢の人間が犠牲になるぞ」
「……」
私は考えていた。
「私をどうする気だ!」
男たちは黙っていた。
「おい! 何とか言え!」
男たちが背中を向けて、前の車両へ戻って行った。
「あれ?」
「記憶を操作した」
「!」
いつの間にか、私の後ろに着物姿の美しい女性が立っていた。
「あなたは! タマさん!」
「主にお前を守るように言われた。もう大丈夫だぞ」
「え!」
「お前の生む子どもを人質に取ろうとしたようだ」
「なんですって!」
「お前は強いから閉じ込めては置けない。だから子どもを取り出してお前は早々に殺そうと考えていたようだ」
「!」
恐ろしいことを考える連中だった。
「主に連絡してくれ。指示を仰いで欲しい」
「は、はい」
タマさんは私の隣に座った。
「ふむ。野党の連中か。バカな奴らだ。我が主に逆らうとはな」
タマさんは人の心を読むと聞いている。
私が石神先生に電話をすると、タマさんが替わって欲しいと言った。
石神先生と直接話す。
この件に関わった人間の名前と、使った組織の名前を告げていた。
私に電話を戻した。
「もう大丈夫だぞ、六花」
「石神先生!」
「まさかお前を狙ってくるバカがいるとはな」
「でも! 石神先生はタマさんを護衛に付けていてくれたんですよね?」
「まあな。お前を襲撃できる奴はいないけどな。でも汚い手段で何かをする可能性はあるからな」
「ありがとうございます!」
「そいつらは大宮駅で「荷物」をまとめて降りる。そのままこっちへ来るからな」
「はい?」
「タマが操作した。あとは俺がけりを付けるから安心してくれ」
「分かりました」
本当はよく分からなかったが、一つだけ分かっていることがある。
石神先生は、絶対に許さないということだ。
宇留間と同じだ。
響子や私を狙った人間は、石神先生の最大の怒りを買う。
タマさんも言っていたが、本当にバカなことをした連中だ。
「向こうに着けば、タマが一通り安全を確認する。お前は安心して子どもを生んでくれ」
「分かりました!」
もう一つ分かっている。
石神先生は、私を必ず守ってくれるのだ。
「愛してます、私のトラ」
「ああ、俺も愛しているぞ、六花」
電話を切った。
「お前が少し羨ましい」
「はい?」
「主に愛されているな」
「はい!」
タマさんがニッコリと笑った。
「タヌ吉も子どもが出来て喜んでいた」
「はい?」
よく分からないことを言われた。
よく分からないが、何かとんでもないことを聞いた気がする。
タマさんの姿が見えなくなった。
気配も分からないが、きっと傍にいてくれるのだろう。
「まー、いっか!」
私は石神先生が買ってくれたピエールマルコリーニの「マルコリーニビスキュイ」を取り出して食べた。
「おいしー!」
私は石神先生に愛されている。
それだけ分かっていれば十分だ。
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