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救出と野菜カレー

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 5月第三週の金曜日の夜。
 俺は蓮花から緊急の連絡を受けた。

 「石神様! 紅から緊急信号が入りました!」
 「どうした!」
 「秋田県の黒様山周辺で強大な敵と遭遇! 紅は両足を喪い、一緒にいた霧島様も重傷の様子です!」
 「分かった、すぐに向かう!」

 俺は皇紀に紅の信号を端末に捉えるように調整させ、すぐに飛んだ。
 3分で現着したが、既に戦闘は終わっていた。
 辛うじて羽入が敵を斃したようだった。
 両足を喪った紅が、倒れた羽入を抱き締めていた。
 紅の両足は切断され、胸部も斬り裂かれている。
 痛覚神経はないが、動きにくくなっているはずだった。

 「石神様!」
 「紅! 大丈夫か! 羽入は!」
 「敵を撃破した後に倒れました! バイタルはまだありますが、傷が深く重傷です」
 
 俺はすぐに羽入の状態を診た。
 左脇腹に裂傷。
 腸が体内から零れている。
 出血もあったが、幸いにも大動脈はやられていない。
 問題は両腕だった。
 どういう状況かはその時は分からなかったが、骨が無くなったと思えるほどに破壊され、持ち上げると軟体動物のように垂れ下がった。
 触った様子では、筋肉の断裂も多い。
 神経もやられているだろう。
 俺が到着する間に、紅が羽入の口に「Ω」と「オロチ」を入れていた。
 それに期待するしかない。
 俺は羽入を「Ωケース」に入れ、紅も担いで、急いで蓮花の研究所へ向かった。
 紅には自分の両足と羽入の「カサンドラ」を持たせる。
 現場には何も残さない。

 



 蓮花がオペの用意をして待っていた。
 すぐに俺が執刀する。
 左脇腹は重傷だが、比較的単純な処置で済んだ。
 はみ出た腸を生理食塩水で丁寧に洗ってから腹腔へ戻し、縫合すればいい。
 これで生命は保てる。
 問題は両腕だった。
 限界を超えた超絶技によって、ボロボロになっていた。
 それは紅が見ていた映像から判明した。

 80カ所以上の骨折。
 そのうち何か所も粉砕骨折している。
 筋の断裂。
 血管の破損。
 神経の断裂。
 普通は壊死が免れないので切断するしかない。
 
 紅が半狂乱で俺に頼んで来た。

 「私のミスなんです! どうか、羽入の腕を治して下さい!」
 「当然だ。羽入は俺のためにこんな姿になった。お前を守るために必死で戦った。俺はそれに報いなければならん」
 「石神様! お願い致します!」

 羽入に追加で「Ω」と「オロチ」の皮の粉末を飲ませた。
 俺は神経を繋ぎ、筋繊維を繋ぎ、細かに散った骨を集めた。
 通常はそれでは何にもならない。
 双子を呼び「手かざし」を掛け続けさせた。
 その結果、神経も筋繊維も骨もみるみる繋がり、固まって行った。
 30時間後、オペを完了した。

 「想像を絶する痛みが始まるはずだ。でもそれは再生の痛みだから、なるべく耐えさせろ」
 「はい、かしこまりました」
 「これだけの復活は、通常では出来ない。元に戻るには、再生を円滑にするために、激しい痛みもある。死んだものが生き返るようなものだからな」
 「はい。心得て居ります」

 「普通ならば鎮痛剤を使いながらの養生だがな。羽入の場合は本当にギリギリの接戦だ。余計な薬物は再生を妨げるだろう。だからなるべく使うな。まあ、本人は切り落としたくなるくらいだろうけどな。腹部の処置も、本来は抗生物質が必要だが、敗血症が現われたらでいいだろう」
 「大変でございますね」
 「こいつなら何とか乗り切るだろう。ああ、もちろん動けば良くないから、ベッドに固定しておけ」
 「はい、必ず。あの、鍼による痛みの緩和はいかがでしょうか」
 「薬物よりはずっといいけどな。でも痛みを感ずること自体に意味もあるから、なるべく施すな」
 「はい、分かりました」

 痛みは主に寸断された神経の炎症だ。
 こればかりはどうしようもない。
 同時に骨と筋繊維の癒着も神経を更に炎症させる。
 両腕で同時多発テロが起きているようなものだ。
 但し、自由に暴れ回らせることが、治癒に繋がる。
 激痛を感ずることで様々なホルモンの代謝を促し、再生を一気に進めるのだ。
 羽入が負ければ、再生は覚束ない。
 でも、俺は羽入が耐え抜くだろうことを確信していた。
 



 蓮花が食事を用意すると言った。
 蓮花も長時間のオペに付き添い、披露しているはずだったので、双子に野菜カレーを作らせた。
 市販のルーで作らせる。
 幾つかの野菜をフードプロセッサーでみじん切りにするだけなので、それほど手間はない。
 四人で食べた。

 「紅の記憶から映像を出しました」

 食べながら蓮花が大型のディスプレイに映し出した。
 狼の頭を持つ人型の怪物だった。

 「ウェアウルフと名乗ったようです。頑丈な鉤爪を持ち、超高速で移動するタイプのようです」
 「それで一瞬で紅の両足が破壊されたのか」
 「はい、後で動画をお見せしますが、映像の解析の結果、山中で凡そ時速800キロで動いていたようです」
 「音速に近いな」
 「地面がもっとまともであれば、恐らく音速を超えるかと」
 
 蓮花がウェアウルフの足を拡大して見せた。
 小さな足先だったが、それに連なる部分は堅牢な腱と太い筋肉とで構成されている。
 そこから繰り出す強大なパワーで前後左右に動けるのだろう。
 一見すると、小足のカンガルーのような構造だ。
 一層凶悪だが。
 その高速移動で鉤爪の威力が一段と増すのだろう。

 「今までに見なかったタイプですね」
 「そうだな。宇羅がまた新たに呼び出したものを融合したのだろう」
 「はい」
 
 蓮花が動画を流した。
 紅はレーダーで感知していたようだが、反応出来なかった。
 紅は辛うじて羽入の前に立ちはだかったが、両足を破壊され、そのまま鉤爪は羽入の左脇腹を抉った。
 それでも、初見にしては躱した方だ。
 まともに喰らえば、羽入の身体は両断されていただろう。

 「まあ、紅の両足が破壊されたのが幸いだったんだな」
 「そうですね。そうでなければ紅は躊躇なく《桜花》を使っていたでしょうから」
 「紅の高速機動ならば、ウェアウルフにも迫れただろう。そのまま爆死していただろうな」
 「はい」

 紅のパワーであれば、ウェアウルフも簡単には引き剥がせない。
 僅かな時間で、紅は体内のヴォイド機関を暴走させてプラズマの塊となって敵を撃破したはずだ。
 それが出来なかったから、範囲殲滅をするために、羽入を圏内から遠ざけようとしていた。
 羽入はそれを受け入れずに、奥義で戦った。

 「これを切っ掛けに、あの二人の仲が進展するといいのですが」
 「するだろう!」
 「そう思われますか?」
 「お互いに命を張って相手を助けようとしたんだ。これで絆が芽生えなきゃ、俺たちも困るぜ」
 「オホホホホホ」

 俺はお替りを貰おうとした。
 蓮花が厨房に皿を持って行く。

 「石神様」
 「ああ、ありがとう」
 「それが、もう残っておりませんで」
 「なに?」

 双子を見た。
 でかい調理用のバットで喰っていた。

 「「ん?」」

 双子の頭を引っぱたき、急いで作らせた。
 待っている間、俺は怒鳴り散らし、蓮花は大笑いしていた。 
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