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羽入と紅 蓮花研究所

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 気が付くと、俺はベッドに固定されていた。
 全身が痛む。
 特に両腕は動かせない程の激痛だった。

 「羽入! 起きたのか!」

 紅が叫んでいた。

 「うるせぇ、傷に響く」
 「あ、ああ、悪かった。でもお前……」

 俺は痛みを堪えて紅に向いた。
 信じられないものを見た。 

 「おい、お前」
 「……」
 「お前、泣いているのか?」
 「……」

 紅は答えずに、横を向いた。

 「身体はどうだ?」
 「痛くてしょうがねぇ。なんとかならないのか」
 「今蓮花さんを呼んで来る。鎮痛剤を打ってもらおう」
 「あ、ああ。頼むぜ」

 紅が部屋を出て行き、俺は痛みに耐えられずに呻いていた。
 覚醒が進むにつれ、ますます痛みが強くなった。
 左の脇腹も痛むが、耐えられないのは両腕だ。
 その原因を思い出して、俺は両腕がズタズタになったろうことを覚悟した。
 《マントラ拳》を何の予備動作もなく全開にしたのだ。
 骨や筋肉はおろか、神経も寸断されただろう。
 しかし、そうであればこの痛みはなんだ?
 
 しばらくして、蓮花さんを連れて紅が戻って来た。

 「痛みが酷いのですね?」
 「はい。情けないことに、耐えられません」
 「それはそうでしょう。両腕の骨は80カ所以上も骨折し、その半分は粉砕骨折でした」
 「はい」

 それはそうだろう。

 「神経も寸断されていました。もう、二度と両腕は動かないと」
 「そうですか。でしたら、もう切り落としてもらえませんか?」
 
 痛みだけを伝える腕などはいらない。
 もう、俺はここで引退だ。
 紅を守れただけで十分だ。
 俺の人生には意味があった。

 「いいえ、今は元に戻すことを進めています」
 「え?」
 「石神様がオペをなさいました。30時間に亘って神経を丁寧に繋げ、粉砕骨折も出来る限り骨を集めて整形いたしました」
 「!」
 「何としても霧島様の腕を甦らせると仰っていました。そして、その通りになさいました」
 「そんなバカな!」
 「はい、馬鹿げたことでございます。でも、その奇蹟を為して、霧島様の腕はきっと元に戻るのです」
 「でも! 骨だけじゃない! 肉だってズタズタに!」
 「それも修復なさいました。もちろん、「Ω」と「オロチ」の粉末の効能もございます。それにルー様とハー様の「手かざし」も。あらゆる手段を講じて、霧島様の両腕を甦らせようとなさったのです」

 僅かだが、両腕の痛みが和らいだ気がした。

 「申し訳ございませんが、鎮痛剤は今は身体に入れられないのです。耐えがたい痛みであることは承知しておりますが、今は薬剤を入れれば身体が過剰に反応してしまうと」
 
 俺は納得した。
 のたうち回りたい激痛だったが、両腕が甦ると思えば耐えるしかない。
 恐らく、身体を固定しているのは、俺がのたうち回れば不味いことになるからなのだろう。
 紅が涙を浮かべた顔で俺を見ていた。

 「なんだよ、その顔は」
 「羽入、済まない。私が油断したばかりに、お前をこんな目に」
 「バカを言うな! 俺はお前を守れたことで満足してるんだ」

 「羽入……」
 「お前が生きてて良かったぜ」
 「お前もな」
 「ああ、そうだな」

 蓮花さんがせめてもと、俺に鍼を打ってくれた。
 痛みが大分和らいだ。

 俺は意識を喪ってからのことを聞いた。
 紅の状態は常に蓮花さんの研究所でモニターされており、異常事態に即座に対応が取られたそうだ。
 蓮花さんの直接の連絡で石神さん自らが飛んできてくれ、この研究所に運ばれた。
 それを聞いて、驚くと共に石神さんへ深い感謝を捧げた。

 「どうしようも無い場合は、わたくしをお呼び下さい。一時的ではございますが、痛みを和らげることが出来ます」
 「ありがとうございます」

 恐らく、痛みを消すことは良くないのだろう。
 でも、俺が会話出来るようにと慮ってくれたのだと思う。
 俺はだから頼んだ。

 「蓮花さん、一つだけお願いがあります」
 「はい、なんでしょうか?」
 「紅の《桜花》を使えないようにして下さい」
 「はい?」
 
 「羽入! 何を言う!」

 紅が叫んだ。

 「こいつ、俺を守るために自分が死のうとしやがった。まったく冗談じゃない。絶対にそんなことが出来ないように、こいつからその機能を外してください」
 「霧島様……」

 「こいつは俺の相棒だ。お互いにダメになれば、一緒に死ねばいいだけだ。そうだろう、紅!」
 「羽入!」
 「俺がお前を守るために死んだら、お前はどう思うんだ! 絶対に冗談じゃねぇだろうが!」
 「そ、それは!」
 「お前が死んだら俺も死ぬぞ! だから《桜花》なんか使うな! 死ぬのなら一緒だ!」

 紅が大粒の涙を零した。
 この女にそんな機能があることは想像もしていなかった。

 「お前、なんで私なんかのために……」
 「大事な相棒だからだって」
 「だから何で!」
 
 俺は笑って言った。

 「お前よ、毎日俺なんかのために美味い食事を作ってくれるだろ?」
 「それはお前の世話をするのが私の仕事だからだ」
 「ちげぇよ。栄養だけなら美味い必要はねぇ。俺が喜ぶような美味い物をお前は作ってくれる。それにお前、毎日毎日、俺の「カサンドラ」を手入れしてくれてるだろう」
 「それも同じことだ。お前が……」
 「だからそうじゃないだろうって。「カサンドラ」は頑丈な武器だ。皇紀さんと蓮花さんが精魂込めて作り上げたものだ。そうそう故障するわけがねぇし、大体メンテナンスも決まった期間があるじゃねぇか」
 「そ、それは……」

 紅が戸惑っている。

 「でも、お前は万が一を思って毎日点検し、手入れしてくれる。鼻歌なんか歌って、笑顔でな!」
 「お前! 見ていたのか!」

 「毎日一緒に暮らしてんだ! 偶然見るだろうよ! 何しろお前は毎日やってんだからな!」
 「……」

 「今回だってそうだ。俺がテントで眠っている間、お前はまた「カサンドラ」を一生懸命に手入れしてくれてた。あんな山の中なのに、俺に美味い物を食わせようってお前は一生懸命だった。お陰で何とか最後まで動けたんだ。ありがとうよ!」
 「羽入……」

 紅が納まらない顔で俺を見ていた。
 仕方がねぇ。

 「ああ、しょうがねぇ。じゃあ、こう言えば満足か。俺は紅、お前に惚れた」
 「なんだと!」
 「仕方ねぇじゃねぇか。お前はそんなに美人で俺に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてきたんだ。ちょっと口は悪いけどな。俺はお前の愛情を疑ったことはねぇぞ?」
 「お前、何を言い出すんだ!」
 「口に出しちまったから、もうな。お前を愛しているんだ。悪いけどな」
 「お前……」

 「紅はどうなんだよ。まあ、俺なんかじゃ満足できないだろうけどな」
 「わ、私は……」
 「俺は愛している」
 「……」

 俺は紅を真直ぐに見詰めた。

 「わ、私は……」
 「どうした、紅!」

 「私はお前なんか大嫌いだ!」

 「え?」
 「え?」

 蓮花さんも驚いていた。

 「お、おい! ここは「私も愛してます」って言う流れだろう!」
 「お前! 思い上がるな! 私はお前のことなんか全然好きじゃない!」
 「てめぇ! 俺に恥を掻かせるのか!」
 「お前はどうしようもないボンクラだからな!」
 「クッソォー!」

 紅が俺に抱き着いて来た。
 俺の顔の横に自分の顔を寄せた。
 俺の頬が紅の涙で濡れた。

 「羽入、もうそんなことを言うな。私はずっとお前のために尽くしていくから」
 「てめぇ」
 「私はずっとお前のために生きて行きたい」
 「なんだ?」
 「それが私の答えだ。私はお前のものだ」
 「おい!」
 「ずっとお前のものだ」
 「……」

 蓮花さんが紅の肩をポンポンと叩いていた。

 「あの、わたくしはそろそろ出て行った方がよろしいのですか?」
 「蓮花さん!」
 「蓮花様!」
 「わたくし、結構忙しいのですけど。一体何を見せられているのかしら? えーと、お話を戻してもよろしい?」
 「は、はい」

 「《桜花》の件は、石神様にお聞きしなければなりません。でも、もう紅も使わないのではないかと思うのですが」
 「蓮花様! それは!」
 「いいじゃないの。もう二人はラブラブの恋人同士なんですから。死ぬのは一緒なんでしょ?」
 「蓮花様! それは!」

 「まあ、わたくしは何をしにここへ来たのかしら。まったく冗談じゃないわ」
 「あの! ちょっとお待ちください!」
 「霧島様、もう痛いからってお呼びにならないでね?」
 「いえ、それは困ります!」

 「全治2週間。驚異的な速さで治りますわよ? なにしろ石神様がなさったのですから」
 「えーと、その間はまたあの痛みが?」
 「ざまぁ!」

 蓮花さんは大笑いしながら部屋を出て行った。
 紅は顔を赤くして窓の方を見ていた。




 2週間の間、俺は紅に食事を食わせてもらった。
 その上、ベッドに固定されているので、何度か下の世話も紅にしてもらった。

 激痛に苦しむ俺に、何度か紅がキスをしてくれた。
 自分はそんなことしか出来ないと、紅が詫びた。
 そのお陰で、俺は耐え切ることが出来たのだと思う。
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