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羽入と紅 秋田山中 Ⅱ

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 夕方に目が覚め、すぐに紅が夕飯を作ってくれた。
 昼を抜いたので、多少多めだった。
 ソーセージとピーマン、アスパラガス、トマトの炒め物。
 2合の米。
 野菜スープ。
 そろそろ、生鮮品は限界だろう。
 缶詰や保存食もあるので、まだ数日は大丈夫だが。

 こんな山中でも、紅は美味い飯を作ってくれていた。
 俺は昼食を抜いたせいか、身体が多少軽くなっていた。
 十分な睡眠の影響も大きいだろう。
 食欲が湧き、いい調子だった。

 俺は二本の「カサンドラ」だけを持った。
 紅は小さなナップザックに、俺のための水と「Ω」と「オロチ」の粉末、その他救急用品を入れている。
 外は暗くなり、鬱蒼と茂る木々が僅かな月明りも遮っている。
 目の前数メートルがやっとだ。
 紅の目だけが頼みだった。
 赤外線も感知出来る紅は、昼間と変わらない視界を持っている。
 俺たちは暗い山中を進んで行った。

 「羽入、これはいいかもしれない」

 紅が小声で言った。

 「生物を感知しやすい。敵のサイズは大きいから、見つけやすいだろう」
 「そうか」

 紅が俺にペースを合わせてくれていることは感じていた。
 俺も一定の足取りで、体力を温存した。
 三時間も歩いたところで、紅が止まった。
 背中に手を回し、俺に大人しくするように合図する。

 「レーダーに感だ。大きいぞ」
 「!」

 身を伏せて、紅が尾根の方角を指差した。
 俺には全く見えない。

 「回り込むぞ」

 紅が歩き出した。
 時々指で敵の方向を示してくれる。
 ゆっくりとした動きで、恐らく獲物を探しているのではないかと思った。

 「止まった」

 紅が言い、俺に方向を示し、自分が進む方向も示した。
 挟撃するということだ。
 俺たちは一気に尾根に向かって走った。
 尾根は木々が途切れており、月明かりで怪物の姿が見えた。
 俺は「カサンドラ」を起動し、怪物に迫る。
 紅は「槍雷」を撃ち込んだ。
 怪物の腹部がはじけ飛ぶ。
 俺が頭頂から「カサンドラ」で斬り下ろした。
 
 トカゲのような頭部が真っ二つに割れ、肉を焼く臭いが周囲に漂った。

 「やったな」
 「ああ、目撃情報から、こいつで間違いないだろう」

 紅と二人で笑った。
 やっと任務完了だ。

 「お前の勘が当たったな」
 「まあ、そうだな。じゃあこいつを運ぶか」
 「私が運ぶ」
 「じゃあ、頼むな」

 爬虫類タイプはこれまでもいたが、数が少ない。
 貴重なサンプルになるだろう。
 紅が足を持ち、引きずって斜面を降った。
 しかし、その直後、紅が立ち止まった。

 「羽入! 気を付けろ!」
 
 叫んだ瞬間に、紅が俺の方に跳んだ。
 何かにぶつかって跳ね飛ばされた紅の身体が俺に衝突し、俺も斜面を転げ落ちた。
 一瞬の出来事で俺には何が起きたのか分からない。
 しかし、腹の左に高熱を感じ、すぐに激痛になった。

 自分の腹が裂かれたことに気付いた。

 「紅!」
 「羽入!」

 俺は紅を探した。
 俺よりも上に横たわっているのが見えた。
 暗闇の中で、かろうじて紅のピンクの服が視認できた。

 「羽入! 逃げろ!」
 「紅! 大丈夫か!」
 
 俺は激痛を無視して紅に向かって走った。
 押さえた手の間からヌルヌルしたものが出ようとしている。
 腹圧で腸が圧迫されていることが分かった。
 出血も激しい。
 
 やっとのことで紅の傍に着いた。

 「ばかやろう! 早く逃げろ!」
 「ダメだ、腹を破かれた。逃げきれない」
 「それでも逃げろ! 敵はまだいる!」
 
 俺は紅の身体を見た。
 切り離された紅の太ももから下が、離れた場所に転がっている。

 「お前! 足を喪ったのか!」
 「気にするな。痛みはまったく感じない」
 「俺が運ぶ!」
 「バカ! 早く離れろ!」

 10メートル離れた場所で、赤く輝く目が見えた。
 ゆっくりと俺たちに近づいて来る。
 俺は「カサンドラ」を構えた。

 「その女はなんだ。随分と硬い足だった」

 俺はガンモードで撃ち込んだ。
 閃光が一瞬周囲を見せてくれた。
 狼の顔を持つ怪物だった。
 初めて見るタイプだ。
 そいつは瞬時に横に移動し、カサンドラのプラズマ弾を避けた。
 
 「なるほど。その女の足は機械か」

 怪物はまた瞬間移動のように俺たちに近づき、紅の胸を薙いだ。
 紅の胸が抉られ、美しい乳房が斬り裂かれていた。

 「ほう、胸は柔らかい。しかし、その下はまた随分と硬いな」
 「てめぇ!」

 怪物は大きな口を開いて笑っていた。
 凶悪な牙が並んでいるのが見えた。

 「俺は特殊個体だ。ウェアウルフとなることが出来た唯一の成功例だ。お前たちは俺のスピードには付いて来れない。ここで死ぬのだ」
 
 俺たちが負傷したことで、自分の勝利が揺るぎないと思ったのだろう。
 余裕をもって対峙していた。
 実際、その通りだった。
 紅は両足を喪って動けず、俺も重傷だ。

 「羽入、逃げろ」
 「お前まだそんなことを!」
 「《桜花》を使う。出来るだけ離れろ」
 「なんだ、それは?」
 「私の最後の攻撃だ。ヴォイド機関を暴走させて爆発する」
 「なんだと!」
 「だから出来るだけ離れろと言っている。お前を必ず助ける」
 「バカ言ってんじゃねぇ!」
 「羽入! もうそれしかない!」
 
 紅が必死の形相で俺を見ていた。
 俺も負けじと睨み返した。

 「俺が必ずお前を助ける! お前を絶対に死なせはしない!」
 「おい!」

 ウェアウルフが声を挙げて嗤っていた。

 「茶番はもういいか? では死ね」

 俺は不動明王真言を唱えた。

 《ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン》

 「カサンドラ」をソードモードにし、「邪悪」に向かって突き立てた。
 身体が自然に反応し、攻撃していく。
 ウェアウルフは高速で回避しようとしていたが、俺の攻撃が的確に削って行く。
 
 「なに!」

 ウェアウルフが叫ぶのが遠く聞こえる。
 俺の身体はそこに向かって無数の突きを続け、何かを薙いだ。
 更に高速で突きを続ける。

 「羽入! もういい! 敵は四散した!」

 紅の声が遠く聞こえた。
 俺の足に何かがしがみ付いた。
 それに向かって攻撃を向けた。

 「羽入!」
 
 俺はすんでの所で攻撃を止めた。

 「はらわたが出ているぞ! もう止めろ!」

 紅が叫んでいる。
 俺は意識を喪った。

 「羽入! しっかりしろ!」

 紅の泣き叫ぶ声。
 それが最後に聞こえた。



 紅は泣くことが出来たのか。
 それが俺の最後の思考だった。
 俺は満足した。
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