1,527 / 2,840
羽入と紅 秋田山中 Ⅱ
しおりを挟む
夕方に目が覚め、すぐに紅が夕飯を作ってくれた。
昼を抜いたので、多少多めだった。
ソーセージとピーマン、アスパラガス、トマトの炒め物。
2合の米。
野菜スープ。
そろそろ、生鮮品は限界だろう。
缶詰や保存食もあるので、まだ数日は大丈夫だが。
こんな山中でも、紅は美味い飯を作ってくれていた。
俺は昼食を抜いたせいか、身体が多少軽くなっていた。
十分な睡眠の影響も大きいだろう。
食欲が湧き、いい調子だった。
俺は二本の「カサンドラ」だけを持った。
紅は小さなナップザックに、俺のための水と「Ω」と「オロチ」の粉末、その他救急用品を入れている。
外は暗くなり、鬱蒼と茂る木々が僅かな月明りも遮っている。
目の前数メートルがやっとだ。
紅の目だけが頼みだった。
赤外線も感知出来る紅は、昼間と変わらない視界を持っている。
俺たちは暗い山中を進んで行った。
「羽入、これはいいかもしれない」
紅が小声で言った。
「生物を感知しやすい。敵のサイズは大きいから、見つけやすいだろう」
「そうか」
紅が俺にペースを合わせてくれていることは感じていた。
俺も一定の足取りで、体力を温存した。
三時間も歩いたところで、紅が止まった。
背中に手を回し、俺に大人しくするように合図する。
「レーダーに感だ。大きいぞ」
「!」
身を伏せて、紅が尾根の方角を指差した。
俺には全く見えない。
「回り込むぞ」
紅が歩き出した。
時々指で敵の方向を示してくれる。
ゆっくりとした動きで、恐らく獲物を探しているのではないかと思った。
「止まった」
紅が言い、俺に方向を示し、自分が進む方向も示した。
挟撃するということだ。
俺たちは一気に尾根に向かって走った。
尾根は木々が途切れており、月明かりで怪物の姿が見えた。
俺は「カサンドラ」を起動し、怪物に迫る。
紅は「槍雷」を撃ち込んだ。
怪物の腹部がはじけ飛ぶ。
俺が頭頂から「カサンドラ」で斬り下ろした。
トカゲのような頭部が真っ二つに割れ、肉を焼く臭いが周囲に漂った。
「やったな」
「ああ、目撃情報から、こいつで間違いないだろう」
紅と二人で笑った。
やっと任務完了だ。
「お前の勘が当たったな」
「まあ、そうだな。じゃあこいつを運ぶか」
「私が運ぶ」
「じゃあ、頼むな」
爬虫類タイプはこれまでもいたが、数が少ない。
貴重なサンプルになるだろう。
紅が足を持ち、引きずって斜面を降った。
しかし、その直後、紅が立ち止まった。
「羽入! 気を付けろ!」
叫んだ瞬間に、紅が俺の方に跳んだ。
何かにぶつかって跳ね飛ばされた紅の身体が俺に衝突し、俺も斜面を転げ落ちた。
一瞬の出来事で俺には何が起きたのか分からない。
しかし、腹の左に高熱を感じ、すぐに激痛になった。
自分の腹が裂かれたことに気付いた。
「紅!」
「羽入!」
俺は紅を探した。
俺よりも上に横たわっているのが見えた。
暗闇の中で、かろうじて紅のピンクの服が視認できた。
「羽入! 逃げろ!」
「紅! 大丈夫か!」
俺は激痛を無視して紅に向かって走った。
押さえた手の間からヌルヌルしたものが出ようとしている。
腹圧で腸が圧迫されていることが分かった。
出血も激しい。
やっとのことで紅の傍に着いた。
「ばかやろう! 早く逃げろ!」
「ダメだ、腹を破かれた。逃げきれない」
「それでも逃げろ! 敵はまだいる!」
俺は紅の身体を見た。
切り離された紅の太ももから下が、離れた場所に転がっている。
「お前! 足を喪ったのか!」
「気にするな。痛みはまったく感じない」
「俺が運ぶ!」
「バカ! 早く離れろ!」
10メートル離れた場所で、赤く輝く目が見えた。
ゆっくりと俺たちに近づいて来る。
俺は「カサンドラ」を構えた。
「その女はなんだ。随分と硬い足だった」
俺はガンモードで撃ち込んだ。
閃光が一瞬周囲を見せてくれた。
狼の顔を持つ怪物だった。
初めて見るタイプだ。
そいつは瞬時に横に移動し、カサンドラのプラズマ弾を避けた。
「なるほど。その女の足は機械か」
怪物はまた瞬間移動のように俺たちに近づき、紅の胸を薙いだ。
紅の胸が抉られ、美しい乳房が斬り裂かれていた。
「ほう、胸は柔らかい。しかし、その下はまた随分と硬いな」
「てめぇ!」
怪物は大きな口を開いて笑っていた。
凶悪な牙が並んでいるのが見えた。
「俺は特殊個体だ。ウェアウルフとなることが出来た唯一の成功例だ。お前たちは俺のスピードには付いて来れない。ここで死ぬのだ」
俺たちが負傷したことで、自分の勝利が揺るぎないと思ったのだろう。
余裕をもって対峙していた。
実際、その通りだった。
紅は両足を喪って動けず、俺も重傷だ。
「羽入、逃げろ」
「お前まだそんなことを!」
「《桜花》を使う。出来るだけ離れろ」
「なんだ、それは?」
「私の最後の攻撃だ。ヴォイド機関を暴走させて爆発する」
「なんだと!」
「だから出来るだけ離れろと言っている。お前を必ず助ける」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
「羽入! もうそれしかない!」
紅が必死の形相で俺を見ていた。
俺も負けじと睨み返した。
「俺が必ずお前を助ける! お前を絶対に死なせはしない!」
「おい!」
ウェアウルフが声を挙げて嗤っていた。
「茶番はもういいか? では死ね」
俺は不動明王真言を唱えた。
《ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン》
「カサンドラ」をソードモードにし、「邪悪」に向かって突き立てた。
身体が自然に反応し、攻撃していく。
ウェアウルフは高速で回避しようとしていたが、俺の攻撃が的確に削って行く。
「なに!」
ウェアウルフが叫ぶのが遠く聞こえる。
俺の身体はそこに向かって無数の突きを続け、何かを薙いだ。
更に高速で突きを続ける。
「羽入! もういい! 敵は四散した!」
紅の声が遠く聞こえた。
俺の足に何かがしがみ付いた。
それに向かって攻撃を向けた。
「羽入!」
俺はすんでの所で攻撃を止めた。
「はらわたが出ているぞ! もう止めろ!」
紅が叫んでいる。
俺は意識を喪った。
「羽入! しっかりしろ!」
紅の泣き叫ぶ声。
それが最後に聞こえた。
紅は泣くことが出来たのか。
それが俺の最後の思考だった。
俺は満足した。
昼を抜いたので、多少多めだった。
ソーセージとピーマン、アスパラガス、トマトの炒め物。
2合の米。
野菜スープ。
そろそろ、生鮮品は限界だろう。
缶詰や保存食もあるので、まだ数日は大丈夫だが。
こんな山中でも、紅は美味い飯を作ってくれていた。
俺は昼食を抜いたせいか、身体が多少軽くなっていた。
十分な睡眠の影響も大きいだろう。
食欲が湧き、いい調子だった。
俺は二本の「カサンドラ」だけを持った。
紅は小さなナップザックに、俺のための水と「Ω」と「オロチ」の粉末、その他救急用品を入れている。
外は暗くなり、鬱蒼と茂る木々が僅かな月明りも遮っている。
目の前数メートルがやっとだ。
紅の目だけが頼みだった。
赤外線も感知出来る紅は、昼間と変わらない視界を持っている。
俺たちは暗い山中を進んで行った。
「羽入、これはいいかもしれない」
紅が小声で言った。
「生物を感知しやすい。敵のサイズは大きいから、見つけやすいだろう」
「そうか」
紅が俺にペースを合わせてくれていることは感じていた。
俺も一定の足取りで、体力を温存した。
三時間も歩いたところで、紅が止まった。
背中に手を回し、俺に大人しくするように合図する。
「レーダーに感だ。大きいぞ」
「!」
身を伏せて、紅が尾根の方角を指差した。
俺には全く見えない。
「回り込むぞ」
紅が歩き出した。
時々指で敵の方向を示してくれる。
ゆっくりとした動きで、恐らく獲物を探しているのではないかと思った。
「止まった」
紅が言い、俺に方向を示し、自分が進む方向も示した。
挟撃するということだ。
俺たちは一気に尾根に向かって走った。
尾根は木々が途切れており、月明かりで怪物の姿が見えた。
俺は「カサンドラ」を起動し、怪物に迫る。
紅は「槍雷」を撃ち込んだ。
怪物の腹部がはじけ飛ぶ。
俺が頭頂から「カサンドラ」で斬り下ろした。
トカゲのような頭部が真っ二つに割れ、肉を焼く臭いが周囲に漂った。
「やったな」
「ああ、目撃情報から、こいつで間違いないだろう」
紅と二人で笑った。
やっと任務完了だ。
「お前の勘が当たったな」
「まあ、そうだな。じゃあこいつを運ぶか」
「私が運ぶ」
「じゃあ、頼むな」
爬虫類タイプはこれまでもいたが、数が少ない。
貴重なサンプルになるだろう。
紅が足を持ち、引きずって斜面を降った。
しかし、その直後、紅が立ち止まった。
「羽入! 気を付けろ!」
叫んだ瞬間に、紅が俺の方に跳んだ。
何かにぶつかって跳ね飛ばされた紅の身体が俺に衝突し、俺も斜面を転げ落ちた。
一瞬の出来事で俺には何が起きたのか分からない。
しかし、腹の左に高熱を感じ、すぐに激痛になった。
自分の腹が裂かれたことに気付いた。
「紅!」
「羽入!」
俺は紅を探した。
俺よりも上に横たわっているのが見えた。
暗闇の中で、かろうじて紅のピンクの服が視認できた。
「羽入! 逃げろ!」
「紅! 大丈夫か!」
俺は激痛を無視して紅に向かって走った。
押さえた手の間からヌルヌルしたものが出ようとしている。
腹圧で腸が圧迫されていることが分かった。
出血も激しい。
やっとのことで紅の傍に着いた。
「ばかやろう! 早く逃げろ!」
「ダメだ、腹を破かれた。逃げきれない」
「それでも逃げろ! 敵はまだいる!」
俺は紅の身体を見た。
切り離された紅の太ももから下が、離れた場所に転がっている。
「お前! 足を喪ったのか!」
「気にするな。痛みはまったく感じない」
「俺が運ぶ!」
「バカ! 早く離れろ!」
10メートル離れた場所で、赤く輝く目が見えた。
ゆっくりと俺たちに近づいて来る。
俺は「カサンドラ」を構えた。
「その女はなんだ。随分と硬い足だった」
俺はガンモードで撃ち込んだ。
閃光が一瞬周囲を見せてくれた。
狼の顔を持つ怪物だった。
初めて見るタイプだ。
そいつは瞬時に横に移動し、カサンドラのプラズマ弾を避けた。
「なるほど。その女の足は機械か」
怪物はまた瞬間移動のように俺たちに近づき、紅の胸を薙いだ。
紅の胸が抉られ、美しい乳房が斬り裂かれていた。
「ほう、胸は柔らかい。しかし、その下はまた随分と硬いな」
「てめぇ!」
怪物は大きな口を開いて笑っていた。
凶悪な牙が並んでいるのが見えた。
「俺は特殊個体だ。ウェアウルフとなることが出来た唯一の成功例だ。お前たちは俺のスピードには付いて来れない。ここで死ぬのだ」
俺たちが負傷したことで、自分の勝利が揺るぎないと思ったのだろう。
余裕をもって対峙していた。
実際、その通りだった。
紅は両足を喪って動けず、俺も重傷だ。
「羽入、逃げろ」
「お前まだそんなことを!」
「《桜花》を使う。出来るだけ離れろ」
「なんだ、それは?」
「私の最後の攻撃だ。ヴォイド機関を暴走させて爆発する」
「なんだと!」
「だから出来るだけ離れろと言っている。お前を必ず助ける」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
「羽入! もうそれしかない!」
紅が必死の形相で俺を見ていた。
俺も負けじと睨み返した。
「俺が必ずお前を助ける! お前を絶対に死なせはしない!」
「おい!」
ウェアウルフが声を挙げて嗤っていた。
「茶番はもういいか? では死ね」
俺は不動明王真言を唱えた。
《ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン》
「カサンドラ」をソードモードにし、「邪悪」に向かって突き立てた。
身体が自然に反応し、攻撃していく。
ウェアウルフは高速で回避しようとしていたが、俺の攻撃が的確に削って行く。
「なに!」
ウェアウルフが叫ぶのが遠く聞こえる。
俺の身体はそこに向かって無数の突きを続け、何かを薙いだ。
更に高速で突きを続ける。
「羽入! もういい! 敵は四散した!」
紅の声が遠く聞こえた。
俺の足に何かがしがみ付いた。
それに向かって攻撃を向けた。
「羽入!」
俺はすんでの所で攻撃を止めた。
「はらわたが出ているぞ! もう止めろ!」
紅が叫んでいる。
俺は意識を喪った。
「羽入! しっかりしろ!」
紅の泣き叫ぶ声。
それが最後に聞こえた。
紅は泣くことが出来たのか。
それが俺の最後の思考だった。
俺は満足した。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる