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御堂、衆院選 御堂の恋 Ⅱ

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 俺と御堂が待っていると、時間通りに柴葉が入って来た。
 俺が手を振って呼ぶ。
 柴葉が俺を見て嫌そうな顔をして歩いて来た。

 「なんだ、一人か」
 「いいじゃない! 後からもう一人くるわよ!」
 「おう!」

 三人で生ビールを注文した。
 酒が飲める女らしい。

 「今日はわざわざ来て頂いてすみません」
 「いいの! 御堂くんと一緒にいられて嬉しい!」
 「俺は邪魔だったよな」
 「そうよ! 帰りなさいよ!」

 何でこんなに嫌われるのか分からなかった。
 まあ、俺だから仕方ないのだが。

 「今日はね、柴葉さんとちゃんと話し合おうと思って」
 「そうなんだ! 嬉しい!」
 「石神の提案なんだ」
 「ふん!」

 柴葉は何とも言えない顔をし、自分の突き出しの枝豆を俺の前にドンと置いた。
 一応の礼らしい。
 器が割れた。
 よくみると、一房喰い終わったものが入れてあった。

 「……」

 柴葉は自分から、どうして御堂を見初めたのかを話し始めた。

 「一目見た時からね、素敵な人だと思った」
 「そうだよな!」

 俺が言うと睨まれた。

 「背が高くて気品があって。それでいつも微笑んでいるような優しい顔で」
 「そうそう!」
 
 睨まれた。

 「何度か勇気を出して、講義で傍に座ったの。話し声も話し方もやっぱり気品があって優しくて」
 
 睨まれたので、何も言わなかった。

 「それからずっと。もう、毎日御堂くんのことを考えるようになって。だから、こないだ告白したの」
 「そうだったんだ」

 御堂も自分のことを話した。
 旧家の跡継ぎであり、卒業したら親戚の経営する病院へ入ること。
 跡継ぎとして、見合いで結婚相手を探すこと。
 だから、柴葉とは付き合えないこと。

 「分かった。話してくれてありがとう。でも、御堂くんは私のことが嫌い?」
 「それはないよ。柴葉さんは綺麗で魅力的な女性だと思うよ」
 「だったら! ねぇ、軽い気持ちでもいいの。私と友達として付き合ってもらえないかな」
 「でも、それは……」
 「彼女としてでなくていい。御堂くんの傍でいろいろお話ししたいの」
 「でもダメだよ。それは不実だ」
 
 柴葉が目を細めて御堂を見た。

 「御堂くんはやっぱり優しい。私なんかのことをちゃんと思ってくれている」
 「それはそうだよ。柴葉さんは素敵な女性だ。僕が軽い気持ちで付き合うわけには行かないよ」
 「うん、だから友達で! それならどう?」
 
 御堂が俺を見た。
 俺は無視して生ビールを飲み干してお替りを頼んだ。
 だから御堂は自分で決断して言った。

 「分かったよ。でも、本当に友達として」
 「ほんと! 嬉しい!」

 柴葉が立ち上がって御堂の手を握った。
 御堂も笑って握手をした。




 一時間ほど、三人で話した。
 まあ、俺はほとんど喋らせてもらえなかった。

 誰かが店に入って来て、柴葉が手を振って呼んだ。
 柴葉が誘った人間らしい。
 しかし、男だった。

 男は俺を睨んでいた。
 ヘンな顔をしていた。
 まるで潰れて横に拡がったような、魚のような顔だった。
 しかも右目に眼帯をしている。
 俺はすぐに、喧嘩屋だと分かった。

 「私の兄なの。柴葉青児」
 
 御堂も俺も、突然の兄の登場に戸惑っていた。
 どうして自分の兄貴などここへ呼ぶのかわからなかった。
 兄という男は座らずに俺を睨んでいた。

 「久しぶりだな、「赤虎」」
 「ん?」
 「お前! 忘れたわけじゃねぇだろう!」
 「ん?」

 思い出せない。
 暴走族関連だとは分かった。
 しかし、相当数とぶつかっているので、全員は覚えていない。
 眼帯を外し、潰れた右目を俺に見せた。

 「「青」だ!」
 「ああ!」

 一瞬で思い出した。 

 「ピエロの「青」かぁ!」
 「そうだ! 「赤虎」てめぇ! よくも!」
 「そうか! お前、本当に生きてたんだなぁ!」
 「なんだと!」
 「井上さんが、お前、死んじゃったんじゃないかって! 後でちゃんと生きてるって聞いてたけどよ!」
 「てめぇ!」
 「良かったよー! おい、元気か?」

 御堂が突然の展開に驚いていた。
 柴葉が「青」を落ち着かせ、自分の隣に座らせた。

 「ナマふたつ!」

 俺が生ビールを注文した。
 自分のジョッキを飲み干した。

 「おい、ほんとに久しぶりだな!」
 「お前を殺す!」
 「何言ってんだよ。もう昔のことだろう」
 「俺はお前に片目を潰されたんだぁ!」
 
 御堂がビールを吹いた。
 柴葉が布巾で拭ってやる。

 「ところで、お前ってそんな顔だっけか?」
 「これもお前にやられたんだぁー!」
 「あっ、そうか!」

 俺が大笑いすると、物凄い顔で睨まれた。
 宥めながら、「青」のことを聞いた。
 今は金融会社で働いているらしい。
 恐らくは街金だ。
 
 「もうクスリはやってないだろうな!」
 「当たり前だ!」
 「じゃあ、良かったな」

 妹から「石神高虎」の名前を聞いて、気付いたらしい。
 「青」は俺にしつこく恨みつらみを言って来た。

 「まあ復讐されるのはしょうがねぇけどよ。でも、やるなら今度は覚悟を決めて来いよな」
 「なんだと!」
 「俺は聖と一緒に傭兵で活躍したんだ。お前の組ごと潰すのはわけがねぇ」
 「!」
 
 「まあ、今日は俺が奢ってやんよ!」
 「てめぇ、そんなことで」
 「聖はまだ傭兵やってんぞ?」
 「あの「狂犬」がかぁ!」
 「そーだよ。また一段と凄くなったぜぇ。ああ、夏に一緒にニューヨークのマフィアの屋敷に突っ込んだ。40万ドルもらったな!」
 「……」





 それから、御堂と柴葉が二人で歩いていたり、一緒に学食にいるのを見掛けた。
 たまに俺とも一緒に食事をした。
 相変わらず柴葉は俺を嫌っていたが、以前ほどではなかった。

 「あの兄貴が引っ込むなんて思わなかった」
 「へぇ」
 「あんたは気付いたかもしれないけど、バックに大きな組があるのよ」
 「そっか」
 
 柴葉はそういうものに関わってはいないらしい。
 ただ、出来損ないの兄貴だったが、柴葉にとっては大事な人間で、自分には優しいのだと話してくれた。

 「大学のお金もね、兄貴が出してくれたの」
 「やるじゃん!」
 「だからあんたは許せない」
 「ごめんって!」

 


 翌年の夏休みに、柴葉は海外留学をした。
 アフリカでの医療の実態を体験するという変わった研修だった。

 「私ね、卒業したら「国境なき医師団」に入ろうと思っているの」

 そう御堂から聞いた。
 
 「僕とは友達としてずっと付き合いたいと言っていたよ」
 「そうか」

 二人の関係は進展していたようだったが、俺は特に聞かなかった。
 御堂と柴葉だけの大事なことだ。
 何でも俺に話してくれる御堂が、柴葉とのことはあまり話さなかった。
 別にそれでいい。

 


 しかし、夏休みが終わっても柴葉は大学に戻らなかった。
 心配した御堂が柴葉の家に連絡した。
 「青」が出て、俺と話したいと言って来た。
 俺は改めて御堂から頼まれて、御堂の家から電話した。

 「典子は向こうで伝染病に掛かったんだ」
 「なんだと!」
 「なんていう病気なのか忘れた。でも数日で内臓がドロドロに溶けて死んだ。遺体も戻ってこないよ。なんかいろいろ書類が届いただけだ」
 
 エボラ出血熱か。

 「おい、俺にはもう大事な人間がいなくなっちまった」
 「そうか」
 「あの優男にも伝えてくれ。典子が本気で惚れてたらしいからな」
 「ああ、伝えるよ」
 「頼む」

 「青」が泣いていた。

 「おい、諦めるなよ」
 「何を?」
 「生きることをだよ! 俺たちは散々他人を痛めつけてきたんだ! だから今更、自分が痛いからって泣くんじゃねぇ!」
 「……」

 電話を切って、俺は御堂に話した。
 御堂は黙って部屋を出て行った。
 泣くのだろう。
 俺が「青」に泣くなと言ったから、俺の前では泣けなくなったのだろう。

 「御堂! 俺は帰るな!」

 返事は無かった。
 ドアを閉める寸前に、御堂の叫びが聞こえた。

 
 
 
 俺も胸が締め付けられるように痛んだ。
 御堂が泣いていた。 
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