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吹雪の町 Ⅱ

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 俺は何度も六花とタケに叫び続けた。
 広い幹線道路の向こうから何かが来た。
 
 人間ではない。

 俺は感じるプレッシャーから、それを感じていた。
 妖魔との戦いの中で、俺は奴らの感覚を習得した。

 (! プレッシャーを感じる!)

 それは俺に出来ることがあるということだ。
 黒いヤギのような頭部を持つ、体長4メートルほどもある「モノ」が現われた。

 「なんだ、もう死ぬ所か」

 ヤギの妖魔が言った。

 「ブラックドッグは死んだか。「天使」が来たようだが、もう現われまい。あいつらは二度は来られないからな。念のために準備していた我々の勝ちだ」

 「そうとも限らねぇぜ!」
 「!」

 ヤギの妖魔が驚いて俺に振り向いた。

 「てめぇら! よくも俺の六花とタケを!」
 「何故お前がここにいる!」
 「「準備」していたからに決まっているだろう!」
 「なんだと!」
 
 よく分からないままここにいるが、妖魔が悔しがるだろうと言ってやった。
 俺は「槍雷」をヤギの妖魔へ撃った。

 「?」

 すり抜けた。

 「あれ?」

 ヤギの妖魔が笑った。

 「アストラル体のほんの一部か。そうか、お前は見ることしか出来ないんだな」
 「なんだと!」
 「それもそうだ。過去に来ればお前は戻れない。視意識のみが精一杯だったのだ」
 「!」

 ヤギの妖魔が笑いながら俺に近づいた。

 「やってみろ。お前には何も出来ん」
 「てめぇ!」
 「万一出来たとすれば、お前は元の時間に戻れない」
 「そうかよ!」

 俺は「虎王」を呼んだ。

 「「虎王」! 来い!」

 瞬時に七星「虎王」が俺の手に握られた。

 「お前! 戻れないんだぞ!」
 「六花たちを死なせるかよ!」

 鞘を払い、「虎王」でヤギの妖魔を両断した。
 妖魔は黒い霧になって消えた。

 「さて」

 俺は六花たちに近づき、肩に触れた。
 すり抜けた。

 「まだダメかよ」

 このままでは二人とも死ぬ。
 体温が限界近くまで下がっているに違いない。
 ほぼ眠りに落ちかけている。

 「六花! タケ! しっかりしろ!」

 俺は声を掛けながら二人を抱いた。
 全力で叫びながら全身を振るわせた。
 こちらへ来た俺の一部が何とか二人に力を与えればと願った。

 「お前ら! 死ぬんじゃねぇ! お前らの「紅」を見せろぉー!」

 俺は必死で叫んだ。
 


 「た……け……」



 六花が呟いた。
 意識は殆どないはずだ。

 タケの両眼が開かれた。

 「ソウチョォォォォーーーー!」

 タケが絶叫した。
 背中に回した腕に力が入る。
 両足を踏ん張った。
 立ち上がる。
 身体が痙攣している。

 「総長! すみませんでした! ちょっと寒い思いをさせてしまいましたぁー!」

 タケが一歩ずつまた歩き出した。
 足を移動させるたびに雪に沈み、身体が震えた。

 「すぐに病院へ! 必ず連れて行きますから!」

 六花は返事をしない。
 完全に意識を喪っていた。

 「総長! もう少しです!」

 タケは必死に声を掛けながら、全身で歩いて行く。
 俺も聞こえないのは分かっているが、二人を励まし続けた。
 絶対に諦めることは出来なかった。
 相当な苦しさと脱力感があるはずだったが、タケは休まずに歩き続けた。

 辺りは暗くなっている。
 どこかで電線が切れたらしく、一帯が停電していた。
 タケは六花の家で電話を掛けたが通じなかった。
 電話線も切断したか、中継局がやられている。
 まだ携帯電話が少ない時代だ。

 歩くしかなかった。
 たとえ、どんなに遅い足取りであっても、それ以外に希望は無かった。




 ロータリーエンジンと重い機械が軋む音が聞こえた。
 普通の自動車はもう走れない。
 俺はキャタピラの音だと気付いた。
 誰かが重機か何かを動かしている。

 タケは朦朧としていてまだ気付いていない。

 「タケ! キャタピラ車だ! あっちへ行け!」

 俺の声は届かない。
 タケはただ足を動かすことだけに必死だ。

 キャタピラの音が近付いて来た。
 俺はそちらへ移動した。
 誰かがショベルカーを運転していた。
 大柄な女だった。

 「よしこ!」

 面影がある。
 まだ10代のよしこがこちらへ向かって来た。
 六花を背負ったタケを見つけた。

 「総長! タケ!」

 ショベルカーを停止させてよしこが駆け寄って来た。
 よしこの叫びにタケが顔を上げた。
 目が虚ろだった。
 そのまま、また倒れた。

 「しっかりしろ!」

 よしこはすぐに二人を狭いショベルカーの運転席に押し込んだ。
 一瞬タケが意識を取り戻した。

 「よしこ! あたしはいい! 総長を病院へ運んでくれ!」
 「ばかやろう! お前だって死に掛けてるぞ!」
 「あたしはいいんだ!」
 「うるせぇ! 黙って後ろで総長を守ってろ!」

 しかし狭い室内で、よしこは操縦に手間取っている。
 タケがドアを開けて外へ飛び出した。

 「急いでくれ! 総長は意識が無いんだ!」
 「タケ!」
 「あたしは隣にいる! よしこ! 急げ!」
 「分かった!」

 よしこは自分のドカジャンを脱いでタケに着せる。
 ショベルをタケの上に移動し、少しでも雪と風を防いだ。
 



 病院は幸いにも停電を免れていた。
 ショベルカーで入って来たよしこたちに、当直の医師が驚く。

 「たのむ! 危篤なんだ! すぐに頼む!」
 「分かった!」

 若い医師だったが、すぐに行動した。
 看護師にストレッチャーを用意させ、毛布に来るんで六花とタケを運んだ。
 
 「風呂だ! すぐに温めるぞ!」

 いい判断だった。
 服を着せたまま、二人が湯船に入れられた。
 恐らく、凍傷や低体温症の緊急搬送を予期していたに違いない。
 若いが優秀な医者のようだった。

 湯船に浸かりさせながら、看護師に指示を出していく。
 その間に、医師は二人にマッサージをし、瞳孔反射や心音の確認をする。
 血圧を測り、状態を確認していく。
 俺も医師に身体を重ね、自分の考える処置を伝えようとした。
 温めた酸素ボンベを運ばせ、カテーテルで38度の生理食塩水を胃に投入する。

 20分でタケが目を覚ました。

 「病院ですか!」
 「そうだ! もう大丈夫だぞ!」
 「総長は!」

 医師は一緒に来た外国人の女性のことだと分かった。

 「君の隣にいるよ。絶対に助けるからね!」

 タケが総長に抱き着いた。

 「はい! お願いします!」

 タケは自分で浴槽から出て、看護師が服を脱がせて毛布でくるんだ。

 「君はベッドで休みなさい」
 「いえ! 自分もここにいます!」
 「君も消耗している。今は任せて休みなさい」
 「いいえ! ここにいます!」

 よしこがタケを椅子に座らせた。

 「あたしらの命なんです! 総長を絶対に死なせないで下さい!」
 「分かってる! しょうがない、じゃあそこで見ていなさい!」
 「「はい!」」

 医師が六花の首筋に手を当てた。
 体温と脈拍を測っている。
 30分後。
 浅かった六花の呼吸が徐々に戻って来た。
 医師がタケとよしこに振り向いて笑顔を見せた。

 「もう大丈夫だよ。この人は助かる」

 その言葉を聞いて、タケが気を喪った。
 



 俺はベッドで眠っている六花の寝顔を眺めていた。

 「良かったな! お前は助かったぞ!」

 触れられない手で、六花の美しい顔を撫でた。
 後ろでタケが医師に説教されていた。

 「まったく! あんな状態なのに無理をして!」
 「すいませんでした!」

 タケは意外に元気だ。
 肺炎を起こしたらしいが、深刻な問題はない。

 「先生、すいませんでした。もう、その辺で」

 よしこが笑いながら頼んでいた。

 「しょうがない。じゃあ、今度こそ安静にしてね」
 「お世話になりました。先生じゃなかったら、総長は助からなかったかもしれない」
 「いや、いいんだよ。それに自分でも不思議なんだけど、頭の中に次々に処置の方法が浮かんできてね。僕も夢中でそれを指示していただけなんだ」
 「え?」
 「あれは本当に不思議だったなぁ。あんな経験は初めてだよ。浮かんで来たことをやれば、必ず助かるという確信まであった」
 「そうなんですか」

 医師は笑って部屋を出た。
 ナースコールの使い方はよしこが教わった。

 「よしこ、助かった」
 「いや、俺も不思議なんだけど、嫌な予感がしてな」
 「そうか、あたしもだよ」
 
 二人が笑い合った。

 「あたしは待ってりゃよかったのかな」
 「いや違う。総長のお宅の周辺は雪が積もり過ぎだった。お前が広い道まで連れ出してなきゃ、どうしようもなかった。これ以上は無理だから、俺も引き返そうと思ってたところだったんだ」
 「そうか」
 「お前が総長をお助けした」
 「よしこが来なきゃ無理だったよ」
 「そうかな」

 また二人が笑い合った。
 俺も二人を見て笑った。
 本当に最高の仲間たちだ。




 「さて、俺はどうすっかな」

 俺はどうやら戻れないらしい。
 まあ、このまま六花とこいつらを見て行くか。

 「にゃー」

 ロボの声が聞こえた。
 
 「?」

 俺は意識を喪った。
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