上 下
1,405 / 2,859

「ほんとの虎の穴」にて

しおりを挟む
 大妖魔と遊んでみんなが楽しんだ後。
 子どもたちは夕飯を作り、他の連中は風呂に入った。
 ロボは士王と寝る。

 俺は栞と鷹と一緒に入った。
 二人でグッタリしている栞を洗い、マッサージする。

 「なんだよ、楽しく無かったのかよ?」
 「ごめんなさいー」
 「もういいって」
 「だって! 言っとかないとまたどんな目に遭うか!」
 
 鷹と笑った。
 湯船に入ると、多少戻って来た。

 「鷹は楽しかったろ?」
 「まあ、みんな一緒でしたし」
 「士王が大喜びだったよな!」
 「はい! やっぱり石神先生の御子さんですね」
 「意味がよく分からんが」
 「ウフフフフ」

 「でも、あんなものがここを守ってるのね」
 「そうだよ。まあ、この土地自体が最高にいいらしいけどな」
 「そうなんだ」
 
 俺が麗星の羅盤が爆発した話をすると、二人が笑った。

 「なんか最大感度に調整したんだよ。そうしたら物凄い勢いで回り出してさ」
 「なんなの?」
 「分かんない。でも麗星が「ぷぷぷぷぷ」って言いながら窓から放り投げたら爆発した」
 「「アハハハハハハ!」」

 「あの「ぷぷぷぷぷ」って何なのか聞いてみたいんだけどなー」
 「なんなんでしょうね?」
 「分かんねぇ。ショック状態らしいんだけど、今一つ緊張感がねぇんだよな」

 三人で笑った。

 風呂を上がり、みんなが揃うまで待って、夕飯を食べた。
 士王は寝ているので後だ。
 ロボは当然来た。

 ビーフシチュー(ビーフ多目)。
 アサリとマッシュルームのアヒージョ。
 米ナスのチーズ焼き。
 タコとブロッコリーのマリネ。
 ポトフ。
 炊き込みチキンライス。
 シーザーサラダ。

 桜花たちも一緒に食べ、美味しいと喜んでいた。

 食事の後、俺は桜花たちを誘って「ほんとの虎の穴」へ行った。
 VIPルームは改装中のため、他のラウンジで雑賀がバーテンダーをやってくれた。

 「石神様、私たちにこんないい場所を」
 「なんだよ、遠慮するなよ」
 「でも、このお店にも入ったことありませんのに」
 「そうなのか? じゃあ、今後はお前たちもVIPルームを使えるようにするからな。雑賀さん、お願いします」
 「かしこまりました」
 「そんな!」
 「おまえー! 俺がそうしたんだから、絶対に来いよな!」
 「え!」
 「あれ? 蓮花はお前たちに俺に逆らうように教育したんだ」
 「そんなことはありません!」
 「じゃあ、いいな!」
 「「「はい」」」

 俺は笑って、雑賀にカクテルを頼んだ。
 もちろんお任せだ。
 俺には「ヨコハマ」が来た。

 「珍しいな」
 「石神様は横浜の御出身ですよね?」
 「よく知ってますね」
 「はい」

 いろいろな奴らが話しているのを聞いて来たのだろう。

 「じゃあ、今日は俺の横浜の話をしてやろうか」

 三人が嬉しそうな顔で俺を見た。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺は親父とお袋と三人で、横浜の市営住宅に住んでいた。
 一つの棟を二つに仕切って、二家族が住むという昔の作りだ。
 隣は一つ年上のノブくんと、その姉のいる家族だった。
 薄い壁は、お互いの家の会話も物音も全部筒抜けだ。
 よく隣の家で、夫婦喧嘩があった。
 三日に一遍はしていた。
 激しい怒鳴り合いはちょっちゅうで、よく包丁を持った奥さんが旦那さんを追い掛けているのを見た。

 ある日、俺が寝ているとまた喧嘩が始まった。
 突然、頭の方の壁がぶち抜かれた。
 驚いてみると、血を流した隣の旦那さんの頭がこっちに突き出ている。
 
 「おっちゃん! 大丈夫か!」
 「おう、トラ! へっちゃらだよ」

 頭が引っこ抜かれ、奥さんが顔を出した。

 「どーも、すいませんでした! 明日壁は直しますから!」
 
 お袋が「どーも」とか言っていた。
 取り敢えず、布が掛けられた。



 隣はもちろん、どこの家も仲が良く、お互いの家のことも全部知っていた。
 みんな同じように金が無い人間たちで、でもみんな明るかった。
 日本中が似たようなものだった時代だ。
 だからこそ、お互いに助け合うのが当然と思っていた。

 

 風呂が家にあったが、今から思えば非常に狭い風呂だった。
 半畳の広さに風呂釜と風呂桶があった。
 大人は座って入るしかない。
 ある日、お袋が風呂から上がろうとして、背中を煙突に押し付けて酷い火傷をした。
 数日後。

 敷地内に新しい風呂を作るのだと親父が言った。
 近所の男連中が集まり、たった一日で風呂場が出来た。
 驚いた。
 今度は六畳ほどの広さがあり、壁の一部がガラスブロックになっていた。
 様々な色のガラスブロックがあり、俺はその美しさに感動した。
 いろんな人たちが材料を持ち合って来てくれた。
 ガラスブロックも、誰かがどこかで入手してくれたものだったのだろう。

 俺は前の風呂の記憶が無い。
 あの、新しい、美しい風呂場が俺の「風呂」の記憶の全てになった。
 俺の風呂好きは、あの風呂から始まったのだと思う。
 毎日、風呂に入るのが楽しみになった。
 薪風呂だったので、薪を用意するのが俺の役目になった。



 母方の祖母が一緒に住むようになった。
 明治の生まれの人で、豪放磊落な性格は、お袋と全然違った。
 後から聞いた話では、旦那は戦争で亡くなり、女手一つで長男と娘三人を育てたそうだ。
 そのため、お袋は仙台の親戚に預けられて育った。
 だから性格が違ったのかもしれない。

 祖母には一つの自慢があった。

 「あたしはね、会津の小鉄に可愛がられたことがあるんだよ!」

 何十回もその話を聞かされた。
 嫌いな話では無かったが、何度も聞かされて困った。

 ある日、隣のノブくんと近所の栗を集めた。
 俺が栗が大好きだと言うと、一緒に回ってくれた。
 他所の家の敷地の栗。
 農家の育てている栗。
 どこのだれのか分からない栗。
 大量に集まった。

 その日の夜。
 うちに大勢の大人たちが集まった。
 俺が栗を盗んだと、みんな怒っていた。

 祖母が俺を外へ連れ出した。

 「分かった! オレが始末を付けてやる!」

 そう叫んで、薪を割る鉈を手に取った。

 「高虎! 覚悟せいやぁー!」

 叫んで俺に向かって鉈を投げた。
 
 「おい、ばーちゃん!」
 
 俺は咄嗟に避けた。
 塀をぶち割って、鉈は隣の庭に落ちた。

 「おばあちゃん! 落ち着いてぇー!」

 みんなで祖母の身体を掴んで止めていた。

 「分かった! もう分かったから!」
 「いや! オレの手でこのバカを!」
 「もういい! 栗は全部やるから! 何もいらないから!」

 「そう?」

 みんな帰って行った。
 俺は呆然と立っているだけだった。
 祖母が俺に近づいて言った。

 「な? 上手くいっただろ?」
 「ばーちゃん……」

 親父は武家の血を誇りにしていた。
 そして、俺の中にはそれだけではない血が流れているのを知った。

 その日は、お袋が美味い栗ご飯を作ってくれた。
 流石の親父も、その日だけは俺を叱ることが無かった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 桜花たちが笑っていた。

 「な、俺がちょっと無茶なとこがあるのは、俺のせいじゃないんだよ」
 「まぁ!」
 「血がな。俺にはどうしようもねぇ」
 「そういうことにしましょうか」
 
 なんだか分からないが、みんなで乾杯した。

 「その後、おばあ様は?」
 「ああ、金沢文庫で、住み込みの寮母をしていたんだ。日立造船のな」
 「そうなんですか」
 「流石の親父も、俺の教育を考えたんじゃねぇの?」
 「「「アハハハハハ!」」」

 三人が笑った。

 「よく遊びに行ったんだ。海が目の前にあってな」
 「そうなんですか」
 「ああ。それでな」
 「はい?」
 「ばあちゃんが死んで、葬儀で初めて知ったんだよ」
 「なにを?」
 「ばあちゃんの名前だよ。いつも「ばあちゃん」としか呼んで無かったからな」
 「何ていう名前だったんですか?」
 「それがよ、珠美って言うんだよ」
 「え!」

 「あんまり似合わねぇもんだから、葬儀場で爆笑した」
 「「「えぇー!」」」

 「流石にお袋に怒られてなぁ」
 「そりゃそうですよ!」
 「まあな。でも、思い返すとカワイイとこもあったんだよな」

 俺は思い出して笑った。

 「ああ。近所にカッチョイイ爺さんがいてな。どうも、その人に惚れてたらしい」
 「「「えぇー!」」」
 「俺が仲の良かった人でさ。日露戦争に行ったって人だから、よく遊びに行って菓子とかもらって話を聞いてたんだ」
 「はぁ」
 「それで、そのうちにばあちゃんが一緒に来るようになってよ。「孫が世話になって」なんて言っちゃって。でも、一緒に来たのに、一言も喋らねぇ」
 「そうなんですか」
 「いつも真っ赤になってうつむいててな」
 「ああ、カワイイですね」
 「奥さんは先に亡くなってたんだ。だから自由に恋愛しても良かったんだけどな」
 
 俺は「ヨコハマ」を飲み切り、次のカクテルを頼んだ。

 「じゃあ、どうして」
 「その爺さんがな、部屋に奥さんの写真を立ててたんだ」
 「そうですか」
 「その写真を見る目がな。いつも優しかった」
 「……」

 「まあ、昔の人はみんなそうだ。自分の気持ちよりも相手の気持ちよ。だからみんな優しくて、だからみんな仲良しだったんだよ」
 
 桜花たちがニコニコしていた。

 「いいですね」
 「お前らもな。同じだよな」
 「「「はい!」」」

 三人もカクテルを呑み干し、雑賀が次のものを作ってくれた。




 また、どれも美味いカクテルだった。
 俺たちは楽しく話し続けた。 
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...