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「紫苑六花公園」にて Ⅱ
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10月のある土曜日。
「紫苑六花公園」の公会堂で、最初のコンサートが開かれた。
完成してしばらく経っていたが、公園を管理している「紅六花」財団が最初のコンサートは石神にと考えていた。
石神が多忙なため、やっと決まった。
100名ほどが収容できる野外公会堂には「紅六花」のメンバー全員が集まり、「暁園」の子どもたちや関係者が呼ばれた。
竹流の誘いで、夏音と聖歌にも席が設けられた。
「紅六花」のメンバーたちは全て立ち見だ。
竹流が一番よく利用してくれている人たちだと言うと、主催のよしこが是非来てもらうようにと言った。
「竹流が言うなら間違いないからな!」
「ありがとうございます!」
無償のコンサートだったが、チケットが用意され、席が決められていた。
竹流が二人に渡すと、二人は驚き、喜んでくれた。
「本当に私たちが行ってもいいの?」
「もちろんです。いつも大事に利用してくれてて、この公園が大好きだって言ってくれてるお二人ですから!」
「「ありがとう!」」
コンサートは夕方5時からだった。
竹流が「神様」と呼んでいる石神がギターを弾くそうだ。
夏音と聖歌は、その演奏に驚いた。
一流のギタリストかと思った。
プログラムにある曲は、クラシックは幾つか知っていても、エスタス・トーネなどは知らなかった。
オリジナル曲もあった。
どれも素晴らしい演奏だった。
石神の歌もあった。
その歌声がまた最高だった。
音楽などそれほど親しんでいない人も多かったろうが、大いに盛り上がった。
大歓声でアンコールも何度もあり、盛大に終わった。
誰も帰ろうとしなかった。
石神が竹流をステージに呼んだ。
ギターを置いて竹流を抱え上げていた。
竹流が本当に嬉しそうに笑っているのを、夏音と聖歌は見た。
「『闘牛士」! できませんか!」
誰かが叫んだ。
「おう! CHARかぁ! いいな!」
石神が笑顔で応えて演奏し、歌った。
また会場が湧いた。
突然のリクエストにも関わらず、石神は歌詞をとちることなく完璧に歌い演奏した。
一時間ほどのコンサートの予定が、三時間にもなった。
「石神先生! もう本当にその辺で!」
美しい女性がステージに上がって言った。
「最愛の六花が言ったらしょうがねぇ。皆さん! ありがとう!」
盛大な拍手が湧いた。
次に夏音たちが竹流に会った時、コンサートの話で盛り上がった。
「あの人が竹流君の神様なのね」
「はい!」
「素敵な人だったぁー! ギターが物凄く上手いのね!」
「そうなんです! 大きな病院でお医者様をしてるんですよ」
「そうなんだ!」
「僕たちに勉強のやり方も教えてくれて。お陰で園のみんなは学校でトップクラスですよ」
「凄いんだぁ!」
二人が驚くと、竹流が喜んだ。
その笑顔が見たくて、夏音と聖歌は石神を褒めた。
「あの、お二人が宜しければ、タケさんがお店に連れて来いって言うんですが」
「お店?」
「はい、食堂を経営されてるんです」
「私たちが行っていいの?」
「はい! 僕がいつもお世話になってると言ったら、是非連れて来るように言われたんです」
「そんな! 私たちこそ竹流君と話すようになって楽しいのに!」
「じゃあ、来てくださいよ!」
「うーん、どうする、聖歌」
「行こうよ! 竹流君のことは何でも知りたいよ」
「そうだね!」
竹流は二人を「弱肉強食」へ連れて行った。
三人で30分を歩いた。
「聖歌、大丈夫?」
「うん、平気」
「あ! 聖歌さんは身体が悪かったんだ!」
「竹流君、平気だよ」
「すいませんでした! あの、僕がおぶりますから!」
「え!」
「僕は鍛えてるんで大丈夫です。どうぞ!」
竹流がしゃがんだので、二人は困った。
「さあ!」
「じゃあ、ごめんね」
竹流は年齢の割に背が高い。
身長170センチ近かった。
聖歌は163センチ。
痩せてはいるが、それでも人間一人を背負うのはきついはずだった。
しかし竹流は軽々と背負って普通に歩いた。
「すいません。少しの間辛抱して下さいね」
「うん、本当にごめんね」
「全然大丈夫ですよ!」
本当に大丈夫そうだった。
二人で竹流の体力に驚いた。
「タケさーん! お二人を連れて来ましたー!」
「おーう!」
夏音と聖歌は入り口で立ったままだ。
「どうぞ、お入り下さい」
「竹流君! お店って「弱肉強食」だったの!」
「はい、お話ししませんでしたっけ?」
「聞いてないよ! 有名なお店じゃん!」
「そうなんですか?」
竹流はタケに頭をはたかれた。
「うちは有名だよ! さあ、二人とも入って。外は寒かったでしょう?」
「「おじゃまします」」
テーブルに座らされ、名物「リッカチャンハン」を出された。
「竹流が本当にお世話になってるんだって言うもんだから。すぐに連れて来いって言ったの」
「いえ、私たちの方こそ竹流君が明るくて楽しい話をいつも聞かせてくれて」
「うん、竹流はいい奴なんだ。ああ「暁園」のことは聞いてる?」
「はい、最初の頃に。あ! 「紅六花」のみなさんのことも知ってますよ! この辺じゃ有名ですし!」
「あたしらなんかどうでもいいんだけどね。全部「虎」の旦那のお陰だし」
「あのコンサートの人ですか!」
「そう、あんたらも来てくれたんだよね?」
「「はい!」」
タケがテーブルに座って、夏音たちにまた楽しい話をした。
「なんか困ったことがあったら言ってね。竹流の友達なら、あたしらも何でもするからさ!」
「「ありがとうございます!」」
「おい、竹流も食べろよ!」
「でも、園で夕飯がありますから」
「バカ! 石神一家の喰いっぷりを見てるだろう!」
「アハハハハ!」
竹流も「リッカチャンハン」を食べた。
竹流が聖歌の身体が弱いことを話すと、タケがすぐに車を用意してくれた。
竹流がここまで聖歌を背負って来たのだと夏音が話すと、タケが大笑いした。
聖歌が自宅まで運ばれ、そのまま夏音と竹流も送られた。
「ありがとうございました、よしこさん!」
「いいって! 夏音さん、これからも竹流を宜しく」
「はい!」
夏音が嬉しそうに返事した。
年が明け、雪が降った1月のある木曜日。
竹流が公園に行くと、夏音が一人で待っていた。
表情が暗く、竹流は嫌な予感がした。
「あれ、今日は聖歌さんは?」
「今ね、入院しているの」
「え!」
「これからはここにも来られなくなると思う」
「そんな! でも良くなりますよね?」
夏音が首を振った。
「もうね、長くはないの。本当は去年のうちだって言われてたんだけどね」
「!」
「ほら、竹流君が「丈夫になる体操」を教えてくれたじゃない。あのお陰。聖歌は年を超えられたわ」
「なんでですか! 去年はあんなに元気そうだったじゃないですか!」
「ごめんね。竹流君には話せなかった。腎臓の病気でね、透析っていうのをずっとやってたんだ。でももう限界。聖歌はもうすぐ死んじゃうんだ」
そう言って夏音はベンチに座って泣き出した。
「小学校の頃からね、親友だったの。ずっと。だけど、もういなくなっちゃう! なんで! 聖歌!」
「夏音さん! 僕がなんとかします!」
「え?」
「必ず! 僕に任せて下さい!」
「竹流君!」
「どこの病院ですか! これから行きましょう!」
「だめよ」
「僕が絶対に治します!」
竹流に気圧され、夏音は病院を教えた。
「分かりました! ちょっと待ってて下さいね! 必ず何とかしますから!」
竹流はタケの店に行き、よしこに連絡した。
竹流は電話を持っていない。
「よしこさん! 神様と話させて下さい!」
「どうしたんだ、竹流?」
「聖歌さんが死にそうなんです! 腎臓の病気でもう長くないって!」
「待ってろ! すぐに行くから!」
車を飛ばしてよしこがタケの店に来た。
竹流が事情を話す。
「神様から預かってる「Ω」の粉を使います!」
「バカ! あれはお前に万一があった時のものだ! 他人に使っていいものじゃない!」
「僕が神様に話します! お願いですから、神様と話させて下さい!」
いつも大人しく優しい竹流が必死に頼んでくる。
自分のことでは一切ワガママを言ったことはない。
心の底から頼んでいる。
「分かった。お忙しい方だから、すぐには話せないかもしれないぞ」
「構いません。いつまでも待ちます!」
よしこは石神に電話をした。
「内容は分かった。竹流に替われ」
石神はよしこから話を聞き、隣にいた竹流に替わらせた。
「神様!」
「話はよしこから聞いた。だけどダメだ」
「でも!」
「いい加減にしろ! あれは他人には使うなと最初に言っただろう!」
「でも、聖歌さんが死にそうなんです!」
石神がため息を吐くのが竹流に聞こえた。
「竹流、俺は医者だ」
「はい」
「これまで多くの人間を助けられずに、目の前で死なせてきた」
「はい……」
「今でもそうだ。俺が「Ω」を使えば助けられる人もな」
「……」
「あれは本当に特別なものなんだ。俺たちの敵は強大だ。普通の人間じゃ到底敵わない。だから戦う戦士だけがあれを使える」
「はい……」
「人間を超える戦いをする者だけなんだ。人間は、人間の命で死んで行けばそれでいいんだよ。分かってくれ」
「神様、それでも僕は」
「気持ちは痛い程分かる。俺も絶対に死なせたくない人間を死なせているからな。でも、これは許可出来ない。お前が救いたいのならば、人間のお前が何とかしろ」
「僕にはそんな力はありません」
「ならば諦めろ。最後の命を出来るだけ何とかしてやれ」
「はい」
公園に竹流が戻ると、夏音がまだベンチに座っていた。
相当寒いはずなのに、夏音は微動だにせずに、座って前を見ていた。
竹流はその姿を見て、夏音が自分を信じてくれていることを悟った。
出来るはずがないことを、小学生の子どもの言うことを、それに縋るしかもうない夏音の心を感じた。
竹流は病院に走った。
病室で、聖歌が眠っていた。
以前よりも一層痩せ、顔が青白かった。
竹流が懐から守り袋を取り出した。
いつも肌身離さず持っていた。
肩に手を置かれた。
「やめろ、竹流」
「よしこさん!」
そのまま、病室を出され、外の車に乗せられた。
「「虎」の旦那の命令は絶対だ。お前が辛いのはよく分かる。だけど、これだけはダメだ」
「……」
タケの店に連れ帰られ、竹流は泣いた。
竹流が泣き止むまで、よしことタケはいつまでも一緒にいた。
1月の終わり。
聖歌は息を引き取った。
聖歌の両親と夏音、竹流、よしことタケもいた。
「夏音さん、すいませんでした」
夏音は竹流を抱き締めて泣いた。
聖歌の葬儀が終わり、竹流は夏音に誘われて「紫苑六花公園」へ行った。
「竹流君、ありがとうね」
「いえ、僕は本当に何も出来ませんでした」
夏音が首を振った。
「そんなことない。前にも言ったじゃない。竹流君のお陰で年を超えることが出来たって。本当にありがとう」
「そんな……」
二人でベンチに座った。
夏音が温かい紅茶を自動販売機で買って来て竹流に一つを渡した。
「今だから言うんだけどね、夏頃にここで聖歌と話してたの」
「はい」
「聖歌と一緒に死のうって」
「え!」
「大親友だった。聖歌がいない世界なんて、私には興味が無かった。聖歌も一人でいなくなるのは嫌だって言ってた」
「!」
「だからね、聖歌がいよいよって時になったら一緒に死のうねって」
「夏音さん!」
夏音が微笑んで竹流を見た。
「だけどね、聖歌に断られちゃった。クリスマスくらいかなって一緒に言ってたの。でもね、竹流君が現われた」
「え?」
「聖歌がね、この世界には竹流君みたいないい子がいるんだって言った。だから私は残ってちゃんと生きてって」
「聖歌さん……」
夏音が竹流を抱き締めた。
「分かるよ! でもね、でも、辛いよー!」
「はい、辛いです」
「聖歌ぁー!」
「……」
竹流は立ち上がって上着を脱いだ。
「花岡」の演舞を始める。
冷たい気温の中、竹流の身体から湯気が立ち上って行く。
鋭い突きと蹴りを放ち、回り跳び上がる。
竹流が空中を滑空し、その間にも数百の技を放つ。
夏音は呆然としてそれを見ていた。
そして美しい舞いに見惚れた。
竹流が地上へ戻る。
「夏音さん」
「はい」
「僕は必ず夏音さんを守ります」
「はい」
「今度は絶対に! 今度こそは! 絶対に守りますからぁー!」
涙を流す竹流を夏音が抱き締めた。
「うん、お願いします」
「はい!」
二人を眺めていたよしことタケがそっと公園を離れた。
「タケ、あれで良かったんだよな」
「ああ」
「竹流は辛いな」
「そりゃな。でも、生きる限りはな」
「そうだよな」
タケがよしこの肩を叩いた。
よしこもタケの肩を叩く。
「紫苑六花公園」は夕陽の中で美しく照り映えていた。
ここには、永遠の友情がある。
確かにある。
「紫苑六花公園」の公会堂で、最初のコンサートが開かれた。
完成してしばらく経っていたが、公園を管理している「紅六花」財団が最初のコンサートは石神にと考えていた。
石神が多忙なため、やっと決まった。
100名ほどが収容できる野外公会堂には「紅六花」のメンバー全員が集まり、「暁園」の子どもたちや関係者が呼ばれた。
竹流の誘いで、夏音と聖歌にも席が設けられた。
「紅六花」のメンバーたちは全て立ち見だ。
竹流が一番よく利用してくれている人たちだと言うと、主催のよしこが是非来てもらうようにと言った。
「竹流が言うなら間違いないからな!」
「ありがとうございます!」
無償のコンサートだったが、チケットが用意され、席が決められていた。
竹流が二人に渡すと、二人は驚き、喜んでくれた。
「本当に私たちが行ってもいいの?」
「もちろんです。いつも大事に利用してくれてて、この公園が大好きだって言ってくれてるお二人ですから!」
「「ありがとう!」」
コンサートは夕方5時からだった。
竹流が「神様」と呼んでいる石神がギターを弾くそうだ。
夏音と聖歌は、その演奏に驚いた。
一流のギタリストかと思った。
プログラムにある曲は、クラシックは幾つか知っていても、エスタス・トーネなどは知らなかった。
オリジナル曲もあった。
どれも素晴らしい演奏だった。
石神の歌もあった。
その歌声がまた最高だった。
音楽などそれほど親しんでいない人も多かったろうが、大いに盛り上がった。
大歓声でアンコールも何度もあり、盛大に終わった。
誰も帰ろうとしなかった。
石神が竹流をステージに呼んだ。
ギターを置いて竹流を抱え上げていた。
竹流が本当に嬉しそうに笑っているのを、夏音と聖歌は見た。
「『闘牛士」! できませんか!」
誰かが叫んだ。
「おう! CHARかぁ! いいな!」
石神が笑顔で応えて演奏し、歌った。
また会場が湧いた。
突然のリクエストにも関わらず、石神は歌詞をとちることなく完璧に歌い演奏した。
一時間ほどのコンサートの予定が、三時間にもなった。
「石神先生! もう本当にその辺で!」
美しい女性がステージに上がって言った。
「最愛の六花が言ったらしょうがねぇ。皆さん! ありがとう!」
盛大な拍手が湧いた。
次に夏音たちが竹流に会った時、コンサートの話で盛り上がった。
「あの人が竹流君の神様なのね」
「はい!」
「素敵な人だったぁー! ギターが物凄く上手いのね!」
「そうなんです! 大きな病院でお医者様をしてるんですよ」
「そうなんだ!」
「僕たちに勉強のやり方も教えてくれて。お陰で園のみんなは学校でトップクラスですよ」
「凄いんだぁ!」
二人が驚くと、竹流が喜んだ。
その笑顔が見たくて、夏音と聖歌は石神を褒めた。
「あの、お二人が宜しければ、タケさんがお店に連れて来いって言うんですが」
「お店?」
「はい、食堂を経営されてるんです」
「私たちが行っていいの?」
「はい! 僕がいつもお世話になってると言ったら、是非連れて来るように言われたんです」
「そんな! 私たちこそ竹流君と話すようになって楽しいのに!」
「じゃあ、来てくださいよ!」
「うーん、どうする、聖歌」
「行こうよ! 竹流君のことは何でも知りたいよ」
「そうだね!」
竹流は二人を「弱肉強食」へ連れて行った。
三人で30分を歩いた。
「聖歌、大丈夫?」
「うん、平気」
「あ! 聖歌さんは身体が悪かったんだ!」
「竹流君、平気だよ」
「すいませんでした! あの、僕がおぶりますから!」
「え!」
「僕は鍛えてるんで大丈夫です。どうぞ!」
竹流がしゃがんだので、二人は困った。
「さあ!」
「じゃあ、ごめんね」
竹流は年齢の割に背が高い。
身長170センチ近かった。
聖歌は163センチ。
痩せてはいるが、それでも人間一人を背負うのはきついはずだった。
しかし竹流は軽々と背負って普通に歩いた。
「すいません。少しの間辛抱して下さいね」
「うん、本当にごめんね」
「全然大丈夫ですよ!」
本当に大丈夫そうだった。
二人で竹流の体力に驚いた。
「タケさーん! お二人を連れて来ましたー!」
「おーう!」
夏音と聖歌は入り口で立ったままだ。
「どうぞ、お入り下さい」
「竹流君! お店って「弱肉強食」だったの!」
「はい、お話ししませんでしたっけ?」
「聞いてないよ! 有名なお店じゃん!」
「そうなんですか?」
竹流はタケに頭をはたかれた。
「うちは有名だよ! さあ、二人とも入って。外は寒かったでしょう?」
「「おじゃまします」」
テーブルに座らされ、名物「リッカチャンハン」を出された。
「竹流が本当にお世話になってるんだって言うもんだから。すぐに連れて来いって言ったの」
「いえ、私たちの方こそ竹流君が明るくて楽しい話をいつも聞かせてくれて」
「うん、竹流はいい奴なんだ。ああ「暁園」のことは聞いてる?」
「はい、最初の頃に。あ! 「紅六花」のみなさんのことも知ってますよ! この辺じゃ有名ですし!」
「あたしらなんかどうでもいいんだけどね。全部「虎」の旦那のお陰だし」
「あのコンサートの人ですか!」
「そう、あんたらも来てくれたんだよね?」
「「はい!」」
タケがテーブルに座って、夏音たちにまた楽しい話をした。
「なんか困ったことがあったら言ってね。竹流の友達なら、あたしらも何でもするからさ!」
「「ありがとうございます!」」
「おい、竹流も食べろよ!」
「でも、園で夕飯がありますから」
「バカ! 石神一家の喰いっぷりを見てるだろう!」
「アハハハハ!」
竹流も「リッカチャンハン」を食べた。
竹流が聖歌の身体が弱いことを話すと、タケがすぐに車を用意してくれた。
竹流がここまで聖歌を背負って来たのだと夏音が話すと、タケが大笑いした。
聖歌が自宅まで運ばれ、そのまま夏音と竹流も送られた。
「ありがとうございました、よしこさん!」
「いいって! 夏音さん、これからも竹流を宜しく」
「はい!」
夏音が嬉しそうに返事した。
年が明け、雪が降った1月のある木曜日。
竹流が公園に行くと、夏音が一人で待っていた。
表情が暗く、竹流は嫌な予感がした。
「あれ、今日は聖歌さんは?」
「今ね、入院しているの」
「え!」
「これからはここにも来られなくなると思う」
「そんな! でも良くなりますよね?」
夏音が首を振った。
「もうね、長くはないの。本当は去年のうちだって言われてたんだけどね」
「!」
「ほら、竹流君が「丈夫になる体操」を教えてくれたじゃない。あのお陰。聖歌は年を超えられたわ」
「なんでですか! 去年はあんなに元気そうだったじゃないですか!」
「ごめんね。竹流君には話せなかった。腎臓の病気でね、透析っていうのをずっとやってたんだ。でももう限界。聖歌はもうすぐ死んじゃうんだ」
そう言って夏音はベンチに座って泣き出した。
「小学校の頃からね、親友だったの。ずっと。だけど、もういなくなっちゃう! なんで! 聖歌!」
「夏音さん! 僕がなんとかします!」
「え?」
「必ず! 僕に任せて下さい!」
「竹流君!」
「どこの病院ですか! これから行きましょう!」
「だめよ」
「僕が絶対に治します!」
竹流に気圧され、夏音は病院を教えた。
「分かりました! ちょっと待ってて下さいね! 必ず何とかしますから!」
竹流はタケの店に行き、よしこに連絡した。
竹流は電話を持っていない。
「よしこさん! 神様と話させて下さい!」
「どうしたんだ、竹流?」
「聖歌さんが死にそうなんです! 腎臓の病気でもう長くないって!」
「待ってろ! すぐに行くから!」
車を飛ばしてよしこがタケの店に来た。
竹流が事情を話す。
「神様から預かってる「Ω」の粉を使います!」
「バカ! あれはお前に万一があった時のものだ! 他人に使っていいものじゃない!」
「僕が神様に話します! お願いですから、神様と話させて下さい!」
いつも大人しく優しい竹流が必死に頼んでくる。
自分のことでは一切ワガママを言ったことはない。
心の底から頼んでいる。
「分かった。お忙しい方だから、すぐには話せないかもしれないぞ」
「構いません。いつまでも待ちます!」
よしこは石神に電話をした。
「内容は分かった。竹流に替われ」
石神はよしこから話を聞き、隣にいた竹流に替わらせた。
「神様!」
「話はよしこから聞いた。だけどダメだ」
「でも!」
「いい加減にしろ! あれは他人には使うなと最初に言っただろう!」
「でも、聖歌さんが死にそうなんです!」
石神がため息を吐くのが竹流に聞こえた。
「竹流、俺は医者だ」
「はい」
「これまで多くの人間を助けられずに、目の前で死なせてきた」
「はい……」
「今でもそうだ。俺が「Ω」を使えば助けられる人もな」
「……」
「あれは本当に特別なものなんだ。俺たちの敵は強大だ。普通の人間じゃ到底敵わない。だから戦う戦士だけがあれを使える」
「はい……」
「人間を超える戦いをする者だけなんだ。人間は、人間の命で死んで行けばそれでいいんだよ。分かってくれ」
「神様、それでも僕は」
「気持ちは痛い程分かる。俺も絶対に死なせたくない人間を死なせているからな。でも、これは許可出来ない。お前が救いたいのならば、人間のお前が何とかしろ」
「僕にはそんな力はありません」
「ならば諦めろ。最後の命を出来るだけ何とかしてやれ」
「はい」
公園に竹流が戻ると、夏音がまだベンチに座っていた。
相当寒いはずなのに、夏音は微動だにせずに、座って前を見ていた。
竹流はその姿を見て、夏音が自分を信じてくれていることを悟った。
出来るはずがないことを、小学生の子どもの言うことを、それに縋るしかもうない夏音の心を感じた。
竹流は病院に走った。
病室で、聖歌が眠っていた。
以前よりも一層痩せ、顔が青白かった。
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いつも肌身離さず持っていた。
肩に手を置かれた。
「やめろ、竹流」
「よしこさん!」
そのまま、病室を出され、外の車に乗せられた。
「「虎」の旦那の命令は絶対だ。お前が辛いのはよく分かる。だけど、これだけはダメだ」
「……」
タケの店に連れ帰られ、竹流は泣いた。
竹流が泣き止むまで、よしことタケはいつまでも一緒にいた。
1月の終わり。
聖歌は息を引き取った。
聖歌の両親と夏音、竹流、よしことタケもいた。
「夏音さん、すいませんでした」
夏音は竹流を抱き締めて泣いた。
聖歌の葬儀が終わり、竹流は夏音に誘われて「紫苑六花公園」へ行った。
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「いえ、僕は本当に何も出来ませんでした」
夏音が首を振った。
「そんなことない。前にも言ったじゃない。竹流君のお陰で年を超えることが出来たって。本当にありがとう」
「そんな……」
二人でベンチに座った。
夏音が温かい紅茶を自動販売機で買って来て竹流に一つを渡した。
「今だから言うんだけどね、夏頃にここで聖歌と話してたの」
「はい」
「聖歌と一緒に死のうって」
「え!」
「大親友だった。聖歌がいない世界なんて、私には興味が無かった。聖歌も一人でいなくなるのは嫌だって言ってた」
「!」
「だからね、聖歌がいよいよって時になったら一緒に死のうねって」
「夏音さん!」
夏音が微笑んで竹流を見た。
「だけどね、聖歌に断られちゃった。クリスマスくらいかなって一緒に言ってたの。でもね、竹流君が現われた」
「え?」
「聖歌がね、この世界には竹流君みたいないい子がいるんだって言った。だから私は残ってちゃんと生きてって」
「聖歌さん……」
夏音が竹流を抱き締めた。
「分かるよ! でもね、でも、辛いよー!」
「はい、辛いです」
「聖歌ぁー!」
「……」
竹流は立ち上がって上着を脱いだ。
「花岡」の演舞を始める。
冷たい気温の中、竹流の身体から湯気が立ち上って行く。
鋭い突きと蹴りを放ち、回り跳び上がる。
竹流が空中を滑空し、その間にも数百の技を放つ。
夏音は呆然としてそれを見ていた。
そして美しい舞いに見惚れた。
竹流が地上へ戻る。
「夏音さん」
「はい」
「僕は必ず夏音さんを守ります」
「はい」
「今度は絶対に! 今度こそは! 絶対に守りますからぁー!」
涙を流す竹流を夏音が抱き締めた。
「うん、お願いします」
「はい!」
二人を眺めていたよしことタケがそっと公園を離れた。
「タケ、あれで良かったんだよな」
「ああ」
「竹流は辛いな」
「そりゃな。でも、生きる限りはな」
「そうだよな」
タケがよしこの肩を叩いた。
よしこもタケの肩を叩く。
「紫苑六花公園」は夕陽の中で美しく照り映えていた。
ここには、永遠の友情がある。
確かにある。
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