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早乙女家の「柱」

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 11月の三連休。
 石神たちは蓮花さんの研究所に出掛けると言っていた。
 もちろん、何かあればすぐに連絡するようにとも言ってくれている。
 本当に有難い親友だ。

 しかし、時折とんでもないことをされる。
 目下最大の悩みは、石神が持って来た「柱」だ。
 それ以前に、うちにはちょっと不思議で怖いものはあった。
 道間麗星さんから送られて来た日本人形だ。
 
 夜中に時々歩いている。
 眩しいくらいに光ることがある。

 怖い。
 それでも、悪霊退散をしてくれているようなので、有難いものでもある。
 だから新居では3階の寝室隣の俺の服などを置いている部屋に飾っている。
 ちなみに、石神に言われて服が大分増えた。
 石神から貰ったものも多い。
 俺は洋服などに興味は無かったのだが、石神に窘められた。

 「早乙女も部下を持つ「長」になったんだ。いい加減な服は着るな」
 「!」

 そうだ、服装というのは、自分の楽しみだけのものではないのだ。
 社会的地位、責任というものを背負う、その意味もあるものだ。
 だから石神は高級なスーツなどを沢山持っている。
 俺も石神に誘われてブリオーニやダンヒル、ヒッキーフリーマンやアクアスキュータムといった高級な店に連れて行かれ、どんどん服を買わされた。
 確かに良い服を着ると気分も良くなった。
 雪野さんも同様に買わされた。
 エルメスやシャネル、クリスチャンディオールやエスカーダなどの店で、また沢山買うことになった。
 雪野さんはそれなりにいい服を持っていたが、それ以上の高級服を着るようになって、やはり気分が良くなったと言っていた。
 石神はやはり有難い。

 


 しかし、「柱」だけは困った。
 最初に石神が担いで来た時にもギョッとした。
 石で出来ているようだが、下に四本の足がある。
 それが日本人形のように向きが変わっているのに、最初に気付いた。
 石神に相談すると、「幸せの方角を向く」と言っていた。
 でも、石製の足がどうして動く?

 俺はちょっと怖かったが、あの石神が俺たちのために持って来てくれたものだ。
 そう考えると、段々有難いものに見えて来た。
 石神の友情を感じて来た。

 だから新居に引っ越すにあたり、毎日眺めて石神に感謝したいと思った。
 とんでもない家だったが、奥の豪奢なエレベーターホールに置くと、物凄く見栄えが良く見えた。

 「今日からここでお願いします」
 
 俺が「柱」にそう言うと、ちょっとカタカタ音がして怖かった。
 


 翌朝に改めて「柱」を見ると、薄いピンク色だった。
 夕べは暖色系の照明のために分からなかった。
 しかし、新居への引っ越しの日に、その色が石神が最初に見ていた色と違うと言われた。
 どういうことかよく分からなかったが、石神は白い色だったと言う。
 石神がイヌイットの長老だったという元の持ち主に聞いてくれた。
 なんでも、100年の家の繁栄をもたらす、奇跡なのだと言われた。
 俺と雪野さんは喜んだ。
 その後で、「柱」が紫色になった。
 また石神が問い合わせてくれたようだが、何しろとんでもない幸福になるのだと言われた。
 最初の喜びがあったので、俺も雪野さんも、喜んだがもう想像を超えてしまってよく分からなかった。



 
 そして、最大の事件が起きた。
 石神と子どもたちを誘って、家で夕食会を開いた。
 「怜花」の誕生祝だ。
 楽しく食事をしていると、警報が鳴った。
 この家には防衛システムを統合する量子コンピューターのAIが備わっている。
 石神たちがいるので安心はしていたが、あの「柱」が歩いて俺たちのいる部屋まで来たのだった。
 全員が驚愕している中で、石神が意思疎通を諮った。
 あの不思議で楽しい「ヒモダンス」を一緒に踊り、みんなで踊った。
 「柱」は満足したようで、元の場所に戻った。

 俺はあれが歩くことに恐怖した。

 その夜は俺が無理を言って石神とロボさんに泊まってもらった。
 石神が「柱」に顔を描いて行った。
 でも翌日には石神も帰り、俺と雪野さんとでこれからどうするのかと話し合った。

 「あの場所から移動させようか」
 「でも、歩けるんですよね? そうすると結局……」
 「そうかぁ。じゃあ、何かで固定するとか」
 「ダメですよ! あれは神聖なものなんでしょう?」
 「うん。弱ったなぁ」

 二人で話しても、上手い方法は見つからなかった。
 とにかくしばらく様子を見ようということになった。

 


 ある朝、モハメドさんに起こされた。
 雪野さんは美しい顔で隣で眠っている。

 「綺麗だなー」

 モハメドさんに叩かれた。

 「おい! あっちを見ろ!」
 
 モハメドさんは、枕の上で小さな手を伸ばしていた。
 その方向を見て、ギョッとした。
 「柱」が、怜花のベビーベッドを覗き込んでいる。

 「あの!」

 俺は声を掛けて近づいた。
 危険な感じは無かったが、何しろ突然すぎるし、何の目的で来たのか分からない。
 「柱」は俺の方を向いて(石神の描いた顔を向けた)、短い手で伶花を示した。

 「はい?」

 俺は怜花を見た。
 苦しそうにしている。

 「雪野さん!」

 雪野さんも目を覚ました。
 「柱」がいるんで驚いている。
 悲鳴を上げないように、両手で口を押えた。

 「雪野さん! 怜花が苦しそうなんだ!」
 「え!」

 雪野さんもすぐにベッドから出てこちらへ来た。
 怜花の額に手を置く。

 「あなた! 熱が高いわ!」
 「なんだって!」

 俺はすぐに石神に電話し、雪野さんは水枕を作って来た。
 石神は早朝にも関わらず、すぐに来てくれた。
 いつものニャンコ柄のパジャマのままだった。
 非接触型の体温計で熱を測り、怜花の目や口の中を診察する。
 
 「大丈夫だ。一応、明日も熱が下がらないようなら、病院へ行ってくれ。赤ん坊はよく熱を出すものだ。そうやって免疫力を獲得するんだよ」
 「そうなのか!」
 「ああ、心配するな」
 「ありがとう!」

 「いいよ。ところでよ」
 「ああ! なんだ!」
 「この「柱」って?」

 石神がまだ部屋にいる「柱」を指差して言った。

 「ああ、「柱」さんが最初に教えてくれたんだ!」
 「そうなの?」
 「うん!」

 石神が上に手を挙げて左右にすると、「柱」も同様にした。

 「おう! ありがとうな!」

 柱は一礼して歩いて出て行った。
 エレベーターに向かって行く。

 「お、俺はあっちの階段から帰るな!」

 そう言って、石神は走って帰って行った。
 怜花の熱は、夕方にはすっかり下がった。




 それから時々、「柱」が怜花をあやしているのを見掛けた。
 それ以外にも、散歩(?)の途中のような感じで出会った。
 お互いに出会うと、会釈するようになり、そのうちに口に出して挨拶するようになった。
 もちろん「柱」は無言だ。

 雪野さんも段々慣れて来た。
 買い物に出掛ける際には声を掛けて行き、帰るとまた挨拶する。
 ラン、スー、ミキも「柱」の移動を気にすることはなくなった。
 一度夜中に大きな音がして行ってみると、「柱」が階段から落ちて横になっていた。
 ランたちも出て来て、みんなで助け起こしてやると、「柱」が顔の横を手で掻いて何度も頭を下げた。

 「危ないですから、エレベーターで移動して下さいね」
 
 指で「OK」マークを作った。
 見た所壊れた部分は無いようだが、心配になって石神に診てもらおうと電話した。

 「俺は人間相手の医者だぁ!」

 怒鳴られた。




 もうすっかりうちの家族の一員のようになった。
 時々3階のリヴィングにも遊びに来て、「ヒモダンス」を踊ったりして笑わせてくれる。
 週末に「柱」の掃除をするのが、俺の楽しみになった。
 柔らかい雑巾を少し濡らして全体を拭き取る。
 乾いたネルで全身を磨き上げる。
 ピカピカになっていった。
 「柱」も喜んでいるよで、必ず両手を挙げて左右に身体を揺らす。

 ただ、石神が描いてくれた顔が、段々薄くなってきた。
 石神にまた描いてくれと頼むと断られたが、何度も頼むと来てくれた。

 「おい! なんだよ、ピカピカじゃねぇか!」

 石神が驚いていた。
 俺は嬉しくなって、毎週磨くのが楽しみなのだと言った。

 「へ、へぇー」

 石神は今度はマジックではなく、強力な塗料を持って来てくれた。
 「柱」の全体に新聞紙を巻き、その下の床面にも広範囲で敷いて行く。
 顔の部分にパラフィン紙を当て、丁寧に目と口の型取りをして穴を空けた。
 スプレー式の塗料を何度かに分けて軽く吹き付けて行く。
 丁寧にパラフィン紙を取って、仕上がりを確認した。
 
 「いいな!」

 新聞紙を取って片付けた。
 何度も丸めた新聞紙を石神にぶつけられた。
 雪野さんが降りて来ると辞めた。

 「これでいいだろう!」

 「柱」が「ヒモダンス」を踊った。
 嬉しいようだ。




 石神は、慌てて帰った。
 お茶でも飲んで行けばいいのに。
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