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最悪の敵 Ⅱ

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 栞さんの実家、花岡家には順調に着いた。
 栞さんは私が運転出来るのを知って驚いていた。

 「いつ免許を取ったの!」
 「10月ですよ。ずっと教習所に通って、誕生日の後で」
 「うわー! なんか歴史を感じちゃうよ!」
 「アハハハハハ!」

 士王ちゃんは栞さんの腕の中でスヤスヤと寝ていた。
 バックミラーに映っている。
 カワイイ。

 花岡家に着き、栞さんは桜花さんに士王ちゃんを預けた。
 車を降りる。
 椿姫さんが一緒だ。
 どんな時でも、護衛として油断はしない。

 栞さんがインターホンを鳴らすと、すぐに裏手の門が開き、車を中へ入れる。
 斬さんが出て来て、嬉しそうな顔をした。

 「おじいちゃん! 来たよー!」
 「おう!」

 斬さんは、これまで見たことのないくらいの笑顔を浮かべた。
 前にタカさんから聞いてはいたが、あの鬼のように恐ろしい人が、本当の「おじいちゃん」になっていた。
 ゆっくりと、栞さんと士王ちゃんに近づいて来る。

 



 その時、斬さんがいつもの顔に戻った。

 「全員中へ入れ!」
 
 鋭い声で命じた。
 誰も、一瞬たりとも躊躇したり慌てたりはしない。
 速やかに家の中へ入った。

 「敵ですか!」
 「そうじゃ。しかも手練れじゃぞ」
 「分かりました」

 私も身構えた。
 残念ながら、まだ私には何も感じられない。
 戦場の経験が圧倒的に不足している。
 斬さんが、さっき私たちが入って来た門を見ている。
 私もそちらへ集中した。

 私にも分かった。
 突然圧力が高まり、次の瞬間、門が四散した。
 鋼鉄の重たい門だった。
 それが紙きれのように幾つもの破片になって散らばった。
 こちらへ向かってくる破片を、斬さんが腕を振って消失させた。

 二つの影が門を高速で走り抜け、左右に伸びて行った。
 私が右へ向かうと、斬さんは左を追う。
 覆面で顔を隠していた影が立ち止まり、こちらを向いた。
 覆面を取る。

 「「!」」

 私は驚き、恐らく斬さんも同じだったと思う。
 敵は栞さんのご両親、雅さんと菖蒲さんだった。

 二人は無表情だったが、同時にニヤリと笑った。

 「「業」にいじられたか!」

 斬さんの問いに、二人は何も答えなかった。
 
 「わしが動揺すると思ったか! バカめ!」

 斬さんは自分の前の雅さんに襲い掛かった。
 雅さんの身体から、黒い霧が湧いた。
 私の前の菖蒲さんも同じだった。
 私は「震花」を撃った。
 しかし、霧がそれを防いだか、何事も起こらなかった。

 「娘! 「螺旋花」を使え!」
 「はい!」

 私は菖蒲さんだったモノに襲い掛かる。
 斬さんも既に攻撃を始めた。
 雅さんも菖蒲さんも、黒い霧は別にして、攻撃力も防御力も、私たちには及ばなかった。
 まだ致命打は無いが、徐々に押していく。

 斬さんが雅さんの胸に「螺旋花」を撃ち込んだ。
 雅さんが後ろへ吹っ飛び、地面に突っ伏す。
 私も菖蒲さんの右足の腿に「螺旋花」を打ち込み、菖蒲さんが崩れた。
 追い打ちを掛けようとした時、急激に高まった圧を感じ、背中から激痛が走った。

 「娘!」

 斬さんが叫んでいるのが見えた。
 私は、急速に力を喪い、立っていることが困難になってきた。
 左の胸から、刀の刃先が飛び出している。
 咄嗟に僅かに攻撃をずらしたお陰で、心臓を抉られることを避けられた。
 まだ意識はある。
 私は力を振り絞った。

 「ウォォォォォーーー!」

 叫んで前に跳んだ。
 刃が抜けるのを感じた。
 斬さんが駆け寄って来る。

 斬さんが敵と交戦を始めたのが分かった。
 私は意識を保つのが精一杯だった。
 胸と背中から血が流れるが、自分の体内にもっと多くの血が流れているのを感じた。
 肺が血に満たされていく。
 このままでは呼吸が弱くなり、意識を喪ってしまう。
 薄れる意識の中で、敵の顔を見た。

 「タカさんに似ている! え、そんな、まさか!」

 初老の男だったが斬さんと同じで体力の衰えは全くない。
 そして、相当強い。
 あの斬さんが押し切れないでいる。
 斬さんが高速で手足を振るっているが、男は刀を手にいなしている。

 「お嬢さん、よく避けたね」

 敵の男が笑顔でそう言った。
 斬さんの凄まじい攻撃を捌きながら、余裕の声だった。
 その声もまた、聞き覚えがあった。

 「高虎の仕込みが良かったかな。あいつ、喧嘩だけは天才だったからなぁ」
 「あなたはまさか!」
 「虎影と申します。高虎が世話になっているようだね」
 「そ、そんな……」

 私は最後の力を振り絞った。
 もうタカさんがここにやって来る。
 でも、タカさんをこの人と戦わせてはならない。
 絶対にダメだ。

 「斬さん! 強い技を使います!」
 「娘、無理をするな!」
 「いいえ! この人は今ここで斃さないと!」
 
 虎影さんが笑った。
 私は肺に溜まっていただろう血を吐いて咳き込んだ。
 苦しかった。

 「あいつ、随分と遅いな。こんなにグズに育てた覚えは無いんだが」

 斬さんの攻撃を軽くいなしている。

 「目の前で殺してやろうかと思っていたが。俺にもあまり時間は無いんだがな」
 
 虎影さんが跳んで距離を取った。
 一挙に40m離れた。

 「娘! 来るぞ!」

 虎影さんが剣を振り上げた。
 こんな状況だが、その姿は神々しい程に美しかった。
 刀が裂帛の気合で振り下ろされた。
 斬さんが私を突き飛ばした。
 でも、剣先から拡がった黒い波が私に向かって来た。

 「娘ぇ!」
 
 斬さんが叫んだ声が聞こえたが、私の意識がその直後に沈んだ。
 自分の最後を覚悟した。
 誰かが私に触れるのを感じた。
 それが最後の意識だった。

 もう、目も見えず、何も感じなかった。

 「タカさん……」

 最後の吐息でそう呟いた。
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