1,312 / 2,859
虎の日本刀
しおりを挟む
麗星たちが帰った土曜日の午後。
俺は自分の寝室の絵画の掛け替えを考えていた。
双子悪魔にリャドを踏みつぶされて以来、ベッドの頭の絵画を何度か変えている。
鴨井玲の人物像にして、ブラマンクの花瓶の花にして、ビュッフェの静物画や小磯良平の人物画、ドラクロワのパリの街角なども掛けてみた。
一時的には面白いのだが、どうにも俺の寝室には似合わない。
あのリャドの「カンピン夫人」には到底及ばない。
俺が収蔵庫から絵を何枚も運んでいるので、柳と双子が興味を示して見に来た。
「見てもいいですかー」
ハーが言う。
「おう、いいぞ」
三人が部屋に入って来て、俺が拡げた絵を熱心に見る。
「お前らにぶっ壊されたからな!」
「「エヘヘヘヘヘ」」
双子悪魔が笑った。
「おい、なんか意見があったら言ってくれ」
三人が真剣に選び出した。
「あ! これいいよ!」
ハーが一枚を選んで他の二人に見せた。
「うん! いいね!」
「これ、絶対いいよ!」
速水健二の『青の虎』(第一作)だった。
「やっぱりこれか」
白い月の下に、仄かに青い桜。
舞い散る花びらの下に、青い虎が立っている。
僅かにこちらに向けた顔が精悍でいて優しい。
俺はその絵を壁に掛けてみた。
「いいよ!」
「最高だよ!」
「これはいいですね」
三人とも喜んだ。
俺は三人に手伝わせ、他の絵を仕舞い、また速水健二の絶筆の『青の虎』を出した。
俺の部屋で開いて見せた。
亜紀ちゃんと皇紀も来た。
「これは!」
「凄いよ!」
ルーとハーが叫んだ。
「これ、タカさんの顔ですよね!」
亜紀ちゃんが言った。
やはり、そう見えるか。
俺はこの絵を描いた速水健二の話をした。
以前に真夜と偶然に会った時に話したとも言った。
「真夜から聞いてない!」
亜紀ちゃんが怒る。
俺は笑って宥めた。
双子は、こっちの作品は素晴らし過ぎて毎日は見れないと言った。
俺もそう思う。
全身全霊を掛けて速水が描いた作品だ。
凄みがあり過ぎる。
三時になり、絵を片付けてお茶にした。
「タカさん、そういえば前に竹ノ内晴美の絵を見せてもらいましたよね?」
ルーが言った。
「ああ、見せたな」
「ああ!」
柳も思い出した。
亜紀ちゃんと皇紀は知らない。
ルーが二人に説明した。
「タカさんがもらった最後のデッサンは、K県の美術館にあるんですよね?」
「ああ、そうだ」
「見たい!」
ルーが言い、他の四人も是非見たいと言った。
俺がモデルになったと聞いたからだ。
「じゃあ、明日にでも出かけるか」
「「「「「はい!」」」」」
俺は念のために県立美術館に電話をし、竹ノ内晴美の絶筆と最後のデッサンを観れるか問い合わせた。
今も常設で掛けてあるという。
名前を聞かれ、名乗ると学芸員のその人は俺のことを知っていた。
「デッサンを寄贈下さった石神様ですよね?」
「ええ。そちらなら一番大事にして下さると思いまして」
「ありがとうございます! では、明日お待ちしております!」
俺も礼を言い、電話を切った。
翌日の日曜日。
ハマーで出掛けた。
葉山なので、2時間ほどだ。
珍しく子どもたちが美術に興味を持っている。
双子は以前からあったが、亜紀ちゃんと皇紀はまったくだ。
柳は俺の家に来てから興味を持つようになった。
亜紀ちゃんは「タカさんヒストリー」と銘打って大興奮だ。
まあ、理由はともあれ、美術に興味を持ったのは単純に嬉しい。
駐車場にハマーを入れ、俺たちは美術館の中へ入った。
企画展があったが、それも一通り眺める。
そして、目的の竹ノ内晴美の作品に向かった。
絶筆の他、数点が掛けられている。
子どもたちは、真っ先に絶筆を見た。
「凄いね!」
全員が呆気に取られていた。
まず、巨大な炎の柱が目を引く。
そしてその中心に立つ男。
離れて跪く女。
俺と竹ノ内晴美なのだろう。
天空の蓮の池が神々しい。
双子がお互いの耳元で囁き合っている。
「あ! これ!」
亜紀ちゃんが少し離れた場所にあったデッサンを見つけた。
竹ノ内晴美の最後のデッサンだった。
俺の顔、全身、そして日本刀を咥えた虎だ。
デッサンには説明文があり、俺の寄贈だということと、竹ノ内晴美の最後のモデルデッサンであることが記されていた。
末期がんの壮絶な痛みの中で俺のデッサンをし、絶筆を仕上げたと書かれている。
「タカさんの名前がありますね!」
亜紀ちゃんが喜んだ。
俺たちが見ていると、昨日電話を受けたという学芸員が来た。
名刺を交換する。
「素晴らしいデッサンです。絶筆ももちろん素晴らしいのですが、このデッサンこそ、竹ノ内晴美の真骨頂が伺えます」
「そうですか。本当に10分で描いたんですよ。まあ、その後でも手を入れたのでしょうが」
「そうなんですか!」
学芸員が驚いていた。
知らない情報のようだった。
俺は竹ノ内晴美のアトリエに呼ばれた経緯を話した。
「石神さんがモデルだということは存じておりました。竹ノ内晴美の日記にも書かれていますので」
「そうですか」
「人生の最後に、最高のモデルを得て最高の絵を描けた喜びが綴られていました」
学芸員は俺に様々な話をしてくれた。
「タカさん! これ!」
ハーが叫ぶ。
俺は静かにしろと窘めた。
俺を呼んでいるので近寄ると、虎のデッサンを指差している。
俺はよく見ようと近付いた。
「!」
虎が口に咥えている日本刀の握り近くに、「五芒星」が描かれていた。
反対の先はぼやけていて見えない。
まさしく、「五芒虎王」だった。
俺は学芸員に写真を撮っても良いか尋ねた。
「普段は撮影禁止なのですが、私が同席しているから結構ですよ。他ならぬ石神さんですし」
俺は礼を言い、柳にスマホで絶筆とデッサンの写真を撮らせた。
学芸員には外には出さないと約束する。
俺たちは礼を言って出た。
遅くなったランチは、地中海レストランに入った。
ハラペコの餓狼たちが、店ごと喰う勢いで食べた。
「「本日のスープ」が無くなりました」
「じゃあ、「明日のスープ」を!」
「リブロースステーキはもう」
「他の部分を!」
「ブイヤベースはディナーのみでございまして」
「じゃあ、夜まで居座るよ!」
もう二度と来ないでくれと言われた。
でも、子どもたちは大満足だった。
結構、衝撃的な発見があったのだが。
素晴らしい芸術を見たはずなのだが。
でも、俺も大満足でみんなで楽しく歌いながら帰った。
俺は自分の寝室の絵画の掛け替えを考えていた。
双子悪魔にリャドを踏みつぶされて以来、ベッドの頭の絵画を何度か変えている。
鴨井玲の人物像にして、ブラマンクの花瓶の花にして、ビュッフェの静物画や小磯良平の人物画、ドラクロワのパリの街角なども掛けてみた。
一時的には面白いのだが、どうにも俺の寝室には似合わない。
あのリャドの「カンピン夫人」には到底及ばない。
俺が収蔵庫から絵を何枚も運んでいるので、柳と双子が興味を示して見に来た。
「見てもいいですかー」
ハーが言う。
「おう、いいぞ」
三人が部屋に入って来て、俺が拡げた絵を熱心に見る。
「お前らにぶっ壊されたからな!」
「「エヘヘヘヘヘ」」
双子悪魔が笑った。
「おい、なんか意見があったら言ってくれ」
三人が真剣に選び出した。
「あ! これいいよ!」
ハーが一枚を選んで他の二人に見せた。
「うん! いいね!」
「これ、絶対いいよ!」
速水健二の『青の虎』(第一作)だった。
「やっぱりこれか」
白い月の下に、仄かに青い桜。
舞い散る花びらの下に、青い虎が立っている。
僅かにこちらに向けた顔が精悍でいて優しい。
俺はその絵を壁に掛けてみた。
「いいよ!」
「最高だよ!」
「これはいいですね」
三人とも喜んだ。
俺は三人に手伝わせ、他の絵を仕舞い、また速水健二の絶筆の『青の虎』を出した。
俺の部屋で開いて見せた。
亜紀ちゃんと皇紀も来た。
「これは!」
「凄いよ!」
ルーとハーが叫んだ。
「これ、タカさんの顔ですよね!」
亜紀ちゃんが言った。
やはり、そう見えるか。
俺はこの絵を描いた速水健二の話をした。
以前に真夜と偶然に会った時に話したとも言った。
「真夜から聞いてない!」
亜紀ちゃんが怒る。
俺は笑って宥めた。
双子は、こっちの作品は素晴らし過ぎて毎日は見れないと言った。
俺もそう思う。
全身全霊を掛けて速水が描いた作品だ。
凄みがあり過ぎる。
三時になり、絵を片付けてお茶にした。
「タカさん、そういえば前に竹ノ内晴美の絵を見せてもらいましたよね?」
ルーが言った。
「ああ、見せたな」
「ああ!」
柳も思い出した。
亜紀ちゃんと皇紀は知らない。
ルーが二人に説明した。
「タカさんがもらった最後のデッサンは、K県の美術館にあるんですよね?」
「ああ、そうだ」
「見たい!」
ルーが言い、他の四人も是非見たいと言った。
俺がモデルになったと聞いたからだ。
「じゃあ、明日にでも出かけるか」
「「「「「はい!」」」」」
俺は念のために県立美術館に電話をし、竹ノ内晴美の絶筆と最後のデッサンを観れるか問い合わせた。
今も常設で掛けてあるという。
名前を聞かれ、名乗ると学芸員のその人は俺のことを知っていた。
「デッサンを寄贈下さった石神様ですよね?」
「ええ。そちらなら一番大事にして下さると思いまして」
「ありがとうございます! では、明日お待ちしております!」
俺も礼を言い、電話を切った。
翌日の日曜日。
ハマーで出掛けた。
葉山なので、2時間ほどだ。
珍しく子どもたちが美術に興味を持っている。
双子は以前からあったが、亜紀ちゃんと皇紀はまったくだ。
柳は俺の家に来てから興味を持つようになった。
亜紀ちゃんは「タカさんヒストリー」と銘打って大興奮だ。
まあ、理由はともあれ、美術に興味を持ったのは単純に嬉しい。
駐車場にハマーを入れ、俺たちは美術館の中へ入った。
企画展があったが、それも一通り眺める。
そして、目的の竹ノ内晴美の作品に向かった。
絶筆の他、数点が掛けられている。
子どもたちは、真っ先に絶筆を見た。
「凄いね!」
全員が呆気に取られていた。
まず、巨大な炎の柱が目を引く。
そしてその中心に立つ男。
離れて跪く女。
俺と竹ノ内晴美なのだろう。
天空の蓮の池が神々しい。
双子がお互いの耳元で囁き合っている。
「あ! これ!」
亜紀ちゃんが少し離れた場所にあったデッサンを見つけた。
竹ノ内晴美の最後のデッサンだった。
俺の顔、全身、そして日本刀を咥えた虎だ。
デッサンには説明文があり、俺の寄贈だということと、竹ノ内晴美の最後のモデルデッサンであることが記されていた。
末期がんの壮絶な痛みの中で俺のデッサンをし、絶筆を仕上げたと書かれている。
「タカさんの名前がありますね!」
亜紀ちゃんが喜んだ。
俺たちが見ていると、昨日電話を受けたという学芸員が来た。
名刺を交換する。
「素晴らしいデッサンです。絶筆ももちろん素晴らしいのですが、このデッサンこそ、竹ノ内晴美の真骨頂が伺えます」
「そうですか。本当に10分で描いたんですよ。まあ、その後でも手を入れたのでしょうが」
「そうなんですか!」
学芸員が驚いていた。
知らない情報のようだった。
俺は竹ノ内晴美のアトリエに呼ばれた経緯を話した。
「石神さんがモデルだということは存じておりました。竹ノ内晴美の日記にも書かれていますので」
「そうですか」
「人生の最後に、最高のモデルを得て最高の絵を描けた喜びが綴られていました」
学芸員は俺に様々な話をしてくれた。
「タカさん! これ!」
ハーが叫ぶ。
俺は静かにしろと窘めた。
俺を呼んでいるので近寄ると、虎のデッサンを指差している。
俺はよく見ようと近付いた。
「!」
虎が口に咥えている日本刀の握り近くに、「五芒星」が描かれていた。
反対の先はぼやけていて見えない。
まさしく、「五芒虎王」だった。
俺は学芸員に写真を撮っても良いか尋ねた。
「普段は撮影禁止なのですが、私が同席しているから結構ですよ。他ならぬ石神さんですし」
俺は礼を言い、柳にスマホで絶筆とデッサンの写真を撮らせた。
学芸員には外には出さないと約束する。
俺たちは礼を言って出た。
遅くなったランチは、地中海レストランに入った。
ハラペコの餓狼たちが、店ごと喰う勢いで食べた。
「「本日のスープ」が無くなりました」
「じゃあ、「明日のスープ」を!」
「リブロースステーキはもう」
「他の部分を!」
「ブイヤベースはディナーのみでございまして」
「じゃあ、夜まで居座るよ!」
もう二度と来ないでくれと言われた。
でも、子どもたちは大満足だった。
結構、衝撃的な発見があったのだが。
素晴らしい芸術を見たはずなのだが。
でも、俺も大満足でみんなで楽しく歌いながら帰った。
1
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる