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百家訪問
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11月の文化の日は火曜日だった。
俺は月曜日を休暇とし、4連休を取った。
以前から計画していたことを実行するためだ。
響子を島根県の「百家」に連れて行く。
12歳となった響子は、体力を増して来た。
ベッドに縛られる一生は仕方が無いが、以前よりも体力が出て来ている。
一か月前から、響子の状態は詳細に観察してきた。
先日も徹底的な検査をし、体調が万全であることは確認している。
もちろん、響子にも旅行の話はし、ロックハート家の静江さんにも許可は得ている。
響子の存在には秘密がある。
そう感じたのは随分と前だが、直接の切っ掛けは、数年前に響子と同じ夢を見たことだ。
美しい蝶が石楠花の花の上を舞っているという柄の着物の女性が出て来た。
それと、先日宇宙人が言っていた「光の女王」という言葉。
あの時はしらばっくれていたが、俺はその言葉を聞いていた。
六花が夢で見たのだと言っていたのだ。
自分が10代の時に死に掛けた経験。
運送会社で働いていた六花は、大雪の日の配達で肺炎を起こし掛けた。
最初に聞いた時には、ただの冷えと疲労のためにそうなったということだった。
しかし、その時のことを夢で思い出し、妖魔に襲われたことが分かった。
その妖魔が「光の女王を殺すことが出来るかもしれない」と言っていた。
どちらも、響子を指す言葉のようだ。
響子自身に聞いてみた。
響子は「分からない」と言っていた。
だが、何か隠していると俺は感じた。
響子にも確信はないのだろうが、思い当たる節がある。
そう、俺は感じた。
それが何かは分からない。
俺を取り巻くろくでもない状況。
これは響子を中心として起きているのではないか、俺は以前からそういう予感があった。
現実的には俺の不徳が招いているが、ずっと奥底では響子に繋がっている。
俺はそういう予感を確かめるために、響子を静江さんの実家である百神大社に連れて行くことを考えていた。
響子の体調の問題や、俺自身の様々な状況があり、これまで実現出来なかった。
いや、俺自身が確信を得ることを恐れていたのかもしれない。
俺は決意し、いよいよこの異常な状況の根幹を知ろうと思った。
まあ、響子に静江さんの故郷を見せたいという気持ちもある。
六花にも話し、六花も同行をせがんで来た。
気持ちは分かるが、今回はどんな話が出て、どんなことになるのかも分からない。
だから六花は連れて行かない。
随分と泣きつかれたが、頑として譲らなかった。
六花は「100チンチン券」を作って来た。
六花が望めばいつでも使えるチンチン券だ。
一江に頼んで作ってもらったらしい。
俺は笑って全部にサインをしてやった。
六花がニコニコしていた。
10月31日土曜日。
俺は朝に響子の部屋へ行った。
朝食を食べており、六花がやはりいた。
「いってらっしゃい」
「ああ、お前もゆっくりしろよ」
「はい」
六花を抱き寄せ、キスをした。
響子が急いで歯を磨き、俺にキスをせがんだ。
六花ともする。
六花が響子を着替えさせ、響子の寝間着などを入れたカバンを持った。
一緒にハマーまで付いて来る。
「じゃあ、行って来るな」
「はい、御気を付けて」
「六花、すぐに帰って来るね!」
「うん、待ってます」
俺たちは出発した。
日野の横田空軍基地に向かっている。
響子の体力を考え、普通の交通機関での移動以外の方法で行く。
「タイガー・ファング」だ。
以前にアメリカへ響子を連れて行く時に使用した、超々音速機だ。
前回同様に響子のための「特殊ポッド」を積んでいる。
「響子、大人しいな」
響子は俺の隣でクッションに包まれている。
ベージュの厚手の綿のブラウスと、同じベージュのスカートを履いている。
革の薄手のジャケットは後ろのシートに置いてある。
「うん」
「なんだ、緊張してるのか」
「うん」
俺は笑って、響子の頭を撫でた。
「お前には初めての人たちだけどな。でも静江さんのご両親と兄弟たちだ。みんなお前に会いたがっているぞ」
「うん」
「なんだ、タカトラのヨメがビビってるのか?」
「うん」
俺は笑った。
「何のこともないよ。響子はしっかりと向こうで皆さんを見て、静江さんに教えてやれよ」
「!」
「静江さんは二度と会いに行けない。懐かしくて会いたくてしょうがないのにな。だからお前が代わりに行って、どうしているのかを伝えてあげろよ」
「うん、分かった!」
響子の顔が明るくなった。
「石神様、お待ちしておりました」
青嵐、紫嵐が出迎えてくれた。
響子も顔は知っているので、挨拶する。
「元気そうだな!」
「はい! この機の操縦の他は、ちゃんと戦闘訓練もしてます」
「そうか」
「でも、石神様のためにこの機を操縦するのが一番の楽しみです」
「ありがとうな!」
青嵐がハマーを積み込み、紫嵐が機体のチェックを始めた。
基地の人間とはゲート以外は顔を合わせていない。
機密の多い機体であり、俺たちであった。
今日の機体は「タイガー・ファング」の「リフター(輸送)タイプ」だ。
俺の改造ハマーH2を乗せることが出来る。
そのため機体は寸詰まりのクジラのような不格好さだ。
デザイン部門の人間に文句を言いたい。
俺は乗客スペースの一角で響子の服を脱がせ、ポッドに入れた。
「すぐに出してやるからな」
「うん。でもこの中、気持ちいよ?」
「そうか」
俺は笑ってポッドの蓋を閉じた。
ハマーの固定も終わり、出発準備が整った。
「御用意は宜しいでしょうか」
操縦席からスピーカーで尋ねて来た。
「ああ、出発してくれ」
若干の浮遊感があり、一定のGを感じる。
ある特殊なプラズマ技術によって、内部ではそれほどのGは発生しない。
響子をポッドに入れるのは、不測の事態に備えてだ。
マッハ300で航行する機体に何かあれば、凄まじいGで内部の人間は耐えられない。
俺や青嵐たちは「花岡」の技で守れるが、響子は違う。
3分後。
島根の上空に着いたことを知らされた。
機体はこの日のために用意された、宍道湖脇の山中にある着陸場に降りた。
俺はポッドから響子を出し、身体を拭いて服を着させた。
紫嵐がハマーの固定のハーネスを外し、車を外に出す。
整地し、アスファルトを敷き詰めただけの場所だ。
一応、仮設の二階建ての木造の建物がある。
偽装のつもりだが、俺は気になって中を見た。
畜舎をイメージしているようだ。
なるほど、近くには草地もあり、山頂の牧場のつもりなのだろう。
「あ?」
二階建てだが、昇る階段がねぇ。
入り口から青嵐が入って来る。
「どうかされましたか?」
「ああ、どういう偽装かと思ったんだけどよ」
「はい」
「畜舎らしいけど、どこにも二階に上がる階段がねぇ」
「あぁ!」
青嵐も見渡して確認した。
「ありませんね!」
「手抜きの工事をしやがって。どこの連中だ?」
「調べます! 申し訳ありません!」
青嵐のせいではまったくないのだが、自分が謝った。
優秀な人間の証拠だ。
「まあいいけどよ。じゃあ、あさってのこの時間にまたな」
「はい! 御気を付けていってらっしゃいませ」
俺と響子はハマーで出発した。
響子の緊張は解けたようだ。
ニコニコしている。
「なんか、懐かしい気がする!」
そう言った。
さっきまでの響子とは違う。
俺は何かが始まっていると感じた。
俺は月曜日を休暇とし、4連休を取った。
以前から計画していたことを実行するためだ。
響子を島根県の「百家」に連れて行く。
12歳となった響子は、体力を増して来た。
ベッドに縛られる一生は仕方が無いが、以前よりも体力が出て来ている。
一か月前から、響子の状態は詳細に観察してきた。
先日も徹底的な検査をし、体調が万全であることは確認している。
もちろん、響子にも旅行の話はし、ロックハート家の静江さんにも許可は得ている。
響子の存在には秘密がある。
そう感じたのは随分と前だが、直接の切っ掛けは、数年前に響子と同じ夢を見たことだ。
美しい蝶が石楠花の花の上を舞っているという柄の着物の女性が出て来た。
それと、先日宇宙人が言っていた「光の女王」という言葉。
あの時はしらばっくれていたが、俺はその言葉を聞いていた。
六花が夢で見たのだと言っていたのだ。
自分が10代の時に死に掛けた経験。
運送会社で働いていた六花は、大雪の日の配達で肺炎を起こし掛けた。
最初に聞いた時には、ただの冷えと疲労のためにそうなったということだった。
しかし、その時のことを夢で思い出し、妖魔に襲われたことが分かった。
その妖魔が「光の女王を殺すことが出来るかもしれない」と言っていた。
どちらも、響子を指す言葉のようだ。
響子自身に聞いてみた。
響子は「分からない」と言っていた。
だが、何か隠していると俺は感じた。
響子にも確信はないのだろうが、思い当たる節がある。
そう、俺は感じた。
それが何かは分からない。
俺を取り巻くろくでもない状況。
これは響子を中心として起きているのではないか、俺は以前からそういう予感があった。
現実的には俺の不徳が招いているが、ずっと奥底では響子に繋がっている。
俺はそういう予感を確かめるために、響子を静江さんの実家である百神大社に連れて行くことを考えていた。
響子の体調の問題や、俺自身の様々な状況があり、これまで実現出来なかった。
いや、俺自身が確信を得ることを恐れていたのかもしれない。
俺は決意し、いよいよこの異常な状況の根幹を知ろうと思った。
まあ、響子に静江さんの故郷を見せたいという気持ちもある。
六花にも話し、六花も同行をせがんで来た。
気持ちは分かるが、今回はどんな話が出て、どんなことになるのかも分からない。
だから六花は連れて行かない。
随分と泣きつかれたが、頑として譲らなかった。
六花は「100チンチン券」を作って来た。
六花が望めばいつでも使えるチンチン券だ。
一江に頼んで作ってもらったらしい。
俺は笑って全部にサインをしてやった。
六花がニコニコしていた。
10月31日土曜日。
俺は朝に響子の部屋へ行った。
朝食を食べており、六花がやはりいた。
「いってらっしゃい」
「ああ、お前もゆっくりしろよ」
「はい」
六花を抱き寄せ、キスをした。
響子が急いで歯を磨き、俺にキスをせがんだ。
六花ともする。
六花が響子を着替えさせ、響子の寝間着などを入れたカバンを持った。
一緒にハマーまで付いて来る。
「じゃあ、行って来るな」
「はい、御気を付けて」
「六花、すぐに帰って来るね!」
「うん、待ってます」
俺たちは出発した。
日野の横田空軍基地に向かっている。
響子の体力を考え、普通の交通機関での移動以外の方法で行く。
「タイガー・ファング」だ。
以前にアメリカへ響子を連れて行く時に使用した、超々音速機だ。
前回同様に響子のための「特殊ポッド」を積んでいる。
「響子、大人しいな」
響子は俺の隣でクッションに包まれている。
ベージュの厚手の綿のブラウスと、同じベージュのスカートを履いている。
革の薄手のジャケットは後ろのシートに置いてある。
「うん」
「なんだ、緊張してるのか」
「うん」
俺は笑って、響子の頭を撫でた。
「お前には初めての人たちだけどな。でも静江さんのご両親と兄弟たちだ。みんなお前に会いたがっているぞ」
「うん」
「なんだ、タカトラのヨメがビビってるのか?」
「うん」
俺は笑った。
「何のこともないよ。響子はしっかりと向こうで皆さんを見て、静江さんに教えてやれよ」
「!」
「静江さんは二度と会いに行けない。懐かしくて会いたくてしょうがないのにな。だからお前が代わりに行って、どうしているのかを伝えてあげろよ」
「うん、分かった!」
響子の顔が明るくなった。
「石神様、お待ちしておりました」
青嵐、紫嵐が出迎えてくれた。
響子も顔は知っているので、挨拶する。
「元気そうだな!」
「はい! この機の操縦の他は、ちゃんと戦闘訓練もしてます」
「そうか」
「でも、石神様のためにこの機を操縦するのが一番の楽しみです」
「ありがとうな!」
青嵐がハマーを積み込み、紫嵐が機体のチェックを始めた。
基地の人間とはゲート以外は顔を合わせていない。
機密の多い機体であり、俺たちであった。
今日の機体は「タイガー・ファング」の「リフター(輸送)タイプ」だ。
俺の改造ハマーH2を乗せることが出来る。
そのため機体は寸詰まりのクジラのような不格好さだ。
デザイン部門の人間に文句を言いたい。
俺は乗客スペースの一角で響子の服を脱がせ、ポッドに入れた。
「すぐに出してやるからな」
「うん。でもこの中、気持ちいよ?」
「そうか」
俺は笑ってポッドの蓋を閉じた。
ハマーの固定も終わり、出発準備が整った。
「御用意は宜しいでしょうか」
操縦席からスピーカーで尋ねて来た。
「ああ、出発してくれ」
若干の浮遊感があり、一定のGを感じる。
ある特殊なプラズマ技術によって、内部ではそれほどのGは発生しない。
響子をポッドに入れるのは、不測の事態に備えてだ。
マッハ300で航行する機体に何かあれば、凄まじいGで内部の人間は耐えられない。
俺や青嵐たちは「花岡」の技で守れるが、響子は違う。
3分後。
島根の上空に着いたことを知らされた。
機体はこの日のために用意された、宍道湖脇の山中にある着陸場に降りた。
俺はポッドから響子を出し、身体を拭いて服を着させた。
紫嵐がハマーの固定のハーネスを外し、車を外に出す。
整地し、アスファルトを敷き詰めただけの場所だ。
一応、仮設の二階建ての木造の建物がある。
偽装のつもりだが、俺は気になって中を見た。
畜舎をイメージしているようだ。
なるほど、近くには草地もあり、山頂の牧場のつもりなのだろう。
「あ?」
二階建てだが、昇る階段がねぇ。
入り口から青嵐が入って来る。
「どうかされましたか?」
「ああ、どういう偽装かと思ったんだけどよ」
「はい」
「畜舎らしいけど、どこにも二階に上がる階段がねぇ」
「あぁ!」
青嵐も見渡して確認した。
「ありませんね!」
「手抜きの工事をしやがって。どこの連中だ?」
「調べます! 申し訳ありません!」
青嵐のせいではまったくないのだが、自分が謝った。
優秀な人間の証拠だ。
「まあいいけどよ。じゃあ、あさってのこの時間にまたな」
「はい! 御気を付けていってらっしゃいませ」
俺と響子はハマーで出発した。
響子の緊張は解けたようだ。
ニコニコしている。
「なんか、懐かしい気がする!」
そう言った。
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俺は何かが始まっていると感じた。
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