上 下
1,281 / 2,840

顕さんのブランニューデイ

しおりを挟む
 「お帰りなさーい!」

 俺は玄関に出迎えたロボを抱えてリヴィングに上がった。
 双子は大量の土産を抱えて後から昇って来る。

 「なんですか、これ!」
 
 亜紀ちゃんが驚いた。
 双子が江の島土産だと言い、食材や風鈴などを開いていく。
 亜紀ちゃんが喜んで柳と皇紀を呼んだ。

 「美味しそう!」
 「素敵ですね」
 「綺麗だー」

 5時になり、そろそろ夕食の支度だが、子どもたちは土産を夢中で観ていた。

 「おい、なんか作れ!」
 「はーい!」

 今日は豚の生姜焼きだったが、食べたい奴はかき揚げ丼を食べた。
 
 家の固定電話が鳴った。
 皇紀がハーに蹴られて出る。

 「タカさん! 顕さんですよ!」
 「おう!」

 電話に出た。

 「石神くん! 久し振り!」
 「本当ですね! お元気ですか?」
 「ああ! あ、今は丁度君の家では食事の時間か?」
 「大丈夫ですよ。俺は終わってますから」
 「そうか」
 
 顕さんは今仕事が終わった所のようだ。
 丁度、フィリピンは午後5時くらいなのだろう。

 「年末にね、一度日本へ帰ろうと思ってるんだよ」
 「本当ですか! 是非うちに来てください!」
 「ありがとう。そうさせてもらいたいよ」
 「絶対ですよ! あ! 別荘に行きましょう!」
 「ほんとか! それは嬉しいな!」
 「去年、1月に別荘に行ったんです。雪景色でいいですよ!」
 「ああ、楽しみだなぁ!」

 少し近況を話し合った。

 「それでね、ああ、どうしようかな」
 「どうしたんですか?」

 顕さんが言い淀んでいた。

 「実はね、僕の他にもう一人連れて行きたいんだ」
 「構いませんが、どなたです?」
 「あのね、付き合ってる女性がいてね」
 「エェー!」

 俺は驚いて叫んでしまった。

 「石神くん! ちょっと、困るよ!」
 「何がですか! 大変なことじゃないですか!」
 「そんな! あのさ、まだ付き合い始めたばかりで、その、なんだ、あれだよ」
 「なんですか!」

 俺は笑った。
 顕さんが珍しく照れている。

 「あのさ、ゆくゆくはと考えてはいるんだけど。どうもなぁ、困ったな」
 「おめでとうございます!」

 俺は受話器を手で塞ぎ、顕さんに彼女が出来たと子どもたちに言った。

 「「「「「おめでとうございます!」」」」」

 俺が向けた受話器に、全員が叫んだ。

 「おい、困るって!」
 「絶対に連れて来て下さいね!」
 「分かったよ。宜しくね」
 「はい! それで、どういう人なんですか?」

 顕さんが恥ずかしがってなかなか話してくれない。
 
 「あのね、ちょっと年が離れているんだよ」
 「そうなんですか! いいじゃないですか!」
 「相手はフィリピン人なんだ。モニカ・サラザールというんだけど」
 「へぇー! 綺麗な名前ですね!」
 「うん。今30歳なんだ」
 「若くていいじゃないですか!」
 「いや、僕は今54歳だからね。大分離れてる」
 「関係ないですよ! でも嬉しいな、顕さんが女性と付き合うなんて!」
 「まあ、自分でも驚いているよ」

 顕さんが、少しずつ話してくれた。

 「うちの設計で事務をやってくれている人なんだ。現地で募集して、日本語が出来る人ということで、彼女を雇ったんだよ」
 「なるほど」
 「真面目な人でね。僕の仕事なんかも随分と手伝ってくれて」
 「へぇー!」
 「結構苦労をした人なんだ。ご両親が子どもの頃に亡くなってしまって。自分で働きながら日本語を勉強したそうだよ」
 「そうですか」
 「いつか日本に行きたいと思っていたそうだけど」
 「じゃあ、顕さんがその夢を叶えるんですね!」
 「まあ、そういうことになるんだが」

 余り長く話しては迷惑だろう。
 俺はまた今度詳しく聞かせて欲しいと頼んだ。

 「ああ、写真を送ってくださいよ!」
 「ええ、恥ずかしいよ」
 「いいじゃないですか! みんな絶対に見たがりますから!」
 「うーん、まあ分かったよ」

 約束して電話を切った。
 顕さんのことだ、すぐに送ってくれるのだろう。

 



 「あれ、タカさん、泣いてるんですか!」

 亜紀ちゃんに言われた。

 「ばかやろう! そんなわけあるか!」
 「だって……」

 自分が泣いていることに気付かなかった。

 「ちょっと出掛けて来る」
 「え! こんな時間に?」
 
 俺はベンツのキーを持ってガレージに行った。
 顕さんと再会した時に乗っていた車だ。





 1時間後、奈津江の墓の前にいた。
 途中で閉店寸前の花屋に寄って、何とか花を作ってもらった。

 墓石は柳がいつも綺麗にしてくれている。
 花は流石に枯れていた。
 月に二回程度のことだから、仕方が無い。
 花を抜いて洗い、新しい花を活けた。
 線香を焚き、「般若心経」を唱える。

 「奈津江! さっき聞いたんだ!」

 俺は顕さんに彼女が出来たと報告した。

 「びっくりしたよ! でも、本当に良かったな!」

 俺はしばらく奈津江に語り掛けた。

 「お前の夢が叶ったな! 顕さん、やっと新しい人生に踏み込んでくれたよなー」

 一時間も、そうして奈津江に向かって話した。

 「じゃあ、そろそろ帰るな。ああ、日本へ来たらきっとここにも来るだろう。お前も見てみろよ」

 俺は笑った。

 「写真を送ってくれって頼んだんだ。でも、見なくてもわかるよ! 絶対に奈津江に似ている! な、そう思うだろ?」

 墓石をポンポンと叩いた。

 「あ、すみません。お父さんたちもいるんですよね?」

 俺は笑いながら去った。





 家に戻ると、子どもたちがまだリヴィングにいた。
 俺はサンルームのパソコンを立ち上げ、メールをチェックした。
 顕さんからのものが届いていた。
 俺は添付されていた写真を見た。
 子どもたちを呼んだ。
 みんなで見た。




 やはり、奈津江に似ていた。
 大きな目で可愛らしく笑っている。

 隣で、顕さんが幸せそうに笑っていた。 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...