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青森 ねぶた祭 Ⅲ

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 翌朝。
 10時頃に佐藤先輩に揺り起こされた。

 「石神、そろそろ起きろ」
 「え、あ、はい」

 多少頭が痛むが、それほど酷い二日酔いでは無かった。
 もちろん、佐藤先輩は何の変化もない。

 「少し飲ませ過ぎたな、すまん」
 「いや、少しって量じゃ」
 「ワハハハハハ!」
 「アハハハハハ!」

 俺も笑った。

 下に降りて、遅い朝食を頂いた。
 塩辛に味噌汁だけだ。

 「このくらいでいいだろう。もうすぐ昼で、木村が来るんだ」
 「ああ、そうですか!」

 食事の後で顔を洗い、着替えた。
 昼食までの間、佐藤先輩と将棋をした。
 学生時代から、二人でよく将棋を指した。
 悪いが、一度も負けたことが無い。
 
 「お前はいつまで経っても先輩を立てるってことを学ばねぇな!」
 「アハハハハハ!」

 昼前に木村が来た。
 一緒に外へ連れられ、寿司をご馳走になる。
 やはり格別に美味い。
 少し飲もうと言う佐藤先輩を、木村と二人で必死に止めた。

 「木村、夕べよ。日本酒を13本空けたんだぞ!」
 「何! お前よく平気だな!」
 「ばかやろう! 俺が潰れた後でまた佐藤先輩が独りで飲んでんだ! だらけてられねぇだろう!」
 「ワハハハハハ!」

 佐藤先輩は、あの後で2本空けたと言った。
 木村と呆れた。

 「肝臓壊したら、俺が治しますからね」
 「宜しくな!」

 怪物のような人だ。

 三人で祭りの出店が立ち始める街を散策し、また家に戻った。

 「少し寝よう。今晩は《跳ねる》からな!」
 「?」

 木村は承知しているようだ。
 さっさと用意された布団に横になって目を閉じた。
 俺も疲れていたので、すぐに木村の横で眠った。

 5時頃に起こされ、夕飯を頂いた。
 魚の寄せ鍋だった。
 味噌が絶妙に美味く、木村と大分多く頂いた。

 佐藤先輩が浴衣を貸してくれ、木村も持って来た浴衣を着た。
 花笠を俺に被せ、赤い布を両肩に巻いてくれる。
 木村は自分でやっていた。

 「いてぇ!」

 安全ピンが俺の横腹に刺さった。

 「ああ、悪ぃ!」

 佐藤先輩が笑って言った。
 鈴を付けてくれているようだった。
 しかも、百以上ある。

 「石神はいい男だからな。きっと大勢に鈴をねだられるぞ」
 「はい?」

 木村は笑って「そうでしょうね」と言った。
 佐藤先輩も自分で用意をし、木村が鈴を付けるのを手伝った。
 俺よりも大分少ない。

 「よし、行こうか!」
 「「はい!」」

 俺たちは佐藤先輩のご両親に見送られ、家を出た。

 



 まだ陽は明るかったが、既に祭りは始まっているようだった。
 長い紐が張られ、みんなが跨いで跳ねている。

 「「ラッセーラッセーラッセイラ!」って言いながら跳ぶんだ」

 木村がやってみせた。
 片足ずつ跳んで、跳ぶ足を入れ替える。
 単純だが面白い。
 しばらく木村と一緒にやっていると、佐藤先輩が満足そうに頷いた。

 「暗くなると、山車が出て来る。そこからが本番だ」
 「ああ、あの勇壮な山車ですね!」
 「それまで、軽く飲んでるか」

 俺と木村は笑って「仕方ねぇ」と言った。

 おでんの出店でコップ酒を飲む。
 佐藤先輩はグイグイと飲んでたが、俺と木村はゆっくりと飲んだ。




 やがて日が暮れ、多くの人で賑わって来た。
 沿道の両側には観光客も出て来る。

 一際明るいものが近付いて来た。
 ねぶたの山車だ。

 「行くぞ!」
 「「はい!」」

 俺たちは踊る「跳人」の中に入り、一緒に跳ねた。
 
 《ラッセーラッセーラッセイラ!》

 声を張り上げながら、跳ねる。
 楽しかった。
 佐藤先輩が俺を振り向いて笑った。
 俺も木村を向くと、木村も笑っていた。

 《ラッセーラッセーラッセイラ!》

 何時間もそうやって跳ね続ける。
 俺が多分、一番体力があったのだが、最初に潰れた。

 「佐藤先輩! 石神が限界です!」
 「おう!」

 二人に脇に連れて行かれた。
 足が痺れている。

 「すいません! でも楽しかったですよ!」
 「そうか!」

 木村がビールを抱えて持って来た。
 三人で飲む。
 美味かった。

 「少し休んでから、またやるぞ!」
 「「はい!」」

 歩道に置かれたベンチに座り、祭りを眺めた。
 
 「あの「ラッセーラー」というのはな。元々は「蝋燭を出せ」という意味だったらしい」
 「へぇー、そうなんですか」
 「ほら、石神。あの美しく輝く山車な。あれは昔は蝋燭の灯だったんだよ」
 「なるほど」
 「でかい山車にはたくさんの蝋燭が必要だ。だから、必死で集めたんだな。もちろん、今は電灯だけどな」
 「はい」

 俺たちはしばらく、美しく輝きながら練り歩く山車を見た。

 「あの掛け声で、あの山車が輝くんだ」
 「はい」
 「お前、思い切り輝かせてやれよ」
 「!」
 「あの世でよ。きっとあいつは喜んで見てくれるよ。紺野は綺麗なものが大好きだったよな」
 「はい!」

 俺たちはまた、一緒に跳ねた。
 俺も精一杯に叫んで精一杯に跳ねた。

 途中で木村が休みながらやれと言った。
 跳ねる高さを低くして、その代わりに「粋」な感じでやるんだと教えてくれた。

 「お前よ」
 「なんだ?」
 「もっと早く教えてくれよ!」
 「アハハハハハ!」

 俺はそうやって休みながら跳ねた。




 祭りが終盤になり、いよいよ盛り上がって来た。
 最後の力を振り絞り、みんなが思い切り跳ねた。




 くたくたになって、佐藤さんの家に戻った。
 ご両親が明るく出迎えてくれる。

 風呂を頂き、俺たちはまた豪華な食事を頂いた。
 遅い時間まで待っていてくれ、申し訳なかった。

 「楽しんで来られましたか?」
 「はい! それはもう!」

 俺がそう言うと、佐藤先輩のお母さんが笑った。

 風呂を頂き、また佐藤先輩の部屋で飲んだ。
 しかし、その晩は佐藤先輩が早々に潰れた。

 「あれ?」

 木村が訝しむ。

 「夕べ、目一杯に飲んだしな。それに、祭りで思い切り跳ねてくれたんだろうよ」
 「くれたって?」

 「俺のためだ。佐藤先輩は、山車を輝かせるために、精一杯に跳ねてくれたんだよ」
 「ああ、紺野のためか」
 
 俺はその名前が出ても、もう涙は出なかった。

 「そう言えばよ、やっぱり石神の鈴は全部無くなったな」
 「なんだ? そういうものじゃないのか?」
 「ばかやろう! 俺も佐藤先輩も全然だっただろう!」
 「そうか?」

 祭りの最中、特に終わった直後に女性に囲まれた。
 俺の浴衣の鈴を欲しがったので、自由に取らせた。

 もみくちゃにされたので、よく覚えてはいない。

 


 一つだけ。

 「これは私のだよね!」

 そう言って、俺の胸元につけられた鈴を持って行った声を覚えている。
 他の声はよく分からなかった。

 奈津江の声に似ていたようにも思う。
 



 その鈴だけは、俺が自分で付けたものだった。
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