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道間家: 霊素の探求 Ⅴ

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 翌朝、また豪華な朝食を頂いた。
 
 京都の最高の豆腐が数種類。
 湯葉の煮びたし。
 蕪のそぼろ煮。
 鮎の炭火焼き。
 鰆の西京焼き。
 椀は蛤だった。

 子どもたちは圧倒され、一江と大森は大喜びだ。

 麗星がいなかった。
 五平所さんに聞くと、外に出ているのだと言った。

 「すぐに戻りますので、どうか」

 そう言われた。




 朝食を終え休んでいると、麗星が呼びに来た。
 俺を案内したい場所があるのだと言う。
 玄関前に五平所さんがロールスロイスのクラウドⅢを回して待っていた。
 子どもたちは置いて来ている。

 「どうぞ」

 ドアが開けられ、麗星と一緒に座った。
 麗星は花を抱えている。
 20分程走り、ある寺の前に来た。
 五平所さんがまたドアを開け、麗星と二人で降りた。

 「道間家の菩提寺でございます」

 歩きながら、麗星がそう言った。
 墓所に入り、そのまま歩いて行く。
 奥まった場所で、麗星が立ち止まった。
 俺に深々と頭を下げる。

 「本来は、最初にご案内差し上げるべきでした。申し訳ございません」

 俺は墓石を見て分かった。
 親父の墓だった。

 「勝手にこのようなことを。でも、石神様にどのようにお詫びして良いか分からず」

 麗星は花を脇に置き、地面に膝を付いた。

 「立って下さい。本当にありがとうございます」
 
 麗星は俺を見上げ、ゆっくりと立ち上がった。
 俺は花を受け取り、花挿しに挿した。
 
 「ここには何も入っておりません。宇羅が虎影様をどのようにしたのか皆目分からず。本当に申し訳ございません」
 「そうですか」

 墓石だけのものだ。
 墓碑には親父の享年、没年月日が彫られている。
 記録を元に刻んだのだろう。
 俗名はあったが、戒名は掘られていない。
 俺の指示を待っているのだと思った。

 「このような立派なものを、ありがとうございます」
 
 麗星、道間家の精一杯の償いなのだと分かった。
 どのように俺に償おうかと考え、せめてもとこの墓を建ててくれた。
 俺にはその気持ちが十分に分かった。

 「お気に召さないのであれば、すぐに取り払いますので」
 「いいえ、どうかこのまま。あの、今度何か送りますので、ここに納めていただけますか?」
 「もちろんでございます! わたくしが責任をもって」
 「ありがとうございます」

 麗星が線香を焚き、俺は手を合わせ「般若心経」を唱えた。
 麗星も隣で手を合わせてくれていた。

 「綺麗な花ですね」

 竜胆の青が鮮やかで、ゼフィランサスの清澄な白とシュウメイギク、ペンタスが上品にあしらわれている。
 今朝、麗星が手配してくれたのだろう。

 「出口でお待ちしております。どうかごゆるりと」

 麗星が、そう言って離れて行った。




 俺はしばらく線香の煙がたなびく様を見ていた。

 「親父、悪いな。俺のために命まで擲ってくれたのに、何もしてやれないや」

 美しい庵治石で作られた墓石だった。
 俺は静かに話し掛けた。

 「お袋も逝ったよ。親父のことは何も知らないままでな。しょうがないよな、親父が何も話してくれなかったんだから」

 「お袋、再婚したんだ。幸せな人生だったよ。相手の人は本当にいい人だった。子どもが二人いてな。その人たちもいい人だった。お袋のことを慕ってくれてなぁ」

 旅行を楽しんでいたことと、ゴルフに夢中になっていたことを話した。

 「信じられないだろ? でも本当に楽しんでたんだよ」

 線香が燃え尽きそうになっていた。
 それほど長い時間、俺は夢中で話していた。
 俺はスマホを取り出して子どもたちの写真を見せ、士王の写真を見せ、響子や栞や六花、鷹たちの写真を見せた。
 一人一人を親父に説明した。

 「でもさ。俺は親父とお袋と三人で暮らしたかったよ。俺、医者になって、結構稼ぐようになったんだ。親父に美味い酒を幾らでも飲ましてやれるよ。家も結構いいんだぜ。ああ、だけど親父は気に入らないかなぁ。ちょっと派手だからな」

 「だったらさ、近くに家を建ててやるよ。日本家屋がいいだろ? 庭もちょっと広めでさ。あ、お袋は半々な! 俺も傍にいて欲しいからな!」

 線香が消えた。
 灰の中にあった熾火も消えた。

 「なあ、どうして……」

 どうしてではない。
 全て、俺のせいだ。

 「どうしてぇ!」

 俺は叫んだ。
 俺の叫びは、辺りに鳴り響いた。

 墓石に頭を下げ、俺は立ち去った。




 墓所の出口で、麗星が待っていた。
 随分と長く立たせてしまった。
 俺を見て、頭を下げる。

 「すいません、お待たせしました」
 「いいえ。宜しければ、いつでもお出で下さい」
 「はい、ありがとうございます」

 麗星が連絡し、ロールスロイスが回って来た。
 後ろのシートにまた二人で座る。

 「前にね、お袋に捧げる曲を作ったんです」
 「さようでございますか」
 「昔からの知り合いのピアニストに強要されまして。でも、すぐに作れたんですよ」
 「はい」

 「こないだ麗星さんから親父のことを教えてもらって。だから、親父に捧げる曲も作ろうとしたんです」
 「それは素晴らしいことと思います」
 「でもね、まだ出来ないんですよ。親父との思い出は一杯あるのに、全然まとまらない」
 「……」

 「いい思い出も多いんです。大好きだったんです。でも、ダメなんです。譜面に何十枚も書いたのに、全然終わらない。お袋との思い出の方がずっと多いのにね。そっちはすぐに曲になったけど、親父のはダメだ」
 「はい」
 「何でしょうね? 終わらないんですよ。俺は本当にダメな奴だ。親父のために、こんなこともしてやれないなんて」
 「石神様……」

 麗星が俺の頭を抱き、自分の胸に寄せた。

 「わたくしもお手伝いいたします。虎影様のことを、これからも何としても探して参ります」

 麗星の涙が、俺の頭を濡らした。

 「必ず、わたくしが」

 俺はその涙に、ただ甘えるしかなかった。




 昼食はバーベキューだった。
 俺が驚いていると、麗星が言った。

 「霊素のことが分かりかけて来ましたので、そのお祝いでございます」

 もちろん子どもたちは大喜びで、一江と大森も楽しそうに食べていた。
 
 「タカさん! プロのバーベキューですよ!」

 亜紀ちゃんが興奮して言いに来る。
 俺は笑って、味わって頂けと言った。

 「一皿ごとに、「道間家バンザイ」と言え!」
 「はい! 道間家バンザイ!」

 麗星と五平所さんが笑った。




 双子が駆け寄って来て、麗星に耳打ちした。
 麗星の顔が輝き、辺りを見回した。
 そして、双子の指さす方向へ深々と頭を下げた。

 気持ちの良い風が流れた。
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