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守護者モハメドさん

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 「おい、ボンクラ!」
 「何ですか、モハメドさん」

 俺は今、新宿の職安通りのあるマンションへ向かっている。
 そこに、愛鈴が働いていたキャバレーの経営者が住んでいることが分かったためだ。
 中国系マフィアの組織であり、その幹部の一人と考えられていた。

 「おめぇ、主様に心配掛けるんじゃねぇぞ!」
 「はい?」
 「てめぇはいつもよ、俺が主様の前で丁寧な口を利くとヘンな面しやがるだろう」
 「はぁ」
 「こないだもやりやがって! 主様の顔がちょっと変わったじゃねぇか!」
 「そうだったんですか」

 俺は石神からモハメドさんを預かっているが、モハメドさんは石神の前と俺と二人の時で、全然態度が違う。

 「あの、モハメドさんは俺のことが嫌いですよね?」
 「バカ!」
 「すみません。石神と俺とで、あんまりにも態度が違うんで」
 「テメェ! 前にも言ったけどよ! 主様とお前じゃ比較になんねぇんだよ!」
 「はぁ」

 モハメドさんに、首筋をぶん殴られた。
 アリの体躯だが、結構な衝撃がある。

 「はい! 分かりました!」
 「バカ!」

 でも仕方が無い。
 モハメドさんを呼び出したのは石神で、石神を崇拝している。
 石神が俺の護衛をモハメドさんに命じてくれ、モハメドさんは俺を守ってくれているのだ。
 俺のことが嫌いであっても、石神の命令だからちゃんとやってくれている。
 何度も助けられた。
 俺はモハメドさんにも石神にも、本当に感謝しかない。




 「あのマンションですよ」
 
 すぐに目的のマンションは見つかった。
 古い大きなマンションで、多分部屋数は100以上あるだろう。

 オートロックではない。
 俺は中に入り、エレベーターに乗った。
 これから向かう「王(ワン)」という人物は、8階に住んでいる。

 「ボンクラ、気を付けろ。嫌な感じだ」
 「はい」

 俺は王の部屋の前に行き、チャイムを押した。

 「はーい」

 中で返事がした。
 次の瞬間、両側の部屋のドアが開き、サブマシンガンを持った男たちに銃撃された。

 そして、瞬時に男たちは斃れた。
 王の部屋から轟音が響き、連続してドア越しに銃弾が貫通して来る。
 しかし俺には一発も当たることなく、銃声が止んだ。

 王の部屋のドアがひしゃげ、勝手に開いていた。
 中を覗くと、中年の男が重機関銃を床に置いたまま死んでいた。
 確認しなくても分かる。
 もう死んでいる。
 両側のドアの前の男たちも同じだ。

 部屋の奥に、初老の男が座っていた。

 「王さんですね」
 「そうだ」
 
 俺が手錠を出すと、抵抗することなく両手を差し出して来た。




 「アドヴェロス」本部に王を連行し、俺自身で取り調べを行なった。
 取調室で、王が俺に聞いた。

 「お前は一体、何をしたんだ?」
 「何のことだ?」
 「ドアは開いていなかった。それなのに、突然あいつは死んだ」

 理解出来ない攻撃を目の前にしたので、王は大人しく付いて来たのだろう。

 「話してもいいが、お前の証言次第だ」

 王は何もしていない。
 連行はされたが、自分は手を出していない以上、幾らでも言い逃れは出来る。

 「私は何もしていない。お前が恐ろしくてここまで来ただけだ」
 「そうか。俺は自由に人間を殺せる。思っただけでな」

 俺は磯良のことを思い出しながら、そう王に告げた。
 石神から、俺の能力だと言うように言われている。
 そうすれば、相手は畏怖して何でも話すだろうと。

 「どういうことだ?」
 「言った通りだ。俺たちは特殊な能力を持っている。だから化け物と戦えるのだ」
 「!」
 「俺の能力は、思念で人間を殺す力だ。お前が何も話さないのならば、誰にも分からないように死なせるだけだ」
 「待て!」
 
 王が動揺していた。
 俺の言葉を信じたのだ。

 「王、あんたは危険人物だ。上手く言い逃れてここを出ることも出来るかもしれない。でも、俺はお前を殺す」
 「だから待て! 分かった! 何でも話すから俺を殺すな!」
 「お前の証言次第だ。この部署は裁判を目的としていない。脅威を取り除くことだけだ。だから俺のように、人知れず死刑が執行できる能力を持つ人間がいるんだ」
 「なんてこった!」

 王から、ロシア系のマフィアを通して「デミウルゴス」を受け取っていることが聞けた。
 インターネットのサイトを経由して連絡を取り合っている。
 俺はすぐにそのサイトを調べさせた。

 その最中に、サイトは消失した。
 幾つもの国を経由しており、追うことは出来なかった。

 また、途絶えてしまった。
 ただ、今回はロシア系マフィアの名前が掴めた。

 《Волчьи ворота(ボルーチ・バロータ:狼門)》

 公安のロシア課に調べさせている。





 取り調べが長引き、終わったのは深夜の0時を過ぎていた。
 少しだが手掛かりが掴め、石神にいい報告が出来る喜びに浸っていた。
 遅い時間だったが、少し寄り道がしたかった。
 石神には悪いが、羽田空港へ寄ってみた。
 石神から聞いた、第三ターミナルの展望台へ上がる。

 「綺麗だなぁ」

 深夜ということもあり、展望台には誰もいなかった。

 「あ、モハメドさん、今日はありがとうございました」
 「あ?」
 「だから、マンションで俺を助けてくれたでしょう?」
 「ああ。主様の命令だからな」
 「そうですね」

 俺は上機嫌だった。
 今日はモハメドさんに酷い扱いを受けても気にならない。

 「石神の命令じゃなければ、俺なんか助けないですよね?」
 「何を言ってる」

 気分が良かったので、自分から自虐してみた。

 「石神のお陰だ」
 「……」

 モハメドさんから「たりめぇだ」と突っ込まれるかと思ったが、何も言われなかった。

 「モハメドさん?」

 ちょっと心配になって聞いてみた。

 「どこか体調が悪いんですか!」

 モハメドさんが俺の首筋を軽く撫でた。

 「お前よ、何か勘違いしているようだけどな」
 「はい?」

 別にどこも悪いわけではないようで安心した。

 「主様は最高よ! あんなお方は他にはいねぇ」
 「はい! それで俺なんかは全然どうでもいいんですよね!」
 「そうじゃねぇよ」
 「え?」

 いつもと違う。
 いつもならば「たりめぇだ!」と返される。

 「最高の主様が、お前を守れと言ったんだ」
 「はぁ」
 「だったら、お前は俺にとっても価値のある人間なんだよ」
 「え! だっていつも俺のことは」

 「それはお前が主様と自分を同列にしようとするからだろう! 比べりゃ主様とお前じゃトラとアリンコよ!」
 「それ、自虐ネタです?」

 首筋を引っぱたかれた。

 「お前、分かってねぇな、やっぱ」
 「だから何ですって!」

 「俺は守りとなれば、最高峰だ」
 「それはもう! 誰にも気付かれないですし、モハメドさんはあっという間に何でも「死」を与えますよね」
 「そうだ」
 「人間にも妖魔にも。襲ってくる銃弾なんかも「死」で無効化するじゃないですか」
 「そうだよ」
 「俺も、こんなに頼りになる方はいないと思ってますよ」
 「だから分かってねぇんだって」

 「はい?」

 モハメドさんが、また俺の首筋を撫でた。
 ちょっと気持ち悪いのだが、我慢している。

 「この最高の俺様を、主様はお前に預けたんだぞ? 他にも主様が大事になさっている人間は幾らでもいる。その中で、お前に俺を付けた。お前、この意味が分かってないだろう!」
 「!」

 「お前は暢気な奴だからなぁ。お前の女房もそうだ。まあ、あの人はとびっきり優しいいい女だけどな。雪野は分かってるんじゃねぇの? 主様がお前に俺を付けた意味がよ」
 「そんな……考えてもみなかった……」

 「なあ、何でお前なんだよ? 俺は知ってるぜ。主様が小さい女の子をそりゃ大事に思ってることを。自分の子どもだって生まれたんだろ? 他にも大事な女や子どもたちがいるじゃねぇか。でも、そいつらじゃなかった。お前だったんだよ」
 「石神……」

 「だから俺もお前を大事に思ってる。俺を付けたお前だからな。お前は主様の中でも、俺を付けたいと思う人間なんだよ。感謝しろよな」
 「……」
 「主様が御命じになったんだ。だから絶対に守ってやる。だけどな、俺自身もお前を大事に思ってることは知っとけ」
 「分かりました、モハメドさん!」
 「おう。……おい、泣いてんのか?」

 「だって……石神は俺のために……」
 「やっと分かったかよ。お前は主様にとっても、俺にとっても無価値じゃねぇ。覚えとけ」
 「分かりました」




 俺は空港を出て家に向かった。
 涙が止まらなかった。

 「おい、危ねぇな! しゃんとして運転しろ!」
 「はい!」
 「まあ、どんな事故を起こしても守ってやるけどな」
 「はい!」
 「でも、この車だって、主様が下さったんだろ?」
 「そうです!」
 「だったら大事にしろよ」
 「はい!」

 俺はポルシェを停めて、ハンカチで涙を拭った。

 「モハメドさん」
 「あんだよ」
 「今日は一杯マグロを食べて下さいね!」
 「分かったよ」

 俺は笑って、車を発進させた。

 もう1時になっている。
 でも、きっと雪野さんは起きて待っているだろう。
 申し訳ない。

 でも、本当に嬉しい。

 俺には、そうしてもらえる価値があると思ってくれている人たちがいるのだ。
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