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別荘の日々 XⅣ: 同田貫

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 話し終わると、子どもたちが笑っていた。

 「じゃあ、タカさんは何も知らないで勝手に突っ込んだんですね」

 亜紀ちゃんが大笑いしている。

 「そうだよ。皇紀が井上さんから聞いて、俺も初めて知った」
 
 皇紀が双子に両側から称えられていた。

 「でも、タカさんが最初から道具を持ってたのは珍しいですね」
 「別にそんなことは。俺はステゴロに拘ってるわけじゃないしな。道具が必要な場合は、いつも用意してたよ」
 「その時は必要だと」
 「ああ。相手の噂は聞いていたからな。日本刀で人を斬るのが平気な連中だって。殺すつもりはないだろうとは思ってたから、俺もそれなりのもので行ったわけだ」
 「どうして殺さないと?」
 「俺一人を呼び出したなら、そうだろうよ。でも井上さんたちも幹部たちもいた。だったら、利もねぇ人殺しなんかするわけはねぇ」
 「なるほど!」
 「半殺しなら木刀かなんかだろう。だったら、それを上回る物を持って行けばいい」
 「殺すつもりなら?」
 「まあな」

 俺はニヤリと笑った。
 子どもたちも笑う。
 幾らでも、方法はあった。

 「まあ、井上さんたちは、俺に人殺しになって欲しくなかったというな。それを聞いて、俺は感動したよ。やっぱり井上さんは違う!」
 「はい。それにタカさんと一緒に半殺しになろうとしてたんですよね」
 「そうだ! あの人はやっぱりそういう人だったんだ!」

 「まあ、タカさんが、全部台無しにしてしまいましたけどね」
 「ワハハハハハハ!」

 響子も隣で笑っていた。




 「あ、石神さんって、前に日本刀を欲しがってたじゃないですか」
 
 柳が言った。

 「あ?」
 「ほら、鬼愚奈巣との抗争で、一度日本刀を手にして」
 「ああ! あれな。まあ、日本刀は好きだったからな」
 「だったら、道場から持って来ちゃわなかったんですか?」
 「流石に自分で所有するのはなぁ。ああいうのは持ってるだけでヤバいじゃん」
 「え! 石神さんとは思えない常識的な!」

 柳の頭を引っぱたいた。

 「ばかやろ! うちにはお袋もいたんだ。見つけたら心配するだろう!」
 「ああ!」

 みんなが納得した。
 なんなんだ。

 「まあ、俺の子どもの頃にはあったんだけどな」
 「え? 日本刀ですか?」
 
 亜紀ちゃんが驚く。

 「そうだよ。もちろん親父のものだったけどな。正国の同田貫だったんだ。ああ、由緒正しいって意味な。名刀だったんだよ」
 「へぇー! 初めて聞きました」
 「まあ、ちょっとな」

 亜紀ちゃんがニヤニヤしている。

 「なんだよ!」
 「話して」
 「おい」
 「おねがいー!」

 「響子の真似すんな!」

 響子が笑う。
 俺は話してやった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が小学三年生の頃。
 まだ横浜の市営住宅に住んでいた頃だ。

 親父は厳しい人で、俺はしょっちゅう殴られていた。
 まあ、しょっちゅう悪いことをしていたからだが。

 親父は酒を飲むことと、釣りが好きだった。
 俺はよく釣りに連れて行ってもらい、その時は厳しい親父も大好きだった。
 親父も、俺と一緒に釣りに行くことが楽しかったようだ。

 もう一つ、親父が趣味というか、時々楽しんでいたのが、刀を振るうことと、その手入れだった。
 俺も日本刀の荘厳な威厳に魅せられ、親父が日本刀を扱うのをいつも見ていた。
 手入れの時も傍で見学させてもらった。

 「これは肥後の「同田貫」というものだ。数ある日本刀の中でも、実戦的な最高峰のものだ」
 「はい!」
 「これは、石神家の先祖が幕府より拝領したものだ。石神家は旗本だったが、幕府のためによく働いたからな」
 「はい!」
 「だから「同田貫」の中でも、「正国」と呼ばれる特別に出来のいいものなんだ。いずれお前のものになるから、楽しみにしていろ」
 「はい!」

 ドキドキした。
 こんな美しくも、実戦で最強とも言われる刀が俺のものになる。

 もちろん、俺は絶対に触らせてもらえなかった。
 親父にとっては自分の命ほども大切なもので、今ならわかるが、石神家の核ともなるものだった。
 親父は本家を飛び出して東京に出て来たが、この「同田貫」だけは持ち出した。
 本来本家を継ぐ人間が所有するものだったが、親父は本家を弟に押し付け、自分は自由に生きるために飛び出した。
 それでも、本家を継ぐ人間だけが持つはずのこの刀を持って来てしまった。
 それだけ、愛着があったのだろう。

 


 俺が大病の連続で家の金をどんどん失わせるようになり、親父とお袋が共働きをするようになった。
 俺は毎日一人で夜まで過ごすようになり、その寂しい生活を必死に耐えた。

 親父はまあいなくても良かったが、お袋がいないのはどうしようもなく寂しかった。

 ある日、その寂しさを紛らわすものを見つけた。
 「同田貫」だ。

 親父は俺が触れないように、戸袋にいつも仕舞っていた。
 俺は台所の椅子を運んだ。

 届かない。

 近所の淳君を呼んだ。
 一つ年下で、非常に仲良しだった。

 「なに、トラちゃん」
 「手伝ってくれ」

 俺は淳君と二人で台所のテーブルを運び、その上に椅子を乗せた。

 届いた。

 俺は「同田貫」を降ろし、刀身を抜いた。

 「すごいね!」
 「そうだろう」

 淳君も感動した。

 俺は庭に出て、刀身を振った。

 「すごいよ! 時代劇みたいだ!」
 「石神家の宝刀だからな!」
 「へぇー!」

 二人で暫く、刀身の美しさに魅入った。

 「これ、何か切れるの?」
 「何でもな。明治の頃に、直心影流の達人・榊原鍵吉が、兜を同じ「同田貫」で割ったんだ」
 「へぇー!」
 「あのな、兜って刀を通さないように造られているわけよ。それを、簡単に真っ二つにした」
 「すごいね!」

 「俺も出来る」
 「ほんと!」

 言ってしまった。

 「ああ。俺にも石神家の血が流れているからな。俺も岩だって何だって斬れるぞ」
 「トラちゃん! 見せて!」
 「おう」

 二人で外に出て、何を斬ろうか探した。
 下の方の家の庭に、でかい庭石があった。

 「トラちゃん、あれ!」
 「あれでいいのか?」
 「やって!」
 「よかろう」

 俺はすっかり達人になっていた。
 俺ならば斬れる。

 俺は勝手に庭に入り込み、岩の前で「同田貫」を抜いた。
 
 「えい!」

 ぽきん。

 「「!」」

 全身から力が抜け、脂汗が激しく流れた。

 「トラちゃん……」
 「……」
 「トラちゃん」
 「……」
 「トラちゃん!」

 我に返った。

 「ど、ど、ど、どうしよう、淳君」
 「あ! うちにアロンアルファがあるよ!」
 「ほんとか! 俺知ってる!」
 「うん! 何でも瞬間にくっつくんだよ!」

 最近テレビのコマーシャルで見たことがある。
 噂では、いたずらで掌にアロンアルファを塗った子どもが、取れなくなって手を切断したと聞いた(もちろんウソの噂)。
 スゴイ接着力なのだ。

 淳君の家に行き、淳君がお父さんの道具箱からアロンアルファを持って来た。

 「おお!」

 俺は感動して、折れた刀身に塗った。

 「一杯塗った方がいいよ」
 「おう!」

 一杯塗った。
 くっつけた。
 二人でしばらくじっと待つ。

 数分後。
 俺はそっと刀を持ち上げた。
 くっついてる。

 「やった!」
 
 二人で喜んだ。
 はみ出た部分もあるが、しょうがない。
 俺は刀身を鞘に戻した。
 もう一度テーブルと椅子によじ登って仕舞った。
 淳君に手伝ってもらって、テーブルを元に戻した。

 「ありがとう!」
 「うん!」




 数日後。
 親父は休日で、「同田貫」を取り出した。
 俺はいつものように、庭で素振りする親父を見ようとしていた。

 ブン。
 パキ、シュンッ、ブス。

 思い切り親父が刀身を振ると、接着が外れて飛んで行った切っ先が地面に突き刺さった。

 「!」

 親父が驚いている。
 接着面を見た。
 はみ出た接着剤に気付いた。

 俺を見た。
 俺はガタガタと震え、脂汗を流した。

 「お前か」
 
 俺は声が出せず、何度も首を縦に振った。
 親父が切っ先を拾ってきた。
 手拭いを下に巻いた。

 「これで腹を斬れ」

 俺は必死に首を横に振った。

 「そうか、ならばこちらで斬ってやろう」

 親父が折れた「同田貫」を持って近づいて来た。
 俺は気絶した。
 お袋が必死で止める声が聞こえた。

 激しい痛みで目が覚めた。
 本当に死ぬかと思うほど、殴られた。
 10か所以上、骨折し、また入院した。





 「こいつ、階段から落ちまして」
 「よく生きてましたね」
 「まあ、運だけは強いようです」
 「良かったですね」
 「はい」

 そんな会話が聞こえた。
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