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別荘の日々: XⅢ 平井組

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 「おい、トラが平井組と揉めたらしいぞ!」

 石神を除く幹部たちが、井上を中心に話し合っていた。
 石神はバイトでいなかった。
 最初から呼ぶつもりも無かった。
 
 「平井組って、あのイケイケのヤバい組だよな」
 「ああ、日本刀持ち出して、相手を切り刻むこともあるって」
 「逆らった奴は全員ひでぇやられ方らしいよな」
 「まともに生活できねぇってよ」
 「死人も出たらしいしな」

 幹部9人が不安そうに話している。

 「とにかく、トラを守らなきゃならない。誰か、平井組に伝手はないか?」

 総長の井上が言った。

 「一人、顔なじみが。そんなに親しくはありませんが、繋ぎはやってくれると思います」
 「早急にやってくれ。トラとぶつかれば、確実に死人が出るぞ」
 「平井組が潰されるってことも」
 「バカ! その前にトラが人殺しになる! あいつは絶対にそんな奴になっちゃいかん!」
 「はい!」

 「ほんとにな。トラだったら逆に潰すかもしれない。でも、相手も相手だ。殺し合いになる可能性も高い」
 「そうですね」

 井上たちは、数日後、平井組に出掛けた。




 「おう、お前ら「ルート20」か」
 「はい」

 井上の他、三人が付いていた。

 「頭を張らせてもらってます、井上です」
 「へぇ」

 平井組の事務所に隣接する、道場だった。
 100坪ほどもある広さで、木刀が数十本無造作に箱に突っ込まれ、壁には日本刀が20振りも掛けてある。
 井上たちは、床に正座させられた。

 一番上らしい大柄な男が腕を組んで立ち、その左右に組員15人が同じく立って井上たちを囲んでいた。
 みんな、木刀を手にしていた。

 「俺は安藤ってんだ。若い頃は修験道で荒行をしててな。今じゃお前らみてぇなワル相手に荒行よ」

 男たちが笑った。

 「それで、お前ら、詫びを入れに来たってか」
 「はい。うちのトラがお宅の組の方にちょっかい出したと聞きまして」
 
 安藤と名乗った男が、床を思い切り踏んだ。
 井上たちは、少し宙に浮くほどの振動を感じた。

 「ちょっかいじゃねぇ! あの「赤虎」はうちのモンを殺そうとしやがった! ふざけたこと言ってると殺すぞ!」

 井上たちは脅えた。
 だが、井上は気力を振り絞って口にした。

 「申し訳ありません! どうにか詫びを入れさせて下さい!」
 「「赤虎」を連れて来い! まずはタマを取ってからだ!」
 「そこをなんとか!」

 全員で土下座した。
 井上たちは、木刀で殴られた。
 抵抗しない。

 「「赤虎」へのケジメはともかくな。お前ら、2000万持って来い」
 「え!」
 「持って来い! 今月中だ! そうしたら、お前らの詫びが本物だって認めてやる」
 「分かりました!」
 「その時、「赤虎」も連れて来い。殺しはしねぇ。ただ、足腰立たないくらいはやるぞ」
 「は、はい!」

 井上たちは道場を出た。





 「総長、どうします」
 
 金庫番の木村=キムが言った。
 金の話になるだろうと、連れて来た。

 「どうも何も、用意するしかない。金はあるな?」
 「まあ、ほとんどになりますが」
 「いい、トラのためだ」
 「はい、それはもう。でも、トラさんは納得しますかね」
 「それは俺が必ずそうさせる。あいつを押さえつけて、一緒にやられるさ」
 「総長!」

 井上が笑った。

 「俺は、散々あいつに世話になった。こんな時こそ、あいつに返さねぇとな」
 「総長……」

 「キム、金はありったけ出せ。そうすりゃ、平井組も少しは手加減してくれるかもしれない」
 「はい!」

 井上は幹部を集め、平井組との話を伝えた。
 全員が石神のために、と納得した。

 「俺らも一緒します!」
 「いや、俺だけでいい」
 「総長! 俺らもトラに世話になってるんです!」

 全員が井上を見ていた。

 「分かった。人数があれば、それだけトラもやられないかもしれないな」
 「はい!」




 平井組と日時を合わせ、石神にも一緒に来るように言った。
 何が起きるのかは黙っていた。
 言えば石神は必ず一人で突っ走る。
 
 井上たちは覚悟を決めた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「井上さん、俺が一人で行きますって」
 「ダメだ、トラ。向こうも手打ちにするって話が付いてるんだ」
 「えー! 今更何言ってやがる」
 「トラ! 俺の言うことが聞けないのか!」
 「分かりましたよ。井上さんがそう言うんなら」

 幹部が全員揃っていた。
 金庫番のキムまでいる。

 「お前も来んのかよ?」
 「はい! 今日は御一緒させていただきます」

 キムは幹部たちの信頼の篤い男で、だからチームの金を全て任せている。
 喧嘩はそれほどの奴なのだが。

 俺はおかしいとは思いながら、次代を背負う一人になるキムに、井上さんの何かの意向があるのかもしれないと、勝手に思った。

 全員で、平井組の事務所へ向かった。



 俺たちは事務所ではなく、道場へ案内された。
 当然、全員が靴を脱がされる。
 俺は不味いと思っていた。
 俺はともかく、他の連中は普段は硬いライダーブーツでの喧嘩に慣れている。
 それを脱いでの喧嘩は、非常に不利だろう。

 板敷きの床だったが、随分と堅いと感じた。
 本格的な道場だと分かった。
 投げられれば、骨を折ることにもなるだろう。

 俺は靴下も脱いだ。
 滑らないようにだ。

 道場には、既に15人の組員が待っていた。
 全員道着を着ている。
 もちろん、素足だ。
 俺はそれを見て、手打ちなどではないことを察した。
 井上さんたちはどう話されたか分からないが、こいつらはヤルつもりでいる。
 話し合いならば、道着などは着ない。

 後から、一際大柄な男が入って来た。
 井上さんが、副組長の安藤だと俺に囁いた。

 「お前が「赤虎」か……なんだ、お前は!」
 「あ?」
 「お前、人間か! いや、俺たちはなんて奴を相手にしちまったんだ……」
 
 なんなんだ、こいつ?

 「おい、キモデブ! なんか井上さんが手打ちだとか言ってたけどなぁ」
 「トラ!」
 「てめぇらの子分がやったことは、絶対に許さねぇからな!」
 「待て! お前とやりあうつもりはない! お前の炎の柱を見たら、もう何もするつもりはねぇ!」
 「なんだぁ?」

 訳の分からないことを口走っていた。

 「トラ、落ち着け! 今日は手打ちに来たんだ!」
 「井上さん、やっぱダメだ。こいつらを見てたら分かりましたよ。こいつら手打ちなんてするつもりはねぇ。最初から俺らをヤルつもりですって」
 「だけど、トラ!」

 「待てって! もう終いだ! お前らとはもう関わらない!」
 「安藤さん! どうしたっていうんです!」
 「お前らも手を出すな! この「赤虎」って奴はとんでもねぇ! 関われば死ぬぞ!」
 「何言ってんですか。ただのガキじゃないですか」
 「よせ!」

 組員の一人が俺に木刀を振り下ろした。
 素人のものではない、鋭いものだった。

 俺は数舜前からプレッシャーを感じていたので、余裕で避けた。
 俺の脇を木刀がすり抜ける。
 俺はそのまま前に出て、右手を伸ばして男の左の眼球を親指で潰した。
 絶叫と共に、男は木刀を放り出して目を押さえた。
 俺はみぞおちに前蹴りを入れ、下から男の肋骨を粉砕した。

 それが合図となり、男たちが一斉に俺を襲った。
 俺は背中の後ろから、ステンレス棒を抜き出した。
 隠し持っていた。
 俺も最初からヤルつもりだった。
 佐野さんの家族を襲った連中を許すつもりは無かった。
 徹底的にやると決めていた。

 木刀をへし折りながら、男たちの身体を潰して行く。
 これまで加減して振り回すことしか無かったが、今日はフルパワーで振るった。
 男たちに当たった個所は全てひしゃげて潰れて行った。
 半数がやられると、全員が壁の日本刀を取りに向かった。
 その半数が握る前に潰され、日本刀を抜いた奴らも、刀をへし折られつつ、同じ末路になった。

 一応、頭部は手加減し、死んだ奴はいない。
 
 「おい、キモデブ」

 突っ立ったままの安藤という男に声をかけた。

 「これが「赤虎」……」
 「お前、何言ってんだよ。おい、覚悟はいいのか?」

 「トラ! 俺たちは金を!」
 「ああ! おい、キモデブ! 金を出せ!」
 「違うって!」
 「お前らの命を贖うんだ。覚悟を見せてみろ!」
 「トラぁー!」

 安藤は後ろの事務所に行き、しばらくして戻った。

 「これで勘弁してくれ」

 札束が風呂敷の中に一杯あった。
 こんな大金、見たことねぇ。

 「おし! 井上さん、これでいいですか?」
 「トラ!」
 「ああ! おい、全然足りねぇ」
 「ヒィ!」

 安藤が酷く脅えた。

 「待て、トラ! もういい!」
 「はい? ああ、もういいぞ」
 「はい!」

 「今後お前らが俺たちの前をウロウロしたら、今度こそ殺すぞ!」
 「はい!」

 俺たちが外へ出ると、間もなくバイクの爆音が響いて来た。
 保奈美のレディースのチームだった。

 「トラ!」

 保奈美がバイクのスタンドを立てる間もなく、俺に駆け寄って来た。
 保奈美の仲間が、慌ててバイクを支えた。

 「おい、何しに来たんだよ」
 「だって! トラが袋にされるって聞いたから!」
 「何言ってんだよ。ちゃんとけじめをつけてきたぜ」
 「トラぁー!」

 保奈美に抱き着かれた。
 なんなんだ。

 「お前! また危ないことしようとしやがって!」
 「トラが酷い目に遭うって聞いたら!」
 「バカ!」

 軽く頭をはたいた。
 その後で抱き締めた。

 「ありがとうな。でも本当に危ないことは辞めてくれ。俺が堪らないぜ」
 「うん」

 「じゃあ、帰るか!」

 俺が手を挙げた。
 いつもの特攻隊長の合図であり、これでみんなが歓声を挙げて出発するはずだった。
 井上さんたちが呆然として見ている。

 「あれ?」

 そのうちに、井上さんが笑い、他の幹部連中も大笑いした。

 「よし、行くぞ! 今日は祝杯だ!」

 井上さんが号令をかけた。

 「井上さん、それ俺が言う……」

 井上さんが笑って俺の肩を抱いた。

 「まったく、お前は!」
 「はい?」

 キムも大笑いしていた。

 「おい、キム」
 「はい!」
 「ところで、お前でかい鞄持ってるけど、何を持って来たんだ?」
 「はい! トラさんをお助けするものを!」
 「なんだ、得物を持って来たのか。出せば良かったじゃねぇか」
 「いえ! トラさんが全部、あっという間に!」
 「そうかぁ」

 俺も笑った。
 とにかく、全員無事で良かった。

 「おい、さっきの金はまた頼むな」
 「はい! お任せ下さい!」




 俺たちは爆音を轟かせて帰った。
 みんなで楽しく祝宴を挙げた。




 後に、「平井組」は解散した。
 素人のガキにあれだけやられて、もう組の看板は掲げられない。

 人伝に、あの時の安藤という男が霊能者だったと聞いた。
 眉唾だったが、何か特別なものが見えたらしい。
 その力もあって、組でも出世したと聞いた。

 まあ、どうでもいい。
 何かの能力があったとしても、どうしようもないクズだった。
 仲間が散々やられている中で、自分は一つの傷も負おうとしなかった。

 そんな奴はどうでもいい。 
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