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別荘の日々 Ⅷ: ブレイカーズ

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 「奈津江さんのことは、時間が解決したんだと思ってました」

 亜紀ちゃんが言った。

 「まあ、そういう部分も大きいよ。未だにダメなこともあるけどな」

 俺がそう言うと、亜紀ちゃんが小さく笑った。

 「聖さん、最高ですね!」
 「おう!」

 他のみんなもニコニコしている。

 「ニューヨークの黒人たちな、自分らのことを「ブレイカー」だって言ってた。本当にそうだったんだな。俺の悲しみをぶっ壊してくれた。聖と一緒にダンスして、夢中になったよ。まあ、本当に一日中踊ってたからなぁ」
 「そうですね」
 「俺は教えてもらった。悲しい時には、ベッドで蹲ってちゃダメなんだ。悲しいほど動いて行けってな」
 「はい。私たちもそうしてもらいましたね」

 山中たちが死んだ時、俺は買い物に連れ出し、家のことをさせ、勉強をさせ、子どもたちを休ませなかった。
 ゆっくりさせれば、悲しみに圧し潰される。
 きっと、夜にはベッドで泣いただろう。
 でも、朝になれば俺が命じたことを必死でやらなければならない。
 悲しみを勉強にぶつけるようにさせた。

 別にこいつらが優秀であって欲しいなどと思ったことはなかった。
 でも、俺はやらせた。

 「成績がトップクラスになれなんて、最初は不安でした」
 「今じゃみんな100点以外無いもんな!」
 「「「「アハハハハハ!」」」」

 「でも、タカさんに言われて、私たちは夢中でやりました。家事も一生懸命にやりました」
 「家事はお前らが奴隷だからだよ」

 みんなが笑った。

 「石神さんが、その時に戦場に行ってたら、死んじゃったんですか?」

 柳が聞いた。

 「分からんよ。そうかもしれないとも思ったけど、俺はやっぱり暴れたかったんだ。自分のことは分からん。でも、聖はそうさせてくれなかった」
 「石神さんが不安定だったからですね」
 「そうだ。奈津江は俺の全てだった。俺の一生を捧げるに相応しい女だった。俺が奈津江を喪って平気なはずはなかったよ。聖がいなければ、ダメになっていたかもしれない」
 「そうですね」
 「ああ、奈津江も俺のことをそう思ってくれていた。多分、聖が言う通り、俺は死にたかったんだと思うよ。あいつが俺にそう言ったんだ。間違いないだろう」
 「はい」
 「だけどな、俺は聖に、奈津江も俺のために自分を捧げたいと思っていたことを教わった。「いい女」と聖はいつも言うけど、それはそういう心を持つ女たちのことだ」
 「はい!」

 「俺はお前たちのために何もしねぇけどな。お前たちは俺のために捧げるんだぞ!」
 「「「「「「「はい!」」」」」」」
 「にゃー」

 みんなで笑った。

 俺は響子と六花のために、プレジィールの杏仁豆腐を持って来た。
 響子のものは、あまり冷たすぎないようにしている。

 二人とも、感動して食べた。

 夜の11時になっていた。
 今日は随分と遅くまで話した。
 俺は解散だと言い、響子と六花を連れ、部屋へ入った。

 



 「今日はもうお酒を飲まないの?」
 「今日はいいよ。響子と一緒にいたい」

 六花が自分を指差している。

 「六花ともな」

 六花がニコニコする。

 「もう、ナンシーたちとは会わなかったの?」
 「ああ。袖が触れ合っただけなんだよ」
 「ソデガ?」
 「日本の仏教の考え方でな。縁がある人間同士でも、深いものもあれば浅いものもあるということだ。通りすがって服が触れ合う。それも「縁」だということだな。ナンシーたちとは、確かに縁があったけど、お互いにそれだけのものだった」
 「ふーん。ちょっと寂しいね」
 「誰でも深かったら大変だよ。俺の身体は一つしかねぇんだしな」
 「うん、そうだけど」

 響子がちょっと不満そうだった。

 「俺はその分、響子とふっかーーーーい縁になりたいからな」
 「うん!」

 六花が自分の股間を指差している。
 下を脱いだ。

 「六花ともな!」

 ニコニコして、俺の手を導いた。
 頭を引っぱたく。

 俺はデスクのノートパソコンを持って来た。
 電源を入れ、検索する。

 「ほら」
 「?」

 《Saintora》

 ウィキペディアにも出ている。
 黒人のダンス・歌手のグループだ。
 ニューヨーク出身で、1990年代からメジャーデビューし、今も結構人気がある。
 六花も覗き込むが、英語のサイトだ。
 ロボも覗いているが、こいつはただの付き合いだ。

 「これ!」
 「にゃ!」

 「ジェスたちだ。ナンシーも加わった。最初はブレイクダンスのダンスチームだったんだけどな。ナンシーの歌が上手くて、歌手としても人気が出た。最近のヒップホップ系の流行でまた一段と評価されてな」
 「あ! 《TORASpin》と《SAINTSpin》だって!」
 「なんかあるな」
 「これは!」
 「まあ、俺も偶然見つけて嬉しかったけどな。あいつらは俺たちを大事な思い出にしてくれている」
 「見たい!」
 「また明日な。今日は随分と遅くなった」
 「うん!」

 三人で寝た。
 杏仁豆腐の香りがした。
 歯を磨かせるのを忘れた。
 まあ、大丈夫だろう。




 翌朝、響子は10時近くまで寝た。
 起こさなかったので、六花も同じ時間まで寝ていた。

 朝食をどうしようかと思ったが、響子にはタマゴスープに賽の目の豆腐を入れたものを飲ませた。
 六花は普通だ。

 響子が早速《Saintora》の動画を見たがった。
 勉強をしていた子どもたちが寄って来る。
 響子がみんなに説明した。
 六花が隣で腕を組んで頷いている。

 「タカさん! なんで教えてくれなかったんですか!」
 「いや、だって」
 「だってじゃありません!」
 
 亜紀ちゃんが怒った。
 俺は見せれば何が始まるのか分かっているので、面倒だったのだ。

 「早く!」
 「はいはい」
 
 俺はメジャーデビュー曲にして、代表作の一つ『SAINTORA』のミュージックビデオを見せた。
 うちに帰れば彼らのブルーレイやDVD、CDがある。
 俺がそう言うと、また亜紀ちゃんが興奮した。

 「地下の保管庫には、まだまだ秘密が多いんですね!」
 「秘密じゃねぇよ!」

 パソコンの画面で、キレキレのダンスを踊る黒人たちの動画が流れた。
 ナンシーは歌っている間は直立だが、間奏やエンディングで華麗なパフォーマンスを見せていた。
 亜紀ちゃんたちが、あとは自由に検索し、次々と観て行った。
 響子が《TORASpin》と《SAINTSpin》の話をする。
 すぐに亜紀ちゃんが探し出した。

 「おい、誰か俺にコーヒーを淹れろ!」

 皇紀が笑いながら持って来た。

 「まったくよ」
 「いいじゃないですか」

 皇紀も戻って一緒に楽しんでいた。




 暫くみんなで騒いで観ていた。
 そのうちに、全員がパソコンを持ってウッドデッキに移動する。
 双子と亜紀ちゃんが中心になり、ダンスの練習を始めた。
 1時間もすると、みんながクルクル回り始めた。
 ロボもなんか回ってる。
 響子は喜んで見ていた。
 俺が思っていた通り、子どもたちが夢中になった。

 「……」

 昼近くになっても、夢中でやっている。
 仕方なく俺が昼食を作った。
 夕べの余った食材を使い、海鮮天ぷらウドンを作った。
 ウッドデッキの連中を呼んだ。

 「タカさん、すいませんでした」
 「あ! 薬味のステーキがないよ!」
 
 言ったハーの頭を引っぱたく。
 俺はブレイクダンスは一日2時間までと宣言した。
 子どもたちからブーイングが出たが、引っぱたいて収めた。

 まあ、一日中踊りたくなるのは分かる。




 俺もよく知っている。
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