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その美しい寝顔に

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 土曜日の朝。
 俺たちは6時に出発した。

 御堂の家は、つい先日大変な戦場になった。
 だから、一度は今回は辞めようとも思った。
 しかし、正巳さんも御堂も絶対に来てくれと言った。
 もう、毎年待ち遠しくてならないのだと。

 俺たちもそうだ。
 だから、行くことにした。
 但し、二泊。
 そう言うと、ならば初日の昼から来いと言われた。
 前もそうだったが、随分と気合が入っている。
 申し訳ないが、御堂たちが楽しみだと言っているので、俺も了承した。

 子どもたちは好き勝手に車の中で寝る。
 気楽なものだ。
 
 俺は今回は二週間の休みを取った。
 一江たちに任せられるようになったことと、俺に様々な仕事が増えたせいだ。
 御堂の家でも、のんびりとばかりはしていられない。
 防衛システムの再構築もあるし、ジェイたちの訓練の進捗の確認もある。
 別荘に行く4日間はのんびりするつもりだ。
 でもその他に早乙女との連携もあるし、アラスカへも行く。
 そして自衛隊との合同演習もある。
 結構タイトだ。

 亜紀ちゃんが助手席に座っている。
 朝食はみんなに配った。
 亜紀ちゃんも自分の弁当を持っている。
 俺は無い。
 食欲もまだないし、途中で寄るサービスエリアで何か腹に入れるつもりだ。
 子どもたちにも喰わせる。
 御堂家で喰い荒らさないようにだ。
 まあ、無駄だろうが。





 「タカさん、少し召し上がりませんか?」
 「おい、亜紀ちゃん! 病気か!」
 「何言ってんですか!」

 亜紀ちゃんが自分の食事を分けるなんて。

 「ちゃんと、一応タカさんの分も作ったんですよ。召し上がらなければ私が食べますけど」
 「安心したよ」
 「アハハハハ」

 亜紀ちゃんは後ろに向かって、俺の弁当をよこせと言った。
 双子が勝手に開いて間引きしてから寄越す。

 「こら!」

 通じるわけがない。
 亜紀ちゃんは睨みつけたが、諦めて残りを頬張った。

 「しかし、お前らって本当に病気しないよな」
 「そうですか。でも、病気って何でしたっけ?」
 「ワハハハハ!」

 まあ、俺も嬉しいが。
 柳はたまに風邪をひいたりする。
 もちろん軽度で終わるが。
 ロボもくしゃみをして鼻水を出す時もある。
 でも、亜紀ちゃん、皇紀、ルー、ハーは何一つ無い。

 一番寝込んでいるのは俺かもしれない。

 宇留間に撃たれ、クロピョンに殺され掛け。
 双子の奈津江の絵に泣かされ、乾さんの件で大泣きし、そうでなくてもしょっちゅう泣いている。
 アホ丸出しだ。
 これからは注意しよう。

 たちまち弁当を食べ終わった子どもたちは、ゴミを回収していく。
 食後のコーヒーが配られる。
 俺の分も、ちゃんとドリンク・ホルダーに刺さる。

 「オロチは良くなったんですか?」
 「一応、傷は塞がったようだけどな。まだ辛そうらしいよ」
 「可哀そうですね」
 「そうだな。必死で守ってくれたからな。行ったら俺も世話をしよう」
 「そうですね!」

 亜紀ちゃんが、自分も手伝うと言った。

 「そう言えば、双子が何日かいたんですよね?」
 「ああ。あいつらの「手当」で大分良くなったんだよ」
 「いえ、あの。それはいいんですが、私ちょっと心配になりまして」
 「何がだ?」
 「タカさんがいないんで、何かご迷惑をかけていないかと」
 「ああ! 食事とかか」
 「それが一番ですが。その他にも」
 「うーん」

 俺も心配になった。
 
 「向こうに着いたら聞いてみよう」
 「そうですね」

 そういえば、俺がいた日の夜に、あいつら裸踊りをしてやがった。
 亜紀ちゃんに話すと、心配なので今白状させると言った。

 「まあ、もう終わったことだからな。折角みんな楽しみにして行くんだ」
 「そうですけどねー」
 「御堂も何も言って無かったしな。あいつも俺に何でも話してくれる奴だから」
 「そうですかー」

 バックミラーを見ると、もうとっととみんな寝ていた。
 柳の隣で双子がスヤスヤと寝ている。
 ロボは響子ベッドで眠り、その下で皇紀も寝ている。

 「亜紀ちゃんも寝てていいんだぞ?」
 「でも、タカさんに悪いですよ」
 「いいって。俺は向こうに着いたら休むよ」
 「そうして下さいね」

 ハマーは、中央自動車道に入った。




 「タカさん、私、道間家に行ってもいいですか?」
 
 亜紀ちゃんが言った。

 「何をするんだ?」
 「あの、タカさんのお父さんのことを調べたいと」

 そうだろうとは思った。

 「麗星さんがやってくれているよ。大丈夫だ」
 「でも、私もお手伝いしたいんです」

 気持ちは分かるが。

 「亜紀ちゃん、正直に言うよ。俺はまだ受け止めきれてないんだ。事実は分かった。俺も長年の苦痛の一つが和らいだとは思う。でもな、あまりにも突然で、まだいろいろなことを考えてしまうんだよ」
 「そうですか。そうですよね」

 「親父の性格は分かっている。あの親父らしい最期だ。でもな、そうは思っても、他にやりようがあったんじゃないかとも考えてしまうんだよ」
 「はい」
 「そんなことを考える俺がバカだということも分かっている。一人の人間が命を捨てて決断したんだ。それは最高のことだとも思う。でもな、俺はまだそれを認めたくないんだ」
 「タカさん……」

 「俺は親父を信じ切れていなかった。そのためだよ。自分が辛かったからってワガママで、今も親父を責めたくなってしまう。そういう自分が俺は嫌なんだ」
 「はい」

 「もう少し、時間をくれ。頼む」
 「はい、それはもう」

 亜紀ちゃんも悲しそうな顔をする。
 それしか出来ない。
 それも、俺を苦しめる。

 「まあ、くよくよしても仕方が無い。時間が経つのを待とう」
 「はい!」

 俺は亜紀ちゃんに眠るように言った。
 
 「向こうでもいろいろ働いてもらうからな」
 「はい、分かりました」

 亜紀ちゃんが目を閉じる。
 間もなく眠りに落ちた。
 誰よりも早く起きて、弁当を作ったり出発の準備をしていたのが亜紀ちゃんだ。
 いつも、弟妹たちが楽しめるように、万事準備を整える。

 俺の顔を見ると、真っ先に傍に来てコーヒーを淹れたり何かをしてくれてきたのも亜紀ちゃんだ。
 最近でこそ、ルーやハーもそれに倣うようになったが、亜紀ちゃんを見て来たからだ。
 俺に怒られると分かっても、乾さんとの縁を戻してくれた。
 俺が倒れれば、半狂乱になって心配する。
 俺が泣き崩れれば、真っ先に俺を抱えてくれるのも亜紀ちゃんだ。





 「私はずっとタカさんの傍にいますからね」

 そう言う。

 「みんながいなくなっても、私は必ず傍にいます」

 亜紀ちゃんは、きっとそうするのだろう。





 亜紀ちゃんが美しい顔で眠っている。
 若い、白い肌が陽光を精一杯に跳ね返している。
 輝くような美しさだ。

 この子が俺の傍にいてくれるなら、俺はそれでいいだろう。

 俺は笑いながら、ハマーを走らせた。   
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