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美を保つことが正しいのだ

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 金曜日。
 ハーレー・ダビッドソンで出勤した。
 亜紀ちゃんがガレージで見送ってくれた。

 「あー! 今日は響子ちゃんとデートなんですね!」
 「ああ。六花が研修で一日いないんだ。だからな」
 「いーなー!」
 「アハハハハハ!」

 俺は響子と一緒に近所の洋食屋「平五郎」へ行った。
 俺は薄い水色の麻のスーツを着、響子は麻のベージュのストライプのパンツ・スーツだ。
 俺がヘルメットを被せて、後ろに乗せた。
 俺もバイクに跨り、ハーネスで響子と俺を留める。
 俺はヘルメットは被らない。
 この三輪のハーレーはヘルメットの装着の義務が無い。

 「しっかり捕まってろよ!」
 「うん!」
 「オッパイをもっとくっつけろ!」
 「アハハハハ!」

 くっつける。
 ホニャンとする。

 「おし! 飛ばすぞ!」
 「うん!」

 響子なのでゆっくり走る。




 11時半に店に着いた。
 これ以上遅くなると、並ばなければならなくなる。
 非常に人気店なのだ。

 目の前の駐車場にバイクを入れ、すぐに二人で店に入った。
 もう、何人かカウンターで食べている。

 「石神先生、響子ちゃん、いらっしゃい!」
 
 愛想のいい奥さんが迎えてくれる。
 俺たちは、カウンターの空いた席に並んで座った。
 今日は金曜日なので、エビフライだ。
 響子はニコニコして待った。
 響子も「平五郎」が大好きだ。

 「俺はエビフライを。響子はイモムシで」
 「やだよー!」

 みんなが笑う。
 すぐに出て来た。

 大きな海老に、たっぷりと特製タルタルソースがかかっている。
 このソースが絶品だ。
 メニューは多くない店だ。
 その代わりに、一つ一つを極めている。
 俺は特にここのカレーが好きだ。

 「響子ちゃん、美味しい?」
 「ヘイヘイヘイゴロー!」

 みんながまた笑った。
 響子の最大級の賛辞だと知っている。
 少食の響子が、全部食べた。
 ゆっくりしたいが、もう外には並んでいる列がある。
 持ち帰りの人も多く、俺たちはすぐに店を出た。

 外は暑い。
 バイクを停めていた駐車場は屋根が無いので、シートが物凄く熱くなる。
 だから、アルミ蒸着のカバーを掛けて置いた。
 それでも熱い。

 座らせた響子に聞いた。

 「熱いか?」
 「うん。でも平気だよ」
 
 俺はバイクを走らせ、病院近くの喫茶店に行った。
 店の隣の駐車場にバイクを停める。

 「石神先生でしたか!」
 「こんちは。暑いな」
 「どうぞ、中へ! 響子ちゃんも!」
 「こんにちオニオニ」
 「はい、こんにちオニオニ!」

 マスターが笑って響子に挨拶する。
 響子のここでの定番の挨拶だ。
 店の名前が「般若」で、俺がその意味を教えてからだ。
 マスターは潰れたような顔で、ちょっと横に拡がっている感じがある。
 そして、片目に眼帯をしている。
 少々凄みがあるのだが、響子は最初から怖がらなかった。

 俺はアイスコーヒーを頼んだ。
 
 「タカトラ、私も冷たいのいい?」

 響子は基本的に冷やした飲み物を飲ませない。
 消化器官を弱らせ、内臓も冷やすとろくなことはない。
 普通の人間であれば、筋肉が発熱して何のこともないが、響子は筋肉も少ない。

 「まあ、これだけ暑いからな。今日はいいぞ」
 「やったー! じゃあ、アイスココア!」
 「はい!」

 マスターが心得て、氷は入れずに作ってくれる。
 それでも、冷蔵庫に入れておいたココアとミルクで、結構冷たい。
 響子は喜んだ。

 「ストローで少しずつ飲むんだぞ」
 「うん!」

 俺たちはまったりした。

 「凄いバイクですね」
 「ああ、俺が子どもの頃に世話になった人がバイクの店をやっててな」
 「そうなんですか」
 「それで、こないだ特別にカスタムしてもらったんだ」

 俺は響子の頭を撫でる。
 
 「ああ、響子ちゃんのために!」
 
 響子がニコニコする。

 「響子が年頃になったら、一緒にバイクで走ろうって。俺たちの夢の一つなんだよ」
 「へぇー! いいですね!」
 「そうだろ!」

 響子も喜ぶ。

 「六花も一緒なの!」
 「ああ! あの綺麗な方!」
 「うん!」

 三人で他愛ない話をし、客が入り始めたので、俺と響子は病院へ戻った。

 「お腹一杯か?」
 「うん!」

 俺は響子を着替えさせ、汗をかいていないか確認した。

 「じゃあ、寝るまで傍にいてやるよ」
 「うん!」

 響子はベッドに横になった。

 「みんな働いてるね」
 「そうだな」
 「「平五郎」の人たちも、オニオニのマスターも」
 「ああ」
 「私も働きたいな」
 「そうか」
 「だって。何もしないでしてもらうだけじゃ」
 「そうだよな」
 「タカトラも働いてる。六花もそう」
 
 俺は響子の額を撫で上げた。
 響子の美しい理知的な額が現われる。

 「俺は響子にやってもらいたいことがあるんだ」
 「え!」
 「アラスカで言っただろう。あそこはお前の街だって」
 「うん! 聞いた!」
 「だからな。俺は響子に、都市の運営をして欲しいんだ」
 「!」

 「大きな都市になる。一つの国と言ってもいい。そこを響子に上手く治めて欲しい」
 「それって!」
 「だから「マザー・キョウコ・シティ」なんだよ。お前には都市の母となって、みんなを守り、幸せにして欲しいんだ」
 「それって、スゴイよね!」
 「そうだろ? だから今から勉強してくれ。取り敢えずの資料は俺が用意しよう。お前はそれを踏み台にして、どんどん勉強して欲しい」
 「うん! 私やるよ!」
 
 響子が喜んだ。

 「だけどな。お前はまだまだ体力が無い。だから絶対に無理をしてはいけない。今までの生活の中で、ちょっとずつやるんだ」
 「分かった!」
 「今からは、響子は少し眠らなければいけない。その後で、ちょっと運動も必要だ。遊ぶのも重要だ。そういうことを疎かにするな」
 「うん!」
 「毎朝、セグウェイで巡回しろ。それも今まで通りだ。その上で、ちょっと時間を作って勉強をやる。それを守ってくれ」
 「うん!」
 
 俺は自分の部屋から響庭孝男の『幻想都市―ヨーロッパ文化の象徴的空間―』を響子に渡した。
 響子はもう日本語が縦横無尽に読める。

 「まずはこれだ。読んだら感想を聞かせてくれ」
 「分かった!」
 「ゆっくり読むんだぞ」
 「うん!」

 「さあ、眠れよ」
 「うん、タカトラ、また後でね」
 「ああ」

 響子は目を閉じて、すぐに寝息を立てた。
 ちょっと外に出ただけで、響子は疲れてしまう。

 何もさせずに、楽しく遊ばせてやることも出来る。
 そうすれば、響子は最も長生きをする。
 体調も崩しにくいだろう。

 しかし、俺はそうしないことに決めた。




 「あなたたちのお子さんは、とても20歳までは生きないでしょう」

 そうお袋と親父は言われた。
 東大の権威の教授が、俺の身体を精査した結果として宣言した。

 しかし、お袋も親父も、俺を信じてくれた。
 何でも俺のやりたいようにさせてくれた。

 俺はその信頼と愛情によって、乗り切った。

 もしも、二人が俺を大事に育て、最後まで甘やかしていたら、俺は恐らく潰れていただろう。
 俺の運命に平らげられ、俺はこの世にいなかっただろう。

 


 「響子、俺は信じているぞ」

 誰にも聞こえないように呟いた。
 



 それを尚、聞いてくれる存在に向かって呟いた。
 奇跡は起きる。
 必ずだ。
 響子は美しい。
 だから、美しく生きることをさせねばならない。
 

 
 
 《土地利用を経済学で考えるのはやめよう。美を保つ傾向にあれば、それは正しいのだ》
 (アルド・レオポルド『砂漠の国の砦』より) 
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