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運命の子 Ⅱ

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 吉原龍子は、俺に大金が必要だと言った。

 「道間家でもね、結構難しい術になるんだ。運命に介在するというのは、そういうことなんだよ」
 「構いません! 今はあまりないけど、必ず、一生掛かっても用意します!」
 「そうかい。まあ、虎影さんなら、そう言うと思ったよ」
 「はい!」

 高虎が小学六年生の時だ。

 数日後、吉原龍子が道間宇羅という男を連れて来た。
 身長は170センチくらいで、俺よりも低い。
 だが、横幅は俺の倍もあり、多分体重は100キロを超えているだろう。
 大きな身体で、厳しい表情の男だった。
 高虎はまた、謎の高熱で意識を喪っていた。
 女房は仕事だったので、俺が会った。

 「この子か」
 「はい」
 「想像以上に厳しいな」
 「何とかお願いします!」
 「まあな。一億出せるか?」

 とんでもない額を口にした。

 「はい! 必ずお支払いします!」

 俺が言うと、道間宇羅がニコリと笑った。
 先ほどとは違う、柔和な優しい顔だった。

 「そうか。じゃあ、引き受けてやろう。タダ働きというわけにはいかんが、そうだな、50万ももらおうか」
 「え!」
 「暮らしを観れば分かる。大変なんだろう?」
 「そりゃ、でも必ずお支払いしますから、幾らでも言って下さい」
 「いいよ。金もいつでもいい。石神の人間と知り合えたんだ。それに、この子は日本にとっても重要な子だからな」
 「はい?」
 「道間家はな、日本に役立つために続いて来た家系だ。だから、この子を死なせるわけにはいかん」
 「ええと」

 前に吉原龍子もそんなことを言っていた。
 俺には理解出来なかったが、とにかく高虎は助かるらしい。
 それが全てだった。

 道間宇羅はその場で何かの御札を書き、また後で別なものを送ると言ってくれた。
 その他にも、俺にはさっぱり分からないことを家のあちこちでして行った。

 俺は他の店でも働くようにし、何とか50万円を作って道間家に送った。
 道間家は、その後もずっと高虎のために御札を送ってくれ、また京都でも祈祷のようなことをしてくれた。
 吉原龍子も時々来てくれ、高虎の様子を見てくれた。
 高虎は直接会ったことはない。

 「私なんかはなるべく関わらない方がいいから」
 
 吉原龍子はいつもそう言って、高虎が眠っている時や、遠くから眺めていた。

 「こんな道を歩いているとさ。ああいう特別な運命の子には何でもしたくなるのさ。ああ、眩しいったらないよ。とんでもない子だねぇ」
 「そうなんですか?」

 俺には、ただバカな、可愛いガキにしか見えない。
 俺の命だ。




 高虎が中学に上がり、二年生にもなると、段々と寝込まなくなった。
 相変わらず毎月高熱は出すが、40度を超えても普通に動くようになった。

 「お前、寝てろよ」
 「大丈夫だよ、親父。流石に、熱にも慣れちゃったかな」
 「バカ」
 「アハハハハハ!」

 女房は心配そうだったが、本当に高虎が元気で普通に動くので、じきに安心した。



 高虎は医者になると言っていた。
 小学生の時に、入院先で仲良くなった高校生の人に影響されたようだ。
 確かに成績が良くなった。
 というか、満点以外取らなくなった。
 俺の血じゃない。
 女房の血か?

 そのくせ、相変わらず喧嘩三昧だった。
 高校に入ると、すぐに暴走族に入りやがった。
 女房は心配したが、俺は好きなようにさせろと言った。
 暴れ回るのは、石神の血だからと。
 
 「あいつは、ああ見えて優しい奴だ。あまり酷いことはしないだろうよ」
 「そうですね」

 真っ赤な特攻服を着るようになった。
 ある日、女房が洗濯していて悲鳴を上げた。

 「どうした!」
 「ち、血が……」

 洗濯機の水が真っ赤になっていた。

 「おい」
 「……」

 高虎の血ではないと分かり、何となく慣れた。
 あいつ、一体どんな喧嘩をしてやがるのか。



 高虎が三年生になり、大学受験の時期だった。
 高虎が入院しなくなり、多少家にも余裕が出来て来た。
 あいつが高校に入ってからアルバイトを始めたことも大きい。
 結構な金を家に入れてくれるようになった。

 俺は受験の前の日に、店からステーキ肉を持って帰った。
 いいサーロインだ。
 霜降りで、500g。
 まあ、高虎の分しかない。

 あのバカが、涙を流しながら食べた。

 「親父! こんなに美味いものは初めてだぜ!」
 「そうかよ」

 俺は笑って、作ってやったプリンをデザートに出した。
 何度か、家で作ってやったことがある。
 高虎の好物だった。

 「おい! 今日は一家心中か!」
 「バカヤロー!」

 俺は頭を引っぱたいて、早く喰えと言った。
 女房と二人で楽しそうに食べた。

 翌朝、高虎が物凄い下痢をした。
 俺は大笑いで、臭いから傍に来るなと言った。
 貧乏の極みだった。
 それが楽しかった。




 高虎が、東京大学の医学部に合格した。
 女房からあいつの成績は聞いていたが、本当に驚いた。
 最高に嬉しかった。

 俺はまたステーキ肉を店の出入りの肉屋に頼んだ。
 それを受け取って家に帰ろうとすると、吉原龍子が店の裏で待っていた。

 「ああ、吉原さん!」

 久しぶりの顔で、俺は喜んで挨拶した。

 「今日はどうしたんです、家じゃなくて」
 「虎影さん、すまない!」
 「え?」

 吉原龍子がいきなり頭を下げて言った。

 「あんたにはきちっと約束したのに!」
 「おいおい、どうしたんですか。何があったんです?」

 俺はとにかく、近くの喫茶店に吉原龍子を誘って入った。

 「道間家がね、足りないって言って来たんだ」
 「え?」
 「高虎のことでね。どうしても、必要なことがあるって」
 「なんですか? あいつは随分と元気になりましたが」
 
 吉原龍子が黙っている。
 俺は無理に話させずに、待った。

 「道間が言うにはね、高虎はもうすぐ死ぬんだって」
 「え!」
 「これまで何とか鎮めては来たけど、やっぱりまだ足りなかったんだと」
 「そ、そんな! あいつ東大に受かったんですよ! バカみたいに喜んでるんだ! 女房も、そりゃ嬉しそうで」
 「虎影さん、こういうのはね、一時の観方じゃないんだ。道間はその道で最高峰なんだ。あいつらがそう言うのなら、確かなことなんだよ」
 「でも、それじゃ!」
 「何とかする! 道間もそう言っている」
 「え、じゃあ。ああ、良かったぁー! どうなることかと思いましたよ」

 吉原龍子がまた黙った。
 今度の沈黙は長かった。

 「虎影さん」
 「はい!」
 「でもね、今度はとんでもない見返りを要求してきたんだ」
 「え?」
 「100億円だってさ」
 「え!」

 俺は驚いたが、すぐに受け入れた。

 「わ、分かった! 必ず用意するよ!」
 「それがさ、無理なんだよ」
 「え?」
 「一週間以内に用意しろってさ」
 「それは! ちょっと待ってくれ、吉原さん。今すぐはとても無理だ。だけど、待ってくれれば何とかする! 俺の命に代えても!」

 吉原龍子が俺を睨んでいた。

 「だから、何とか道間の家に頼んでくれないか! 俺が必ず……」
 「それなんだよ」

 吉原龍子が吐き捨てるように言った。

 「あいつら、金じゃないんだ。あんたの身体と命が欲しいのさね」
 「え?」
 「金は取り敢えず1000万円もあればいいってさ。届かなくても大丈夫だろうよ。でも、その足りない分は、虎影さん、あんたの身体と命が欲しいってさ」
 「なんだと……」

 「道間宇羅はそんな奴じゃなかったんだ。あいつは変わっちまった。まるで何かに取り憑かれたみたいだよ。突然、とんでもないことを言い出した」
 「そうか」
 「虎影さん。私も何度も頼んだんだ。余りにも酷いってね。でも、道間はそれならばあんたの子どもは死ぬだけだって」
 「そうか。分かったよ」
 「虎影さん……」

 「なんだ、そんなことでいいのか! ああ、良かったぜ。じゃあ、高虎は助かるんだな。ああ、本当に良かった」
 「あんた……」

 「吉原さん、ありがとう! 本当にこれまで世話になったよ。そうかぁ、大丈夫なんだ」
 「あんた、死ぬんだよ?」
 「ああ、分かったよ。存分に使ってくれよ! 高虎が生きられるんなら、どうでもいいよ!」
 「本当にいいのかい?」
 「もちろんだぁ!」

 吉原龍子が泣いた。
 気丈なこの女が人前で涙を見せるとは思わなかった。

 「金はちゃんと揃える」
 「そっちは私が出すよ」
 「ダメだ! 俺がちゃんと出す。まあ、ローンは残ってるけど家を売って、あとはあいつの入学資金や学費も貯めてたしな」
 「でも、そんなことしちゃ」
 「大丈夫だ。高虎は生き残るんだろ? だったら、あいつなら絶対に大丈夫だ」
 「……」

 「吉原さん、ありがとう。道間の人に話を進めてもらってくれ」
 「分かったよ」
 「全財産を渡す。一円残らずな」
 「ああ」

 俺は持っていたステーキ肉を吉原龍子に渡した。

 「なんだい、これは?」
 「いい肉なんだ。食べてくれ。俺はもうあなたに何も渡せないから」
 「持って帰ればいいじゃないか。そのつもりだったんだろ?」
 「いいんだ。あいつステーキを喰うと下痢するんだ。それに俺はもうあいつらの前から姿を消すから。」
 「なんだって?」
 「酷い親父だったと思ってもらいたいからな」
 「何を言ってるんだい!」
  
 吉原龍子が怒鳴った。

 「吉原さん。高虎が知ったら、あいつは絶対に俺を止める。自分のために誰かが死ぬなんて、絶対に許さない奴だよ」
 「そりゃ……」
 「あいつよ、俺なんかよりずっと強くなりやがった。喧嘩じゃ勝てないからな」
 「虎影さん……」

 「あいつは自分が死ぬって言うよ。ばかやろう! そんなことさせるかぁ! 俺があいつのために死ぬんだ! アハハハハ!」
 「……」

 「だからさ、あいつは何も知らない方がいいんだ。ずっとな。吉原さん、頼むから、あいつには絶対に話さないでくれな」
 「分かった。約束するよ」
 「良かった。あんたには最後まで世話になりっぱなしなだ」
 「いいよ。私がしたかっただけさね」
 「ありがとう」




 俺はその晩は家に帰らず、翌日の昼に戻った。
 高虎は学校で、女房は働きに出ている。
 預金通帳と印鑑、そして家の権利書と実印を持ち出した。

 ステーキを喰わせてやれなかったので、あいつが好きなプリンを作ってやろうかと思った。
 だけど、冷蔵庫には卵が一つしか残ってなかった。

 「まったく、貧乏ってのはなぁ」

 俺は笑って諦めた。




 吉原龍子に送られ、京都の道間家に着いた。

 俺は木の台に寝かされ、手足に太い釘を打たれた。

 道間宇羅が俺の前に立った。

 「世話になった! 存分にやってくれ!」

 道間宇羅の顔が歪んで笑った。
 俺も大笑いしながら、それを見た。

 


 「高虎! しっかり生きろよ! てめぇは運命の子らしいじゃねぇか! だったら、その運命に負けんじゃねぇぞ!」

 俺は笑いながら、目を閉じた。
 きっとあいつなら大丈夫だ。
 俺は信じている。
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