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俺は幸せだよ

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 俺の家に泊ろうとしない麗星を説得し、いつもの客室で寝かせた。
 風呂にも入ろうとしなかったが、それも無理に入らせた。

 麗星はそれ以上は固辞し、部屋に入った。

 俺は自分の部屋で、酒を飲んだ。
 ワイルドターキーで、つまみはチーズだけだ。
 ロボが大人しく、ベッドから俺を見ていた。

 ノックがした。
 ドアを開けると、亜紀ちゃんが立っていた。

 「あの、何かあったのかと思って」
 「ああ、心配させたな。大丈夫だよ」
 「タカさんがお独りで飲みたいのは分かっていたんですが」
 
 俺は微笑んで、グラスを持って来いと言った。
 亜紀ちゃんが遠慮がちに、グラスを持って入って来る。

 「お話しにならなくてもいいんです。ちょっと心配になって」
 「悪かったな」
 「いいえ。麗星さんも、普段とは違ってましたので。タカさんに大事なお話だったのは……」

 俺は少しだけ迷ったが、亜紀ちゃんには話しておくことにした。
 もう、俺個人の話では無いだろうと思った。

 麗星から、俺の親父の最期を聞いたと話した。
 知ったことを全て、亜紀ちゃんに話した。

 「麗星さんがな、自分の父親の記録を探っていたそうだ。その中で偶然見つけて、俺に教えに来てくれたんだ」
 
 亜紀ちゃんは泣いていた。

 「麗星さんは、道間家の責任だと言っていたけどな。詫びて死ぬなんてこともな。当然止めたよ。道間家のせいじゃない。「業」が操ってやっていたことなんだからな」
 「はい」

 「不思議な縁だ。俺と道間家は、とっくに繋がっていたんだな」
 「タカさん……」
 「亜紀ちゃんも知っての通り、俺は親父を恨んでいたよ。そりゃ、お袋を死ぬかもしれないほど苦しめたんだ。今でもな。でも、今日、俺は親父の本当のことを知った。まだ、自分の中で整理は付かない」
 「はい」

 亜紀ちゃんはグラスに口を付けなかった。
 酔いたくはなかったのだろう。

 「結果的に、親父は騙された。でもな、親父はきっと満足して死んでいっただろうよ。俺はそれでいいと思う」
 「はい」
 「親父が、本当に酷い奴だったら良かった。俺なんかが死ぬのを放っておいてくれたら。なあ、亜紀ちゃん」
 「タカさん!」

 亜紀ちゃんが俺に抱き着いて来た。
 俺が泣いたからだ。

 「そうしたらよ。まあ、うちはしばらく貧乏だったかもしれないけど、今も親子三人で暮らせたかもしれねぇ。なあ、そうだったろうよ! それがどうしてこうなったぁー!」
 「タカさん!」

 俺は胸の裡を吐き出してしまった。
 目の前に亜紀ちゃんがいたからだ。

 「こんなでかい家にも住まわせてやれた! 毎日ステーキだって喰わせてやれた! 親父! 最後に何を喰ったんだ? おい! 俺が最高に美味いものを何でも喰わせてやったのに!」
 「タカさん! 落ち着いて下さい!」

 「一緒に酒を飲みたかった! 俺がバカなことをして、またぶん殴って欲しかった! そうして欲しいんだよー!」
 「タカさん……」
 「なんで俺なんかのために! 自分が恨まれるようにしてまで! 俺、本当に辛かったんだ! 何がって、俺が信じていた親父が突然あんな! どうして俺に話してくれなかったんだ!」
 「タカさん! 私がいます! 私たちがいますよ!」
 「亜紀ちゃん! 俺は本当に、もう!」

 亜紀ちゃんの胸に顔を押し付けて、俺はしばらく泣いた。
 泣かせてもらった。





 「済まない。お陰で落ち着いた」
 「タカさん、どうか」
 「もう大丈夫だ。やっと胸のつかえが取れた。ありがとう、亜紀ちゃん」
 「いいえ」

 亜紀ちゃんが俺を離して座った。
 グラスに口を付けた。

 「麗星さんも辛かったろうな」
 「はい」
 「あの人は俺のことも、親父のことも調べていた。だから、この話を俺が知ればどう思うのかも分かっていた」
 「はい、そうでしょうね」
 「だけど、ちゃんと話しに来てくれた。死ぬつもりでな」
 「はい、本当にいい方です」
 
 俺はグラスを飲み干した。

 「亜紀ちゃんもな」
 「エヘヘヘヘ」

 亜紀ちゃんは無理に笑ってくれた。

 「本当はさ、どっかでおかしいとは思っていたんだ」
 「お父さんのことですか?」
 「ああ。これでも、人を見る力はそこそこあるつもりだったからな。親父のことだって、ちゃんと見てた。突然あんなことをする人間じゃないと、どこかで思ってた」
 「そうだったんですか」
 「でも、実際にやったからな。だから俺は親父の話題は嫌いだったんだ。他人から「酷い人ですね」って言われるのが、どうしても嫌だった。俺自身がそう思ってるのにな」
 「はい」

 ロボがベッドから降りて、俺の足に乗った。
 心配しているのが分かった。
 背中を撫でてやる。

 「昔な、院長に話したことがあるんだ。そういう話の流れになってな」
 「そうだったんですか」
 「俺の話を聞いて、「あまり怨み過ぎるな」と言った。その通りだったな」
 「そうですね」

 ロボが俺の顔を舐めに来る。
 大丈夫だと笑って、戻した。

 「もう一人な。奈津江にも話した」
 「奈津江さん……」
 「あいつは泣きじゃくってな。そして言ったんだ」
 「なんてですか?」
 「絶対に違うって。あいつはそう言った。「高虎のお父さんは、絶対に酷い人じゃないから」ってさ。俺は嬉しくて泣いたな」
 「奈津江さんは最高ですね」
 「あいつの言った通りだった。そうだ、奈津江は最高だ」

 亜紀ちゃんと二人で笑った。

 「でもな、親父のお陰で奈津江と出会い、御堂と出会い、山中と出会った。今の俺の幸せは、全部親父のお陰だ。そういうことも分かっていたんだけどな」
 「はい!」
 「聖とのことだってな。あのまま俺が東大へ行っていたら、聖とはこういう関係ではなかったかもしれない。あいつは親友だけど、傭兵になって、どこかで死んでいたかもしれないしな」
 「そうです!」
 「奈津江の死は辛かった。山中たちの死もそうだ。だけど、俺はその先で、こうやって幸せになっている」
 「はい!」
 
 「しかしよ、クロピョンとの縁がずっと昔からあったとはな」

 俺は一江と京都に行った時に麗星から聞いた話を亜紀ちゃんにした。

 「謎の「クロピョン器官」があるってなぁ」
 「凄いですね」
 「謎だけどな」

 どの辺ですかと亜紀ちゃんが聞いたが、分からないと答えた。

 「オチンチンかな?」
 「ギャハハハハ!」




 俺たちは切り上げ、寝ることにした。

 「今日は一緒に寝ましょう!」
 「いや、俺が亜紀ちゃんを襲うかもしれん」
 「どんとこいですよ?」
 「そうか」

 俺たちは一緒に寝た。
 若い亜紀ちゃんの体温は高かった。
 冷房を入れた。

 ロボが寒がって、俺たちの間に入って来る。

 「ろぼー」

 仕方ないので、亜紀ちゃんの温もりだけを感じた。
 ぐっすりと眠れた。
 俺の乱れた心は、すっかり落ち着いた。




 俺は、今幸せだよ。
 本当にさ。
 ありがとう。
 本当に。
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