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磯良の帰宅

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 東京で同時多発した「太陽界」のテロ。
 早乙女さんから呼ばれ、現場を幾つか回った。
 自分にとって、脅威的な敵はまったくいなかった。
 早乙女さんが自分をずっと気遣ってくれたが、その必要も無かった。

 午後の八時には家に戻った。
 まだ終息していない現場はあったが、早乙女さんの他の仲間が対応すると言われた。

 「こんなに遅くまで引っ張り回して申し訳ない」
 
 早乙女さんは、帰りに車の中で、何度もそう言った。

 「いいえ、全然。まだどこでも行きますよ?」
 「いや、これ以上はもういいよ。磯良が余りにも強いんで、つい頼り過ぎてしまった」
 「そんな」
 「もう今日はゆっくり休んでくれ」
 「はい、分かりました」

 早乙女さんは優しい。
 俺のような化け物と一緒にいても、何も怖がったり構えたりしない。
 俺のことを普通の小学生のように思ってくれている。
 そのことが一番有難かった。




 「磯良、おかえりー!」

 胡蝶が出迎えてくれた。

 「夕飯は?」
 「ああ、自分で適当に作るよ」
 「ダメよ! 帰蝶ちゃんに作ってもらうから」
 「いいよ」
 「ダメ! 呼んで来るから食堂に行って」
 「ああ、分かった」

 胡蝶は同い年で、この道間家で最も気安く話せる相手だ。
 帰蝶さんや堂前家のご両親も俺に優しいが、やはり世話になっているという気持ちが強い。
 胡蝶とは、それを抜きにして話せる。
 まあ、胡蝶の明るさがそうさせてくれるのは分かっているが。

 食堂に入ってしばらくすると、胡蝶と帰蝶さんと堂前さんが入って来た。

 「磯良、疲れただろう」
 「いえ、別に」
 
 帰蝶さんがすぐに食事を作ってくれた。

 「ごめんね、すぐに作るからね」
 「すいません」

 胡蝶がお茶を淹れてくれる。

 「東京は大変なことになったな」
 「はい。俺も幾つかの現場しか行ってませんが、大勢の人が死んだようです」
 「さっき、テレビで500人以上の死者だと言っていた」
 「堂前さんの関係では?」
 「幸い、今の所は報告も無いな。無事だと思うよ」
 「そうですか、良かった」

 俺がそう言うと、堂前さんが笑った。

 「うちはヤクザだよ。世間様は、うちらはどんどん死んで欲しいと思ってる」
 「そんなことは。少なくとも、俺は堂前さんたちには死んで欲しくありません」
 
 堂前さんはまた笑った。

 「でも、この世界も大きく変わりそうだ」
 「石神高虎ですね」
 「そうだ。突然、北関東の千万組が石神の下に付いた。その後で、あの稲城会の崩壊だ」
 「はい。随分と急なことでしたよね」

 俺も詳しくは知らないが、胡蝶から多少のことは聞いている。

 「何故千万組がと思ったんだけどな。あそこの千両弥太は昔からの侠客だ。相当気に入った男なんだろう」
 「でも、組ごと下に付くなんて」
 「そうだな。これはちょっと不気味な話なんだけど」
 「なんですか?」
 「千両の刀なんだ。「虎王」と呼ばれる古い刀なんだが、それに関連しているらしい」
 「え?」
 「実はな。「虎王」というのは、君の先祖が打っていた刀なんだよ」
 「……」

 「知らなかったか?」
 「いえ、少しは父から聞いていました」
 「そうか。それで、どうもな。「虎王」は他の「虎王」と呼び合うと言われている」
 「え!」
 「俺は磯良のお父さんの刀を一振り譲ってもらったが、もちろんそれは「虎王」ではない。でも、ここに君がいることと、俺がお父さんの刀を持っていることがな。どうも気になるんだよ」
 「そうですか」

 「いずれ、磯良は石神高虎と出会うのかもしれない。石神高虎も「虎王」を持っているらしい」
 「そうなんですか!」
 「それも、若打ちのものではなく、真「虎王」と呼ばれる完成形だ」
 「……」

 「磯良も聞いているかもしれないが、「虎王」は伝説の刀だ。大きな運命を持つ者しか所有出来ない。確かに石神高虎が現われて、ヤクザの世界は一新した。神戸山王会も石神の下に付いたらしい。吉住連合も、石神に逆らう気はない」
 「そうですか」
 「今回のことも、石神高虎に関わっているのかもしれない」
 「え?」
 「これは俺の勘だよ。日本が大きく変わろうとしている。俺はそんな気がしてならない。その中心にあの男がいる」
 「ちょっと怖いですね」
 「まあ、俺がやることは変わりがないよ。うちも一応は吉住連合の軒下にはいるけどな。でも、もうヤクザの時代じゃない。だから真面目に商売をやってる」
 「そうですね」

 「昔、吉原龍子に言われたんだ。身を清くしておけとな。そうすれば磯良の父親にも紹介してやると」
 「そうだったんですね」
 「そして、思いもよらない大きな運命をくれてやる、とな」

 初めて聞いた。

 「不思議な人だった。若い俺は、すぐに信じたんだ。だから他人様に恥ずかしくない商売を心掛けた。もちろん清廉潔白とは言わないけどな。これでも、自分じゃ真面目にやって来たつもりだ」
 「はい」

 食事が出来た。
 スープパスタにほうれん草とベーコンのバター炒めだ。

 「ありがとうございます。美味しそうです」
 「ウフフフ」

 三人に囲まれて一人だけ食事をするのは恥ずかしかった。
 急いで食べた。

 「早乙女さんはどうだ?」

 堂前さんが聞いて来た。

 「優しい人ですね。ずっと俺の心配ばかりで」
 「そうか。まあ、一目で分かったよ。優しい人だってな。だから磯良を任せた。でも、物凄く優秀な人らしい。元々キャリア組だったが、最近特に評価されているようだ」
 「そうなんですか」
 「俺も警察には伝手もあるが、公安の人だからな。なかなか情報は出ない。でも相当出世して、奥さんも警察のトップの人間の姪らしいよ」
 「へぇー」
 「そういう優秀な評価の高い人間が、この化け物退治の中心にいるんだ。日本もいよいよ本格的にヤバイな」
 「そうですね。これまで人外の連中は表に出なかったですからね」

 俺が食べ終わると、また胡蝶がお茶を淹れてくれる。

 「帰蝶さん、ご馳走様でした。美味しかったです」
 「ありがとう」

 俺は茶を啜った。

 「磯良、君のお陰で、最もヤバイものの動向もよく分かる。本当に助かるよ」
 「いいえ。これも龍子さんの導きですから」
 「そうだな」
 「堂前さんたちに育ててもらって。俺は龍子さんと堂前さんたちに、その恩返しがしたいだけです」
 「宜しく頼むな」

 堂前さんは、そういうと部屋を出て行った。

 「ねえ、磯良。どんな奴らだったの?」
 「ええと、あんまり話せないんだ」
 「えー!」
 「困ったな。多分、テレビでいろいろ報道されるから、そっちを見てよ」
 「うん、見た見た! 本当に化け物だよね! 3メートルもあるような怪物が映ってた!」
 「そうなんだ」

 やはり、報道されていた。
 遠巻きだったが、現場には結構マスコミのカメラが立っていた。
 
 「でも、磯良なら簡単でしょ?」
 「そんなことはないよ」

 帰蝶さんが立ち上がって俺を抱き締めた。
 胸が頭に当たる。

 「磯良ちゃん、気を付けてね」
 「は、はい」
 「あー! わたしもー!」

 胡蝶が反対側から抱き締めて来る。
 胡蝶も胸が大きくなってきた。

 「あの、ちょっと恥ずかしいんで」

 二人は笑って離れてくれた。

 「もうお風呂をいただいて、寝ますね」
 「あー! 私と一緒に寝ようか!」
 「胡蝶!」

 俺は笑って断った。





 堂前さんも、帰蝶さんも胡蝶も、俺のことを心配して来てくれた。
 風呂に入りながら、もう一人、早乙女さんが散々心配してくれたことを思い出していた。

 龍子さんの縁の人は、みんな優しい。

 俺はもう一人、まだ会ってはいない、石神高虎という人のことを思った。
 
 「きっと、その人も優しいんだろう」

 勝手にそう思った。

 5年後、俺は石神高虎と出会うことをまだ知らなかった。
 




 本当に優しい人だった。
 そして強い人だった。
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