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ジェシカの壮行会

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 金曜日の夜。
 俺たちはジェシカの壮行会を開いた。
 ジェシカは明日から蓮花の研究所へ行く。
 この約一週間は、皇紀と双子たちからの特訓だった。
 数学が主だが、物理学や量子論、また実際の「花岡」の実演から量子的な解析の方法、果ては音楽理論まで学ばされた。

 まだまだジェシカの中では咀嚼されてはいないだろうが、今後実践を通して学んでいくだろう。

 まあ、壮行会と言っても、いつもの食事なのだが。
 双子が頑張ってフレンチを作った。

 「ジェシカ、よく頑張ったな」
 「いいえ、楽しかったですよ。こんなに真剣に勉強をしたのは、学生時代以来です」
 「小学生の先生は初めてだろう?」
 「アハハハハハ!」

 ジェシカは双子たちの天才を褒め称えた。

 「まさか、あんな考え方があるとは思いませんでした」
 「そうか」
 「「エヘヘヘヘヘ」」

 「もう、「リーマン予想」も突破してますよね?」
 「さあな。俺たちはフィールズ賞には興味は無いからな」
 「はぁ」

 食事の後で、ジェシカの希望で「幻想空間」で飲んだ。
 今日はジェシカはビールにする。
 俺も亜紀ちゃんも、同じくビールで付き合った。

 「本当に楽しかったですよ」
 「そうか」
 「皆さん、毎日生き生きとしていて笑ってて。ロボもカワイイし」
 「ニャー!」

 「何故、そうなのか分かったか?」
 「はい。皆さんはとても高い理想を持っています」
 「うん」
 「だからやるべきことが沢山あって。それが毎日を生き生きとさせているんだと思いました」
 「そうだな。俺たちは強大で凶悪な敵がいる。だからそいつに負けないように、日々を燃焼している」
 「ええ」
 「それとな。俺たちは人数が少ない」
 「はい?」
 「多分、「業」はロシアの人間を膨大に抱えるようになっている。だから物量では圧倒的にあいつらが多い」
 「そうですね」
 「だけどな、ジェシカ。人間は「量」を目指せば必ず失敗する」
 「え? ああ、「質」を目指せということですか」
 「それでもない」
 「え!」

 「人間は、崇高な愛を目指さなければならないんだ」
 「!」

 「量を目指す失敗は、現代のアメリカから始まった大量生産大量消費の文明が示している。膨大に資源とエネルギーを使うようになったこの文明は、いずれ崩壊する。資源を取り尽くしてな」
 「はい」

 「会社経営なども同じなんだ。売り上げの数字を追って行けば、その会社は必ずダメになる」
 「どうしてですか?」
 「伸ばせなくなるからなんだよ。いずれは頭打ちになる。それに、どの企業も前年比105%とか言ってるよ。そうすると、社員は働かなくなる」
 「え!」
 「頑張ってしまえば、翌年はもっときつくなるんだ。だったらやらないよ。な?」
 「ああ!」
 「社員は働かなくなるんだから、いずれは何かの要因で衰退するに決まってるんだ」

 「じゃあ、質を求めるのはどうしてダメなんですか?」
 「量と同じ理由がまずある」
 「なるほど! 頑張れば自分が苦しくなるってことですね」
 「そうだ。それに加えて、品質の向上がすぐに頭打ちになるからなんだよ。独りよがりにもなるしな」
 「そういうことですか!」

 「じゃあ、何を求めればいいのか、ということだ。それは自分以外の誰かのためにやる、ということなんだよ」
 「はい」
 「例えば、このルーとハーは今料理に凝っている。でも食事は大量に作る必要はないんだ」
 「それはちょっと」
 
 みんなが笑った。

 「お前! うちだって一人10キロも肉を用意すれば大体大丈夫だよ!」
 「「「「「アハハハハハ!」」」」」
 「そうですね」
 「質だってそうだ。ステーキだって、シャトーブリアンを用意することは、まあうちは出来ちゃうけどな。でも、毎日は飽きる。身体も壊す。魚だって喰いたいし、時にはスープに注力したい。それを、相手のためにやれ、ということなんだよ」
 「なるほど!」
 「そうすれば、いつだってうちの食事は美味いし楽しいし健康になる。それにな、たまに不味いもの、嫌いなものが出るから、次に美味しいという幸せだって生まれるんだ」
 「はい」

 俺は以前に、子どもたちに不味い物を集めるように言った話をした。

 「そうしたら、こいつらが頑張り過ぎて、死人が出そうになったからやめた」
 「アハハハハハ!」

 ジェシカが大笑いした。
 しかし、ハナミズ餃子やミミズバーガーまでは良かったが、チクワが喋ったり、上の階で巨大な足音が聞こえた話をすると青ざめた。

 「分かりました。私は、石神さんたちがまた笑えるように頑張ります」
 「頼むぞ!」

 


 その夜、亜紀ちゃんが俺と寝たがった。
 自分の「ロボ枕」を持って来る。
 
 「ジェシカさん、行っちゃいますね」
 「そうだな」
 「レイとは違いますね」
 「そうだな」

 亜紀ちゃんが俺の肩に顔を埋める。

 「ジェシカさんは死んで欲しくないです」
 「当たり前だ」
 「私、今度は絶対に守りますから」
 「ああ」

 「タカさん」
 「なんだ?」
 「みんな、幸せになって欲しいですね」
 「そうだな」

 亜紀ちゃんの頭を撫でてやった。
 亜紀ちゃんはやがて眠った。

 ロボが、布団の上に拡がった亜紀ちゃんの長い髪の上に移動した。
 そして、幸せそうに眠った。

 俺も、今この時の幸せの中で眠った。
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