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青い石の指輪

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 俺が小学5年生の5月頃。
 お袋が興奮して帰って来た。

 「タカトラ! これ見て!」

 夜まで仕事をしていていつも疲れているはずのお袋が、ニコニコして俺に両手を突き出して来た。
 手の中に、指輪があった。
 青い綺麗な石がついている。
 それほど大きなものではない。
 今だから分かるが、恐らくは1カラット程度。

 「サファイアの指輪なの!」
 「へー! どうしたんだ?」
 「半年前にね、道で拾ったの! でも誰も名乗り出なかったから、今日私が受け取って来たんだよ!」
 「そうなんだ! すごいな!」

 俺は手に取って見せてもらった。
 金のリングについた石だった。

 「サファイアの指輪なんて!」
 「良かったな、お袋!」
 「うん!」

 本当に嬉しそうだった。
 お袋は真面目な人で、俺が病気ばかりなので一生懸命に働いていた。
 でも家には全然お金が無い。
 神奈川の田舎に安い分譲住宅を買ったが、そのローンも厳しかった。
 そんなお袋に、神様がプレゼントしてくれたのだろう。
 俺はそう思い、俺も嬉しくて堪らなかった。

 「お袋に似合ってるよ!」
 「そう?」
 「ああ! お袋のために作った指輪みたいじゃん!」
 「高虎! いいこと言う!」
 「アハハハハハ!」

 その夜は二人でいつまでも指輪を眺めた。
 お袋の細い指の中で、中指にピッタリだった。
 お袋は大事そうにタンスに仕舞った。





 俺は毎日付けろと言ったが、お袋は大事な時だけにすると言った。
 親父に見つかると大変なので、お袋と俺の秘密になった。
 親父は贅沢品を嫌っていた。
 それに、家に金が無いために、見つければ売れと言うに決まっている。
 お袋はタンスの奥に、分からないように隠していた。
 二人だけの時に、一緒に眺めた。
 お袋はいつも幸せそうに笑った。

 俺の小学校の授業参観があった。
 俺はお袋に、サファイアの指輪をしてくるように言った。

 「そうだね! 明日は付けて行こうか!」
 「おう! お袋の綺麗さが増しちゃうよな!」
 「何言ってんの!」

 二人で笑った。


 授業参観にお袋が来た。
 俺は席を立って後ろに駆け寄った。
 お袋の手を持って上に上げた。

 「みんな見てくれ! サファイアの指輪なんだぁ!」

 お袋は俺の頭をはたいて恥ずかしそうにした。
 クラスのみんなが俺たちを見ていた。

 「石神! 席に戻れ! 分かったから!」

 先生が言い、みんなが笑った。
 お袋の周りのお母さんたちが、お袋に見せてくれと言っていた。
 俺は大満足だった。

 授業が終わり、お袋は先に帰った。
 俺は残りの授業を受けて、いつも通りに家に帰った。
 お袋が台所の椅子に座って項垂れていた。

 「どうしたんだ?」
 「ああ、お帰り」

 様子がおかしかった。

 「何かあったのか?」
 「うん。指輪のね、サファイアが落ちちゃったみたいなの」 
 「なんだって!」
 「家に帰ってから気付いたのよ。爪が緩んでたみたい」
 「俺、探しに行くよ!」
 「いいのよ。元々私も拾ったものだからね。やっぱり私なんかにはもったいない物だったんだよ」
 
 お袋が悲しそうに言った。

 「そんなことはない! お袋によく似合ってたよ! あれはお袋のために作られたんだって!」
 「高虎……」

 俺は家を飛び出した。
 帰り道は決まっている。
 俺は学校へ戻り、残っていた先生方に話し、学校内で見つかったら教えて欲しいと言った。
 残っていた先生方が心配し、探してくれると言った。

 「お願いします!」
 「うん。きっと見つかるよ!」

 俺は帰り道を一生懸命に探した。
 道を一通り探し、見つからないので道の脇の草むらを探した。
 俺の家までの2キロ以上の中で、草むらは結構ある。
 
 雨が降って来た。
 暗くなってきた。

 俺の脳裏には、悲しそうなお袋の顔が浮かんでいた。
 堪らなかった。

 真面目に生きて、あんなに優しいお袋が、やっと幸せそうに笑っていた。
 あの笑顔が曇って良いわけがない。
 俺は必死に探した。
 あんな小さな石すら持てない人じゃない。
 もっと大きなサファイアだって持っていていいはずの人だった。

 「お袋、絶対に見つけてやるからな!」

 夜になった。
 雨でずぶ濡れになった。
 寒かった。
 でも、俺は探し続けた。
 
 「トラちゃん!」
 
 佳苗さんに声を掛けられた。
 交通課のミニパトから出て来た。

 「どうしたの! ずぶ濡れじゃないの!」
 
 俺は佳苗さんの顔を見て、泣き出してしまった。
 泣きながら、お袋が大事な指輪のサファイアを落としてしまったのだと話した。

 「分かった! 一緒に探してあげるから!」
 
 佳苗さんは同僚の婦警に事情を話した。
 その婦警も車を降りて来て一緒に探してくれた。
 無線で誰かに連絡していた。
 俺はその間も必死に探した。

 しばらくすると、刑事の佐野さんや10人以上もの警官が来た。

 「トラ! 俺たちも探してやる!」
 「佐野さん!」

 俺はまた泣きながら探した。

 



 お袋が俺を探しに来た。

 「高虎!」

 警官が大勢で探しているのを見て驚いた。

 「みなさん!」
 「お母さん。トラがこんなに必死なんだ。俺たちも絶対に見つけるから!」
 
 お袋が泣いた。

 「トラちゃんはもう帰って。私たちで探してあげるから」
 「佳苗さん……」

 俺は意識を喪った。
 また俺の厄介な身体は高熱を出していた。

 「トラ!」

 佐野さんの声が遠くから聞こえた。





 俺は病院のベッドで目を覚ました。
 お袋が椅子に座って眠っていた。
 まだ熱が高いようだったが、意識ははっきりしていた。

 枕元の台に、水差しと小さな皿があった。
 皿の中に、美しい青い石が置いてあった。

 「お袋!」

 大声で叫んだ。
 お袋が目を覚ました。

 「高虎! 大丈夫?」
 「見つかったのか!」

 お袋が笑った。

 「そうなの! 刑事さんたちが見つけてくれたのよ!」
 「どこにあったんだ!」
 「高虎が倒れた近くにあったみたい」
 「そうかぁ。もうちょっとだったんだな」
 「バカ!」

 お袋が俺の頭を抱き締めた。

 「本当にバカなんだから! こんなものより、あんたの方がずっと大事なのに」
 「お袋のために作られたものだからな。絶対に見つかると思ったよ」
 「ばか!」

 お袋が泣いていた。





 指輪はその後しばらく修理されなかった。
 まあ、俺のせいで修理費がなかなか捻出できなかったせいだ。
 高校に上がり、城戸さんの店でバイトをするようになり、俺が修理に出した。
 しっかりと、落ちないようにと頼んだ。

 でも、お袋は二度とそれを嵌めて出掛けることは無かった。
 俺と二人の時にだけ、指に嵌めて見せてくれた。
 本当に幸せそうに笑っていた。




 俺が医者になって、結構な収入が入るようになり、お袋に10カラットのサファイアの指輪を送った。
 山口から電話が来た。

 「ありがとう! 素敵な指輪ね!」
 「そうか。それはいつでも気軽に着けてくれよな」
 「うん!」
 「お袋によく似合う、綺麗な青い石だからな!」
 「うん! お前は青が大好きだしね!」
 「お袋に似合うからだよ」
 「まあ!」

 


 お袋が亡くなり、棺の中に拾ったサファイアの指輪を入れた。
 俺が送ったものは、葬儀の後で陽子さんに使って欲しいと言った。

 「孝子さん、いつも着けてたよね?」
 「そうですか」
 「うん。とっても大事にしてた。それにいつもそれを眺めて嬉しそうだった」
 「まあ、良かったですよ」
 「でもね、もう一つ小さなサファイアの指輪の方が大事そうだったよ」
 「ああ、あれですか」
 「棺に入れてあげたよね?」
 「はい。あれはお袋のために作られたものだったんで」
 「そうなんだ」

 泣き出した俺を、陽子さんは優しく抱き締めてくれた。

 「トラちゃん。この指輪は大事にするね」
 「はい」




 やっとのことで、俺はそう言った。 
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