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青森の一夜 Ⅱ
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木村は大学に入って間もなく、輝美さんと付き合い出した。
輝美さんは高校を卒業してすぐに働き出し、木村とはどこかの居酒屋で知り合ったそうだ。
木村の一目惚れだった。
木村もいい顔をしており、身長178センチでスリムな体型だ。
後から知るが、いい育ちの人間であり、所作も落ち着いている。
服の趣味もいい。
金も結構あり、親からの仕送りだけで悠々と暮らしていた。
大学の近くに借りたマンションが、すぐに二人の愛の巣になった。
優しく気のいい奴で、時々御堂や山中と一緒に飲みに行ったりした。
輝美さんも紹介され、マンションに行ったこともある。
だから輝美さんの顔も知っていた。
大学を卒業する年の12月。
研修がそろそろ終わるかという時で、俺は国家試験に向けて忙しくしていた。
研修が終わり、大学を出ようとすると、門の前で数人が揉めていた。
数人の男たちが、強引に女性をナンパしているらしい。
「なんだ、東大生じゃないの? じゃあいいじゃん」
「学生なんかより、楽しいとこ知ってるよ?」
「あいつら金は無いじゃん。俺ら結構余裕だし?」
輝美さんだった。
俺はすぐに近づいて追い払った。
俺が威圧すると、何の問題もなく去って行った。
「石神さん!」
「大変だったね。木村はもう来るのかな?」
「うん、多分」
待ち合わせではなかったらしい。
木村の授業の予定を聞いていたので、鉄門の前で待っていたとのことだった。
「じゃあ、一緒に中に入ろうか。木村を探そう」
「いいよ。もうちょっと待って来なかったら先に帰ってるから」
「俺も一緒にいるよ」
「ありがとう」
外は寒い。
どのくらい待っていたのかは分からなかったが、輝美さんは顔色が悪い。
「あのさ、やっぱり温かい場所にいた方がいいよ。身体が冷え切ってるだろう?」
「うん。でも大丈夫だから」
「いや、学食に行こう! 俺が探して来るから、そこで待ってろよ」
「でも悪いよ」
「何言ってんだ! 俺に任せろ!」
輝美さんは微笑んで、俺と一緒に歩いた。
一番近い学食に輝美さんと入る。
俺はミルクティーを持って来て、ここにいるように伝えた。
温かい場所に入ったが、輝美さんは辛そうにしていた。
俺はそれが気になった。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと気分が悪いかな」
「ちょっと診てもらおう」
「え?」
「俺が話を通す。何でも無かったらそれでいいじゃないか。でも、ちょっと心配だ」
「大丈夫だよ」
俺は待っているように伝え、東大病院の救急外来に頼み込んだ。
俺を可愛がってくれている教授がまだ残っており、口利きを頼んだ。
東大病院は救急を受け入れているが、実際には相当な重傷・重篤な場合だけだ。
東大の最高の医療技術を使うので、他の病院で対応できる場合は、そちらへ回される。
しかし俺は輝美さんの容態が心配だった。
輝美さんを連れ、処置室に入る。
「え! あなた妊娠してるの!」
容態を確認していた看護師が叫んだ。
すぐにエコーとその他の検査が準備された。
「危ないところだったよ! もうちょっとで流産していてもおかしくなかった」
「え!」
「妊婦がこんなに寒い中で長いこと外に立ってるなんて! もうちょっと身体を大事にしなさい!」
「すみませんでした」
まだ携帯も普及していない時代だった。
俺は木村の家に病院から電話した。
木村はすぐに迎えに来た。
「石神! ありがとう!」
「いや、たまたまだよ」
「本当にありがとう!」
「いいって」
でも、輝美さんが無事で良かった。
「だけど、お前。妊娠ってびっくりしたぞ」
「ああ。まだみんなには黙っててくれな」
「もちろんだ」
「卒業して子どもを生んだら結婚式をやる予定なんだ。お前、絶対に来てくれよな!」
「分かったよ」
卒業した年の6月。
俺は青森まで木村の結婚式に出掛けた。
1000人を超える大規模な人数で、非常に豪華な披露宴だった。
俺は友人代表で祝辞を述べ、木村の両親や親戚から次々に酌をされた。
異例なことがあった。
ひな壇に木村の両親が立ち、母親が赤ん坊を抱いていた。
「私に初孫が生まれましたー!」
みんなが驚き、大きな拍手が沸いた。
今でいう「出来ちゃった婚」とも言えるが、木村は最初から輝美さんと結婚するつもりだった。
まあ、問題は無い。
ひな壇で4人は幸せそうに笑っていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「あの時石神が輝美のことに気付いてくれなかったら、俺たちは子どもを持てなかったかもしれない」
「だからもういいって!」
「私がバカだったからだけど、本当に助かった。石神さん、ありがとう」
「いいよ!」
「へぇー、石神さんって、そういう人なんだ」
「どういう人だよ!」
みんなで笑った。
「美也、なんか美味しいものを作ってくれよ」
「えー、ピザでいい?」
「冷凍だろう!」
「だって、私料理ってあんまし」
「スナックの経営者だろう!」
俺が何か作ろうと言った。
「石神、料理なんかできんの?」
「ちょっとはな。独り暮らしが長いんだし」
「そっか! 折角だから頼むよ!」
俺は美也に断って食材と調味料を借りた。
ラタトゥイユ。
シラスとゴマの卵とじ。
ホタテのハニーマスタード。
貝柱とシメジの豆板醤炒め。
輝美さんと美也に、リンゴの飾り包丁を出した。
「すっげぇー!」
「美味しい!」
「なにこれ!」
3人が喜んでくれた。
「ねぇ、うちで働かない?」
「まあ、仕事をクビになったら」
その後でカラオケをやった。
俺も久しぶりだった。
店は10時で閉店し、俺たちだけで飲んだ。
誰もその前に客は来なかった。
「おい、この店って大丈夫なのかよ?」
「平気よ!」
「だって、誰も客が来なかったじゃん」
「今日は定休日だもん」
「え?」
俺のために、木村が頼んで開けてくれたらしい。
「悪かったな」
「全然! 石神さんと知り合えたもん!」
「そうか?」
12時になり、木村がそろそろ帰ると言った。
俺も立ち上がり、支払いをしようとした。
「石神はまだ飲んで行けよ」
「いいって。俺も帰るよ」
「今日は美也と飲んでろって」
「石神さん、飲もう!」
「おい」
美也が俺の腕を組んで離さない。
「美也がお前のことを気に入ったんだ。付き合ってくれよ」
「困るぜ。助けてくれ、木村」
木村はもうちょっとだけだと言い、俺を置いて行った。
俺は困ったが、少しだけ付き合うことにした。
美也がドアの鍵を掛ける。
「石神さん、上に布団を敷くね」
笑ってそう言い、階段を昇って行った。
俺は慌ててドアの鍵を開けて逃げ出した。
走って木村たちに追いつき、勘弁しろと言った。
「なんだ、来ちゃったのか」
「当たり前だぁー!」
二人は笑って家に入れてくれた。
俺は何度も後ろを振り返った。
輝美さんは高校を卒業してすぐに働き出し、木村とはどこかの居酒屋で知り合ったそうだ。
木村の一目惚れだった。
木村もいい顔をしており、身長178センチでスリムな体型だ。
後から知るが、いい育ちの人間であり、所作も落ち着いている。
服の趣味もいい。
金も結構あり、親からの仕送りだけで悠々と暮らしていた。
大学の近くに借りたマンションが、すぐに二人の愛の巣になった。
優しく気のいい奴で、時々御堂や山中と一緒に飲みに行ったりした。
輝美さんも紹介され、マンションに行ったこともある。
だから輝美さんの顔も知っていた。
大学を卒業する年の12月。
研修がそろそろ終わるかという時で、俺は国家試験に向けて忙しくしていた。
研修が終わり、大学を出ようとすると、門の前で数人が揉めていた。
数人の男たちが、強引に女性をナンパしているらしい。
「なんだ、東大生じゃないの? じゃあいいじゃん」
「学生なんかより、楽しいとこ知ってるよ?」
「あいつら金は無いじゃん。俺ら結構余裕だし?」
輝美さんだった。
俺はすぐに近づいて追い払った。
俺が威圧すると、何の問題もなく去って行った。
「石神さん!」
「大変だったね。木村はもう来るのかな?」
「うん、多分」
待ち合わせではなかったらしい。
木村の授業の予定を聞いていたので、鉄門の前で待っていたとのことだった。
「じゃあ、一緒に中に入ろうか。木村を探そう」
「いいよ。もうちょっと待って来なかったら先に帰ってるから」
「俺も一緒にいるよ」
「ありがとう」
外は寒い。
どのくらい待っていたのかは分からなかったが、輝美さんは顔色が悪い。
「あのさ、やっぱり温かい場所にいた方がいいよ。身体が冷え切ってるだろう?」
「うん。でも大丈夫だから」
「いや、学食に行こう! 俺が探して来るから、そこで待ってろよ」
「でも悪いよ」
「何言ってんだ! 俺に任せろ!」
輝美さんは微笑んで、俺と一緒に歩いた。
一番近い学食に輝美さんと入る。
俺はミルクティーを持って来て、ここにいるように伝えた。
温かい場所に入ったが、輝美さんは辛そうにしていた。
俺はそれが気になった。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと気分が悪いかな」
「ちょっと診てもらおう」
「え?」
「俺が話を通す。何でも無かったらそれでいいじゃないか。でも、ちょっと心配だ」
「大丈夫だよ」
俺は待っているように伝え、東大病院の救急外来に頼み込んだ。
俺を可愛がってくれている教授がまだ残っており、口利きを頼んだ。
東大病院は救急を受け入れているが、実際には相当な重傷・重篤な場合だけだ。
東大の最高の医療技術を使うので、他の病院で対応できる場合は、そちらへ回される。
しかし俺は輝美さんの容態が心配だった。
輝美さんを連れ、処置室に入る。
「え! あなた妊娠してるの!」
容態を確認していた看護師が叫んだ。
すぐにエコーとその他の検査が準備された。
「危ないところだったよ! もうちょっとで流産していてもおかしくなかった」
「え!」
「妊婦がこんなに寒い中で長いこと外に立ってるなんて! もうちょっと身体を大事にしなさい!」
「すみませんでした」
まだ携帯も普及していない時代だった。
俺は木村の家に病院から電話した。
木村はすぐに迎えに来た。
「石神! ありがとう!」
「いや、たまたまだよ」
「本当にありがとう!」
「いいって」
でも、輝美さんが無事で良かった。
「だけど、お前。妊娠ってびっくりしたぞ」
「ああ。まだみんなには黙っててくれな」
「もちろんだ」
「卒業して子どもを生んだら結婚式をやる予定なんだ。お前、絶対に来てくれよな!」
「分かったよ」
卒業した年の6月。
俺は青森まで木村の結婚式に出掛けた。
1000人を超える大規模な人数で、非常に豪華な披露宴だった。
俺は友人代表で祝辞を述べ、木村の両親や親戚から次々に酌をされた。
異例なことがあった。
ひな壇に木村の両親が立ち、母親が赤ん坊を抱いていた。
「私に初孫が生まれましたー!」
みんなが驚き、大きな拍手が沸いた。
今でいう「出来ちゃった婚」とも言えるが、木村は最初から輝美さんと結婚するつもりだった。
まあ、問題は無い。
ひな壇で4人は幸せそうに笑っていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「あの時石神が輝美のことに気付いてくれなかったら、俺たちは子どもを持てなかったかもしれない」
「だからもういいって!」
「私がバカだったからだけど、本当に助かった。石神さん、ありがとう」
「いいよ!」
「へぇー、石神さんって、そういう人なんだ」
「どういう人だよ!」
みんなで笑った。
「美也、なんか美味しいものを作ってくれよ」
「えー、ピザでいい?」
「冷凍だろう!」
「だって、私料理ってあんまし」
「スナックの経営者だろう!」
俺が何か作ろうと言った。
「石神、料理なんかできんの?」
「ちょっとはな。独り暮らしが長いんだし」
「そっか! 折角だから頼むよ!」
俺は美也に断って食材と調味料を借りた。
ラタトゥイユ。
シラスとゴマの卵とじ。
ホタテのハニーマスタード。
貝柱とシメジの豆板醤炒め。
輝美さんと美也に、リンゴの飾り包丁を出した。
「すっげぇー!」
「美味しい!」
「なにこれ!」
3人が喜んでくれた。
「ねぇ、うちで働かない?」
「まあ、仕事をクビになったら」
その後でカラオケをやった。
俺も久しぶりだった。
店は10時で閉店し、俺たちだけで飲んだ。
誰もその前に客は来なかった。
「おい、この店って大丈夫なのかよ?」
「平気よ!」
「だって、誰も客が来なかったじゃん」
「今日は定休日だもん」
「え?」
俺のために、木村が頼んで開けてくれたらしい。
「悪かったな」
「全然! 石神さんと知り合えたもん!」
「そうか?」
12時になり、木村がそろそろ帰ると言った。
俺も立ち上がり、支払いをしようとした。
「石神はまだ飲んで行けよ」
「いいって。俺も帰るよ」
「今日は美也と飲んでろって」
「石神さん、飲もう!」
「おい」
美也が俺の腕を組んで離さない。
「美也がお前のことを気に入ったんだ。付き合ってくれよ」
「困るぜ。助けてくれ、木村」
木村はもうちょっとだけだと言い、俺を置いて行った。
俺は困ったが、少しだけ付き合うことにした。
美也がドアの鍵を掛ける。
「石神さん、上に布団を敷くね」
笑ってそう言い、階段を昇って行った。
俺は慌ててドアの鍵を開けて逃げ出した。
走って木村たちに追いつき、勘弁しろと言った。
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「当たり前だぁー!」
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